「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」

柊 あると

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Scene 9

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 真美は23歳になっていた。社員食堂で昼食を摂っていた時、他の部署の女子社員3人から声をかけられた。 

「氏家さん! あなたY中学の出身よね?」 

「ええ……」 

 なぜ聞かれたか分からないまま、頷いた。 

「祐也知らない? 渡辺祐也。バスケットがとっても上手な人なの。祐也がね。今度、試合に出るのよ。私たち、応援に行こうと思うんだけど、祐也と同じ中学出身のあなたがいたら、祐也に近づけるかなって……」 


(知っているなんてもんじゃない。

          今でも、一番好きな人だ。

                  まさか……。

                        今頃になって、
名前が出てくるなんて……)

 
「知ってる?」 

 再び確認された。 

「ええ。中学生の時もバスケット部だったわ。私、市の中学体育祭でバスケ部の応援に行ったから、彼のプレイも見たことがあるわよ」 

「すてきでしょう! 祐也!」 

「ハンサムだし、バスケットやっている姿は、本当にカッコいいの!」 


(そんなことは中学生の時から知ってる。

          この子たちは違う中学・違う高校。

                        でも、渡辺君を知ってる……。

しかも、名前を呼び捨てにしてる。

           まるで、有名アイドルだ……。

                          彼……。
どんだけ、すてきになってるんだろう)


 
 真美は「N西女子高のタカラジェンヌ」と呼ばれることを嫌った自分を思い出した。


(でも……。

       渡辺君は……、

             それを当たり前に受け入れてる……、

                      超人気ものになってたのね……。

私とは違って、

         女性に……、

               きゃぁきゃぁ騒がれることを……、

                              渡辺君は……、
受け入れてるのね……)



 真美を見つめている、17歳の渡辺の眼差しを思い出した。


(渡辺君が……。

       全く知らない人みたいよ……。

            すごく遠くに行っちゃった……。

                       私たちは……、

                              もう……、

きれいに……、

       重なり合わない……)



「一緒に行かない?」

 誘われた。 



(『うん』。

    そう言うのは簡単だ。

            でも……、

               あの渡辺君に……、

                     どの面下げて、

                         
会いに行かれるというのだろうか?

            今、行ったら、

                   好きだってばれる……。

                               それに……、

今はもう、

     渡辺君は人気者……、

                   有名人。

                           私のことなんか、

忘れてるかもしれない……。

                     今さら会いに行くなんて……。

そんなこっぱずかしいこと……。

        できない。

             勇気がない。

                    会ったら、

                         ……この気持ちが、

さらに加速する。

     でも……、

         告白なんて……、

              絶対にできない……。

                      会いたい! 

                           行きたい! 

会いたい! 

        行きたい!)


 
 その思いを振り切って、真美は彼女たちに告げた。 

「ごめんなさい。私……、行かない」 

 言った瞬間、真美は、これでもう完全に、彼との接点は失われたと思った。


 
(切ったのは私……。

        チャンスはいくらでもあった。

               ただ……。

                   私たちは、

                     あまりにも似すぎてたのだ。

自分のことを好きなことも、

         分かってたのに……、

                  どちらもそれを、

                          言い出せなかった。

『勇気』の欠片を持ってなかった、

             そっくりさん……

                        だった……)



 真美の中に住む渡辺は、17歳の姿で凍結されている。

 彼女の中で老いることはない。

 
あの……。

      柔らかくて優しい印象の、

               きれいな男の子のままで……。


そして、

   きっと……、

       渡辺の中の真美も……。

              17歳で凍結され、

                  彼の中で老いることはないだろう。

何年経っても、

       何十年経っても……、

               ふたりは

「少年」

     と

          「少女」の

                    ままだ……。


 その一歩が踏み出せなかったふたりは……。


「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」を……。


                中学生時代……、

                            共有していた……。
 

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