【改訂版】スキルなしの魔法使いは、自分の才能に気付いていない

諫山杏心

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30話 本当は

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 「セルフィア、学校を休学して実家に戻ったぞ」

 「……そっ、か」


 レオから告げられた内容に、私は教室にある自分の席に座ったまま俯いた。
 
 セルフィアが倒れてから一週間。
 その間、彼女は一度も目覚める事はなかった。

 いつ目覚めるんだろうと思いながらも、フォルティア達に心配をかけないよう明るく振る舞いながら日々を過ごした。
 私の監視の件はユーリが担当する事になり、彼と行動する事も増えた。


 『リリアは女の子だから、本当はドクトリーナ先生を付けるつもりだったらしいけど、君に何かあっても困るっていう事で僕が監視役に選ばれたんだ。……まぁ、できるだけプライベートには配慮するから!』

 
 笑ってそう言ったユーリに「ありがとうございます」と返せば、彼は口元に笑みを浮かべたまま、少し困ったように眉を下げたのを覚えている。
 きっとその時の私は、彼にそんな顔をさせるくらい下手な笑顔を向けていたのだろう。

 クラスメイト達も、そんな私の様子に気付いているらしい。
 彼等と明るく話している途中、何か言いたげな瞳をこちらに向けていた。



 
 そんな風に過ごして、セルフィアが倒れてから一週間が経った今日を迎えた。
 いつも通りフォルティアと登校した私の元へレオが来て、セルフィアがもうこの学校にいないという事を聞かされたのだ。

 私は落としていた視線を上げ、レオを見つめた。
 ……彼の瞳が、真っ直ぐな視線を私へ向けていた。
 
 その視線になんだか苦しくなってしまって、私は痞えそうになる喉を振り絞った。
 

 「ありがとう。わざわざ、教えてくれて」

 
 笑顔を作って言葉を出せば、レオは顔を歪めた。
 
 なぜ彼がこんな顔をするかなんとなく分かっている。
 でも、臆病な私は気付かない振りをしていた。
 

 「お前さ――」

 「一時限目、レオの好きな体術だね。早く行こう」

 
 言いかけたレオの言葉を遮って、私は席を立った。
 話の腰を折られた彼はまた何かを言いかける様に口を開いたが、そこから言葉を発することはなかった。

 ――今は、何も聞きたくない。
 レオの顔を見るのが怖くて、私は逃げる様にその場から去った。

 移動授業なのにフォルティアを誘う事なく教室を出た私は、足早に廊下を歩いた。
 いつも通り、他クラスの子達が私を見てひそひそと囁いているのが聞こえる。


 「聞きました?モンテスマ伯爵令嬢、あのスキルなしのせいで学校を辞めたんですって」

 「まぁ、本当?やはり女神ドミナに愛されていない人種は、周りを不幸にする存在ですのね」

 「親はアイツの事〝伝説の魔法使いの再来だ!〟とか言ってたけど、スキルなしなのに変わりはねーよな」

 「魔法使えるからって、人間じゃないのに変わりねーんじゃね?」

 「モンテスマ伯爵令嬢、お可哀そうに……」


 ――うるさい。
 いつもは流せるざわめきが、今日は鮮明に頭の中に入り込んでくる。

 言葉一つ一つが刃の様に心の中を荒らしていく。
 ストレスなのだろう、頭がじんじんとしてくるのが分かる。

 ――逃げたい。
 周りの言葉に傷付いているのを知られたくなくて、私は早歩きで廊下を進んだ。
 校舎を出て人通りも少なくなったはずなのに、なぜか後ろ指を差されている感覚がずっと抜けずにいた。






