「ラブ・ストーリー」にならなかった「ラブ・ストーリー」

柊 あると

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Scene 2

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 真美はある日、音楽室と体育館をつなぐドアの前に立っていた。

 器楽部の部員は、誰も来ていなかった。


(ばくん! 

     ばくん! 

           ばくん!)


 扉に手をかけた。そう――――っと、ほんの30センチほど、ドアを開けてみた。

「きゅっ! きゅっ! きゅっ!」

 バスケットシューズの音がした。

 足腰を強化するための基礎練習をしていた。

 中腰になり、両手を広げた部員たちが体育館中を、列を作って横移動していた。


(カニみたい!)


 真美は思わず吹きだした。


(渡辺君もカニだわ。

       ……でも、真剣な顔……。 

               ……バスケット……。

                        本当に好きなのね……)


 真美は、部員たちに気づかれる前に、そっとドアを閉めた。

 

 渡辺は体育館を出ると、左側にある音楽室へ続く10メートルほどの廊下に、人の気配を感じて顔を横に向けた。

 真美がフルートを吹いていた。なかなか音が出ないようで、真剣な顔をして唇を尖らせていた。


(へぇ? フルートも吹くのか)


(ん?)


 真美は、視線を感じて顔を上げた。彼女を見つめていた渡辺と眼が合った。


(どきんっ!)


 思わず唇からフルートを離した。


(どきんっ!)


 渡辺は慌てて視線を外すと、そのまま走り去った。

 2人の胸壁を、心臓が叩きまくっていた。

 そんな日々が長いこと続いていた。

 ある日、真美は体育館を通る用事があった。

 男バス部員は休憩中だった。

 体育館の隅に数人が座って談笑していた。

「ああ、彼女はねぇ……」

 誰かがしゃべる声が聞こえた。

「小学……。時……。ピアノ……。第1位……。……んだよ」

 とぎれとぎれに声が聞こえてきた。

(え?)

 真美はドキッとした。

 彼女は小学6年生の時、ピアノコンクールで1位をとったことがあった。

 受賞後、小学校の講堂で演奏した。

 J小学校に在学していたものなら誰でもが知っている事実だった。

 どうやら男バスの子たちは真美の話をしているらしかった。


(ど……。

      どうして、

            私の話をしてるの)


 真美は小さく震えながら彼らを見つめた。

「ほら、あの子だよ」

 その言葉に、渡辺も真美を見つめた。

 彼の眼差しは……。


(へぇ、

      凄いな……)


 そんな色をしていた。


(だから! 

     どうして私の話をしてるの? 

             わ……渡辺君に小学校時代のことを知られた! 

う……嬉しいかも……。

             でも……)



 真美は、誰が自分の話題を出したのだろうかと思った。


(渡辺君だったらいいな……)


 そう思いつつも、気恥ずかしさから、聞こえない振りをして通り過ぎた。


(あまのじゃく! 

       『どうして私のことを話してるのよぅ!』……。

                  そう言えたら……

                          渡辺君と、

                               話ができたかも

しれないのに……。

          勇気の欠片もない私は……。

                        やっぱりダメな子……)



 真美はちょっと涙を浮かべた。

 渡辺に話しかけるチャンスを失った自分が悲しかった。


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