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41 魔人王

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 その少女は確かに自分の事を魔人王と言っていた。
 普通に考えればただの子共のホラ話だと思うものだろうが、彼女の放つあまりにも膨大な魔力からはそれが嘘であるはずが無いと本能レベルで感じてしまうことだろう。

「魔人王……!」

 それは咲であっても例外ではなく、目の前の少女が明らかにヤバイ存在であると言う事を彼女の本能は彼女自身に強く訴えかけていた。

「そう、私が魔人王。ところでさ~、おねーさん相当強いね~? そこのダニエルとかいうのも人間の中だとかなり強かったはずだったんだけど。正直その力、規格外すぎじゃない?」

「……何が目的なの?」

「え~そこ、気になっちゃう? いいよ~特別に教えてあげる。どうせ皆殺しちゃうし」

 魔人王はヘラヘラと笑いながら咲の問いに答えた。

「私の目的はね~魔龍神王様が動きやすいように人間の世界を裏から牛耳ることなんだ~。そのためにブルーローズ家だっけ? まあ、そこのダニエルを使ってこのフェーレニアを落とそうとしたんだけど……」

 魔人王は転がっているダニエルから咲の方へと視線を移す。

「おねーさんが思った以上に強すぎて、作戦が失敗しちゃったんだよね~。だから諸々の証拠の隠滅のためにも、私自らが出てきたってわけ」

「証拠の隠滅って……!」

「あははっ、わかっちゃった? この街をね~全部、ぜーんぶ破壊するの! そうすれば私のことを知る者はいなくなるし、洗脳の証拠も残らなくて対策されないでしょ?」

「洗脳……? それじゃレイナさんが言っていたのって……!」

 咲は昨日レイナから聞いたことを思い出す。
 ダニエルは元は優しい兄だったが、ある時を境に急に人格が変わってしまった……その話と今の少女の話を照らし合わせれば、必然的に見えてくるものがあった。

「そんな……貴様が、兄上を!!」

 その時、少女と咲の話を聞いていたレイナがこうしてはいられないと闘技場の中央に飛び込んできた。

「全て、貴様のせいだったのか!?」

「あれ~? おねーさんって確か、ダニエルの妹ちゃんだったっけ? ふふっ……あははっ! そうだよ、私がダニエルを洗脳したの。ブルーローズ家の影響力を使って人間の世界を裏で牛耳るためにね。ついでに言うと~あなたのお父さんを呪いにかけたのもわ・た・し♡」

「兄上のみならずお父様まで……! ふざけるな……貴様のせいで、私たちは……!!」

 レイナは怒りに身を任せて魔人王に斬りかかる。
 目の前にいる少女のせいでブルーローズ家の歯車は狂ってしまったのだ。 
 冷静さを失ってそんな行動に出てしまうのも無理もない。

 だが、魔人王はそんな荒い攻撃が通用するような相手ではなかった。

「あははっ、いいよいいよ~。そういう顔、好きなんだよね~」

 魔人王はレイナの攻撃をヒラリと躱すと、両手に魔力を込め始めたのだった。

「それじゃ今度はこっちからいくよ~」

 その瞬間、魔人王の両手からはそれぞれ全く別の魔法が放たれた。

「ッ!? 別の魔法を同時に発動するだと!?」

 レイナはそんな魔人王を見て驚愕する。
 本来、魔法と言うのは一つしか発動出来ないものなのだ。
 と言うのも、詠唱を破棄しようが無詠唱で発動させようが魔法の発動には脳のリソースを大量に消費してしまうのである。

 だが、魔人王にはそれが出来た。
 全く別の系統の魔法を脳内で同時に処理できるのだ。それはもはや脳が二つあると言っても差し支えないものであった。
 生まれつきの膨大な魔力量とその異常なまでの魔法の才。彼女はなるべくして五大魔将となったのだった。

「レイナさん、危ない!!」

 ギリギリのところで咲は大盾を使って魔法を打ち消すことに成功する。

「あ、ありがとうございます……」

「礼は後です。今はあの魔人王をどうにかしないと……!」

 たった一度の攻撃を受けただけで咲の持つトリケラシールドは半壊しており、次に攻撃を受ければ崩壊してしまうだろう。
 それだけの威力の魔法を魔人王はジャブ感覚で放てるのだった。

