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なんでもかんでも混ぜればいいわけではない。3

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 差し出された紙に名前と宿の場所を書き終えると、男達はばらばらに散らばっていった。

「なんで……なんで私なんかを庇ったんですか?」
「ただの気まぐれさ」
「気まぐれって……名前も知らないんですよ!? 今日あったばっかりで素性なんて、なんも知らないもの同士なんですよ!」

 残悪感を感じてのことだろうか、それとも『余計なお世話だ』とでも言いたいのか。

「『シヴィー・オルタスク』だ」
「え?」
「俺の名前だ。おめぇさんはなんてんだ?」
「リリー……『リリー・マーティン』です!」

 ぎこちない握手を交わし、リリーは道行く人々に向けていた笑顔ではなく、精一杯の笑顔を見せてくれた。その笑顔に、シヴィーはにっこりと笑って返すと、先ほどの鍋があった大きな穴へと足を向ける。

「あ、危ないですよっ?」
「んー? おめぇさん……いや、リリーは手ぶらだろ? 財布くらい見つけたほうが良いとおもってな」
「確かにそうですけど。でも怪我したままじゃ……ままじゃ……じゃぁ?」

 リリーがシヴィーの背中の火傷を指差したが、そこに火傷のあとなどなかった。まるで、最初から怪我をしていないかのように、服だけが焼け落ちているだけでなにもないのだ。

「怪我? あぁ、さっき『治癒のポーション』を飲んだからな。一応持ち歩いてて良かったな。はははは!」
「はははは、じゃないですよ! 結構心配したんですよ!? 気が付いたら血が垂れてくるし、シヴィーさんの背中はひどい火傷してましたし。さっきまでの申し訳なさを返してください!」
「そんなこと言われてもよ。今からでも遅くないから、リリーの名前を書いてくるか?」
「いえ、大丈夫ですありがとうございます!」

 なんてやり取りをしながら財布を探していたのだが、一緒に吹き飛んでしまったらしく、らしきものすら見つけることができなかった。つまり、リリーは一文無しの状態となってしまったのだ。

 最初は、さきほどの鎧の男達に連れて行かれるとひやひやしていたリリーであったが、怪我人がいないことが確認されたはいいものの、整備費用から修理費まで請求されるとなると一文無しに待っているのは『無給労働』しかない。しかし、それを庇うと言うことはそれなりに財があり、生活の安定している者なのだとシヴィーの事を認識していたのだが。

「え? 金なんてないぞ。今日クビになったからな!」
「ダメじゃないですか! どうするんですか……!?」
「どうするって言ってもなぁ。リリーは財産全部吹っ飛んじまったわけだし、返済してもらおうにも……なぁ?」
「調合で稼ごうなんて考えてた時期が私にもありました……」
「遠い目をしてないで反省しろ。 ったく……こうなったら調合で稼いでもらうしかないな」
「調合で稼ぐ……? 私、今日調合始めたばっかりなんですが……」

 今日始めたばかりの新米なら、誰にも教わらずにここで調合すればできるんじゃないか程度で始めたことぐらいは、流石にシヴィーでも把握できたようで、なんともいえない表情を浮かべていた。

「俺が教えてやるから、早く返済してくれ」
「てことは、シヴィーさんは調合師……なんですか?」
「そうだ。っま、ここで話をするのもあれだ。まずは場所を変えるか」
「は、はい!」

 リリーを連れて広場を後にするときに、爆発の衝撃によって割れたであろう窓ガラスが目に入ってきたが、幸いなことに外からの衝撃によって内側へと欠片が飛び散ったようで、血痕や怪我人は見当たらない様子。

 ほっと息をつきながら傍を歩くリリーに対して、シヴィーは『良かったな』という意思表示を込めてか、その頭をポンポンと軽く叩くと宿を目指すのだった。



 ~街角の安宿~

 普段の日常であれば、朝から夕方にかけて冒険者としての仕事をこなし、家に帰ってきてからは調合をするかレシピなどを読んでいるシヴィーである。が、しかし、今日の朝方にクビになってから、ぽっかりと開いたその時間に少しながらも寂しさを感じながら、リリーを連れて帰宅してきたのである。

 宿主にひとり追加すると伝え、追加の料金を払うと階段を上り、部屋へと足を向けた。
 
 部屋に入ると同時に、ポーション特有の鼻をくすぐるようなねばっこいにおいに出迎えられ、リリーは普段嗅ぐ事のないにおいを不思議そうに思いながらも、シヴィーに勧められて椅子に座った。

「ここがシヴィーさんの部屋……ん? てことは、私は男性の部屋にふたりっきり……ほう?」
「いかがわしいことなんてする気はないぞ? まぁ、茶番はさておき──」
「ちゃ、茶番って! 普通意識するものですよ? 事後に『私、こんなにめちゃくちゃにされちゃった』とか言うのは嫌ですからね!」
「はいはい。そこまで妄想豊かなら調合もさぞ楽しそうだな」
「な、流されてしまいました!」

 めんどくさくなったのか、シヴィーは部屋の奥に行き、調合用の鍋とポットを持って戻ってきた。

 料理などに使われるものより一回り底が深く、底に比べたら入り口のほうが狭いといった特徴をもった鍋。そして、お茶を嗜むときなどに使う高価な装飾の施されたものとは違い、黒一点のポットを机に並べると、リリーが興味を惹かれたのか、鍋とポットの両方をちらりちらりと視線が向かう。

「どちらも高価そうですね。私の場合は結構安く買ったのであれですが」
「あれもくそも吹き飛んだだろうが。はぁ、どっちもダンジョンとかで見つけたものだぞ?」
「ダンジョン……? そういえば、クビになったと言ってましたね」
「あー、なんか不満があったらしくてな。『勇者パーティー』って呼ばれてるところをクビになった……」

 少し気まずそうに目を逸らすシヴィーだったが、リリーは『勇者パーティー』と聞いて驚いたかのように目を大きく見開いていた。

「す、すごい人だったんですねシヴィー様……」
「様付けはやめろ。新入りの頃から組んでて勝手に成長してくれただけさ。別に、俺はたいしたことはしてないし、ほとんどあいつらが力をつけただけなんだろうけどよ」
「はぁ……でも、正直にすごいと思いますよ! 調合師で、しかも元勇者パーティーのメンバー! そんな人が、作ったポーションなら絶対に売れると思います!」
「売るのはリリーのポーションだけどな」
「は、はい。あはは……」

 シヴィーは整備のお金以外にも、被害にあった建物の修復費用などを肩代わりで払わないといけないので、なおさらリリーには頑張ってもらわなければならないだろう。だが、実際のところ露天だけでは一日に1本や2本売れればいいところで、『商人ギルド』に持ち込んだほうが金になる可能性は高い。

「……囲われて同じものを作るのはごめんだな」
「え? なんか言いました?」
「いや、独り言だ。さてと、調合のノウハウを根掘り葉掘り教えてやるからな」
「あ、あれですね。『今夜は寝かせねぇ』ってやつですね!」
「まず、鍋での調合は失敗しやすいんだ──」

 こうして、リリーに調合師の初歩的なことから、注意するべきこと、自身が経験してきたことを教え始めるシヴィーであった。

 
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