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第一部 異世界アーステイル編

27 勇者召喚の真実

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「よし、ここを突破すれば最深部だ。何があるのかはわからないが、ひとまずはここのボスを倒すことに集中しよう」

 レイブンはそう言うとボスの間の扉を開く。
 しかしその先にボスの姿は無く、無数の石碑が立っているのみだった。

「これは……」

 石碑には何かが書かれている。が、読めない。この世界の文字は自動翻訳されているみたいだが、何故かこの石碑に関しては一切の翻訳がされていないようだ。

「読めないでござるな」
「我もだ。HARUはどうだ?」
「俺もです。恐らく翻訳がされていないんだと思うんですけど……」

 その理由はわからない。
 古代の遺物とか言っていたし、そもそも対応していない言語の可能性もあるけども……。

「……そうだったのか」
「レイブンさん?」

 レイブンは意味ありげにそう言う。というか反応してるってことは読めてるってこと?

「もしかして、読めるんですか?」
「ああ、俺にはこの石碑に書かれていることが読める……断片的にではあるがな」

 やはり読めているらしい。けどどうして彼だけが読めているんだ。

「どうしてレイブン殿は読めるのでござるか?」
「俺はこの世界出身だからだ」

 ……え、今なんて言ったよこの人。

「この世界出身と言うのは……?」
「言葉の通りだが……? 俺はこのアーステイルで生まれ育った。だがある時何かに巻き込まれたようでな。気づけば地球の日本と言うところにいた」

 まさかの逆転移者だったってこと!?
 いや、確かにそう考えると全部つじつまが合うのか……。
 最初からこの世界に順応していたのはそもそもこの世界出身だったから。
 やたらと覚悟が凄いのも生まれ育った世界を救うため。
 命のやり取りに対して何の躊躇いも無いのも、モンスターとの生存競争が日常茶飯事なこの世界で育っていれば何の違和感も無い。

「となるとこの石碑に書かれていることはこの世界の文字ではあるってことだな。一体何故我らには読めないのか……」
「恐らく意図的に秘匿されている可能性が高い」
「それは一体何故でござろうか」
「ここに書かれている内容は……勇者召喚にとって都合が悪いからだ」

 勇者召喚にとって都合が悪いと言うのは……いや考えてもよくわからないな。
 彼の説明を聞いた方が速そうだ。

「闇の勢力というのは、どうやらこの世界の浄化作用らしい。人が増えすぎて世界の維持に問題が出てきた時、闇に飲まれしモンスターを生み出し増えすぎた人の数を減らす。そうして世界のバランスを保ってきたと、そう書かれている。倒した時に魔石を落とさないのも、生物として存在している通常のモンスターと違い、闇に飲まれしモンスターは世界自体が最初からそう作ったからのようだ」
「それは……だとしたら我らはむしろ世界の反逆者では無いか……」

 ジャガバタの言う通りだ。ここに書かれていることが真実なら、世界における安全装置が闇に飲まれしモンスターということになる。
 人間にとってはあまりにも理不尽過ぎるものだが、世界を維持するうえでは必要なものなのだろう。

「しかし人間もただただ黙って減らされることは選ばなかったようだ。異世界から勇者を呼び出し、闇に飲まれしモンスターを討伐させることにしたらしい。それが……」
「勇者召喚の儀式魔法ということでござるな」

 勇者召喚の儀式魔法がまさかそんなものだったなんてな。
 最初から俺たちは女神様もどきに騙されていたってことじゃないか。

「それで、元の世界に帰る方法などは書かれているのか?」
「いや、書かれているのは儀式魔法がどういったものなのかだけで、召喚された者が帰る方法は書かれていない」
「そうか……」
「一応、召喚された勇者は死ぬまで戦い続ける運命にあると書かれているが、これがどういう意味なのかは俺にはわからない。ただ単に死んだらそこで終わりなのか、死んだら元の世界に戻るのか……」

 うーん、この書き方だとただ単に死ぬまで戦えよって意味だとは思うんだよな。
 流石に試しに死んでみるとかは出来ないしな。

「となると、この石碑が読めなかったのは真実を知られることを嫌っての措置だろうな。それに元の世界に帰る方法が無いことだってありえる。それらを知られれば士気が落ちると、この儀式魔法の開発をした者たちは考えたのだろう」
「……真実を知ったにしては随分と平気そうだな」

 レイブンは不思議そうにそう言う。
 確かにそうだな。彼にとってはこの世界が生まれ故郷であるが、俺たちは違う。もう二度と元の世界に戻れないかもしれないのだ。
 異世界に残される恐怖は彼自身が何よりも理解しているはずだしな。

「拙者たちは元の世界にそこまでの未練は無いでござるからな」
「もちろんお父様にもう会えないのは少し悲しいけど、あの閉ざされた世界を生き続けるのは……もう嫌なの……」

 一度外の世界を知ってしまった箱入り娘は、もう元には戻らないか。
 ただ、彼女たちは大丈夫でも他のプレイヤーはどうだろうか。いっそのこと言わない方が幸せまである。

「ハル、どうしたんだ?」
「いえ、このことを他のプレイヤーに報告するべきか否かを悩んでいまして。知らない方が幸せというのもありますし……」
「……今言っておいた方がいいと思う。帰れないのに、いつか帰れるかもしれないと思い続けるのは……あまりにも残酷だ」

 ……そうか。そうだよな。
 俺だって元の世界に未練が無い訳では無い。家族に挨拶だってしてないんだ。

「他のプレイヤーに伝えるにはメッセージを送る必要がある。ひとまずダンジョンの外に出よう。ここにいつまでもいて良いものなのかもわからないしな」
「……そうでござるな」

 口ではああ言っていた武神君もその表情には悲しみや後悔と言ったものが混じり合っていた。
 結局、彼女もまだ受け止め切れてはいないのだろう。

 結局、脱出に関しては特に問題が無かった。と言うより、本来は転移不可能であるはずのダンジョン内なのに何故か転移できるようになっていたのだ。
 それどころかこのダンジョン最奥への転移ポイントが追加されていた。
 ……この場所は何かがおかしいのかもしれない。

 そうしてダンジョンから脱出した俺たちは他のプレイヤーへと勇者召喚の真実を記したメッセージを送った。
 その内、RIZEとクリムゾンからは返信が来た。感情が露わになった殴り書きといったものだったが、今の俺にしてやれることは無い。
 いや、一緒にいることは出来る。プレイヤーとして、同じ運命をたどる者として、彼女たちのそばに居続けることは出来るんだ。

 ……こんなことになって改めて思う。
 俺は、俺では無くなってしまっているんだ。
 元の世界に帰れないのかもしれないのに、不安感も悲壮感もない。未練こそ少しあれど、ここに来たばかりの頃のような感情は今の俺には無かった。
 
 思えば初めて人を斬った時、俺が俺でなくなったのかもしれない。
 ……俺は、この世界に適応し過ぎてしまったんだ。
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