「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」

柊 あると

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Scene 3

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 その日の5限は美術だった。

 真美が水場でパレットを洗っていると、隣に人の気配がした。

(誰か来た!)

 瞬間的に真横を見ると、隣に来た人も、同時に真美を見た。


(えっ!)


いち。

に。

さん。


(わ……。渡辺君?)


 見つめた彼の瞳も、同じように驚きの色をしていた。

 でも……。

 3つ数えるだけの時間、ふたりは見つめ合っていた。


(ど……。

      どうして?)


 真理は、心の中で問うた。

 その後のことは覚えていない。

 気がついたら、渡辺は真後ろにある階段を駆け下りていった。


(ど……。

      どうして?)


 渡辺も、自分に問うていた。


(そもそも僕は、

      どうして、

            彼女の隣の蛇口に行ったんだ?)



 階段を駆け下りながら、渡辺は心の中で叫んだ。

 彼の心臓は、すごい音を立てていた。



(ばくんっ! 

       ばくんっ! 

               ばくんっ!)



 真美はパレットを洗う手を止めた。

 わずか40センチしか離れていない距離で見つめた渡辺の眼差しが、脳裏に強烈に焼きついた。


(どっきん! 

     どっきん! 

          どっきん! 

                なぜ? 

                    なぜ……、

                            私を見たの?)



(なぜ? 

     なぜ……、

           横を向いちゃったんだろう……。

                            僕……)



 この時、ふたりは確信した。


(渡辺君は……

        私が好きだ)



(氏家さんは……

        僕が好きだ)



(でも……。

      何も言えなかった……。

                声を出す勇気がなかった……)



 言えないまま、時間だけがどんどん過ぎていった。

 すれ違う時は、いつも眼が合った。

 それでも、何も言えなかったし行動も起こせなかった。

 それからもたびたび真美は、音楽室から体育館につながるドアをそっと開けて、バスケ部の練習を見ていた。

 クラスメイトの女子バスケ部員が、渡辺と談笑している姿を見ることがあった。

 にこやかに笑って話をしている彼らを見ていると、ものすごくうらやましかった。

 気さくに渡辺と話している同級生の姿に、心がもやっとした。

 真美もバスケットは好きだった。

 身長もクラスの女子では2番目に高かったから、十分バスケットができるだけの体格は持っていた。

 しかし真美はピアノを弾く。

 ボール競技は、突き指などの怪我をしやすい。

 ピアノを弾くものにとっては致命傷になりかねないから、必然的に部活の選択肢に入ってなかった。

 それは当然のことだったのだが、今は、バスケット部に入ればよかったと思った。

 そうすれば、渡辺ともっと早く出会っていただろうし、冗談が言える仲にもなれたかもしれない。

 ただ見ているしかことしかできない自分が悲しかったが、だからって、渡辺と話すなんてことも、絶対にできっこないとあきらめた。
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