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始まりの章
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「へそにいるんだから、そこから血脈を辿って毛細血管の最先端まで私は行きます。そのためにオートバイの免許を取りました」
招き入れられた8畳ほどの応接室の入り口に立ったまま、開口一発、訳のわからないことを正々堂々と言ってのけたのは、西野葵という、2016年8月20日時点で18歳の大学1年生だ。
「......?」
「......?」
「......?」
「なんだ、それ?」
ソファに座った4人の男性。内3人が、無表情のまま葵を見上げていた。
その眼差しは、けっしてお優しいというものではなく、どちらかというと「なんだ? この変な女は?」ビームが掃射されていた。
「文ちゃん。おまえが言ってた女って、このでかいだけの『骨川筋子』かよ?」
葵に向かって置かれたソファの真ん中に座っていた、一番眼光が鋭く、無駄な贅肉が全くない豹のような男性が、葵を睨んだまま声を発した。
「文ちゃん」と呼ばれた彼は、葵のすぐ前にある、彼女に背を向けたソファに座り、彼女を振り返って見上げ「なんだ、それ?」と言った西田文一のことだ。整備士が着ているつなぎの作業着の上を脱いで袖を腰で結んでいた。
23歳の彼は、教習所のオートバイのメンテナンスを請け負っている、教習所の真ん前にある「カワサキ・ショップ」の整備士で、葵がオートバイの普通免許を取るために教習所へ行ったとき、初めて声をかけてきた奴だった。
「睨むな、巧。文ちゃんが推薦した奴だ。間違いはないだろう。俺らは加入を認めたんだ。男だとか女だとか、ってのは『十王輪友会』の趣旨とは関係ない。その名に相応しい奴であれば、俺は代表として認める」
葵と向かい合ったソファの一番左側に座っている、これまた、格闘技でもしているかのように胸板が厚くて、ものすごく背が高い青年が葵を凝視したまま、全員に聞こえる声で言った。
(うわぁ~~。こっちはライオンだよ)
葵はマジに逃げて帰ろうかと思った。
(でも文ちゃんって、気さくで優しかったよ? というか世話焼き過ぎじゃね? ってくらい、しつこく世話を焼いてくれたんだけど? その文ちゃんの仲間だから、優しい人たちだと思ってたけど、ただの思い込みだった? マジにコミュニケーションとれんのぉ?)
「おまえら、もちっと優しくなれねぇ? 葵。ビビらせたな。捕って食いはしねぇから、こっち来て座れや」
文一に促されて、葵は壁に引っつきそうなくらい隅っこを歩いて、彼が座っているソファの入り口から一番遠い場所に座った。座った瞬間、また葵は凍りついた。
(げっ! 『ジオンのザク!』だ! この巨大ロボットみたいな人、ソファに沈み込んだまま腕組んで、私をちろっと見ただけで視線外しましたぁ~)
葵を完全に無視して沈黙しているザクを前にして、眼をつぶって小さくなった。
「おまえら。俺の話はちゃんと納得して聞いたんだろ? こいつ、初めてバイクに触ったときから、扱い方を知ってたんだ。お荷物になるような奴じゃない。『十王』の名前に相応しい奴だ。でもまぁ、初心者に変わりない。そこは、みんなで助けてやってくれ。ほれ、葵。さっきの訳がわからねぇ、開口一発宣言。ちゃんと訳せよ。こいつらを、見た眼で判断するな。話せばちゃんとわかる奴らだ」
文一に促されて、葵はびくびくしながらも自己紹介文を考えた。
「十王輪友会に入る」と決めたんだ。自分から歩み寄らなくちゃ、このまま「骨川筋子」呼ばわりされて、「はい、さようなら」では、出口までの約5メートル、どの面さげて逃げ出せるかと考えたら、その距離が1キロメートルくらいありそうだった。
