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第一部 異世界アーステイル編

37 武人と白姫

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「ふ、ふざけるな……いくら金を積んだと思っているんだ!」
「それはすまねえ。もちろん全額返金はする。しかし、俺は彼女を……倒せない。色々とな」
「くっ、どうしてこうなった……!!」
「さて、全て聞かせてもらおうか。どうしてそこまでして俺を狙うのか」

 理由次第では……今の内に手を打っておく必要があるな。

「クッ……! ああわかった、話してやる。お前を狙う理由はただ一つ、帝国の未来のためだ!」

 国のため……か。あの時の口論の勢いからしてもそれは間違っていないんだろうな。

「お前程の力を手に入れられれば、モンスターとの戦いどころか他国との戦争においても有利に立ち回れる。だからなんとしてもその力を手に入れる必要があったのだ」

 そうか。そうだな。その通りだ。プレイヤーの持つ力はこの世界においては異常な程のオーバーテクノロジーだ。
 だからこそ、俺たちはどこか一国のために動いてはいけないのかもしれない。俺もこれから先、気を付けないとな。下手をしたらこの世界のパワーバランスがぐちゃぐちゃになりかねない。

「それに王子様との子を成せば、白姫のその力を継いだ子を増やすことができる。これ以上に国の軍事力を増やす手はない」

 王子との子……か。そうだな。俺のこの力を継いだ子を増やせば……こここ、子どもっ!?

「どうしたハル?」
「あ、いや、何でもない」

 どうやら動揺が顔に出てしまっていたようだ。
 それにしても考えたことも無かった。今の俺は女の子の体なんだ……つまり、男のあれが……。

 下腹部に視線が向いてしまう。あの王子のような人でもその時には獣のようになるってのか?
 ああ、駄目だ考えれば考える程にドツボに嵌って行く気がする。忘れろ。忘れるんだ。俺は男。誰が何と言おうと男なんだ。

「……戦いにしか興味が無いと思っていたが、そう言ったことにも興味があるのか。なら話が速い。お願いだ。帝国のために我が主と子を成して欲しい」
「だ、誰がやるか!!」

 ああクソッ、顔が熱い。ってかコイツ、それに気付いていやがるな……ああ最悪だ。
 最悪に恥ずかしい。男としての尊厳がゴリゴリに削られていく気がする。救いは無いのか俺には?

「おい、それくらいにしてもらおうか。白姫……ハルは俺の大事な師匠なんだ」
「何……? つまりお前のその力は白姫由来だと言うのか?」
「直接的なものは何も無い。だが師匠の考え方や俺との戦いの中で見せた技術の一端は、俺の中に確かに存在する」

 何と言うかそこまでの関係では無かった気がするが……まあ、あの後とんでもない努力をしたのだろうというのはわかる。
 実際今の彼は別れた時のそれとは比べるまでも無い程に強くなっているしな。

「それなら……! 白姫殿、ここまでしてしまった私の願いを聞いてくれるとは思わない。だがどうか! 我が国の兵士にその力の一部でも分け与えてはくれないだろうか!」

 本気の土下座をしながら男はそう言って来た。俺としては狙われたこと自体にそこまで恨みとかは無いが……世界のバランスを考えるといくつもある中の1つの国家の兵士を強くしても良い物なのだろうか。
 それこそ国同士の戦争に介入することにならないか?

 なんかこう、良い感じに強いけどバランスブレイカーにはならない感じの良い案は無い物か……。
 あ、そうだ。

「悪いが俺は特定の国に付くつもりは無い。だがこのまま放っておけば帝国が危ないと言うのもわかっている。だからこれを……授けよう」

 アイテムボックスから一本の剣を取り出し、それを男に渡した。

「これは……?」
「この剣があれば帝国の兵士でも悪しきモンスターを狩ることができるだろう。だが、決して戦争には使うな。もし約束を破れば、その時は俺が帝国を滅ぼす」

 これくらい言っておけば大丈夫だろう。

 ちなみにこの剣にそんな大層な逸話は無い。
 ゲーム内のアイテムはそのままこちらに持ってこられているから、俺がかなり昔に使っていた型落ちの装備品をあげただけだ。
 だがそれはあくまでゲーム内に置いての型落ち。この世界で戦って来た感覚からすれば、この剣は使う人が使えば闇に飲まれしモンスターくらいなら倒すのに事欠かないだろう。

「おお、なんと……! ありがとうございます! 白姫殿に授けられたこの力、決して悪しき利用は致しません!」

 これで良かったんだよな。良かったと言うことにしよう。俺としても罪の無い帝国の人たちがモンスターに殺されるのは嫌だしな。

「……ま、それはそれとして。あなたのことは王子様に報告する」
「ええ、ええ。構いませんとも。帝国のためならばこの私の命など……」

 うーん、根っからの悪人じゃないってのが逆にあれなんだよな。
 これならケインみたいにクズオブクズの方がいっそのことスッキリして良いんだけど。この人の場合根底にあるのは愛国心だからなぁ。それが暴走してこんなことに……。

 まあそんな訳で一件落着……? となった。
 結局あの男は王子の直属の部下からは外され、権力や地位、その他もろもろの多くのものを失ったようだ。
 だがそれでも彼は立場こそ変われど国のために尽くすことを続けた。彼の中にはとっくにゆるぎない覚悟があったんだ。

 また俺が授けた剣は原則として帝国騎士団長のみが使うようになったらしい。妙な使い方をされるかもしれないことを考えるとこれが最善だろう。

「師匠、俺は変われただろうか」
「……変わったと思いますよ。それも大きく……ね」

 以前のようなガキ大将の延長線上のようだった彼の姿はもうそこには無い。
 実力と覚悟の伴った、ただ一人の武人がそこにはいた。もっとも俺なんかがそう判断してしまって良い物なのかも悩みものだが。
 
 俺自身が彼に何かをしたわけでは無い。彼が勝手に俺から影響を受けて、勝手に変わっただけなんだろう。
 その点で言えば彼も俺にとっては精神的な師匠と言える。彼のおかげで俺はこの闘争と死に満ちた世界で生きる覚悟を決められたんだ。
 
「そうか。師匠にそう言ってもらえて良かった。……なあ、手合わせしてくれねえか。俺がどれくらい師匠に近づけたのか試してみたいんだ」
「わかりました。手加減はしないですよ」

 なんだかんだ言って彼はこの世界で出会った数少ない知り合いと言える人物だ。そんな彼との会話を俺はまだ終わらせたくは無かったようだ。

「さあ、かかってきてください」

 ……珍しく気分が高揚しているのを感じる。
 元の世界は確かに名残惜しい。けど、この世界も決して捨てた物なんかじゃないな。
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