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老兵は消えず、ただ戦うのみ

第106話 ようこ、励ます

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 ルルはひょっこりと現れた笑顔の大熊笹を見て話しかけた。

「おじいちゃん、戦うつもりなのかなぁ?」

「はっはっは。もし攻撃するなら戦いましょうか」

「そう。じゃー、ごめんね」

 ルルが両手を前に突き出して詠唱を始めた瞬間。

「え?」

 バッ!

 ルルは足を払われ、そのまま仰向けに優しく倒された。

 どさっ

「なにこれ?」

 ルルが驚いていると、大熊笹がルルに言った。

「お嬢さん、もう立ち上がることは出来ませんぞ」

「え? なに言ってるか分からないんだけど」

 ルルが立ち上がろうとした瞬間、

「はい、よいしょ」

 どさっ

「なにこれ。うそ」

 するとイリューシュがやって来てルルに言った。

「ルルさん。この方は柔道のオリンピック金メダリストなんです」

「は? なにそれ」

「あなたは詠唱するのがとても早いですけど、大熊笹さんはそれよりも早く倒すことができますよ」

「ふーん、じゃあ座って唱えたら? 引っ張り上げる時間があれば詠唱できるから」

 ルルは座ったまま両手を上げて素早く詠唱を唱え始めた。

 すると大熊笹は素早く目潰しの砂と毒の粉をまいた。

 ブワッ!

「きゃっ! なにこれ! ケホッ、ケホッ」

 大熊笹はルルの前に立つと、手を後ろに組みながら話しかけた。

「お嬢さん、すまなかったね。だけれど、親玉おやだまさんに降参こうさんして頂くように言っていただけませんか?」

「そーね、おじいちゃん。これじゃぁ勝てそうにないわね」

 ルルは目をこすりながらゆっくりと立ち上がると、イリューシュに言った。

「イリューシュ、わたし倒していいよ。もうHPもだいぶ減ってるし。仲間やられてムカついてるでしょ?」

「そうね。木下さんと大槻さんのかたきは取らせてもらうわね」

「ごめんねイリューシュ。わたしも参謀の責任があったから……。本当はこんな事したくなかったんだ……」

 イリューシュは弓を構えると、ルルは両手を広げて静かに笑った。

「イリューシュ、もう謝っても遅いよね……。また一緒に討伐クエストに行きたかったわ……」

 ヒュッ!

