11 / 60
第二章「幽霊のいる日常」
「不憫」
しおりを挟む
どうして急に真横に降りてきたんだ……と、抗議の声を上げようとする。
しかし、二秒の後。
俺は、その声を自ら自分の腹の中へと押し戻すことになった。
なぜなら、幽子の声が真横で聞こえた理由、幽子が真横にいた理由は――
俺の身体のほうが、ぷかぷかと宙に浮かんでいたからだった。
「え、俺……空飛べるようになった?」
「そんなわけないじゃないですか」
真顔でツッコまれてしまった。
いや、ちゃんと告白されるのとか初めての経験過ぎて、喜びで羽が生えたのかと思った。
さすがにそんなことはなかったみたいだが、これはどう説明がつくんだろう。
実際にこうして、俺は宙に浮かんでいるんだが。
そんな俺の疑問を察してか、なにやら舌をペロッとかわいく覗かせた幽子が口を開いた。
「怜太さん、自分の姿になにか違和感はありませんか~?」
「違和感……?」
いやまあ、そんなこと言ったら違和感しかないんですが。
そう答えたい気持ちをグッと抑えて、自分の感覚を研ぎ澄ませる。
視覚は良好。聴覚は少し聞こえにくいが気にするほどではない。
他になにか気になることがあるとすれば……。
「……浮いてること、くらいかなあ」
「そうです、それですよ!」
それなら幽子の声を聞いたときにすぐわかったけど、そのことか。
「じゃあもう分かりましたよね?」
ちょっとだけ偉そうに聞いてくる彼女。
正直全くわからないから、煽られてるようにしか感じない。
そんな彼女の言動に、俺は反撃を試みる。
「……全っ然わかんないわぁぁぁぁぁっ!」
「ああぁぁぁぁあんっ、やめてくださいいいいい!」
肩を掴んで前後に揺らしただけだが、目の前の幽霊には効果てきめんだったようだ。
幽子がマジ泣きしながら抗議してくる。
「えっ、逆に怜太さん、ここまでしてなんで気が付かないんですか!」
「うるせえ! 次煽ったら成仏させるぞ!」
「一回も煽ってないですけど⁉」
なんで怒られてるのか分からないといった風に、理不尽だと叫ぶ幽霊少女。
やはり困っている彼女は、幽霊で一番かわいい。
……幽霊の知り合いとか一人しかいないけど。
「とにかく怜太さん、答え合わせです」
「…………もうちょい考えさせて」
「クイズとかじゃないんですけど⁉」
またも困りツッコミをする幽子。
……困りツッコミってなんだ。
脳内でそんなくだらないことを考えながら、幽子を見る。
いつもはもっと距離を置いて見ていた彼女の顔が、今日はほんの近くにあった。
濡れた長いまつげや癖のある髪の毛に、不覚にもドキドキしてしまう。
眺めていると、目の前の正真正銘の大和なでしこが口の端を吊り上げた。
「どうして急にまじまじと私の顔を見てるんですか? 恥ずかしいですよ?」
「……ああ、悪い……ちょっと、あらためて美人だなって……」
「……んなっ⁉ 怜太さんってそうやってたまにすごい直球で恥ずかしいこと言いますよね!」
俺の正直な感想に、顔を真っ赤にする幽子。
肌の真っ白な幽霊がそれをやると、頬の紅さが余計に際立って照れる。
そこらの空気が急に夏になった気がする。身体が熱い。
「ほら、どうでもいいこと言ってないで今の状況を教えてくれ」
「どうでもいいこと⁉」
照れ隠しで話を次に進めたのだが、幽子はきっちりそれに乗ってくれた。
変な空気にならないためにも、優秀な相方だ。
そんな俺の評価を知ってか知らずか、幽子は律儀に説明を始める。
「まず、怜太さんがいま、どうして浮いているかです」
いきなり核心を教えてくれるらしい。
持つべきものは自分に取り憑いている美人の幽霊だ。ありがたい。
幽子が続ける。
「怜太さんが浮いている理由は――ずばり、成瀬ちゃんに嫉妬したわたしが、怜太さんの幽体を引っこ抜いて霊体にしたからですね!」
「全部お前のせいじゃねえか!」
犯人は探偵本人だったようだ。
ついさっきの感謝を返して欲しい。
この事態を招いたのは、結局のところいつもの幽子のイタズラだったようだ。
殊に俺の恋愛事情となると張り切って邪魔してくるもんだから、俺もはやいうちに気付くべきだったのかもしれない。
「……ってことは、俺いま死んでんの?」
「まあ、そうなっちゃいますねー」
言われて、自分の亡骸に目を落とす。
すると、泣き顔の成瀬が俺の容れ物をゆさゆさと揺さぶっているところだった。
「なんで私が告白とかしようとするといつも失敗するのぉぉぉぉぉ!」
