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31話 お前のせいじゃない
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「落ち着いた?」
「うん。……あの、本当にごめん」
「なんで謝るの」
優しく微笑むベリタスを横目に、私は沸き上がる感情に溜息を吐いた。――子供みたいに泣き喚いて、恥ずかしすぎる!
熱が集まる顔を見られたくなくて、私は抱えた膝に顔を埋めた。
休憩場所を人気のない木陰にしておいてよかった。そうじゃなきゃ、こんな情けない姿を皆に見せていたのだ。
――もしかしたら、さっきの事、みんなに見られてるのかな。
そこまで考えてまた溜息を吐いた。先程よりも重い溜息に、余計に気が重くなっていく。
ベリタスの顔を見る事が出来なくて、私は顔を埋め続けた。
「……ふふっ」
「……ベリタス、笑うのは酷くない?」
「いや、だって……は、ははっ、リリアがすごい恥ずかしがるから……っ」
突然聞こえた笑い声に、私は顔を埋めたまま横目でベリタスを見た。
彼は手で口を押え、必死に笑いを堪えようとしている。
――気まずくなるより、笑ってくれた方が良いのかもしれない。
ベリタスの笑顔に釣られ、私の口角も少し上がった。ベリタスが笑顔なら、それでいい気がしてきた。
「ありがとう、ベリタス」
「あははっ、どういたしまして」
私達は顔を見合わせて笑った。――そっか。ベリタスは、こういう人だった。
〝重い〟と思って自分の気持ちを吐露できずにいたけど、彼は人の思いをしっかりと受け止めてくれる人なのだ。
――みんな、私の事を思ってくれていたのに、私が壁を作ってたんだ。
心の中で反省した。彼等よりも大人だからと抱え込んでいた私は、誰よりも子供だったのだ。
「――本当に、ありがとね」
私は抱えた膝に頬を付けたまま、ベリタスに微笑んだ。
するとベリタスの頬は少しだけ赤くなって、その口元に弧を描いた。
「リリアは、大切な友達だから」
穏やかな時間はユーリの授業終了の掛け声で終わった。
フォルティアに元へ駆け寄って声を掛ければ、彼女の顔には安心したような笑みが浮かんだ。
*
「本当、一年が過ぎるのは早いよね」
「だね~。新学期、リリアちゃんと一緒に登校したのが昨日の事の様だよ~」
「リリアとフォルティアはいつも一緒に登校してるだろ」
「アハハ、確かに」
他愛もない事を話しながら、私達三人は廊下を歩く。前までは気になっていたこちらへの視線も、フォルティアとベリタスと話しながらだと全然気にならないから不思議なものである。
私達は目当ての物が視界に入ると「早く見よう!」と足早にそちらへと向かう。
「やっぱり、今年もリリアちゃんが主席だよ!本当、リリアちゃんってすごいね!」
「本当勝てないよなぁ、リリアには」
「アハハ、ありがとう。……でも、ベリタスとフォルティアも次席だよ!ってかフォルティア。薬草学、満点超えてるんだけど……どゆこと……」
目当ての物――学年末の成績が貼り出された掲示板を見上げながら、私達ははしゃぐ。有難い事に私が主席、次席はベリタスとフォルティアだ。
全体的な点数が高い私とベリタスと違い、フォルティアは薬草学の点数が飛びぬけて高かった。満点を超えている、というか満点の倍近い点数が書かれてある。なんだこの点数は。
貼り出された紙を見ながら、私は「ん?」と首を傾げた。去年、私に次いで次席の位置にいたレオの名前がないのだ。
私は上から順に名前を辿っていく。そして、私は愕然とした。――彼の名前は、学年の中くらいの位置にあったのだ。
「レオ、めっちゃ成績落ちてない?」
「え?……うわ、本当だ。去年、次席だったよね?なにかあったのかな?」
「いや、アイツはただ――」
「――オイ、ベリタス!リリア、フォルティア!」
言いかけた私達は、こちらを呼びかける言葉に振り返った。……そこには、爽やかな笑顔を浮かべたレオがいた。
私達は「あ」と漏らしながら、どうしようかと顔を見合わせた。負けん気の強い彼が自分の成績を見たらどうなるか不安になったのだ。
私は恐る恐る「レオ?」と声を掛けた。笑顔のまま首を傾げるレオに、私は意を決して口を開く。
「余計なお世話かもしれないけどさ……その、どうしたの?何か悩みでもある?」
「は?いきなりなんだよ」
「いや、その……」
言うのは気まずくて、私は掲示板を振り返る。それを見て「ああ」と頷いて、レオは貼り出された紙の真ん中を躊躇いなく見て、「うん、やっぱこれくらいだな」と納得した様な声を出した。
私とフォルティアは意味が分からずに顔を見合わせる。――やっぱり、とはどういう事だろうか?
「あの、レオ?やっぱって?」
「いやー俺さ、今年入ってから体術にハマっただろ?今まで勉強してた時間も体術の練習につぎ込んだから、成績落ちるのは分かってたんだよなー。ま、予想よりは良い成績だけどな!」
そう言って豪快に笑い始めたレオに、私達は再度顔を見合わせる。悔しがると思っていたのに、意外だ。
ベリタスは呆れたように溜息を吐いた。その横で呆ける私とフォルティアを他所に、レオは「ってかユーリ先生見なかった?」とこちらへ問いかけてくる。……どうやら、本当に成績の事は何とも思っていないらしい。
今日の朝で彼の監視対象から外れた私が「職員室に行ったよ」と言うと、それを聞くや否やレオは笑顔を輝かせた。
「分かった!ありがとな、リリア!」
「あ、うん」
上機嫌な様子でこの場から去っていくレオの後姿を見ながら、私はフォルティアと笑った。
「なんか去年より生き生きしてるね、レオ」
「うん。体術が生きがい、って感じ」
「レオがあそこまで打ち込めたモノなんて、今までなかったからね。……このまま最下位にならないといいけど」
重い溜息を吐いたベリタスの隣でフォルティアと笑いあっていれば、遠くから「ユーリ先生ー!」とレオの大きな声が聞こえた。その声に私達は耐え切れず、声を上げて笑った。ベリタスはまた溜息を吐いていた。
掲示板の一番下、圏外の欄にはセルフィアの名前があった。その事実を知りながらも、私は笑えていた。
それもきっと、私にはこんなにも素敵な友達がいるから。笑いあって、喧嘩して、悲しい時は一緒に悲しんでくれる。そんな、素敵な友達。
だから、私は根拠もなくおもっていた。これから彼等と送る学校生活は、平穏で幸せなものだと。
だから、私は思わなかったのだ。これから彼等と送る学校生活が、今までよりも波乱に満ちたものになる事を。
*
「なんで、なんでアイツが主席なのよ!」
寮へ戻って、私は荷物を壁に投げつけた。大きな音を立てたそれに同室の子が顔を歪めるけれど、どんなのどうだっていい。問題はそこじゃない。
――去年もアイツが……リリアが主席だった。しかも、次席にあのフォルティアとかいう女の名前もあった。こんなの、あり得ない!
抑えきれない苛立ちに歯を食いしばる。ギリッという音が鳴った。
そんな私を見て同室の子は呆れたように溜息を吐いた。
「レーニス。あのスキルなしが主席だからって荒れすぎじゃない?」
「あのスキルなしが主席だから荒れてるんじゃない!アンタ、悔しくないの!?」
「うーん」
私の言葉に彼女は頭を掻いた。なんというか、こちらの言葉が全然響いていない、という態度だ。
「確かにスキルなしだけどさ、あの子の魔法がすごいのは本当じゃん?杖なし、詠唱もなしで普通の魔法使いよりも強い魔法が使える訳だし。しかも頭良いんでしょ?そんな子に勝てるわけなくない?」
「なっ……あ、あのスキルなし、そんなにすごいの!?」
「え、知らなかったの?あの子に興味津々な割に、何も知らないんだね。まぁ、あの子はアンタの事、なんとも思ってないみたいだけど。それに、あの子の事悪く言う前に努力したら?アンタが勉強してるとこなんて見た事ないけど」
「っ……!」
彼女の一言に、私はカッと頭に血が上った。――なんで私がそこまで言われなきゃいけないのよ!
私は「アンタなんなのよ!?」と彼女へ叫ぶ。彼女は肩を竦めて「あー怖い」と吐き捨てて部屋を出ていった。
そんな彼女の態度に、私の怒りは増していく。――なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!私は何も悪くないのに!
私は頭の中に、今日見た景色を思い出す。成績が貼り出された掲示板の前で笑いあうあの子達は、認めたくなくとも周りとは違った輝きを放っていた。それが余計に腹立たしい。
リリアだけじゃない、フォルティアという女もだ。入学式の日に私の頬を引っぱたいた挙句、あの王子様と親し気にしているあの女は、本当にいけ好かない。
「アイツら、絶対に引きずり落とす」
思わず漏れた声は、憎しみに染まっていた。
*
「ただいま帰りました~」
「お、帰ったか。お帰り、リリア」
扉を開けば、そこには懐かしい景色が広がっていた。
馴染みのある家具に、馴染みのある匂い。そこに馴染む、馴染みのある穏やかな笑みを浮かべた赤毛――アロウに、私も笑顔を浮かべた。
別に学校生活を送っていた間、ずっと帰省していなかったわけではない。サクラのご飯も用意しなければならないのだ。少なくとも、月に二回は帰っていた。
けれど、今年は色々と辛い事も悲しい事も重なった。だからだろう、帰省しても心は休まる事はなかったのだ。
久々の穏やかな帰省に私は、尻尾を振りながら駆け寄ってきたサクラの頭を撫でる。見ない間に、また少し大きくなったらしい。その背丈は私の背をも超えている。
そうしていると、「リリア」と声を掛けられた。その声掛けにアロウを見れば、彼女は優しく「おいで」と自分の座っている席の向かいへ座るよう促してくる。
私は素直にそれに従い、彼女の向かいへ腰かける。
アロウは魔法を使って手際よくお茶を淹れると、私の前へと置いてくれる。
「どうだった、今年の学校生活は?」
「なんていうか、いろんな事がありましたね。一年生の時も色々あったけど、それよりも大変でした」
「ハハッ、だろうな」
私の返答にアロウは声高らかに笑った。そんな彼女を見ながら「知ってるくせに」と私は愚痴っぽく言葉を零す。
今年、私の身に降りかかった出来事を、アロウは知っている。詳細を書いた手紙を、私とフィデスが送ったからだ。
フィデスが手紙を送ったのを知ったのは、アロウからの手紙で知った。なんでも、意識を取り戻さないセルフィアの事を色々と頼まれたらしい。
恨み言のような私の呟きにアロウは「悪い、悪い」と笑う。本当に悪いと思っているのだろうか。
一通り笑った彼女は少し落ち着いて、「さて」と私を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。
「セルフィアの事なんだが」
「っ!セルフィア、目が覚めたんですか!?」
切り出された言葉に私は思わず立ち上がった。そんな私を見て、アロウは顔色を変えずに首を振る。
「いや、まだだ。というか、いつ目が覚めるか、私にも分からん」
「……そう、ですか」
芽生えた希望が消えていく感覚に、私は体の力が抜けて椅子にもたれる。
けれど、セルフィアの話をし始めたという事は、きっと何かある筈だ。そう思って、私は話の続きを促した。
「それで、セルフィアがどうかしたんですか?」
「ああ。彼女について分かった事だが――セルフィアはスキルによって洗脳されていた可能性が高い」
「洗脳……」
静かに告げられた言葉を反芻し、私はセルフィアを思い出した。確かに、彼女が急に態度を変えたのは今年に入ってからだ。――彼女が急変したのは、洗脳されていたから?
少し戸惑っている私に「ああ」と頷き、アロウは話を続ける。
「記憶を覗こうとしたんだがな、弾かれてしまった。……アレは魔法じゃない。スキルによる効果だ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「私の魔法が弾かれるんだ。女神から授かった絶対の力――スキルに決まってるだろう?」
私の問いに、アロウは事も無げに答える。「そういうモノなのか」と良く分からない納得をしていれば、彼女は「それで」と続ける。
「リリア。お前、セルフィアに嫌われていたと言っていたな?」
「あ、はい。そうですけど……?」
「それも洗脳のせいだ。決して、お前が彼女に何かしたとか、そういう事じゃないよ」
「え……」
優しくなった声色に、私は弾かれたようにアロウを見つめた。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。今までよりもずっと、もっと穏やかな笑みを。
彼女はフッと笑って、席を立った。そして座ったままの私の隣へ来ると、優しい力で私の肩を抱き寄せた。
「せ、先生……?」
突然の出来事に、彼女の柔らかな胸に頭を預けながら声を上げた。
「リリア、お前のせいじゃないよ。……お前のせいじゃない」
酷く優しい声が、彼女の胸の奥から聞こえた。くぐもって聞こえたその声が、私の胸の奥へと響く。
――嗚呼。本当に、私は人に恵まれてるな。
そんな事を考えながら、私は熱くなった目頭を拭った。
サクラが心配そうに顔を覗き込んでいるのを見て、少し笑う。
「……ありがとうございます、先生」
少し震えてしまった声。
アロウは私の頭を撫でてくれた。酷く優しい手つきだった。
その時間は少しの間続いた。
サクラのお腹の音が鳴ってやっと、アロウは私から離れた。彼女の顔は、やっぱり穏やかだった。
「うん。……あの、本当にごめん」
「なんで謝るの」
優しく微笑むベリタスを横目に、私は沸き上がる感情に溜息を吐いた。――子供みたいに泣き喚いて、恥ずかしすぎる!
熱が集まる顔を見られたくなくて、私は抱えた膝に顔を埋めた。
休憩場所を人気のない木陰にしておいてよかった。そうじゃなきゃ、こんな情けない姿を皆に見せていたのだ。
――もしかしたら、さっきの事、みんなに見られてるのかな。
そこまで考えてまた溜息を吐いた。先程よりも重い溜息に、余計に気が重くなっていく。
ベリタスの顔を見る事が出来なくて、私は顔を埋め続けた。
「……ふふっ」
「……ベリタス、笑うのは酷くない?」
「いや、だって……は、ははっ、リリアがすごい恥ずかしがるから……っ」
突然聞こえた笑い声に、私は顔を埋めたまま横目でベリタスを見た。
彼は手で口を押え、必死に笑いを堪えようとしている。
――気まずくなるより、笑ってくれた方が良いのかもしれない。
ベリタスの笑顔に釣られ、私の口角も少し上がった。ベリタスが笑顔なら、それでいい気がしてきた。
「ありがとう、ベリタス」
「あははっ、どういたしまして」
私達は顔を見合わせて笑った。――そっか。ベリタスは、こういう人だった。
〝重い〟と思って自分の気持ちを吐露できずにいたけど、彼は人の思いをしっかりと受け止めてくれる人なのだ。
――みんな、私の事を思ってくれていたのに、私が壁を作ってたんだ。
心の中で反省した。彼等よりも大人だからと抱え込んでいた私は、誰よりも子供だったのだ。
「――本当に、ありがとね」
私は抱えた膝に頬を付けたまま、ベリタスに微笑んだ。
するとベリタスの頬は少しだけ赤くなって、その口元に弧を描いた。
「リリアは、大切な友達だから」
穏やかな時間はユーリの授業終了の掛け声で終わった。
フォルティアに元へ駆け寄って声を掛ければ、彼女の顔には安心したような笑みが浮かんだ。
*
「本当、一年が過ぎるのは早いよね」
「だね~。新学期、リリアちゃんと一緒に登校したのが昨日の事の様だよ~」
「リリアとフォルティアはいつも一緒に登校してるだろ」
「アハハ、確かに」
他愛もない事を話しながら、私達三人は廊下を歩く。前までは気になっていたこちらへの視線も、フォルティアとベリタスと話しながらだと全然気にならないから不思議なものである。
私達は目当ての物が視界に入ると「早く見よう!」と足早にそちらへと向かう。
「やっぱり、今年もリリアちゃんが主席だよ!本当、リリアちゃんってすごいね!」
「本当勝てないよなぁ、リリアには」
「アハハ、ありがとう。……でも、ベリタスとフォルティアも次席だよ!ってかフォルティア。薬草学、満点超えてるんだけど……どゆこと……」
目当ての物――学年末の成績が貼り出された掲示板を見上げながら、私達ははしゃぐ。有難い事に私が主席、次席はベリタスとフォルティアだ。
全体的な点数が高い私とベリタスと違い、フォルティアは薬草学の点数が飛びぬけて高かった。満点を超えている、というか満点の倍近い点数が書かれてある。なんだこの点数は。
貼り出された紙を見ながら、私は「ん?」と首を傾げた。去年、私に次いで次席の位置にいたレオの名前がないのだ。
私は上から順に名前を辿っていく。そして、私は愕然とした。――彼の名前は、学年の中くらいの位置にあったのだ。
「レオ、めっちゃ成績落ちてない?」
「え?……うわ、本当だ。去年、次席だったよね?なにかあったのかな?」
「いや、アイツはただ――」
「――オイ、ベリタス!リリア、フォルティア!」
言いかけた私達は、こちらを呼びかける言葉に振り返った。……そこには、爽やかな笑顔を浮かべたレオがいた。
私達は「あ」と漏らしながら、どうしようかと顔を見合わせた。負けん気の強い彼が自分の成績を見たらどうなるか不安になったのだ。
私は恐る恐る「レオ?」と声を掛けた。笑顔のまま首を傾げるレオに、私は意を決して口を開く。
「余計なお世話かもしれないけどさ……その、どうしたの?何か悩みでもある?」
「は?いきなりなんだよ」
「いや、その……」
言うのは気まずくて、私は掲示板を振り返る。それを見て「ああ」と頷いて、レオは貼り出された紙の真ん中を躊躇いなく見て、「うん、やっぱこれくらいだな」と納得した様な声を出した。
私とフォルティアは意味が分からずに顔を見合わせる。――やっぱり、とはどういう事だろうか?
「あの、レオ?やっぱって?」
「いやー俺さ、今年入ってから体術にハマっただろ?今まで勉強してた時間も体術の練習につぎ込んだから、成績落ちるのは分かってたんだよなー。ま、予想よりは良い成績だけどな!」
そう言って豪快に笑い始めたレオに、私達は再度顔を見合わせる。悔しがると思っていたのに、意外だ。
ベリタスは呆れたように溜息を吐いた。その横で呆ける私とフォルティアを他所に、レオは「ってかユーリ先生見なかった?」とこちらへ問いかけてくる。……どうやら、本当に成績の事は何とも思っていないらしい。
今日の朝で彼の監視対象から外れた私が「職員室に行ったよ」と言うと、それを聞くや否やレオは笑顔を輝かせた。
「分かった!ありがとな、リリア!」
「あ、うん」
上機嫌な様子でこの場から去っていくレオの後姿を見ながら、私はフォルティアと笑った。
「なんか去年より生き生きしてるね、レオ」
「うん。体術が生きがい、って感じ」
「レオがあそこまで打ち込めたモノなんて、今までなかったからね。……このまま最下位にならないといいけど」
重い溜息を吐いたベリタスの隣でフォルティアと笑いあっていれば、遠くから「ユーリ先生ー!」とレオの大きな声が聞こえた。その声に私達は耐え切れず、声を上げて笑った。ベリタスはまた溜息を吐いていた。
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それもきっと、私にはこんなにも素敵な友達がいるから。笑いあって、喧嘩して、悲しい時は一緒に悲しんでくれる。そんな、素敵な友達。
だから、私は根拠もなくおもっていた。これから彼等と送る学校生活は、平穏で幸せなものだと。
だから、私は思わなかったのだ。これから彼等と送る学校生活が、今までよりも波乱に満ちたものになる事を。
*
「なんで、なんでアイツが主席なのよ!」
寮へ戻って、私は荷物を壁に投げつけた。大きな音を立てたそれに同室の子が顔を歪めるけれど、どんなのどうだっていい。問題はそこじゃない。
――去年もアイツが……リリアが主席だった。しかも、次席にあのフォルティアとかいう女の名前もあった。こんなの、あり得ない!
抑えきれない苛立ちに歯を食いしばる。ギリッという音が鳴った。
そんな私を見て同室の子は呆れたように溜息を吐いた。
「レーニス。あのスキルなしが主席だからって荒れすぎじゃない?」
「あのスキルなしが主席だから荒れてるんじゃない!アンタ、悔しくないの!?」
「うーん」
私の言葉に彼女は頭を掻いた。なんというか、こちらの言葉が全然響いていない、という態度だ。
「確かにスキルなしだけどさ、あの子の魔法がすごいのは本当じゃん?杖なし、詠唱もなしで普通の魔法使いよりも強い魔法が使える訳だし。しかも頭良いんでしょ?そんな子に勝てるわけなくない?」
「なっ……あ、あのスキルなし、そんなにすごいの!?」
「え、知らなかったの?あの子に興味津々な割に、何も知らないんだね。まぁ、あの子はアンタの事、なんとも思ってないみたいだけど。それに、あの子の事悪く言う前に努力したら?アンタが勉強してるとこなんて見た事ないけど」
「っ……!」
彼女の一言に、私はカッと頭に血が上った。――なんで私がそこまで言われなきゃいけないのよ!
私は「アンタなんなのよ!?」と彼女へ叫ぶ。彼女は肩を竦めて「あー怖い」と吐き捨てて部屋を出ていった。
そんな彼女の態度に、私の怒りは増していく。――なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!私は何も悪くないのに!
私は頭の中に、今日見た景色を思い出す。成績が貼り出された掲示板の前で笑いあうあの子達は、認めたくなくとも周りとは違った輝きを放っていた。それが余計に腹立たしい。
リリアだけじゃない、フォルティアという女もだ。入学式の日に私の頬を引っぱたいた挙句、あの王子様と親し気にしているあの女は、本当にいけ好かない。
「アイツら、絶対に引きずり落とす」
思わず漏れた声は、憎しみに染まっていた。
*
「ただいま帰りました~」
「お、帰ったか。お帰り、リリア」
扉を開けば、そこには懐かしい景色が広がっていた。
馴染みのある家具に、馴染みのある匂い。そこに馴染む、馴染みのある穏やかな笑みを浮かべた赤毛――アロウに、私も笑顔を浮かべた。
別に学校生活を送っていた間、ずっと帰省していなかったわけではない。サクラのご飯も用意しなければならないのだ。少なくとも、月に二回は帰っていた。
けれど、今年は色々と辛い事も悲しい事も重なった。だからだろう、帰省しても心は休まる事はなかったのだ。
久々の穏やかな帰省に私は、尻尾を振りながら駆け寄ってきたサクラの頭を撫でる。見ない間に、また少し大きくなったらしい。その背丈は私の背をも超えている。
そうしていると、「リリア」と声を掛けられた。その声掛けにアロウを見れば、彼女は優しく「おいで」と自分の座っている席の向かいへ座るよう促してくる。
私は素直にそれに従い、彼女の向かいへ腰かける。
アロウは魔法を使って手際よくお茶を淹れると、私の前へと置いてくれる。
「どうだった、今年の学校生活は?」
「なんていうか、いろんな事がありましたね。一年生の時も色々あったけど、それよりも大変でした」
「ハハッ、だろうな」
私の返答にアロウは声高らかに笑った。そんな彼女を見ながら「知ってるくせに」と私は愚痴っぽく言葉を零す。
今年、私の身に降りかかった出来事を、アロウは知っている。詳細を書いた手紙を、私とフィデスが送ったからだ。
フィデスが手紙を送ったのを知ったのは、アロウからの手紙で知った。なんでも、意識を取り戻さないセルフィアの事を色々と頼まれたらしい。
恨み言のような私の呟きにアロウは「悪い、悪い」と笑う。本当に悪いと思っているのだろうか。
一通り笑った彼女は少し落ち着いて、「さて」と私を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。
「セルフィアの事なんだが」
「っ!セルフィア、目が覚めたんですか!?」
切り出された言葉に私は思わず立ち上がった。そんな私を見て、アロウは顔色を変えずに首を振る。
「いや、まだだ。というか、いつ目が覚めるか、私にも分からん」
「……そう、ですか」
芽生えた希望が消えていく感覚に、私は体の力が抜けて椅子にもたれる。
けれど、セルフィアの話をし始めたという事は、きっと何かある筈だ。そう思って、私は話の続きを促した。
「それで、セルフィアがどうかしたんですか?」
「ああ。彼女について分かった事だが――セルフィアはスキルによって洗脳されていた可能性が高い」
「洗脳……」
静かに告げられた言葉を反芻し、私はセルフィアを思い出した。確かに、彼女が急に態度を変えたのは今年に入ってからだ。――彼女が急変したのは、洗脳されていたから?
少し戸惑っている私に「ああ」と頷き、アロウは話を続ける。
「記憶を覗こうとしたんだがな、弾かれてしまった。……アレは魔法じゃない。スキルによる効果だ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「私の魔法が弾かれるんだ。女神から授かった絶対の力――スキルに決まってるだろう?」
私の問いに、アロウは事も無げに答える。「そういうモノなのか」と良く分からない納得をしていれば、彼女は「それで」と続ける。
「リリア。お前、セルフィアに嫌われていたと言っていたな?」
「あ、はい。そうですけど……?」
「それも洗脳のせいだ。決して、お前が彼女に何かしたとか、そういう事じゃないよ」
「え……」
優しくなった声色に、私は弾かれたようにアロウを見つめた。彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。今までよりもずっと、もっと穏やかな笑みを。
彼女はフッと笑って、席を立った。そして座ったままの私の隣へ来ると、優しい力で私の肩を抱き寄せた。
「せ、先生……?」
突然の出来事に、彼女の柔らかな胸に頭を預けながら声を上げた。
「リリア、お前のせいじゃないよ。……お前のせいじゃない」
酷く優しい声が、彼女の胸の奥から聞こえた。くぐもって聞こえたその声が、私の胸の奥へと響く。
――嗚呼。本当に、私は人に恵まれてるな。
そんな事を考えながら、私は熱くなった目頭を拭った。
サクラが心配そうに顔を覗き込んでいるのを見て、少し笑う。
「……ありがとうございます、先生」
少し震えてしまった声。
アロウは私の頭を撫でてくれた。酷く優しい手つきだった。
その時間は少しの間続いた。
サクラのお腹の音が鳴ってやっと、アロウは私から離れた。彼女の顔は、やっぱり穏やかだった。
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