葵は意を決すると、前に座っている見知らぬ3人の男性、一人ひとりを見た。
「初めまして。西野葵と言います。信州大学経法学部1年生、18歳です。今日、オートバイの普通免許に合格したばかりです。ぶ......。いえ、西田さんに、ライダーズ・クラブに入らないかと誘われて、今夜のミーティングに参加させていただいた次第です。よろしくお願いします」
葵は深々と頭を下げた。
「今日の試験で、男たちすべて蹴落として、トップ合格した奴だ。そこいらの女とはちょっと違うな。こいつが乗るバイクも、すでに発注してある。Ninja 400 KRT EDITION』だ。カワサキが誇るスーパー・スポーツモデルに、こいつなら乗れる」
文一が補足した。
「なるほど。文ちゃんが言ってたとおり、最低条件の『トップ』は取ったんだな、この『骨川筋子』。んで、こいつ、本当に俺の背中を追ってこられるんだろうな? ぶっ転びやがったら承知しねーぞ? 『骨川筋子!』。俺は巻き添え食って死にたかねーからな!」
(また、『骨川筋子』って言ったぁ~。それに、なんか......かなり尖がってるんですがぁ~)
葵は「巧」と呼ばれた豹男に睨まれていた。
「いちいち脅すな、巧! トップ合格したと言っても、さっきだ。現段階で、俺たちと同じ力量を持ってる訳ないだろう? だが、文ちゃんは、すぐに追いつくと判断したから、こうして連れてきたんだ。つまり、文ちゃんが見た人間性と実力は、『十王』の条件をクリアーしてるってことだ。確かに、トップを取る女はそうそういない。タッパがあるから、400ccに乗っても、軽々と足もつくだろう。わかった。歓迎しよう」
ライオン男が、ソファから体を起こして葵を見つめた。
「初めまして、西野葵さん。俺は清水悠真だ。文ちゃんと同じ23歳。ここにいる奴らは、高校時代の同級生だ。16歳の時にオートバイの免許を取り、そのままこうして7年つるんでる。高校を卒業するときに『バラバラになるが、長期休みで帰省したときには集まろう』と作ったのが『十王輪友会』だ。俺の職業は『坊主』。厳密にいえば、寺の次男坊でな。家の手伝いをしてる。俺のことは『悠真』と呼んでくれ。おまえも『葵』と呼んでいいか? 俺たちが『十王』たる資格があると認めたら、それで仲間だ。んで、さっき言ってた『へそ』ってなんだ?」
悠真は、さっきよりは柔らかい口調になっていた。
「そうそう。なんだよ、その『へそ』って?」
文一も、身体を葵のほうに向けた。
「え......と、ですね。上田市って言ったら、まぁ、真田幸村さんとか、有名どころが多いですが、私の家の近くには『生島足島神社』があるんです。日本のど真ん中で、日本を支えてるすっげー大社です。あだ名は『日本のおへそ』って言われてるのはご存じですよね。私は、身体のど真ん中にある『へそ』で生きてるから、そこを起点にして日本全国隅から隅まで、毛細血管みたいな辺鄙な場所もひっくるめて、オートバイで旅をするのが夢なんです。『へそ』から血脈に沿って張り巡らされた、まるで血管のように行き止まりがない道を、どこまでも、どこまでも走り続け、そこで『何か』に出会って知りたい。共有したい。世界はどのくらい広いんだろう? オートバイに乗って、風を友達にして行けるところまで行きたい」
「壮大だな。夢は日本一周攻略か? しかし、それにはあと十キログラム太れ! 『骨川筋子』じゃ、体力が持たねぇ。俺たちについてこられるだけの体力をつけろ! 俺の背中を追う覚悟がある奴しか、俺は『十王』として認めねぇ」
豹男の巧が葵を見た。
(骨川筋子って、何度も何度も言いやがってぇ―――――! これでも合気道の有段者なんだけど? そこいらの男だったら、軽―――――く、転がせられるわよ!)