『ほんっと、うちの幽霊が申し訳ございません!』
聞こえないことは分かっていても、さすがに成瀬が不憫すぎる。
いつもはなんだかんだで俺が成瀬にひどい仕打ちをしている風に映っていたが、今回に関しては完全に運とタイミングのせいだとしか考えられないだろう。
思った通り、成瀬は泣き言にも似た恨み節を口にし始める。
「……日頃の行いは、いいはずなんだけどなぁ……。塾にも行きはじめたし、文芸部だからと思って本もたくさん読んでるし、宿題も忘れたことないし、無遅刻だし……」
どんどんと可哀想な実情が語られていく。
元凶の幽霊はこれらの言葉をどんな気持ちで聞いているんだろうか。
「はああ、ほんと、やんなっちゃうよね……」
俺の抜け殻を撫でながらため息を吐く成瀬。
心なしか、いつも元気なポニーテールもしおれている気がする。
「……神様って意地悪だなあ」
『……犯人は幽霊です神様ごめんなさい』
常人が全員しそうな勘違いに、人類代表として神に謝る。
実は神の気まぐれだとされている現象は、みんな幽霊のせいなんじゃないだろうか。
まあ、神の零落なんていう説もあるんだから幽霊や妖怪の悪事を神様のせいって言っても間違いじゃないのかもしれないけれど……。
考えていると、成瀬が俺のおでこを撫でながら、なにやら不穏な動きをする。
なんていうか、告白前の表情に、さらに赤みを加えたような顔をして――
「……このくらい、許されるよね……? ……ちゅっ」
――おでこに、キスをした。
『……、…………あっ……』
「……んっ…………はわっ……、わ、わたし、なんてこと……ご、ごめんっ!」
我に返った成瀬が、周囲を確認して一目散に走っていく。
……取り残された俺の亡骸はどうしてくれるんだろうか。
「……ず、随分な光景を見ちゃいましたね……」
「誰のせいだと思ってるんだアホ」
声のする方を向くと、元凶の幽霊が口を押さえて固まっている。
俺としては、成瀬の秘めた情熱を見ることができて、すごく充実した時間だったんだが――。
このポンコツ幽霊には、少し刺激が強かったみたいだ。
……ショッピングモールで全裸になろうとしていたやつとは思えんな。
とにかく、成瀬が走り去ったあとすぐに、幽子は幽体を元に戻してくれた。
しかし、二秒の後。
俺は、その声を自ら自分の腹の中へと押し戻すことになった。
なぜなら、幽子の声が真横で聞こえた理由、幽子が真横にいた理由は――
俺の身体のほうが、ぷかぷかと宙に浮かんでいたからだった。
「え、俺……空飛べるようになった?」
「そんなわけないじゃないですか」
真顔でツッコまれてしまった。
いや、ちゃんと告白されるのとか初めての経験過ぎて、喜びで羽が生えたのかと思った。
さすがにそんなことはなかったみたいだが、これはどう説明がつくんだろう。
実際にこうして、俺は宙に浮かんでいるんだが。
そんな俺の疑問を察してか、なにやら舌をペロッとかわいく覗かせた幽子が口を開いた。
「怜太さん、自分の姿になにか違和感はありませんか~?」
「違和感……?」
いやまあ、そんなこと言ったら違和感しかないんですが。
そう答えたい気持ちをグッと抑えて、自分の感覚を研ぎ澄ませる。
視覚は良好。聴覚は少し聞こえにくいが気にするほどではない。
他になにか気になることがあるとすれば……。
「……浮いてること、くらいかなあ」
「そうです、それですよ!」
それなら幽子の声を聞いたときにすぐわかったけど、そのことか。
「じゃあもう分かりましたよね?」
ちょっとだけ偉そうに聞いてくる彼女。
正直全くわからないから、煽られてるようにしか感じない。
そんな彼女の言動に、俺は反撃を試みる。
「……全っ然わかんないわぁぁぁぁぁっ!」
「ああぁぁぁぁあんっ、やめてくださいいいいい!」
肩を掴んで前後に揺らしただけだが、目の前の幽霊には効果てきめんだったようだ。
幽子がマジ泣きしながら抗議してくる。
「えっ、逆に怜太さん、ここまでしてなんで気が付かないんですか!」
「うるせえ! 次煽ったら成仏させるぞ!」
「一回も煽ってないですけど⁉」
なんで怒られてるのか分からないといった風に、理不尽だと叫ぶ幽霊少女。
やはり困っている彼女は、幽霊で一番かわいい。
……幽霊の知り合いとか一人しかいないけど。
「とにかく怜太さん、答え合わせです」
「…………もうちょい考えさせて」
「クイズとかじゃないんですけど⁉」
またも困りツッコミをする幽子。
……困りツッコミってなんだ。
