固有能力『変身』を使いヒーロー活動をしていた私はどうやらファンタジーな異世界でも最強のようです

遠野紫

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81 決断

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 その後もしばらくの間、二人はここカタリスで過ごしていた。
 毎日温泉に入れるだけではなく、料理もとても美味しいのである。
 特に今泊っている宿で出される料理は日本料理を再現したものであり、異世界の料理で疲れてしまっていた彼女らの舌にはこれでもかという程に優しく染みわたっていた。

 要するに、ここカタリスは驚くほどに過ごしやすいのである。
 温泉や料理だけではなく、気温も適温で治安も良い。日本人である彼女らが生活していくうえでこれ以上に無い環境であった。

 そんなある日のことである。
 二人は屋台料理を食べに夜の温泉街へと繰り出していた。

「咲ちゃん、これとか美味しそうだよ!」

 桜が発見したのは串に野菜や肉を刺して蒸し焼きにしたものだった。
 街中を温泉が流れているため、それを使った蒸し焼きがカタリスの郷土料理なのである。

 それ以外にもたくさんの魅力的な料理が屋台では売られており、あっという間に二人は満腹になってしまうのだった。
 そしてその帰り道。
 少し人気のない路地を通った時にそれは現れた。

「……誰?」

 咲はその存在にいち早く気付き、桜を自身の後ろへと移動させる。
 しかし彼女のその警戒は杞憂に終わった。

「夜分に申し訳ありません。ゼル様の命により、残る魔将である魔然王についてお伝えに参りました」

 そう言ったのは一人のゴブリンである。
 だがただのゴブリンでは無い。 
 と言うのも、彼はゼルと同じ穏健派を示すバンダナを腕に巻いているのだ。
 つまりは味方であった。

「街の中に入ってきても大丈夫なの?」

 そんな彼に、咲は当然の疑問を投げかける。
 キングゴブリンにして頭領たるゼルならばまだ何とかなるにしても、彼の見た目はただのゴブリンなのだ。

「見つかればただでは済まないでしょう。しかしご安心ください。我々はゼル様直属の隠密活動に特化した部隊ですので。何があろうとそのような失敗はいたしませんとも」
 
 彼の言うように、彼の所属する部隊はゼルの部下の中でも特に重要度の高い任務を行う特別なものであった。
 そのために隠密行動に特化した能力を持ち、そのための訓練を日々行っているのである。
 さながらそれは「忍」と言っても差し支えないものだった。

「それではこちらをどうぞ」

 彼はゼルからの手紙を取り出し、それを咲に手渡す。

「……やっぱり、いつかはこうなるよね」

 それを読んだ咲はまるで苦虫を嚙み潰したかのような顔をしてそう言った。
 その手紙の内容は「魔然王が現れる兆候を発見した」と言うものだったのだ。

 また、兆候が見られた場所は港湾都市バルエニアというアルタリア王国から西に進んだ先にある大規模な港街である。
 そのためカタリスからちょっと行って帰ってくる……みたいなことは出来なかった。
 そしてそれはこの快適な生活にさよならをしなければならないこととイコールであった。

「んぐぐ……」

 咲は悩んだ。それはもうとてつもなく悩んだ。
 カタリスの温泉と料理に慣れてしまった彼女はもう他の街には行きたくなくなっていたのである。
 それにここにいれば桜にも負担がかからないし、なにより安全だった。

 しかし未だ五大魔将の最後の一体にして一番厄介な存在である魔然王は倒されていない。
 このまま放置していればいつかはここカタリスにだって被害が出てしまうかもしれなかった。
 それに押し付けられたとは言え、これはゼルとの約束でもある。
 魔霊王に勝てたのも彼のおかげであるため、決して無下には出来なかったし、したくは無かったのだ。
 
 ゆえに、彼女の中では常に天秤が動き続けていた。

「……行こう、咲ちゃん」

 そんな時である。
 桜がそう言いながら咲の手を握った。

「いいの……?」

 それに戸惑う咲。
 次にいつ戻って来られるのかもわからない以上、桜のその選択はそう簡単に出せるものでも無いはずなのだ。

「うん。だって咲ちゃんがしたいようにするのが一番だから」

 もちろん桜だってこの生活を続けたいとは思っていた。それは変わらない事実である。
 とは言え咲が踏み出せずにいることには気付いていたし、それがある程度自分のせいであるともわかっていた。
 同時に咲が魔然王を倒さなければならないと思っていることもとっくに見抜いており、彼女のその思いを否定したくはなかったのである。

「……ありがとう、桜。決心がついたよ」

 咲は肩の荷が下りたかのようなスッキリとした顔でそう言う。
 どうやら桜の言葉が決め手になったらしく、結局二人は明日の朝一番にバルエニアへと向かう事を決めたのだった。
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