葵は豹男を睨みつけた。
「私は『バイク乗り』になりたくてなったんです。そうでなくちゃ、生身を晒すリスクを背負ってまで、オートバイの免許なんか取らないです。日本一周だったら自動車でもできる。きれいに化粧して、着飾って旅してたほうがずっと楽ちんだわ。でも、私がやりたいことは、蠅と一緒に箱に守られてたら感じられないものを、この肌で感じてくことです」
「蠅?」
豹男は、ちょっと顎を突き出して葵を見つめた。同時に他の奴らもまた、「へそ」と言ったときと同じ顔つきになっていた。
「おまえさぁ、ぶっ飛びすぎ。言ってることが意味わかんねぇ。『へそ』はわかった。でも、この会話の流れで、どうやれば『蠅』が登場するんだ?」
豹男が「こいつは話にならない」とでも言いたそうに、ため息をついた。
「おかしいですか? だって自動車って時速100キロメートルで走ってても、車内にいればその速度は体感できません。もし車内に『蠅』がいたとしましょう。蠅は確かに飛んでますが、こいつも時速100キロで飛んでるんですよ? それなのに、自動車内にいる私も蠅も、時速100キロメートルの風速とは関係ないんです。でもオートバイは違う。蠅は私についてこられない。私は時速100キロメートルで身体に突き刺さる、風の中へ切り込み、全身で受け止める。オートバイだからこそ、この風圧を体感できるんじゃないですか。想像しただけでわくわくします」
葵はベテランを前にして、超初心者が持っているオートバイへの憧憬を、雄弁に語ったことへの気恥ずかしさも持たずにしゃべりまくった。
「はっはっはっ! この『骨川筋子』おもしれぇ。なるほど、言われてみればその通りだ。航空機内の『蠅』なんか時速860キロメートルで、飛んでるってことだよな。想像したら、笑うしかねぇ。確かに俺たちは、風圧をまともに食らう魅力にとり憑かれたから、オートバイに乗ってる。風は俺たちと常に一緒にいる。『骨川筋子』。おまえもか!」
豹男が喉ちんこが見えるくらい、でかい口を開けて爆笑した。
他の奴らも、航空機内でぶ―――んと飛んでいる蠅を想像したらしい。「気がつかなかった―――!」 といった眼つきで葵を見て一斉に笑った。
しかし、葵にとっては当然の理由だ。そんな「へっ!」でもないことに感心されるより、自分への呼び名のほうが重要問題だった。
「だぁかぁらぁ――――! その『骨川筋子』はやめてくださいってば!」
葵は豹男に抗議した。
「わかった、わかった。俺は小林巧。電力会社勤務だ。まぁ、家は観光果実農園もやってるから、そっちも手を出してる。『十王』としてよろしくな。ちゃんと俺について来いよ!」
「巧。肝心なこと言えよ。こいつ、すっげー、山深い場所に100メートル級の送電鉄塔を建ててるんだ。猿のようにひょいひょい鉄柱を登ってる。『死と隣り合わせ』の仕事をしてるだけあって、オートバイもめちゃくちゃなところがあるけど、死なないな」
文一が、またまた補足説明をしてくれた。
「なんか、すごいですね。想像つきません。ところで、さっきから飛び交ってる『じゅうおう』って何ですか?」
葵は、自分の頭上で半円を描いて素通りしているオレンジ色のピンポン玉みたいに、男性陣だけで会話が成立している『十王』とその資格とやらが、何のことか知りたかった。『十王輪友会』という命名も、はっきり言ってダサい。『ブルーインパルス』とか、横文字のほうが、よほどカッコいいのではないかと思っていた。
「それについては、俺から説明しよう」
悠真が葵を見つめた。