 「――リリア、上の空だね」

 「……え?……あっ、ごめん!」


 至近距離にあるベリタスの顔に、私はハッとなった。
 今は体術の授業中で、ベリタスと組手をしている真っ最中なのである。

 ベリタスは例の如く、長い前髪のせいで今どんな顔をしているのか見る事はできない。
 でも、私にはなんとなく分かっている。きっと、憐みの目で私を見ているんだ。

 ――セルフィアがああなったのは、私のせいじゃない。分かってる。なのになんで、そんな目で私を見るの。
 気付きたくなくて、知りたくなかった。ベリタスさえも、私をそんな目で見てきているという事実を。

 ――もう、無理だ。
 
 
 「……っ」

 「うおっ。……え、リリア?」


 私はベリタスから一気に距離を取った。
 組手の真っ最中にそんな行動を取った私に、彼は困惑しているのがひしひしと伝わってくる。

 でも、もう無理だった。
 込み上げる感情を抑えておくのは、もう限界だった。
 

 「……なんで?なんでみんな、そんな目で私を見るの?」


 ぽろり、熱い涙が瞳から落ちた感覚がした。
 地面が涙を啜り、色を変えてく。私はそれを見ながら、頭の隅で考える。――どうしてこんな事になったんだろう、と。

 服の裾で涙を拭えば、目の前に影ができた。……ベリタスが、私のすぐそばまで来たのだ。


 「リリア。そんな目っていうのが良く分からないけど、リリアが勘違いしてるって事だけは分かるよ」

 「勘違いって何?みんな、私に同情してるんでしょ?かわいそうって思ってるんでしょ!?」

 「確かに、そうかもね」

 「っ……やっぱりそうなんじゃん!何が勘違いなの!?」
 

 気付けば私は声を張り上げていた。
 きっと、後で思い返せば、これは恥ずかしい記憶――黒歴史になるんだろう。

 でも、今はそんな事どうでも良い。
 ただただ、いまのこの状況が耐えられなかった。

 ――なんで。私、みんなより大人なはずなのに。

 セルフィアが私を嫌ったのも、セルフィアが倒れたのも、私のせいではない。そんなの、自分でも分かってる。
 分かってるはずなのに、私の中のもう一人の自分が〝お前のせいだ〟と私を責めている気がしてならなかった。

 ――みんな、私を憐れんで、腫物扱いしている。
 
 同じクラスのみんなは、他クラスの子達の様に私を軽蔑したりはしていない。
 それでも知ってしまったのだ。困った様子でお互いにアイコンタクトを取っている彼等の、その行動を目の当りにした時から。

 私がそうさせてしまっているのも分かっている。
 分かってはいるが、わがままな私が「なんでいつも通り接してくれないんだ」と駄々を捏ねている。こうなっているのは、自分のせいなのに。

 ――恥ずかしい。
 
 子供の様に泣きじゃくる自分がとても惨めで、情けなく見えて恥ずかしい。
 何もできないくせにプライドだけはあって、ベリタスに八つ当たりをしているこの状況が恥ずかしい。
 
 それでも涙は零れ続ける。
 彼に言いたい事はたくさんあるはずなのに、私の口からは嗚咽しか出てこない。

 泣き続ける私に、ベリタスは少しだけ動揺したように体を揺らし、諦めた様にふぅっと溜息を吐いた。

 
 「――やっぱり。リリアは、勘違いしてるよ」

 「……ベリ、タス?」


 少し笑いを含めたおかしそうな声と共に、私の頭に重みのある温もりが落ちてきた。
 
 驚いて顔を上げれば、すぐそこにベリタスの顔があった。
 頭に乗っている重みは、彼の手だった。その手が壊れ物を扱うかのように、私の髪を梳き始める。


 「ベリタス、なにして――」

 「リリア、黙って聞いて。……確かに、俺は、俺達はリリアの事かわいそうって思ってるのかもしれない。でも、それはリリアが思っているような事でじゃないよ」

 「……何を、言ってるの」

 「……俺達はね、セルフィアの事でリリアを憐れんでいる訳じゃない。俺、言ったよね?〝なにかあったら、絶対、俺等に相談して〟って。それなのに、リリアは俺達に何も言わない。俺は、自分の大切な友達が自分を大切にしていない光景なんて見たくない」

 「――あ」


 彼の言葉に、私の記憶がフラッシュバックした。
 セルフィアが倒れたあの日、校長室へ行く前の食堂での出来事だ。

 ――そうだ。ベリタス達は、私に〝頼れ〟って。〝抱え込むな〟って。


 『リリアちゃんは、私達の大切な友達なんだから!』


 ――フォルティアも、そう言ってくれていた。
 
 フォルティアの言葉を思い出した私の頬が、温かい手に挟まれた。
 驚いて顔を上げれば、ベリタスの顔が先程よりももっと近くにあった。――彼の手が、私の頬を包み込んでいるのだ。


 「ベ、リタス」

 「リリア、お願い。一人で抱え込まないで。俺は――俺達は、リリアの事、大切な友達だと思ってる。大切な友達が辛い思いをしているのを分かっていながら、それを無視して過ごすなんてできないんだよ。……リリアもその気持ち、分かるでしょ?」

 「そ、れは」

 「リリアは頭がよくて、明るくて、場の空気を読むのが上手くて。きっと、俺等の中じゃ一番大人なんだと思う。リリアはそれに気付いているからこそ、俺等に何も言わなかったんでしょ?……でも、辛い時は〝辛い〟って言っていいし、悲しい時は〝悲しい〟って言ってもいいんだよ。俺達はリリアの気持ちから逃げない。全部、受け止めるから」

 「……わ、わたし、本当は……っ!」


 ――本当に、辛いって、悲しいって言ってもいいの?
 ベリタスの言葉に、心が揺さぶられていく。
 ゆらゆらと動く心に対して、脳裏には私がこの世界に転生してからの記憶が映し出されていく。


 『全部、女神ドミナに愛されていないスキルなしのせいさ!』

 『まぁ、女神ドミナに愛されていない人種など、たかが知れていますな』

 『あははっ!やっぱりスキルなしのアンタは、人から嫌われるのがお似合いよ!親を不幸にした疫病神なんだからねぇ!』

 『つまり貴女は、セルフィアに危害を加えたかもしれないなのです』
 
 『リ、リリア……ご、ごめんなさい』
 
 
 
 「――辛かった」


 ぽたり。涙と共に、言葉が零れた。


 「昔から、私のせいで周りが不幸になるって言われ続けてて。私のせいじゃないって、違うって必死になって否定してきた。でも、なんでかな。心のどこかで〝私がスキルなしだから悪いんだ〟って思い込んで、自分を責めてて」

 「――うん」

 「違うって分かってるはずなのに、セルフィアが離れて行ったのも、セルフィアが倒れて目を覚まさないのも私のせいなんじゃないかって思えてきて……。私、どうしたら良いか分からなくて……っ」

 「そっか。……辛かったね」

 「辛かった、悲しかった、怖かった……っ!でも、みんなに心配かけたくなくて、笑顔でいなきゃって。私のせいでこうなってるのに、ベリタスに八つ当たりして……っ。わ、私、わたしなんて……っ」


 ――私なんて、生まれてこなければよかった。
 
 そう言葉を続ける事はできずに、私は嗚咽を漏らし続けた。
 彼の腕の中に囲まれて、私は声を上げて泣いた。

 私は、リリアの体を乗っ取ってまで生きていてもいいのだろうか。
 もしかしたらリリアの方が、この世界を楽しく過ごせたんじゃないだろうか。
 
 ――私のせいで、はもういないのに。
 こんな事を考えてしまう私は、この世界で一番醜くて、残酷な人間の様に思えた。
 

 「リリア。俺は、リリアが大切だよ」

 
 そう言って私を抱きしめるベリタスの体は熱かった。私の体も、燃えているかのように熱かった。
 どうしてだろう。彼が、私が生きているその証拠が、たまらなく苦しかった。
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