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バイク乗りの章

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 2017年。2シーズンから、葵は本格的に「十王輪友会」のメンバーとして、月一のツーリングには必ず参加していた。

「キャンレッドダグちゃん」は彼女の運転のクセが完全についていて、他人には扱いにくいバイクに変貌していた。

 人間とオートバイは、まさに1対1の信頼関係で結ばれているのだった。

「まずそこが、自動車とは全く違うのよね」

 葵は「キャンレッドダグちゃん」を丁寧に磨きながら呟いた。

 自動車は誰が運転しても構わない。それが自動車のいいところだが、オートバイ乗りは、自分のオートバイを他人に貸す気は微塵もない。

 5人乗りの乗用車だと、一人が運転して、残りはくっちゃべってドライブするのがその用途だ。しかし、オートバイは全く違う。基本、オートバイに乗るものは運転者のみだ。たまに2人乗りのオートバイを見かけるが、葵は思わずまゆをしかめるのだった。

「私は、後ろに乗る人の命までは、責任が持てない」

 万が一にも制御を失い転倒したら、それは「死」に繋がる。自動車のように「ちょい当て」とか、「対物オンリー」という事故はないと思ったほうがいい。

 単独で転んでも、腕や足に怪我を負う。

 その危険も考えずに、素手で安易に乗り回している奴らを見ると、情けなくなるのだった。

 だが、そう思う葵に対して、仲間たちはただ笑うだけだった。

 彼らが乗っているオートバイは、軽四自動車よりも排気量が大きい。

 乗り物は何でもそうだが、セスナ機が操縦できても航空機の操縦はできない。大きくなればなるほど、高いスキルが要求される。加えて彼らには「十王」の誇りがある。自らに課した価値観のもと、オートバイに乗ることを楽しんでいた。

 甲信越や能登半島は、関東・関西地方のライダーには、ショートスティの旅に最適だった。ヘルメットを被っているから表情まではわからないが、それでも多くのライダーが同じ想いを心の中に秘めていた。

「風になって駆ける」

 人間は太古、四つ足動物から二足歩行へと進化した。

 自由になった両手を大空に差し出し、より高みを目指す生き物になった。

「大空への憧憬あこがれ」。

 これは人間の本能に埋めこまれている。

 直に風を体感できるオートバイ乗りは、その魂を空へと飛ばすことを欲する。

 オートバイに乗ったからといって、本当に重力から解放される訳ではない。しかし人は、空想ができる生き物だ。

 自然と同化したいという夢を持つものは、男性に多いことは確かだ。「男」というせいが、強靭な肉体を持っているから、登山家にしても冒険家にしても、男性が主体であることは間違いない。だからと言って、女性がいないわけでもない。

 葵も、「風のように駆ける」という夢を持ったバイク乗りだ。

 仲間たちも、最初は女の「性」を意識していた。しかし、葵を「十王」として認めたし、ただの「美人女性ライダー」で終わらせる気もなかった。

 それでも、自分たちとは性別が違うという事実は変わらない。

 葵と悠真が付き合うようになったことを知り、文一たちは、しばらくの間二人を意識して見ていた。

 しかし、葵の出現程度で、男の友情が壊れるとは思っていなかった。

 それに、ヘルメットを取ったときよりも、峠を攻めている葵の方が、彼らにはずっとカッコよく見えるようになっていた。

 仲間たちは、2年目の春には、葵を自分たちと対等の心を持つ「十王」として見ていた。

 葵は葵だ。

 Ninjaを軽々と操る、一人のライダーだ。

 ライダーはライダーだというだけで仲間だった。
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