「葵もさっき言ったように、上田市には『真田幸村』の居城がある。真田家と言えば『真田十勇士』だ。『十王』とは『十勇士』から取ったものだ。俺たちは自分に『十王たる資格』というものを課してる。『十王』になれるだけのテクニック。オートバイを御せるだけの精神力。バイクに対するゆるぎない信念。どんなに辛いことにも屈しないで立ち上がる。絶対に諦めない。『優しさ』は心の余裕の部分に住んでいる。その場所を持ち続けられるもの。それが、俺たちが目指す『十王』だ。甘ったれたバイク乗りは、俺たちとは関わり合いがない。しかし、否定する気は毛頭ない。『十王』は、俺たちだけの『存在価値』だ。言葉にすると重く感じるだろうが、文ちゃんが葵を選んだ時点で、おまえはそれを知ってると、俺たちは判断した。だから聞き流していい。おまえは自分の夢を叶えるために走り続ければいい。俺たちは風になって自由に駆け抜ける。やることはそれだけだ」
悠真の言葉に、葵は全身が震えた。
「私、未知の世界に入ったんですね。新しい世界の扉が開いたみたいです」
葵の言葉に、真正面に座る「ザク」がのそ~っと体を起こした。
「俺が乗るオートバイに語り継がれてる言葉がある。『サドルにまたがれ』『ビッグツインエンジンに火を点けよ』『あらゆる原動機付車両の中で最も魅力的なエキゾーストノートに耳を傾けよ』『町から飛び出して道の導くままに走れ』だ。俺も道がある限り、どこまでも走り続ける」
(すごくかっこいい言葉だけれど、このザクさん、誰なんだぁ?)
葵のリアクションに悠真がふっと笑った。
「小松。自己紹介を忘れてるぞ?」
「そうか。俺は小松清太郎。普通の会社員だ。悪いが、俺にはあまり突っ込まないでくれ」
「それって、嫌ってるように聞こえるぞ? ただの無口だろ? 葵、必要以上のことを話させようとしなければ、全く害はない奴だ」
文一が笑った。
「なんだ、それは。別に俺は危険物ではない」
小松は、一応自分の擁護くらいはできるようだった。
葵はこうして「十王輪友会」の仲間になった。
自分が「十王」の一員になったことで、漠然としか持っていなかったオートバイに向き合う自分の立ち位置が、明確になったような気がした。
招き入れられた8畳ほどの応接室の入り口に立ったまま、開口一発、訳のわからないことを正々堂々と言ってのけたのは、西野葵という、2016年8月20日時点で18歳の大学1年生だ。
「......?」
「......?」
「......?」
「なんだ、それ?」
ソファに座った4人の男性。内3人が、無表情のまま葵を見上げていた。
その眼差しは、けっしてお優しいというものではなく、どちらかというと「なんだ? この変な女は?」ビームが掃射されていた。
「文ちゃん。おまえが言ってた女って、このでかいだけの『骨川筋子』かよ?」
葵に向かって置かれたソファの真ん中に座っていた、一番眼光が鋭く、無駄な贅肉が全くない豹のような男性が、葵を睨んだまま声を発した。
「文ちゃん」と呼ばれた彼は、葵のすぐ前にある、彼女に背を向けたソファに座り、彼女を振り返って見上げ「なんだ、それ?」と言った西田文一のことだ。整備士が着ているつなぎの作業着の上を脱いで袖を腰で結んでいた。
23歳の彼は、教習所のオートバイのメンテナンスを請け負っている、教習所の真ん前にある「カワサキ・ショップ」の整備士で、葵がオートバイの普通免許を取るために教習所へ行ったとき、初めて声をかけてきた奴だった。
「睨むな、巧。文ちゃんが推薦した奴だ。間違いはないだろう。俺らは加入を認めたんだ。男だとか女だとか、ってのは『十王輪友会』の趣旨とは関係ない。その名に相応しい奴であれば、俺は代表として認める」
葵と向かい合ったソファの一番左側に座っている、これまた、格闘技でもしているかのように胸板が厚くて、ものすごく背が高い青年が葵を凝視したまま、全員に聞こえる声で言った。
(うわぁ~~。こっちはライオンだよ)
葵はマジに逃げて帰ろうかと思った。
(でも文ちゃんって、気さくで優しかったよ? というか世話焼き過ぎじゃね? ってくらい、しつこく世話を焼いてくれたんだけど? その文ちゃんの仲間だから、優しい人たちだと思ってたけど、ただの思い込みだった? マジにコミュニケーションとれんのぉ?)
「おまえら、もちっと優しくなれねぇ? 葵。ビビらせたな。捕って食いはしねぇから、こっち来て座れや」
文一に促されて、葵は壁に引っつきそうなくらい隅っこを歩いて、彼が座っているソファの入り口から一番遠い場所に座った。座った瞬間、また葵は凍りついた。
(げっ! 『ジオンのザク!』だ! この巨大ロボットみたいな人、ソファに沈み込んだまま腕組んで、私をちろっと見ただけで視線外しましたぁ~)
葵を完全に無視して沈黙しているザクを前にして、眼をつぶって小さくなった。
「おまえら。俺の話はちゃんと納得して聞いたんだろ? こいつ、初めてバイクに触ったときから、扱い方を知ってたんだ。お荷物になるような奴じゃない。『十王』の名前に相応しい奴だ。でもまぁ、初心者に変わりない。そこは、みんなで助けてやってくれ。ほれ、葵。さっきの訳がわからねぇ、開口一発宣言。ちゃんと訳せよ。こいつらを、見た眼で判断するな。話せばちゃんとわかる奴らだ」
文一に促されて、葵はびくびくしながらも自己紹介文を考えた。
「十王輪友会に入る」と決めたんだ。自分から歩み寄らなくちゃ、このまま「骨川筋子」呼ばわりされて、「はい、さようなら」では、出口までの約5メートル、どの面さげて逃げ出せるかと考えたら、その距離が1キロメートルくらいありそうだった。
葵は意を決すると、前に座っている見知らぬ3人の男性、一人ひとりを見た。
「初めまして。西野葵と言います。信州大学経法学部1年生、18歳です。今日、オートバイの普通免許に合格したばかりです。ぶ......。いえ、西田さんに、ライダーズ・クラブに入らないかと誘われて、今夜のミーティングに参加させていただいた次第です。よろしくお願いします」
葵は深々と頭を下げた。
「今日の試験で、男たちすべて蹴落として、トップ合格した奴だ。そこいらの女とはちょっと違うな。こいつが乗るバイクも、すでに発注してある。Ninja 400 KRT EDITION』だ。カワサキが誇るスーパー・スポーツモデルに、こいつなら乗れる」
文一が補足した。
「なるほど。文ちゃんが言ってたとおり、最低条件の『トップ』は取ったんだな、この『骨川筋子』。んで、こいつ、本当に俺の背中を追ってこられるんだろうな? ぶっ転びやがったら承知しねーぞ? 『骨川筋子!』。俺は巻き添え食って死にたかねーからな!」
(また、『骨川筋子』って言ったぁ~。それに、なんか......かなり尖がってるんですがぁ~)
葵は「巧」と呼ばれた豹男に睨まれていた。
「いちいち脅すな、巧! トップ合格したと言っても、さっきだ。現段階で、俺たちと同じ力量を持ってる訳ないだろう? だが、文ちゃんは、すぐに追いつくと判断したから、こうして連れてきたんだ。つまり、文ちゃんが見た人間性と実力は、『十王』の条件をクリアーしてるってことだ。確かに、トップを取る女はそうそういない。タッパがあるから、400ccに乗っても、軽々と足もつくだろう。わかった。歓迎しよう」
ライオン男が、ソファから体を起こして葵を見つめた。
「初めまして、西野葵さん。俺は清水悠真だ。文ちゃんと同じ23歳。ここにいる奴らは、高校時代の同級生だ。16歳の時にオートバイの免許を取り、そのままこうして7年つるんでる。高校を卒業するときに『バラバラになるが、長期休みで帰省したときには集まろう』と作ったのが『十王輪友会』だ。俺の職業は『坊主』。厳密にいえば、寺の次男坊でな。家の手伝いをしてる。俺のことは『悠真』と呼んでくれ。おまえも『葵』と呼んでいいか? 俺たちが『十王』たる資格があると認めたら、それで仲間だ。んで、さっき言ってた『へそ』ってなんだ?」
悠真は、さっきよりは柔らかい口調になっていた。
「そうそう。なんだよ、その『へそ』って?」
文一も、身体を葵のほうに向けた。
「え......と、ですね。上田市って言ったら、まぁ、真田幸村さんとか、有名どころが多いですが、私の家の近くには『生島足島神社』があるんです。日本のど真ん中で、日本を支えてるすっげー大社です。あだ名は『日本のおへそ』って言われてるのはご存じですよね。私は、身体のど真ん中にある『へそ』で生きてるから、そこを起点にして日本全国隅から隅まで、毛細血管みたいな辺鄙な場所もひっくるめて、オートバイで旅をするのが夢なんです。『へそ』から血脈に沿って張り巡らされた、まるで血管のように行き止まりがない道を、どこまでも、どこまでも走り続け、そこで『何か』に出会って知りたい。共有したい。世界はどのくらい広いんだろう? オートバイに乗って、風を友達にして行けるところまで行きたい」
「壮大だな。夢は日本一周攻略か? しかし、それにはあと十キログラム太れ! 『骨川筋子』じゃ、体力が持たねぇ。俺たちについてこられるだけの体力をつけろ! 俺の背中を追う覚悟がある奴しか、俺は『十王』として認めねぇ」
豹男の巧が葵を見た。
(骨川筋子って、何度も何度も言いやがってぇ―――――! これでも合気道の有段者なんだけど? そこいらの男だったら、軽―――――く、転がせられるわよ!)
葵は豹男を睨みつけた。
「私は『バイク乗り』になりたくてなったんです。そうでなくちゃ、生身を晒すリスクを背負ってまで、オートバイの免許なんか取らないです。日本一周だったら自動車でもできる。きれいに化粧して、着飾って旅してたほうがずっと楽ちんだわ。でも、私がやりたいことは、蠅と一緒に箱に守られてたら感じられないものを、この肌で感じてくことです」
「蠅?」
豹男は、ちょっと顎を突き出して葵を見つめた。同時に他の奴らもまた、「へそ」と言ったときと同じ顔つきになっていた。
「おまえさぁ、ぶっ飛びすぎ。言ってることが意味わかんねぇ。『へそ』はわかった。でも、この会話の流れで、どうやれば『蠅』が登場するんだ?」
豹男が「こいつは話にならない」とでも言いたそうに、ため息をついた。
「おかしいですか? だって自動車って時速100キロメートルで走ってても、車内にいればその速度は体感できません。もし車内に『蠅』がいたとしましょう。蠅は確かに飛んでますが、こいつも時速100キロで飛んでるんですよ? それなのに、自動車内にいる私も蠅も、時速100キロメートルの風速とは関係ないんです。でもオートバイは違う。蠅は私についてこられない。私は時速100キロメートルで身体に突き刺さる、風の中へ切り込み、全身で受け止める。オートバイだからこそ、この風圧を体感できるんじゃないですか。想像しただけでわくわくします」
葵はベテランを前にして、超初心者が持っているオートバイへの憧憬を、雄弁に語ったことへの気恥ずかしさも持たずにしゃべりまくった。
「はっはっはっ! この『骨川筋子』おもしれぇ。なるほど、言われてみればその通りだ。航空機内の『蠅』なんか時速860キロメートルで、飛んでるってことだよな。想像したら、笑うしかねぇ。確かに俺たちは、風圧をまともに食らう魅力にとり憑かれたから、オートバイに乗ってる。風は俺たちと常に一緒にいる。『骨川筋子』。おまえもか!」
豹男が喉ちんこが見えるくらい、でかい口を開けて爆笑した。
他の奴らも、航空機内でぶ―――んと飛んでいる蠅を想像したらしい。「気がつかなかった―――!」 といった眼つきで葵を見て一斉に笑った。
しかし、葵にとっては当然の理由だ。そんな「へっ!」でもないことに感心されるより、自分への呼び名のほうが重要問題だった。
「だぁかぁらぁ――――! その『骨川筋子』はやめてくださいってば!」
葵は豹男に抗議した。
「わかった、わかった。俺は小林巧。電力会社勤務だ。まぁ、家は観光果実農園もやってるから、そっちも手を出してる。『十王』としてよろしくな。ちゃんと俺について来いよ!」
「巧。肝心なこと言えよ。こいつ、すっげー、山深い場所に100メートル級の送電鉄塔を建ててるんだ。猿のようにひょいひょい鉄柱を登ってる。『死と隣り合わせ』の仕事をしてるだけあって、オートバイもめちゃくちゃなところがあるけど、死なないな」
文一が、またまた補足説明をしてくれた。
「なんか、すごいですね。想像つきません。ところで、さっきから飛び交ってる『じゅうおう』って何ですか?」
