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34 刺客

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 昨日は酷い目に遭った。危うく俺の中の何かが壊れちまうところだったな。だが気持ちが良かったのも確かだ。肩周りの筋肉がほぐされたからか腕が軽い。……むしろ今までそんなにひどい状況だったのか。そうか、これだけデカいもんぶらさげてりゃあそうなるか。

 とりあえず布団から出て着替えるとするか……。

「おはようございます」
「……は?」

 布団をめくると、そこには極氷龍がいた。

「な、何故この部屋に!?」
「癒し足りなかったので……」
「理由になってませんが!?」

 一体いつから入っていたんだ。昨日の夜にはいなかったはずだ。それに気配も感じなかった。

「温泉では軽く揉みほぐしてさしあげましたが、それでもまだ完全にはほぐしきれてはいなかったんです。ですのでショータさんがお休みになっている間にこう……ちょこちょこっと」
「何をしたんですか!?」

 手つきがいかがわしい。知らぬうちに妙なことをされていないだろうな……。

「こう、モミモミと」
「一体何を……」

 一体何をされた? 考えたくは無いが、まさか……。

「ッッ!」

 昨日の事もあってか、無意識に両腕で胸元を隠していた。いつの間にかそういった行動をしても抵抗感がなくなってきている。本格的に不味いかもしれない。

「ふふっ、早とちりし過ぎですよショータさん。別に淫らなことは何もしていませんから。温泉では出来なかった腰周りや背中、太ももなどをほぐしただけです」

 そうだったのか。言われてみれば体中が軽い気がする。背中や太ももには大きい筋肉が集まっているから、そこをほぐすことで体中に良い効果が出ているのだろうか。

「それにしても、真っ先にとった行動がそれだなんて……ショータさんってかなりエッチな方だったりします?」
「変なことを言わないでください。あと、マッサージ自体は嬉しいですが勝手に布団に潜り込んできたことへの免罪符にはなりませんからね」

 一旦極氷龍は放って置き、さっさと着替えを済ませた。

 その後極氷龍と二人で宿を出た時だった。

「アンタがショータか」
「……何者だ?」
 
 何者かが声をかけてきた。それもローブで全身を隠している上に俺の名前を知っているという怪しさ満点のヤツだ。

「詳しいことは言えない。だが、ひとつ言えるとしたら……僕はアンタの敵だ」
「そうか、なら今ここで倒しても良いか?」

 敵だと言うのなら今ここで仕留めておくのもありだろう。

「どうやら只ならぬ状況のようですね」

 近くにいた極氷龍も話に加わって来た。あまり治安が良い会話では無かったから混ざって来るのも当然と言えば当然か。

「そっちは、確か極氷龍だったか。洗脳が解けていたとは聞いたが、まさか一緒に行動をしていたとはな」
「洗脳について知っているってことは、黒って認識で良いな?」
「ああ。元よりアンタを始末しに来たんだ」

 そう言うと、ローブを脱いで懐からナイフを取り出した。

「ショータさん!」
「中々の速度だな……だが!」

 ナイフによる攻撃を避けた後、そのままナイフを持っている腕を掴んで投げ飛ばした。

「うぐっ……」

 所謂殺し屋という奴だろう。こんな公の場で行動に出るのは謎ではあるが、そうせざるを得ない程に追い詰められているという事か? 一応あのクソ学者は二回追い返してはいるし、獣人の村での騒ぎも止めた。奴らが焦っているというのなら、こっちにとっては好都合だな。

「ショータさん、大丈夫ですか?」
「ええ、この程度なら」

 極氷龍は俺が急に攻撃されたことに驚いているが、この程度なら何も問題は無い。俺一人で事足りるだろう。

「くっ……情報の通り、かなりの手練れの様だな」
「やっぱり俺の事は知られていたか。まあいいさ。どちらにせよ、いつかは正面衝突することになるんだろうしな」

 投げ飛ばされたくらいでは大したダメージにはならないか。再びナイフを持ち直して攻撃の隙をうかがっていやがる。

 ローブが脱げて露わになった頭には獣耳が付いていた。それにまだあどけなさの残る顔立ちからして、年齢も低いだろう。こんな少年が殺し屋をしないといけない世界ってのはちょっと闇を感じるな。

 その後も何度か突進してきたが、どれも受けながしてカウンターを食らわせた。それでもなお向かって来る辺り、かなり芯があるように思える。元からそういう性格なのか、殺し屋としての活動が彼をそうさせたのか。まあ、俺にはわからないし関係も無い。

「ハァ……ハァ……まだだ、アンタを倒すまでは……」
「そこまでして俺を始末したい理由はなんだ。俺を邪魔に思っているのはお前だけじゃないだろう?」
「……確かにそうだ。組織の中でもアンタを危険視している者は少なくは無い。ただ、優先度は低いとして直接的に作戦が組まれることは無かった……だから、僕がやらなくちゃ駄目なんだ」

