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新しい生活の幕開けだった。3
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~冒険者ギルド~
アルティミスに部屋の修理費用が請求されたあと、マスターに「使えるポーションがあったら持ってきて」と、冒険者ギルドに呼び出されたシヴィー。レイラとリリーは荷物の運搬等で出払ったので同行はしていないのだが、使えるポーションとなると、リリーの作った『青汁』が一本であった。しかし、何かに使えるだろうという判断の元、隠し持っていたリリーから引ったくり、出向いたのだ。
なぜ隠し持っていたかは不明だが、調合師としての『ポーションを持ち歩く』という癖が身についてきているのだろう。と、シヴィーは教え子の成長に関心していた。
「来たわね。実は、見てほしい子がいるのよ」
あ、これは青汁でどうにかなる問題じゃない。
内心、やらかしたとばかり思っていたシヴィーであったが、マスターの部屋へと足を向けてからいろいろと察した。
冒険者というものは負傷などした際にギルドへと担架で連れてこられるので、普通ならばギルド内で横たわらせてから応急措置をとり、治癒術の使える者か、専属の治癒師を呼んでくるのだが、シヴィーが招かれたのはギルドマスターの部屋。つまり、外部の者に頼ることのできない案件ということだ。
そして、シヴィーの知っている限りで、外部に公開できない案件といえば──正当防衛の件だ。
何かとやらかせば、それ相応の後始末に追われてしまう。それは、いつの時代、どこの世界でも同じことが言えるのだ。引ったくりをすれば牢にぶち込まれ、殺人をすれば処刑をされる。そして、今回シヴィーに科せられた後始末というのは、ジェイクの看病か、もしくは謝罪のどちらかである。
だが、マスターがポーションを持ってこいと言ったからには、看病の可能性が高い。と考えていたシヴィーであったのだが、看病なんてほど遠い状態のジェイクを見やると、その頬に冷や汗を垂らした。
ソファーにだらしなく座り込み、まるで寝ているかのように口をぽかーんと開けているジェイク。
「昏睡状態よ……頭を強く打ったせいか、それとも当たり所が悪くて気を失ったままなのか。私は専門じゃないから、一目みただけでどこがどうとかわからないのだけれど。ジェイクが危ない状態ってことだけはわかったわ」
手に握る青汁の小瓶を強く握りしめるシヴィーに対し、マスターは心底心配している様子で話しかけてきた。
「昏睡状態、か。……っ!? もしかしたら──」
「ちょ、ちょっとシヴィーちゃん!? 容態も見ないでどうにかできるの!?」
「可能かわからないが、睡眠状態の相手にさえ強烈な効果を発揮するものが最近見つかってな。こいつなんだが」
青汁の小瓶をマスターに見えるように差し出す。
マスターは見たことのない黒みを孕んだ濃い緑色のポーションに対し、興味の眼差しと言うよりも不審がっている様子だ。しかし、野宿をした際に何度も起こされた青汁の強烈なにおい。これは、昏睡状態の人にも効果があるのではないかと、シヴィーは睨んだのだ。
そして、
「マスター、鼻塞いだほうがいいぞ。青汁、かなりくさいからな」
「え、えぇ!? 私の部屋ににおい付けたら顔面にゲンコツするわよ!?」
「一瞬だから大丈夫だ──開けるぞ」
小瓶をできるだけ顔から遠ざけるように腕を精一杯伸ばし、蓋を開けるシヴィー。そして、ヌポンと聞こえのいい音が部屋の中に響き渡ると同時に、レイモンドにトラウマを植えつけたあのにおいが……。
「う……く、くさいわぁ!? なんなのよそれ! そんなにくさいなんて聞いてないわ!」
「だから塞いでろって言ったろ? それじゃ、うっぷ……あー、つら」
これ以上嗅いでいると鼻が捥げそうになるので、シヴィーはそそくさとジェイクの鼻に刺し込んだ。
「ちょっとぉ!? なんで鼻に刺し込んでるのよ! 気を失ってるジェイクちゃんになにやっ──」
「ん……はぁ、っふぅ!? く、くっさ!?」
シヴィーを止めようとしたマスターが、その腕に触れた直後。
──ジェイクが目を覚ましたのだ……!
注いでしまうと危ないので、シヴィーは鼻から小瓶を引き抜くと、蓋を被せて後ろに隠した。
「う、うそ……ジェイク、目を覚ましたのねぇッ!?」
「え、あ。ちょ、くるしい。腕力が半端な……ぐふっ」
思いっきり抱き着くマスターの腕力が、無防備なジェイクに襲い掛かった。
「あぁ、良かった。ほんとぉぉぉぉに、よかったわぁぁぁ!!」
「そこまでにしておけよ? 今度は、違う意味で気を失いそうになってるからな」
「ぐ、ぐるぢぃ……」
「あら、ごめんなさいね。まさか、本当に目を覚ますなんて」
そろそろ白目を吹きそうになっていたので、マスターに注意を施したシヴィー。が、しかし、ひとつ不自然な点があるのだ。昏睡状態に陥る前のジェイクは、こんなにもきょろきょろと落ち着きのない男だったのだろうか?
「ははは、こいつを作ったのはリリーだぞ? 感謝とかはあの子にしてやってくれ。それより、ジェイク。気分はどうだ?」
ずいずいと近づいてくるマスターの行動を察したのか、シヴィーは先手を打ってから、目が覚めたばかりのジェイクへと声をかけたのだが、
「は、はぁ……あの、ジェイクって……誰っすか?」
「「…………え?」」
理解が追い付かなかった。
自分の名前であるのに、それを誰かと問いかけてきたのだから無理もない。しかし、先ほどの違和感の原因は──頭部の強打による、記憶喪失によるものだったとは。
アルティミスに部屋の修理費用が請求されたあと、マスターに「使えるポーションがあったら持ってきて」と、冒険者ギルドに呼び出されたシヴィー。レイラとリリーは荷物の運搬等で出払ったので同行はしていないのだが、使えるポーションとなると、リリーの作った『青汁』が一本であった。しかし、何かに使えるだろうという判断の元、隠し持っていたリリーから引ったくり、出向いたのだ。
なぜ隠し持っていたかは不明だが、調合師としての『ポーションを持ち歩く』という癖が身についてきているのだろう。と、シヴィーは教え子の成長に関心していた。
「来たわね。実は、見てほしい子がいるのよ」
あ、これは青汁でどうにかなる問題じゃない。
内心、やらかしたとばかり思っていたシヴィーであったが、マスターの部屋へと足を向けてからいろいろと察した。
冒険者というものは負傷などした際にギルドへと担架で連れてこられるので、普通ならばギルド内で横たわらせてから応急措置をとり、治癒術の使える者か、専属の治癒師を呼んでくるのだが、シヴィーが招かれたのはギルドマスターの部屋。つまり、外部の者に頼ることのできない案件ということだ。
そして、シヴィーの知っている限りで、外部に公開できない案件といえば──正当防衛の件だ。
何かとやらかせば、それ相応の後始末に追われてしまう。それは、いつの時代、どこの世界でも同じことが言えるのだ。引ったくりをすれば牢にぶち込まれ、殺人をすれば処刑をされる。そして、今回シヴィーに科せられた後始末というのは、ジェイクの看病か、もしくは謝罪のどちらかである。
だが、マスターがポーションを持ってこいと言ったからには、看病の可能性が高い。と考えていたシヴィーであったのだが、看病なんてほど遠い状態のジェイクを見やると、その頬に冷や汗を垂らした。
ソファーにだらしなく座り込み、まるで寝ているかのように口をぽかーんと開けているジェイク。
「昏睡状態よ……頭を強く打ったせいか、それとも当たり所が悪くて気を失ったままなのか。私は専門じゃないから、一目みただけでどこがどうとかわからないのだけれど。ジェイクが危ない状態ってことだけはわかったわ」
手に握る青汁の小瓶を強く握りしめるシヴィーに対し、マスターは心底心配している様子で話しかけてきた。
「昏睡状態、か。……っ!? もしかしたら──」
「ちょ、ちょっとシヴィーちゃん!? 容態も見ないでどうにかできるの!?」
「可能かわからないが、睡眠状態の相手にさえ強烈な効果を発揮するものが最近見つかってな。こいつなんだが」
青汁の小瓶をマスターに見えるように差し出す。
マスターは見たことのない黒みを孕んだ濃い緑色のポーションに対し、興味の眼差しと言うよりも不審がっている様子だ。しかし、野宿をした際に何度も起こされた青汁の強烈なにおい。これは、昏睡状態の人にも効果があるのではないかと、シヴィーは睨んだのだ。
そして、
「マスター、鼻塞いだほうがいいぞ。青汁、かなりくさいからな」
「え、えぇ!? 私の部屋ににおい付けたら顔面にゲンコツするわよ!?」
「一瞬だから大丈夫だ──開けるぞ」
小瓶をできるだけ顔から遠ざけるように腕を精一杯伸ばし、蓋を開けるシヴィー。そして、ヌポンと聞こえのいい音が部屋の中に響き渡ると同時に、レイモンドにトラウマを植えつけたあのにおいが……。
「う……く、くさいわぁ!? なんなのよそれ! そんなにくさいなんて聞いてないわ!」
「だから塞いでろって言ったろ? それじゃ、うっぷ……あー、つら」
これ以上嗅いでいると鼻が捥げそうになるので、シヴィーはそそくさとジェイクの鼻に刺し込んだ。
「ちょっとぉ!? なんで鼻に刺し込んでるのよ! 気を失ってるジェイクちゃんになにやっ──」
「ん……はぁ、っふぅ!? く、くっさ!?」
シヴィーを止めようとしたマスターが、その腕に触れた直後。
──ジェイクが目を覚ましたのだ……!
注いでしまうと危ないので、シヴィーは鼻から小瓶を引き抜くと、蓋を被せて後ろに隠した。
「う、うそ……ジェイク、目を覚ましたのねぇッ!?」
「え、あ。ちょ、くるしい。腕力が半端な……ぐふっ」
思いっきり抱き着くマスターの腕力が、無防備なジェイクに襲い掛かった。
「あぁ、良かった。ほんとぉぉぉぉに、よかったわぁぁぁ!!」
「そこまでにしておけよ? 今度は、違う意味で気を失いそうになってるからな」
「ぐ、ぐるぢぃ……」
「あら、ごめんなさいね。まさか、本当に目を覚ますなんて」
そろそろ白目を吹きそうになっていたので、マスターに注意を施したシヴィー。が、しかし、ひとつ不自然な点があるのだ。昏睡状態に陥る前のジェイクは、こんなにもきょろきょろと落ち着きのない男だったのだろうか?
「ははは、こいつを作ったのはリリーだぞ? 感謝とかはあの子にしてやってくれ。それより、ジェイク。気分はどうだ?」
ずいずいと近づいてくるマスターの行動を察したのか、シヴィーは先手を打ってから、目が覚めたばかりのジェイクへと声をかけたのだが、
「は、はぁ……あの、ジェイクって……誰っすか?」
「「…………え?」」
理解が追い付かなかった。
自分の名前であるのに、それを誰かと問いかけてきたのだから無理もない。しかし、先ほどの違和感の原因は──頭部の強打による、記憶喪失によるものだったとは。
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