「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」

柊 あると

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Scene 4

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 夏になった。

 3年生は恒例夏山登山があった。

 2組合同でチームを作り、3000メートル級の山を登る。

 1組と12組。2組と11組。3組と10組がペアになった。


(10組? 

    渡辺君と一緒に登るの?)



(3組? 

    氏家さんと一緒に登るんか……)



 3組と10組が並んだ。

 男子にしては背が低いほうの渡辺の背中を、逆に女子としては背が高い真美は見つめていた。

 合同とはいえ、やっぱりクラスメイト以外の人間と話すことはない。

 渡辺は加藤と、何やら話しながら登っていた。

 背後からついて登っている真美を、振り返ることはなかったし、真美も、大きな岩場を登るのに真剣で、渡辺を見つける余裕はなかった。

 後日、廊下に登山の時の写真が張り出され、自由に注文できるようになっていた。

 真美は自分が映っている写真を探していた。


(え?)



 真美は1枚の写真に眼を止めた。

 昼食の時の写真だった。

 真美がクラスメイトとともに昼食を摂っている姿が写っていたのだが、斜め後ろに渡辺と加藤がいた。


(こんなに近くにいたの? 

        渡辺君と一緒に写ってる写真……)



 真美には宝物に思えた。

 さすがにツーショットとはいかないが、それでも1枚の写真に一緒に写っている。

 真美の身体と心はそれだけで、床から1センチメートル浮き上がっていた。

 でも、なんだかとても恥ずかしい気持ちになり、番号を書けずに見つめていた。


(何を迷ってるの? 

     自分が昼食を摂ってる写真じゃない。

                     私以外の人が、

渡辺君が写ってるから買おうと思ってるなんて、

                           知りっこないじゃん)



 自分の思惑が、他人に知られるような気がしたのだった。

 真美は鉛筆を握った。


(どきっ! 

    どきっ! 

          どきっ!)



 震える指。心臓が激しく胸を打っていた。


(ええい!)


 真美は、写真を注文した。

 なんだか、とっても気恥ずかしいけれど、写真を手に入れたことがすごくうれしかった。

 そそくさと箱へ自分の注文票を入れて、その場を走り去った。


(渡辺君と一緒に写っている写真。

         きっと最初で最後だ……。

               これを奇跡っていうんだろうな……)



 飛び跳ねる心臓の音と同じくらい、真美の足取りも飛び跳ねていた。


(あ……。

     登山遠足の時の写真か)


 渡辺も、廊下に張り出されている写真を1枚1枚丁寧に見ていた。


(氏家さんが写ってる写真、

       欲しいけど、

           自分が写ってない写真を買うなんて、

                    誰かに知られたら返答のしようがない)



 渡辺は、真美の写真が欲しかったけれど、買う勇気にまでにはつながらなかった。

 しかし、真美が見つけた写真に渡辺も気がついた。



(あれ? 

    氏家さんの斜め上にいるの、

                  僕じゃね?)



 渡辺は、ちょっと背伸びをして写真に目を凝らした。


(僕だ……。

       氏家さんの写真の中に、

                   僕が写り込んでる)



 真美のアップ写真の後ろに、小さな自分がいた。


(欲しい!)



 渡辺は鉛筆と用紙を手に取った。


(小さくたって自分が写ってるんだ。

         写真を買ったっておかしくないよな。

                      そうだよ。

自分が写ってる写真を買うだけだ)



 渡辺は、購入の理由を作り上げて番号を記入し、箱に入れて走り去った。

 そうやって、ただ見つめているだけしかできないふたりは、こじつけツーショット写真を手に入れて、床から1センチメートル足の裏が浮き上がっていた。

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