 少年はそう言って再び立ち上がった。これは明らかに俺に対しての恨みを抱いているな。危険視している者がいるってのはなんとなく予想できていたが、まさかここまでピンポイントで狙われるとは思っていなかったぜ。組織が優先度を低く考えた対象にここまでこだわると言うのは普通じゃないからな。恐らく今までのどこかでこの少年に関わる何かをしたんだろうが……思い当たるもんがない。いや、正確には要素がありすぎて絞り込めない。

「一体、俺が何をしたって言うんだ」
「とぼける気か? アンタは獣人の村で僕の兄を殺したんだ。忘れたとは言わせないからな!」

 獣人の村……となるとあの時のあの獣人か。ナイトウルフを呼び起こした張本人であり、俺が殺した……いや殺してはいないな。確か毒を使って自殺していたか。
 
「あの時のアイツの弟だったのか。敵ながらあの精神には天晴だった。情報漏洩を避けるために自死を選ぶなんてな……だが、お前はそういうことを言いたいんじゃあないよな」
「そんなウソ、誰が信じるか! ……そりゃ僕たちがこういった活動をしている限り、死の危険が常に付きまとうのはわかってる。でも、だとしても、兄を殺したアンタが……憎くて仕方が無いんだ!!」

 少年は涙を浮かべながら突進してきた。ただ先ほどよりも動きが単調になっている。俺への憎悪が思考を鈍らせているんだろう。憎しみや怒りはエネルギー源にもなり得るし、弱点にもなり得る。今の彼は後者の方の影響が大きい。

 ……気になるのは、兄が自死を選んだことが伝えられていないということか。組織にとって都合の悪いことでもあったのか、何か他の理由が……いや、それを探ったところで今のこの少年には関係が無いことか。

「大事な人を殺した者への憎しみ……それがどんなものかはわかっているつもりだ」
「ふざけるな! アンタみたいな強者にわかってたまるか!」
「俺だって最初から強かったわけじゃ無い。昔は弱かった。そのせいで、大事な人を失ったことだってある」

 俺だって、出来るなら友人を失いたくは無かった。だが、それを叶えるには当時の俺は力不足過ぎたんだ……。

「うるさい! 僕はもう何も失いたくは無い! 兄の仇を討ち、これ以上アンタに奪わせないようにしてやる!」

 相も変わらずナイフを握りしめて突っ込んできた。先程と同じく単調な攻撃だ。避けるのは容易い。だが、このまま避け続けてもこの少年は諦めないだろうな。敵意を持ってい襲って来た以上、見逃す必要も加減する必要も無い。だが、何かこの少年は違う気がする。直感でしか無いが……。

「うぐっ……」
「……え?」

 気付けば、俺はナイフを真正面から受けていた。

「ショータさん!?」
「……俺は大丈夫です」
「どうして攻撃を受けたんだ……! アンタなら簡単に避けられたはずだ!」

 それはその通りだ。今までの攻撃を見ていても、脅威と呼べるものじゃないのは明白だった。それでも、無意識にこうしてしまったんだ。

「結果的に兄を殺してしまったことはすまなかった。だが俺はその判断が間違っていたとは思わない。あのまま放っておけば無関係の人たちも大勢殺されていた。それに俺はまだ死ぬわけには行かねえんだ。ただの自己満足かもしれないが、これで少しでも気持ちが晴れてくれんのなら……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……大勢の人が殺されていたってどういうことだ……?」

 ……なんか様子がおかしいな。

「兄は獣人の待遇を良くするための活動を行っていたはずだ。それのどこにそんな危険性が……」
「……お前の兄はナイトウルフっていう怪物を呼び出して襲わせるつもりだったみたいだ。世界の浄化だとかなんとか言ってな」
「そ、そんなの聞いていない! ウソじゃないだろうな!」
「嘘じゃない」

 少年の目を見つめる。最初は疑っていた少年だったが、しばらく見つめ続けていると半信半疑ではあるものの話を聞いてくれるようになった。

「兄はそんなことを……」
「知らなかったのか……?」
「僕は組織のために末端で雑用をしているから、あまり詳しいことは知らないんだ。でも、もしそれが本当なら僕は……」

 俺の腹に刺したナイフから手を放し、少年は後ろに下がりながらそう呟いた。と同時に、少年の後方に何か光る物体が見えた。

「ッ!? こっちだ!!」
「うわぁっ!?」

 それは少年の後方から猛烈な殺気とともに飛んできた。

「ぐっ……」

 光っていた物体の正体はナイフだった。瞬時に少年を庇ったからか、無防備にナイフを受けちまった。

「な、なんで僕を庇ったんだ!」
「なんだろうな。お前はここで殺しちゃいけないって思ったんだ。直感でしかねえがな。それよりも問題は……」

 殺気が近づいてくる。ナイフを飛ばしたであろう存在が、こっちに近づいてくる。

「……こんなところで何をしているんだ」

 猛烈な殺意を放つ全身をローブで包んだ存在が、その姿を現した。
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