 全く持ってレベルが違う……この場の誰もがそう思ったことだろう。 
 だがそれでも諦めない者がいた。
 いや、諦められないと言った方が正しいだろうか。

「うぉぉぉぉっ!!」

 レイナは剣を構え直し、魔人王の元へと全力で走る。
 すると魔人王はどういう訳か少し反応が遅れるのだった。

「ああもう、ちょこまかと移動しないでよ! 私運動は苦手なの!」

 魔人王のその言葉通り、彼女はレイナの全力の走りに翻弄されていた。
 剣聖の称号を持つレイナの機敏さと剣術は一級品であり、近接戦闘だけに限れば相当な実力者なのだ。
 対して魔人王は尋常じゃない魔力と凄まじい魔法の腕があるだけのただの女の子であった。

 そう、彼女は運動能力ではレイナに遠く及ばないのである。

「貰った!!」

 そんな魔人王に肉薄したレイナは剣を振り下ろす。

「……へへっ、引っかかったね」

 だがその瞬間、レイナは後方に大きく吹き飛ばされたのだった。

「確かに魔術師は運動が苦手。だから懐に潜っちゃえば何もさせずに倒せる……って、そう思ってたでしょ?」

「がふっ……な、なにが……」

「答え合わせしてあげる~。じゃじゃ~ん!」

 魔人王が楽しそうな声でそう言った瞬間、彼女の周りに数えきれない程の魔法陣が姿を現したのだった。

「あらかじめ私の周りには大量の設置式の魔法を置いてあるんだよ~。何も知らずに跳び込んで返り討ちにあった気分はどう? おねーさん、身体能力は高くても注意力がざこざこだね~」

 負傷が激しく、もはや立つことも出来ないレイナを魔人王は嘲笑する。
 そんな彼女にとどめを刺すべく魔人王は再び魔力を両手に込め始めた。

「させない!」

 それを止めようと咲が動こうとするが……。

「邪魔しないでね?」

「くっ……!?」

 大量の魔法陣が咲を取り囲んでしまい、身動きが取れなくなってしまう。

「あっちのおねーさんが惨めに死んでいく所をそこで見ていてね?」

「レイナさん!!」

 咲が彼女の名を叫ぶのとほぼ同時に、魔人王の腕から放たれた魔法がレイナを包み込んだ。

「待って、だめ……そんな……」

 何も出来ないことへの悔やみ、そして目の前の命を救えない自分への怒りが彼女を蝕むんでいく。 
 
『……フロストドライバー』

 その時、咲の腰にこれまでとは全く別のベルトが現れるのだった。

「私のせい……。私が弱いから、何も救えない……!」

 咲の周りにどす黒い氷の粒が舞い始める。
 そして明らかに様子のおかしい彼女のその腕がベルトへと向かっていた。
 
 ……このままでは取り返しがつかないことになるだろう。
 今彼女が付けている氷山を模したベルトはフロストドライバーと言い、最悪にして災厄のフォーム『グレイシャルライザー』へと変身するためのものである。

 過去に一度だけ変身したその時は闇に飲まれた咲がその有り余る力に振り回され、エネルギーが尽きるまでひたすらに破壊の限りを尽くしたのだ。
 もし今彼女がそのグレイシャルライザーに変身すれば魔人王は倒せても代償にこの街が地図から消えることになるだろう。

 ……しかし、結果としてそうなることは無かった。

「なっ、なんで死んでないの!? っていうか何その姿! 想定外なんだけど……!?」

 どういう訳か魔人王の魔法によって命を落としたはずのレイナがそこに立っていたのだ。
 それどころか彼女の体はみるみるその姿を変えて行き、ついには真っ白の毛に覆われた巨大な狼となったのである。

「え……? なに、これ……?」

 思わず咲はそう口にしていた。
 そして咲の意識がそちらに持っていかれたためかフロストドライバーは影も形も無くなっており、ひとまずこの街の消失の危機は無くなったのだった。
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