脳内でそんなくだらないことを考えながら、幽子を見る。
いつもはもっと距離を置いて見ていた彼女の顔が、今日はほんの近くにあった。
濡れた長いまつげや癖のある髪の毛に、不覚にもドキドキしてしまう。
眺めていると、目の前の正真正銘の大和なでしこが口の端を吊り上げた。
「どうして急にまじまじと私の顔を見てるんですか? 恥ずかしいですよ?」
「……ああ、悪い……ちょっと、あらためて美人だなって……」
「……んなっ⁉ 怜太さんってそうやってたまにすごい直球で恥ずかしいこと言いますよね!」
俺の正直な感想に、顔を真っ赤にする幽子。
肌の真っ白な幽霊がそれをやると、頬の紅さが余計に際立って照れる。
そこらの空気が急に夏になった気がする。身体が熱い。
「ほら、どうでもいいこと言ってないで今の状況を教えてくれ」
「どうでもいいこと⁉」
照れ隠しで話を次に進めたのだが、幽子はきっちりそれに乗ってくれた。
変な空気にならないためにも、優秀な相方だ。
そんな俺の評価を知ってか知らずか、幽子は律儀に説明を始める。
「まず、怜太さんがいま、どうして浮いているかです」
いきなり核心を教えてくれるらしい。
持つべきものは自分に取り憑いている美人の幽霊だ。ありがたい。
幽子が続ける。
「怜太さんが浮いている理由は――ずばり、成瀬ちゃんに嫉妬したわたしが、怜太さんの幽体を引っこ抜いて霊体にしたからですね!」
「全部お前のせいじゃねえか!」
犯人は探偵本人だったようだ。
ついさっきの感謝を返して欲しい。
この事態を招いたのは、結局のところいつもの幽子のイタズラだったようだ。
殊に俺の恋愛事情となると張り切って邪魔してくるもんだから、俺もはやいうちに気付くべきだったのかもしれない。
「……ってことは、俺いま死んでんの?」
「まあ、そうなっちゃいますねー」
言われて、自分の亡骸に目を落とす。
すると、泣き顔の成瀬が俺の容れ物をゆさゆさと揺さぶっているところだった。
「なんで私が告白とかしようとするといつも失敗するのぉぉぉぉぉ!」
『ほんっと、うちの幽霊が申し訳ございません!』
聞こえないことは分かっていても、さすがに成瀬が不憫すぎる。
いつもはなんだかんだで俺が成瀬にひどい仕打ちをしている風に映っていたが、今回に関しては完全に運とタイミングのせいだとしか考えられないだろう。
思った通り、成瀬は泣き言にも似た恨み節を口にし始める。
「……日頃の行いは、いいはずなんだけどなぁ……。塾にも行きはじめたし、文芸部だからと思って本もたくさん読んでるし、宿題も忘れたことないし、無遅刻だし……」
どんどんと可哀想な実情が語られていく。
元凶の幽霊はこれらの言葉をどんな気持ちで聞いているんだろうか。
「はああ、ほんと、やんなっちゃうよね……」
俺の抜け殻を撫でながらため息を吐く成瀬。
心なしか、いつも元気なポニーテールもしおれている気がする。
「……神様って意地悪だなあ」
『……犯人は幽霊です神様ごめんなさい』
常人が全員しそうな勘違いに、人類代表として神に謝る。
実は神の気まぐれだとされている現象は、みんな幽霊のせいなんじゃないだろうか。
まあ、神の零落なんていう説もあるんだから幽霊や妖怪の悪事を神様のせいって言っても間違いじゃないのかもしれないけれど……。
考えていると、成瀬が俺のおでこを撫でながら、なにやら不穏な動きをする。
なんていうか、告白前の表情に、さらに赤みを加えたような顔をして――
「……このくらい、許されるよね……? ……ちゅっ」
――おでこに、キスをした。
『……、…………あっ……』
「……んっ…………はわっ……、わ、わたし、なんてこと……ご、ごめんっ!」
我に返った成瀬が、周囲を確認して一目散に走っていく。
……取り残された俺の亡骸はどうしてくれるんだろうか。
「……ず、随分な光景を見ちゃいましたね……」
「誰のせいだと思ってるんだアホ」
声のする方を向くと、元凶の幽霊が口を押さえて固まっている。
俺としては、成瀬の秘めた情熱を見ることができて、すごく充実した時間だったんだが――。
このポンコツ幽霊には、少し刺激が強かったみたいだ。
……ショッピングモールで全裸になろうとしていたやつとは思えんな。
とにかく、成瀬が走り去ったあとすぐに、幽子は幽体を元に戻してくれた。
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる