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84話「雑路と勘違いと逃走劇と」
しおりを挟む朝日が窓から照りつける。
鳥が鳴き、旅に出て行く。
昨夜の人気のなさが嘘のように、窓から人々の声が聞こえてくる。
ここは商人ギルド。
そのギルドの一部屋に、フェンリルを布団とし、寝ている少年がいた。
フェンリルが朝日を眩しそうに眺め、少年を揺する。
「ん……朝か」
少年は目を開け、フェンリルから降りた。
フェンリルを指輪に戻し、扉を開ける。
部屋を出て、階段を下りる。
受付嬢とガメリが話をしていた。
「おぉニケ! 今から王宮に向かうのか?」
「おはようガメリさん。一応行くつもりだけど、街を探索しながら行こうかなって」
「そうか。王宮はここをでて右に向かって、突き当たりを右に真っ直ぐ行けば着くぞ」
「わかった。寝床ありがとね。
また近々顔だすよ」
「西の魔女様によろしくな! 言っても接点ないんだがな! がっははははは」
「ははは。んじゃ、行くね」
「おう。気をつけてな」
手を振り、扉を開けた。
行きかう人たち。
涼しげな風に髪を押さえながら、ニケはフードを被り、雑路へと消えていった。
雑路を歩きながら、周りを眺める。
はじめてみる王都の光景。
商売は繁盛しているようだ。
露天などに並ぶ人の数は、ナイル村よりも断然多い。
何度か肩をぶつけつつ、ニケは突き当たりを目指す。
やがて人混みに酔い始めた。
ニケは、休もうと雑路を避け、端で休むことにした。
「それにしても人多いなぁ、東京駅を思い出すよ」
ニケがまだ日本人だった頃の記憶。
東京によく行き、よく迷子に。
懐かしさと少しの寂しさ。
ふと、脇道のほうから声がする。
振り向くと同時に、薄汚れたフードを被った少年が走ってくる。
「ちょっとどいてくれッ!」
言われたとおりに道を譲った。
すぐ後ろから、赤髪の女の子が走ってくる。
華奢な身体に、それでいて控え目な胸。
身長はニケよりも低く、顔立ちは美形だ。
目も赤く、目を合わせると何かに見据えられているような感じがして落ち着かない。
「ちょっと、財布返してくれる?」
いきなり突っ掛かられた。
さきほどの少年がスリでもしだのだろう。
「へ? 俺じゃないぜ? さっきすれ違ったやつだろ」
「言い訳しないで早く返してくれる?」
どうやら勘違いをしているようだ。
ニケは、何度も説明したが、理解してもらえないようだ。
この世界では疑われたら最後、証明できるものを提示するしかないのだろうか。
「ねぇ、聞いてる? そろそろ返してくれないと武力行使するよ?」
脅しだろうか。
そんなこと構わず、ニケは説明を続ける。
脅されても殴られる程度だろう。っと。
ニケがそう思っていたら、彼女は怒りに肩を震わせた。
少量だが感じる魔力。ニケの中に、嫌な予感が走る。
「あーもうめんどくさいッ! 吹き飛ばせッ! バンファイアッ!」
まさかの無詠唱魔法。
ニケの足元に展開される魔方陣。
ニケは冷や汗と共に駆け出す。
「離れろぉぉぉぉぉッッ!!!!」
雑路目掛け、叫びながら。
なんだなんだと民衆がこちらを見る。
そして魔方陣を見て一目散に逃げ出した。
ニケが離れると同時に魔法が発動。
炎が渦を巻きながら一瞬で小さくなり、爆発を引き起こす。
バァァァンッ!!!
爆風と共に、ニケは地に転がされた。
「いってぇ……こんな街中で魔法使うかよッ!」
「まさか避けられるなんて。次は外さないわッ!」
「まてまて、俺はスリなんてしてないってばーッ!!!」
「あ、こら! 待ちなさい!」
こうして勘違いされ、追いかけっこが始まった。
雑路を走っていては民衆に怪我人がでる。
ここはどうするか。っとニケは悩む。
そして1つの案を思いつく。
街中で魔法を使うなと自分で言ったが、生身ではどうすることもできない。
「″我、稲妻、雷と共にある者。汝の力を我の物とし。我を稲妻と化し、共に駆けよ″」
両手の双線による魔法詠唱。
走っていたこともあり、フードが取れていた。
もちろん男が魔法を使っていることに、周りは驚愕している様子。
「お、おい。なんだありゃぁ……」
「わかんねぇ。でも魔法じゃないのか?」
「噂の黒髪の綴り手ってやつじゃ……」
「絶対そうだぜ……」
ニケの綴った文字に魔力が流れ、足元に魔方陣が展開された。
魔方陣を見るや周囲にいた民衆は逃げ始める。
だが、ニケが詠唱した魔法は……
「ライトニングステップッ!」
移動系第二位階雷属性魔法『ライトニングステップ』
術者の意識下における直線状の4方向、ならび上下への移動を成す。
最大距離は……30m。
これはライトニングより少し長めの距離である。
ジャンプすると同時に魔法を発動させる。
屋根より高い位置に飛び上がり、前方目掛けえて魔法を放つ。
屋根に上れば安心だろう。
そう思い、ニケは遠くに見える城を目指す。
「魔法が使えるなんて聞いてないわよッ!」
突然後ろから声を掛けられる。
まさか屋根まで上ってきたのか。
察するに、移動系も習得しているのだろう。
移動系の魔法がなければ、ここ3階の屋根までは上れないはず。
横目に見やると、少女はニケを睨んでいる。
「だからスリなんてしてないってば。しつこいねぇあんた」
「ならなんで逃げるのよ!」
「いきなり魔法ぶっ放されて逃げないほうがおかしいだろッ!」
「それは謝るわ。だけど、君が盗んでないなら誰が盗んだのよ」
「さっき入れ違いになった少年だって説明しただろ……」
話をろくに聞いていなかったようだ。
ニケは再度説明するが、少女は納得のいかない感じだ。
鞄からコルックの村長からもらった布袋を取り出す。
報酬としてもらったお金だ。
「これあげるからもう着いてこないでよ?」
「なによこれ、こんな大金受け取れないわよ」
「盗まれたんだからそれくらい受け取っときなよ。んじゃ、先を急ぐから」
そういい残し残りの魔法を放ち、その場を後にした。
屋根の上から見る街は、まるで川のようだ。
人の流れ、その中を逆流する人もいる。
ニケは下を歩きたがっていたが、これ以上問題に巻き込まれるのはご免なので、仕方なく屋根を歩いている。
城壁が近づく。
屋根の上からでも見上げるほどの高さ。
普通に門番に話を通してもらおう。
そう思い、屋根から飛び降りる。
着地すると同時に転がり、受身を取る。
ニケが飛び降りてきたことに、周りは目を見開いたが、すぐに興味をなくしたようだ。
立ち上がり、門番のもとへ……
鎧を身に着けた門番が2人。
槍を構え、背筋を伸ばしている。
「こんにちわ」
「ん?黒髪がここに何のようだ?」
「人に呼ばれててね」
「誰に呼ばれたんだ?」
「西の魔女って言えばわかるかな」
「少し待っててくれ、確認をとってくる」
そういって彼は、門の横にある扉へ消えていった……
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