「きっ!」

 ルルは矢を放つ音を聞いて素早くしゃがみ、矢をけた。

 そして狼狽うろたえながらイリューシュに言った。

「なんなの! こういう時は普通、躊躇ちゅうちょして許してくれるでしょー!」

「あらルルさん。それでは不公平ですよ」

 イリューシュは弓を構えると、ルルに向けて次の矢を引き絞った。

 するとルルは急に動かなくなった。

「あら、ルルさんログアウトしてしまいましたね」

 ルルはゆっくりと膝を突くと、そのまま横に倒れた。そして暫くすると、静かに消滅していった。

 そして残されたステータスポイントは、イリューシュの提案で大熊笹が手に入れた。


 その頃、ピンデチでは木下と大槻がリスポーンしていた。

「大槻さん、倒されると痛いと聞いていましたが、それほどでもありませんな」

「ははは。木下さん、わたしもそう思ったところです」

「昔、災害派遣の時に家屋かおく倒壊とうかいしたことがありまして。結局、6箇所骨折かしょこっせつしていて、あれは痛かったです。ははは」

「わたしも道路復旧の作業中に重機じゅうきごと転落てんらくしまして。気づいたら激痛で病院のベッドで目が覚めました。ははは」

 百戦錬磨ひゃくせんれんまの元自衛官にはリスポーンの痛みはチョットしたものだった。

 すると山口から2人にボイスチャットが入った。

「木下、大槻、大丈夫か?」

 すると木下が答えた。

「申し訳ございません山口殿、大槻と共に倒されてしまいました」

「イリューシュ殿から状況は聞いている。素晴らしい奮闘ふんとう、ご苦労様でした!」

「「ありがとうございます」」

「我々は作戦を続行する。2人は休んでいてくれ」

「「はい」」

 2人はボイスチャットを終えると、ピンデチふれあい苑へと歩いていった。


 その頃、山口は上空から戦況を見ていた。

「南のイリューシュ隊と南西のマユ隊は通路を完全に掌握しょうあくしたようだな。しかし北はまだ厳しいか」

 すると、みどりから山口へ連絡が入った。

「翠隊、東通路を制圧しました」

「ご苦労さまでした! そのまま通路で待機してください」

「はい」

 山口は上空から敵の数をおおよそ見積もった。

「ふむ。敵は残り50というところか。我が隊は合計40ほど。こちらは相当優秀な隊だな……。やはり今動くべきか」

 山口はドラちゃんに尋ねた。

「ドラゴン殿、あとどのくらい飛べますでしょうか」

「そうですねぇ、そろそろ眠くなってきました」

「もう一度、弓部隊を乗せて飛ぶことはできますでしょうか」

「はっはっは。それは全く問題ありません!」

「わかりました。宜しくお願いします」

 山口は各隊の弓部隊のメンバーにボイスチャットで連絡した。

「翠隊、イリューシュ隊、マユ隊の弓部隊の皆さん、これより北通路へ応援に向かいます。ドラゴンでお迎えにあがりますので出撃準備をお願いします」

 ドラちゃんは山口の指示で翠隊の弓使いを迎えに行った。


 ー その頃、敵本陣 ー

「ベンドレ様、ルル様が! ルル様が戦闘中にログアウトしました!」

「なんだって!?」

 すると、また1人騎士が中央本陣に走ってきてベンドレに言った。

「ベンドレ様! 南通路の防衛隊長が戦闘中にログアウトしました!」

「なんだと!?」

「連絡も取れません!」

「クソッ、あいつ!!」

 それを聞いて周りの騎士たちが驚くと、ベンドレは報告しに来た騎士に声を荒らげた。

「おい、戦闘中にログアウトするなんて、相当な恐怖を感じた時だけだぞ! 敵は何したんだ!」

「は、はい、申し訳ありません! それが……」

「それが何だ!」

「目撃者によると、ドラゴンに捕食されたそうで……」

「ド、ドラゴンだと?」

「ルル様からは『もう、やる気でない』とメッセージが」

「くっ……」

 するとベンドレはその騎士に戦況を確認した。

「通路のほうはどうなっている?」

「はい、南西、南の通路は全滅しました。東通路も防衛隊長と連絡が取れません。西通路は耐えていますが、余裕はありません」

「北通路は?」

「はい、唯一善戦しています。あの通路は槍の隊長が率いる鉄壁の隊です」

「そうか」

「北通路に応援を出しますか?」

「いや、いま北の通路へ応援隊を出せば、他の通路から攻め込まれるだろう。ここは見守るんだ」

「はい」


 ー その頃、南西の通路 マユ隊 ー

 マユは敵が居なくなった通路を見渡すと、息を切らしながらみんなに言った。

「これで……、ぜんぶ倒した?」

 それを聞いたロビが答えた。

「はい、そのようです」

 それを聞いたマユとメイ、そして哲夫と和代とおばあさんはその場にへたり込んだ。

 メイは仰向けに倒れると、隣りにいたマユに言った。

「やばくなかった? あたし必死だったよ」

「うん、けっこうヤバかったよね」

 マユの分隊は全員マユのところへ集まってきた。

 マユは全員の顔ぶれを見ると嬉しそうに両手をあげた。

「よかった、全員生きてる!」

 みんなは周りを見回すと笑い合った。

 それを見たマユは右手を高く上げて大声で言った。

「よっし! 勝ったぞーー!!」

「「おおーーー!!」」

 みんなは歓声を上げると抱き合って喜んだ。

 するとその時ナミがみんなに言った。

「弓の出撃命令きた。いってくる」

「「ええ!?」」

 みんなが驚いていると、翠たちを乗せたドラちゃんが空から降りてきた。

 バサッ バサッ バサッ

 ズゥゥウン

 おばあさんはドラちゃんに駆け寄ると、ドラちゃんに言った。

「ドラちゃん、頑張ってるわね」

「はい、洋子様! まだまだ頑張りますので!」

 すると、尻尾を伸ばしたドラちゃんにナミが登っていった。

 ナミは背中のウロコに掴まると、山口がドラちゃんに言った。

「では、急ぎましょう!」

 その時、おばあさんはドラちゃんの鼻先を撫でながら励ました。

「ドラちゃん、無理しちゃダメよ! でも頑張ってね!」

「洋子様、ありがたきお言葉! 頑張って行って参ります!」

 バサッ バサッ バサッ

 ドラちゃんはそう言うと、大きく翼を広げて空へと羽ばたいていった。

 おばあさんはドラちゃんを見送りながら、ずっと手を振り続けた。
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