葵は、自分の頭上で半円を描いて素通りしているオレンジ色のピンポン玉みたいに、男性陣だけで会話が成立している『十王』とその資格とやらが、何のことか知りたかった。『十王輪友会』という命名も、はっきり言ってダサい。『ブルーインパルス』とか、横文字のほうが、よほどカッコいいのではないかと思っていた。
「それについては、俺から説明しよう」
悠真が葵を見つめた。
「葵もさっき言ったように、上田市には『真田幸村』の居城がある。真田家と言えば『真田十勇士』だ。『十王』とは『十勇士』から取ったものだ。俺たちは自分に『十王たる資格』というものを課してる。『十王』になれるだけのテクニック。オートバイを御せるだけの精神力。バイクに対するゆるぎない信念。どんなに辛いことにも屈しないで立ち上がる。絶対に諦めない。『優しさ』は心の余裕の部分に住んでいる。その場所を持ち続けられるもの。それが、俺たちが目指す『十王』だ。甘ったれたバイク乗りは、俺たちとは関わり合いがない。しかし、否定する気は毛頭ない。『十王』は、俺たちだけの『存在価値』だ。言葉にすると重く感じるだろうが、文ちゃんが葵を選んだ時点で、おまえはそれを知ってると、俺たちは判断した。だから聞き流していい。おまえは自分の夢を叶えるために走り続ければいい。俺たちは風になって自由に駆け抜ける。やることはそれだけだ」
悠真の言葉に、葵は全身が震えた。
「私、未知の世界に入ったんですね。新しい世界の扉が開いたみたいです」
葵の言葉に、真正面に座る「ザク」がのそ~っと体を起こした。
「俺が乗るオートバイに語り継がれてる言葉がある。『サドルにまたがれ』『ビッグツインエンジンに火を点けよ』『あらゆる原動機付車両の中で最も魅力的なエキゾーストノートに耳を傾けよ』『町から飛び出して道の導くままに走れ』だ。俺も道がある限り、どこまでも走り続ける」
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「小松。自己紹介を忘れてるぞ?」
「そうか。俺は小松清太郎。普通の会社員だ。悪いが、俺にはあまり突っ込まないでくれ」
「それって、嫌ってるように聞こえるぞ? ただの無口だろ? 葵、必要以上のことを話させようとしなければ、全く害はない奴だ」
文一が笑った。
「なんだ、それは。別に俺は危険物ではない」
小松は、一応自分の擁護くらいはできるようだった。
葵はこうして「十王輪友会」の仲間になった。
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生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。
「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」
あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?
限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。
不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。
二人が見つめる、有涯の御忘物。
登場人物
■日置志穂(ひおき・しほ)
30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。
■有涯ハツカ(うがい・はつか)
不登校の女子高生。金髪は生まれつき。
有涯御忘物市店主代理
■有涯ナユタ(うがい・なゆた)
ハツカの祖母。店主代理補佐。
かつての店主だった。現在は現役を退いている。
■日置一志(ひおき・かずし)
故人。志穂の夫だった。
表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。
「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました!
ありがとうございます!
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