32 / 33
32話 新しい教師
しおりを挟む
数年が経ち、私達は今日から五学年になる。――例のスキル学が必須科目になる学年だ。
結局、セルフィアが目覚める事はなく。けれど、退学するわけでもなく、彼女はずっと休学状態だ。
彼女を洗脳したと言う〝先生〟の正体も分かっていない。イレックスは極めて白に近いという事をフィデスから聞いた。
――犯人も分からないまま、セルフィアは眠りに就いたまま。
少しの寂しさを心の隅に置いたまま、私は、柔らかな風が流れ込む窓を閉める。
外は、白に近い桃色を満開に咲かせたシクルスの木が見える。春ならではの光景に、私の口角も自然と緩んだ。
部屋を出て、いつも通りの道順を辿る。この道を歩くのにも慣れたものだ。
たどり着いた部屋の扉をノックすれば、明るい声と共にそれは開かれた。
「リリアちゃん、おはよう!」
「おはよう、フォルティア」
朝からにっこりと笑顔の親友――フォルティアに、私も笑顔になる。
年を重ねるにつれ、私達の中からは子供らしい可愛さは薄れていき、性別による違いがハッキリと表れるようになった。
私とフォルティアの体は丸みを帯びてきたし、頬についていた肉は少しシャープになってきた。
――でも、フォルティアが可愛い事に違いはない。
私は笑いながら彼女の頭に手を伸ばす。ぴょんと跳ねた髪が、上機嫌な彼女と共に揺れている。
「もう、フォルティア?寝癖ついてるよ」
「えっ嘘!?どこどこ!?」
「直してるから動かないで。……うん、これでいい」
跳ねている部分を髪で押さえれば、まとまった髪へと入り混じってそれは消えた。
「ありがとー!」と可愛く笑うフォルティアへ返答をして、私は笑った。
「どういたしまして。でも、寝癖ついたフォルティア可愛かったから、直さなくても良かったかも」
「もう、リリアちゃん!変なこと言わないの!」
ムスッと頬を膨らませてフォルティアは私を見上げる。……ここ数年で私の背は伸びた。
男の子達ほどではないが、他の女生徒よりは確実に背が高い。自分で言うのもなんだが、モデル体型バリの縦長さだ。
私は「ごめんって」と笑い、彼女の頭を撫でる。フォルティアは少し気持ちよさそうに目を細めてそれを享受する。変わらない、いつも通りの朝だ。
撫でられながら、フォルティアが私を見上げる。くりっとした瞳は、女の子らしくて素直に可愛いと思う。
「学校行こう、リリアちゃん!」
「うん、そうだね」
――私のフォルティアが、今日も元気で可愛い。
心の中でにやけながら返事を返し、私達は校舎への道のりを歩き始めた。
寮を出れば校舎までの道のりはシクルスの木が立ち並んでいる。
空の青さに、宙を舞うシクルスの白い花びらがきらりと光る。毎年見る光景なのに、毎年眩しく感じる。
私達は他愛もない話をしながら歩みを進める。
その時だった。
「リリア、フォルティア。おはよう」
背後から掛けられた、少し掠れた少年の声。名前を呼んだその声に釣られ、私達は振り返る。
……そこにいたのはベリタスだった。いつも通り長い前髪で隠れた顔へ、私達は挨拶を返す。
「おはよー。ベリタス、早いね?」
「新学期だし、早めに出ておこうかなって。レオ、置いてきた」
「ふふっ。ベリタス君って、レオには容赦ないんだね?」
「そりゃあ俺達、幼馴染だし。これくらい普通だよ」
彼等の友情は私達よりサッパリしているらしい。私達は「いいねー」と笑った。
そして、私達は仲良く三人で登校した。
いつしかベリタスへ「女二人と一緒に行動するのって嫌じゃないの?」と聞いた事があるが、私達なら大丈夫との事だ。信頼されたものである。
教室に着いて、もうそろそろ朝の鐘が鳴りそうだという時間になった頃。彼はやってきた。
「オーッス。ベリタス、リリア、ついでにフォルティアー。おはよー」
「おはよう、レオ」
「おはよー、遅かったね」
「いや、ついでにって何よ!……おはよう」
やってきた少年――レオへ上から順にベリタス、私、フォルティアが答える。
私達の返事を聞いた彼はニカッと笑った。漢らしい笑みだ。
レオは「いやー間に合った間に合った」と笑いながら自分の席へと向かっていく。彼の動きに合わせて、長い彼の金髪が揺れる。
ユーリへの憧れを募らせたレオは、髪型すらもユーリに寄せ始めた。長い金髪をユーリと同じく首の後ろ辺りの低い位置で纏めている。
すると、どうだろう。元々高かったレオの女子人気は、うなぎ上りに高くなった。
なんでも「王子様みたい!」との事らしいが……普段の彼の様子を知っている私からしたら、正直笑ってしまう。
今だって、「あっヤベ、教科書忘れた」等と言ってフォルティアへうざ絡みをし、ベリタスに叱られているのだ。……彼は見た目だけは王子様に、中身は年頃の生意気な男の子へと成長していた。
去年と変わらない光景に笑いながら、私は彼等の輪へ加わる。彼等は笑いながら私を受け入れた。
――セルフィアもいたら、完璧だったな。
そんな事を思ってしまう私は贅沢だろうか。
新学期の恒例、朝の全体集会へ向かえば、ガヤガヤとした喧騒が講堂を満たしていた。
私達は同じ長椅子に座って、雑談をしながら壇上に教師たちが現れるのを待つ。……それには時間はかからなかった。
「あ、校長先生だ」
壇上へ顔を向けたベリタスの呟きに、私達は会話を止めて視線を向けた。
そこにはフィデスと、他にも見知った教師たちが立ち並んでいる。一人、眼鏡をかけたこげ茶の髪の、見知らぬ男性がいる。彼は誰だろう?
講堂の喧騒は、フィデスの静かな声で鳴りやんだ。
「皆さん、おはようございます。新学期という事もあり、皆さん明るい気持ちで今日と言う日を迎えた事でしょう。……しかし、皆さんへ、非常に残念なお知らせがあります」
彼女の静かな声が響き渡り、その内容に私達生徒一同は首を傾げる。――新学期早々、残念なお知らせ?
フィデスは固い表情のまま、意を決したように息を吸い込み、吐き出した。
「――スキル学を担当していたイレックス先生が、お亡くなりになりました」
「――は?」
私は思わず声を漏らす。――イレックスが、死んだ?
困惑しているのは、もちろん私だけじゃない。フィデスの言葉を聞いた生徒たちは途端に騒めき始める。
「皆さん、お静かに。……彼は不愛想で悪い所も目立ってはいましたが、教師としては優秀な人材でした。本当に、惜しい人を亡くしました」
「本当にそう思ってるのかな?」
「フォルティア、しっ」
隣で耳打ちされた言葉に、私は小声でフォルティアを諭した。彼女は「はーい」と小さく返答した。……普段優しい彼女がこんな言葉を吐くほど、イレックスという教師は生徒から嫌われていたのだ。
私は再び壇上へ目を向けた。フィデスは話を続けている。
「という事で、今日は皆さんにご紹介したい人がいます。……レクス先生、こちらへ」
彼女の呼びかけに、先程気になった眼鏡をかけた見知らぬ男が前へ出る。
「初めまして。僕の名前はレクス。亡くなったイレックス先生に代わって、スキル学のを受け持つことになりました。皆さん、よろしくお願いします」
そう言って彼は穏やかに微笑んだ。なんだかジェイルに似た雰囲気を感じるが、彼とは決定的に違うところがある。……天然たらしの雰囲気がない、ただの優男風なのだ。
自己紹介をして、自身の経歴などをつらつらと話す彼――レクスを横目に、私は別の事を考えた。
――イレックス先生は、なんで亡くなったんだろう。
彼は中年ではあるが、まだ若い。去年まで見てきた彼は元気そうだったし、病気の線は低いだろう。事故だろうか?
悶々と考えていれば、周りの拍手で私の意識は浮上した。どうやら、レクスの挨拶が終わったらしい。
横にいるフォルティアが「ねぇ」と私の耳へ唇を寄せた。
「レクス先生、良い人そうだね」
「え?……ああ、そうだね」
彼女の言葉に頷いて、私は壇上にいるレクスへ視線を向けた。
彼は微笑んだまま、講堂を見渡している。まるで、何かを探している様に。そんな彼と、目が合い――彼は一層、笑みを深めた。
――え?
私はレクスを見たまま固まってしまう。彼は私の方を見ると、辺りを見渡す事をやめて視線をこちらへ向けたまま。
――私を見ている?いや、まさか。
自意識過剰だろうか。しかし、少し気味が悪いのは事実。私は慌てて彼から目を逸らした。
「リリアちゃん?」
「何でもないよ」
不思議そうに首を傾げるフォルティアに、私は笑いかけた。……多分、ぎこちない笑みになってしまっただろう。
昼食の時間になり、私達は食堂に来ていた。
レオとフォルティアは相変わらず言い合いをしていて、私とベリタスは苦笑いを浮かべた。
フォルティア達に気を取られていたからだろう。……私は、人とぶつかってしまった。
「わっ」
短い声を上げて、私はふらついてしまう。
後ろへよろけそうになったところを、誰かの腕が私の腕を掴み支えた。
「おっと!君、大丈夫?」
「あ、はい。すみません、大丈夫で――」
聞こえた声に顔を上げて、私は固まった。……そこにいたのは、新しくスキル学の担当になったレクスがいた。
私はハッとして慌てて謝れば、彼は穏やかな笑みで首を振った。
「いや、君は悪くないよ。ちゃんと周りを見ていなかった僕が悪いから」
「い、いえ。私も前を見ていなかったので……本当にすみません」
「ハハッ、そんなに謝らないでくれよ。リリアは、怪我はないかい?」
「え?」
レクスの言葉に、私は瞠目する。――なぜ彼が私の名前を知っているのだろう?
私がよっぽど驚いた顔をしていたのだろう。彼は「あっ」と声を上げ、慌てて否定するように手を振り始めた。
「突然ごめん!いや、スキルなしの子がいるって事前に聞いてたから、君の事は知ってたんだ。……その、いきなり名前呼ばれてビックリだよね、アハハ」
「あー、なるほど。私、有名人なんですね」
気まずさを緩和させたくて冗談を言えば、レクスは「もちろん」とお茶目に笑った。
――なんだ。結構、彼は良い人なのかもしれない。
そう思ってしまえば、彼に抱いていた警戒心は少し溶け、緊張も解ける。
私が「それじゃあ」と別れを告げると、彼は「あ、うん……」となぜか名残惜しそうな顔で頷いた。なんだろうか。
少し不思議に思いながらも、私は彼から離れて友人達の元へと戻る。私達のやり取りを見ていたらしい、レオとフォルティアが声を上げた。
「新しい先生、良い奴そうだな」
「ね!スキルなしって知っても、リリアちゃんの事、馬鹿にしないし。イレックス先生と違って」
「フォルティア?」
「いや、不謹慎なのは分かってるんだよ?でもさ、リリアちゃんに酷い事言ったイレックス先生と比べると……やっぱりねぇ」
そう言ってフォルティアは可愛い顔を少し歪ませた。
どうやら、彼女がイレックスを嫌っている理由は私が関わっていたらしい。その事実に感動と罪悪感を同時に覚える。
「…………」
「……ベリタス?」
フォルティアとレオから目を離せば、何やら難しい顔のベリタスが目に入る。そういえば、彼はずっと黙ったままだ。
私はなんだか不安になって彼の顔を覗き込む。私に気付いたベリタスはハッとして、慌てた。
「リリア?どうかした?」
「いや、どうかしたって……ベリタスこそどうかしたの?なんか、ずっと静かじゃない?」
「え、そう?」
「うん、そう」
私が頷けば、ベリタスはまた黙り込んだ。一体、何なのだろうか?
首を傾げて彼を見つめれば、私の視線に「なんでもないよ」とベリタスは笑った。
「さ、早くご飯食べよう」
「あ、うん」
何かが腑に落ちないまま、私は差し出された手を取った。
彼の手は、数年前に握った時よりも一回り大きくなっていて、私の胸がどきりと跳ねた。
この数年で、ベリタスの背はとても伸びた。女子の中でも背の高い方の私の頭一つ分は大きい。
不思議と熱くなった胸を抑えて、私は彼に導かれるまま着いて行く。彼の手は、ずっと温かかった。
*
「リリアちゃん、でしたっけ?」
薄暗い部屋の中、女が柔和な笑みを浮かべて男に尋ねた。柔らかい顔つきをしているはずなのに、女の目つきは鋭い程に冷たい。
尋ねられた男は、椅子に座ったまま女を見上げ、微笑んだ。
「ああ。お前には、ちゃんと話していなかったな」
低い声でそう言えば、女は「それで?」と続けた。
「その子。結局、どうするおつもりですか?」
ふわり、美しく微笑みながら女は問いかけた。――その問いに、男の唇は歪んだ。
「私の物にする。――たくさん傷付けて、私しか見えないようにして。誰の事も信じられないようにして……」
結局、セルフィアが目覚める事はなく。けれど、退学するわけでもなく、彼女はずっと休学状態だ。
彼女を洗脳したと言う〝先生〟の正体も分かっていない。イレックスは極めて白に近いという事をフィデスから聞いた。
――犯人も分からないまま、セルフィアは眠りに就いたまま。
少しの寂しさを心の隅に置いたまま、私は、柔らかな風が流れ込む窓を閉める。
外は、白に近い桃色を満開に咲かせたシクルスの木が見える。春ならではの光景に、私の口角も自然と緩んだ。
部屋を出て、いつも通りの道順を辿る。この道を歩くのにも慣れたものだ。
たどり着いた部屋の扉をノックすれば、明るい声と共にそれは開かれた。
「リリアちゃん、おはよう!」
「おはよう、フォルティア」
朝からにっこりと笑顔の親友――フォルティアに、私も笑顔になる。
年を重ねるにつれ、私達の中からは子供らしい可愛さは薄れていき、性別による違いがハッキリと表れるようになった。
私とフォルティアの体は丸みを帯びてきたし、頬についていた肉は少しシャープになってきた。
――でも、フォルティアが可愛い事に違いはない。
私は笑いながら彼女の頭に手を伸ばす。ぴょんと跳ねた髪が、上機嫌な彼女と共に揺れている。
「もう、フォルティア?寝癖ついてるよ」
「えっ嘘!?どこどこ!?」
「直してるから動かないで。……うん、これでいい」
跳ねている部分を髪で押さえれば、まとまった髪へと入り混じってそれは消えた。
「ありがとー!」と可愛く笑うフォルティアへ返答をして、私は笑った。
「どういたしまして。でも、寝癖ついたフォルティア可愛かったから、直さなくても良かったかも」
「もう、リリアちゃん!変なこと言わないの!」
ムスッと頬を膨らませてフォルティアは私を見上げる。……ここ数年で私の背は伸びた。
男の子達ほどではないが、他の女生徒よりは確実に背が高い。自分で言うのもなんだが、モデル体型バリの縦長さだ。
私は「ごめんって」と笑い、彼女の頭を撫でる。フォルティアは少し気持ちよさそうに目を細めてそれを享受する。変わらない、いつも通りの朝だ。
撫でられながら、フォルティアが私を見上げる。くりっとした瞳は、女の子らしくて素直に可愛いと思う。
「学校行こう、リリアちゃん!」
「うん、そうだね」
――私のフォルティアが、今日も元気で可愛い。
心の中でにやけながら返事を返し、私達は校舎への道のりを歩き始めた。
寮を出れば校舎までの道のりはシクルスの木が立ち並んでいる。
空の青さに、宙を舞うシクルスの白い花びらがきらりと光る。毎年見る光景なのに、毎年眩しく感じる。
私達は他愛もない話をしながら歩みを進める。
その時だった。
「リリア、フォルティア。おはよう」
背後から掛けられた、少し掠れた少年の声。名前を呼んだその声に釣られ、私達は振り返る。
……そこにいたのはベリタスだった。いつも通り長い前髪で隠れた顔へ、私達は挨拶を返す。
「おはよー。ベリタス、早いね?」
「新学期だし、早めに出ておこうかなって。レオ、置いてきた」
「ふふっ。ベリタス君って、レオには容赦ないんだね?」
「そりゃあ俺達、幼馴染だし。これくらい普通だよ」
彼等の友情は私達よりサッパリしているらしい。私達は「いいねー」と笑った。
そして、私達は仲良く三人で登校した。
いつしかベリタスへ「女二人と一緒に行動するのって嫌じゃないの?」と聞いた事があるが、私達なら大丈夫との事だ。信頼されたものである。
教室に着いて、もうそろそろ朝の鐘が鳴りそうだという時間になった頃。彼はやってきた。
「オーッス。ベリタス、リリア、ついでにフォルティアー。おはよー」
「おはよう、レオ」
「おはよー、遅かったね」
「いや、ついでにって何よ!……おはよう」
やってきた少年――レオへ上から順にベリタス、私、フォルティアが答える。
私達の返事を聞いた彼はニカッと笑った。漢らしい笑みだ。
レオは「いやー間に合った間に合った」と笑いながら自分の席へと向かっていく。彼の動きに合わせて、長い彼の金髪が揺れる。
ユーリへの憧れを募らせたレオは、髪型すらもユーリに寄せ始めた。長い金髪をユーリと同じく首の後ろ辺りの低い位置で纏めている。
すると、どうだろう。元々高かったレオの女子人気は、うなぎ上りに高くなった。
なんでも「王子様みたい!」との事らしいが……普段の彼の様子を知っている私からしたら、正直笑ってしまう。
今だって、「あっヤベ、教科書忘れた」等と言ってフォルティアへうざ絡みをし、ベリタスに叱られているのだ。……彼は見た目だけは王子様に、中身は年頃の生意気な男の子へと成長していた。
去年と変わらない光景に笑いながら、私は彼等の輪へ加わる。彼等は笑いながら私を受け入れた。
――セルフィアもいたら、完璧だったな。
そんな事を思ってしまう私は贅沢だろうか。
新学期の恒例、朝の全体集会へ向かえば、ガヤガヤとした喧騒が講堂を満たしていた。
私達は同じ長椅子に座って、雑談をしながら壇上に教師たちが現れるのを待つ。……それには時間はかからなかった。
「あ、校長先生だ」
壇上へ顔を向けたベリタスの呟きに、私達は会話を止めて視線を向けた。
そこにはフィデスと、他にも見知った教師たちが立ち並んでいる。一人、眼鏡をかけたこげ茶の髪の、見知らぬ男性がいる。彼は誰だろう?
講堂の喧騒は、フィデスの静かな声で鳴りやんだ。
「皆さん、おはようございます。新学期という事もあり、皆さん明るい気持ちで今日と言う日を迎えた事でしょう。……しかし、皆さんへ、非常に残念なお知らせがあります」
彼女の静かな声が響き渡り、その内容に私達生徒一同は首を傾げる。――新学期早々、残念なお知らせ?
フィデスは固い表情のまま、意を決したように息を吸い込み、吐き出した。
「――スキル学を担当していたイレックス先生が、お亡くなりになりました」
「――は?」
私は思わず声を漏らす。――イレックスが、死んだ?
困惑しているのは、もちろん私だけじゃない。フィデスの言葉を聞いた生徒たちは途端に騒めき始める。
「皆さん、お静かに。……彼は不愛想で悪い所も目立ってはいましたが、教師としては優秀な人材でした。本当に、惜しい人を亡くしました」
「本当にそう思ってるのかな?」
「フォルティア、しっ」
隣で耳打ちされた言葉に、私は小声でフォルティアを諭した。彼女は「はーい」と小さく返答した。……普段優しい彼女がこんな言葉を吐くほど、イレックスという教師は生徒から嫌われていたのだ。
私は再び壇上へ目を向けた。フィデスは話を続けている。
「という事で、今日は皆さんにご紹介したい人がいます。……レクス先生、こちらへ」
彼女の呼びかけに、先程気になった眼鏡をかけた見知らぬ男が前へ出る。
「初めまして。僕の名前はレクス。亡くなったイレックス先生に代わって、スキル学のを受け持つことになりました。皆さん、よろしくお願いします」
そう言って彼は穏やかに微笑んだ。なんだかジェイルに似た雰囲気を感じるが、彼とは決定的に違うところがある。……天然たらしの雰囲気がない、ただの優男風なのだ。
自己紹介をして、自身の経歴などをつらつらと話す彼――レクスを横目に、私は別の事を考えた。
――イレックス先生は、なんで亡くなったんだろう。
彼は中年ではあるが、まだ若い。去年まで見てきた彼は元気そうだったし、病気の線は低いだろう。事故だろうか?
悶々と考えていれば、周りの拍手で私の意識は浮上した。どうやら、レクスの挨拶が終わったらしい。
横にいるフォルティアが「ねぇ」と私の耳へ唇を寄せた。
「レクス先生、良い人そうだね」
「え?……ああ、そうだね」
彼女の言葉に頷いて、私は壇上にいるレクスへ視線を向けた。
彼は微笑んだまま、講堂を見渡している。まるで、何かを探している様に。そんな彼と、目が合い――彼は一層、笑みを深めた。
――え?
私はレクスを見たまま固まってしまう。彼は私の方を見ると、辺りを見渡す事をやめて視線をこちらへ向けたまま。
――私を見ている?いや、まさか。
自意識過剰だろうか。しかし、少し気味が悪いのは事実。私は慌てて彼から目を逸らした。
「リリアちゃん?」
「何でもないよ」
不思議そうに首を傾げるフォルティアに、私は笑いかけた。……多分、ぎこちない笑みになってしまっただろう。
昼食の時間になり、私達は食堂に来ていた。
レオとフォルティアは相変わらず言い合いをしていて、私とベリタスは苦笑いを浮かべた。
フォルティア達に気を取られていたからだろう。……私は、人とぶつかってしまった。
「わっ」
短い声を上げて、私はふらついてしまう。
後ろへよろけそうになったところを、誰かの腕が私の腕を掴み支えた。
「おっと!君、大丈夫?」
「あ、はい。すみません、大丈夫で――」
聞こえた声に顔を上げて、私は固まった。……そこにいたのは、新しくスキル学の担当になったレクスがいた。
私はハッとして慌てて謝れば、彼は穏やかな笑みで首を振った。
「いや、君は悪くないよ。ちゃんと周りを見ていなかった僕が悪いから」
「い、いえ。私も前を見ていなかったので……本当にすみません」
「ハハッ、そんなに謝らないでくれよ。リリアは、怪我はないかい?」
「え?」
レクスの言葉に、私は瞠目する。――なぜ彼が私の名前を知っているのだろう?
私がよっぽど驚いた顔をしていたのだろう。彼は「あっ」と声を上げ、慌てて否定するように手を振り始めた。
「突然ごめん!いや、スキルなしの子がいるって事前に聞いてたから、君の事は知ってたんだ。……その、いきなり名前呼ばれてビックリだよね、アハハ」
「あー、なるほど。私、有名人なんですね」
気まずさを緩和させたくて冗談を言えば、レクスは「もちろん」とお茶目に笑った。
――なんだ。結構、彼は良い人なのかもしれない。
そう思ってしまえば、彼に抱いていた警戒心は少し溶け、緊張も解ける。
私が「それじゃあ」と別れを告げると、彼は「あ、うん……」となぜか名残惜しそうな顔で頷いた。なんだろうか。
少し不思議に思いながらも、私は彼から離れて友人達の元へと戻る。私達のやり取りを見ていたらしい、レオとフォルティアが声を上げた。
「新しい先生、良い奴そうだな」
「ね!スキルなしって知っても、リリアちゃんの事、馬鹿にしないし。イレックス先生と違って」
「フォルティア?」
「いや、不謹慎なのは分かってるんだよ?でもさ、リリアちゃんに酷い事言ったイレックス先生と比べると……やっぱりねぇ」
そう言ってフォルティアは可愛い顔を少し歪ませた。
どうやら、彼女がイレックスを嫌っている理由は私が関わっていたらしい。その事実に感動と罪悪感を同時に覚える。
「…………」
「……ベリタス?」
フォルティアとレオから目を離せば、何やら難しい顔のベリタスが目に入る。そういえば、彼はずっと黙ったままだ。
私はなんだか不安になって彼の顔を覗き込む。私に気付いたベリタスはハッとして、慌てた。
「リリア?どうかした?」
「いや、どうかしたって……ベリタスこそどうかしたの?なんか、ずっと静かじゃない?」
「え、そう?」
「うん、そう」
私が頷けば、ベリタスはまた黙り込んだ。一体、何なのだろうか?
首を傾げて彼を見つめれば、私の視線に「なんでもないよ」とベリタスは笑った。
「さ、早くご飯食べよう」
「あ、うん」
何かが腑に落ちないまま、私は差し出された手を取った。
彼の手は、数年前に握った時よりも一回り大きくなっていて、私の胸がどきりと跳ねた。
この数年で、ベリタスの背はとても伸びた。女子の中でも背の高い方の私の頭一つ分は大きい。
不思議と熱くなった胸を抑えて、私は彼に導かれるまま着いて行く。彼の手は、ずっと温かかった。
*
「リリアちゃん、でしたっけ?」
薄暗い部屋の中、女が柔和な笑みを浮かべて男に尋ねた。柔らかい顔つきをしているはずなのに、女の目つきは鋭い程に冷たい。
尋ねられた男は、椅子に座ったまま女を見上げ、微笑んだ。
「ああ。お前には、ちゃんと話していなかったな」
低い声でそう言えば、女は「それで?」と続けた。
「その子。結局、どうするおつもりですか?」
ふわり、美しく微笑みながら女は問いかけた。――その問いに、男の唇は歪んだ。
「私の物にする。――たくさん傷付けて、私しか見えないようにして。誰の事も信じられないようにして……」
11
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説

1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。
最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
羽海汐遠
ファンタジー
最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。
彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。
残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。
最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。
そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。
彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。
人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。
彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。
『カクヨム』
2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。
2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。
『小説家になろう』
2024.9『累計PV1800万回』達成作品。
※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。
小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/
カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796
ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709
ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる