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28話 抑えていた感情

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 「……え?」


 セルフィアの言葉に、私は瞠目して彼女を見つめた。
 いま彼女は、何と言ったのか?私はセルフィアの言った事を頭の中で反芻させた。

 『――ここにいるリリアさんは皆を欺き、私を皆から遠ざけようと画策し、あまつさえ刃物で私を脅そうとしたのです』

 ――欺いた?脅そうとした?
 
 ……ダメだ。セルフィアの言ったことを噛み砕こうとしても、全く意味が分からない。
 彼女は本当に何を言っているんだ?


 「セルフィア。私がいつ、そんな酷い事をセルフィアにしたの?」

 「まぁ、白々しい。貴女の机の中から刃物が見つかったではありませんか。あれは、私を脅すためでしょう?……それに、私が皆様から距離を置かれているのはどう説明するおつもりで?」

 「刃物の事は何も知らない!気付いたら机の中にあって……というか、私が皆を欺いたってどういうこと?セルフィアが自分から離れて行ったんでしょ!?私は何もしてない!」

 「何故、私がそんな事をしなければいけないのですか?」

 「なぜって……!」

 
 ――んな事、私が知りたいくらいなのに。
 
 困惑でいっぱいの頭のまま、私はセルフィアを見つめる。
 私の視線を受けても尚、彼女は嫌悪と軽蔑の目を揺るがせることはない。

 ――なんか、何も思わないようにしていたけど。こんなのってないんじゃない?
 
 今まで思い浮かべないようにしていた感情が、一気に私の中に溢れ出す。
 ……いや、元々、溢れ出してはいたんだ。きっと、私がそれに気づかないように蓋をしていただけで。

 これは、怒りだ。
 〝私が何かしてしまったのかもしれない〟という感情を優先して、閉じ込めていた思いだ。


 「セルフィア、いい加減にしてくれないかな」

 「まぁ!ご自分のした事を棚に上げて、私に責任転嫁するなんて……私、とっても悲しいわ」


 そう言ったセルフィアは、悲し気に顔を歪めた。まるで、とでも言いたげな表情。
 
 ――もう、無理だ。
 彼女の表情に、抑えていた感情が沸点に達した。


 「――こんな事言うの酷いかもしれないけど、なんでセルフィアが被害者ぶってるの?」

 「リリア、少し言葉を」

 「校長先生、これは私とセルフィアの問題です。校長先生と言えど、口を挟まないでください」

 「リリア!貴女、校長になんてことを……!」

 「ドクトリーナ先生もです。セルフィアに何を言われたか分かりませんが、黙って私の話を聞いてくれませんか」


 自分でも驚くくらいの低い声が口から出てしまったが、自分の口を閉ざす選択肢など、私の中にはなかった。
 
 ただただ、怒りを感じた。
 私を嫌う理由を話してくれないセルフィアや、私達に何が起きているのか分からずに口を挟む大人達に。

 ――落ち着け、私。
 心と頭がパンクしそうになる感覚に、私は浅めに息を吸って、吐き出した。


 「……セルフィア。私が最初に違和感を感じたのは、私達が二年生になった初日。あの日は緊急の全校集会があって、私はセルフィアにその事を言ったよね。そしたら、セルフィアはなんて言ったっけ?」

 「覚えていませんわね、そんな前の事」

 「〝だから何なの〟って言ったんだよ、セルフィアは。……いつもならそのまま〝一緒に行こう〟って言って、私とフォルティアとセルフィアで、一緒に行動してた」

 「…………」

 「それからだよね、セルフィアが私から……いや、私達から距離を置いたの。特に、私への態度はおかしかった。まるで――まるで、私がスキルなしだからって酷い事を言う人達と同じ目で、私を見てきた」

 「え……?」


 ドクトリーナの驚いたような声が部屋に響く。
 でも、これは本当だ。真実なのだ。

 今年に入ってから、セルフィアから嫌悪と軽蔑の視線を受けていた私は、その視線に既視感を感じていた。
 
 思い出すのは、モンテスマ家主催のセルフィアの誕生日パーティの時の、周囲の貴族の目つきと言葉。
 

 
 『まぁ!あの噂、本当だったのね』

 『女神ドミナに愛されていない者がいるなんて』

 『噂通りなら、アレって平民よね?なぜ平民がこのパーティに?』

 『セルフィア様も、なぜスキルなしを友人などと……』


 
 
 『――ああ、嫌ですわね』


 教室で、机の中から刃物が出てきた時のセルフィアの顔がフラッシュバックした。
 彼女とあの時の貴族の目は、まったく同じだった。


 「セルフィアは、私がスキルなしでも私と仲良くしてくれたよね。なのになんで――なんでそんな目で、私を見るの?」

 「……なんで、って」


 私の問いに、セルフィアの眉間に皺が寄った。
 〝言うまでもないだろう〟とでも言いたげな表情になり、彼女は語気を強めた。


 「……私も、貴女と仲良くしようとしていた時期はありましたわ。でも、気付いたの。


 〝人間じゃない〟。その言葉は確か、仲良くなる前のレオも言っていた。
 きっとそれは、貴族にとって当たり前の認識なのだろう。けれど。

 ――もう、耐え切れない。
 
 気付けば私はセルフィアに近付き、その華奢な肩を掴んでいた。
 フィデス達が慌てた様に動き出すが、私は防御魔法を私とセルフィアの周りに展開させ、それを防いだ。

 肩を掴まれたセルフィアは、驚いた顔を私に向けていた。
 けれど、そんな事、どうだっていい。私の口は止まらなかった。
 
 
 「っ……セルフィア、なんで?なんで、そんな事言うの?私、セルフィアになんかした?それとも、!?」

 「……誰かに……?」


 思わず大きな声を出してしまった私に対して、セルフィアは驚いた顔のまま、私の言葉を反芻した。
 
 セルフィアは驚いた様に開いた大きな瞳を更に大きく開いて、「あ……」と小さく呟き――自身の両肩に置かれた私の手に、小さな手を重ねた。

 大きく開かれたまま瞳は私の瞳を捉え、私達の視線が絡み合う。
 なのに、彼女その瞳に先程までの嫌悪や軽蔑は見えない。ただただ、何かに驚いたような色を浮かべている。


 「リ、リリア……ご、ごめんなさい。わ、わたし……言われた、の。ス、スキルなしを許すなって、そう、言われて」

 「……セルフィア……?」


 ……セルフィアの様子がおかしい。
 彼女の目は見開いたまま、何かにショックを受けたような顔をしていて、華奢な体が震えだす。瞳には、涙が溜まっていた。
 
 彼女は体と同じくらい震えた声で、言葉を紡ぎ続ける。
 それは私とセルフィア自身しか聞き取れないような、とても小さな声。

 
 「え……でもどうして……。は、私とリリアの話をとても嬉しそうに聞いてくださってたのに……どうして私に、そんな事を……」

 「セルフィア……?ねぇ、セルフィア!どうしたの?何があったの?というか、って誰の事?」

 「せ、先生は……私の……」


 そう言いかけると、セルフィアの体の震えがピタリと止まった。
 突然動きが止まったセルフィアの顔を覗き込みながら、私は彼女の名前を口にした。


 「セルフィア?」
 

 その時だった。――セルフィアの口から、一筋の血が流れた。


 「……え……?」

 「リ、リア」


 私の名前を呟いて――ドサリ。彼女の華奢な体が、私の方に倒れ込んだ。
 慌ててその体を受け止めて、私は彼女の顔を覗き込んだ。涙で濡れた顔は青白く――まるで死体の様だった。

 体から、血の気が引いた。
 私は彼女の上半身を抱きかかえ、声を張り上げた。


 「セ、セルフィア!?ねぇ、セルフィア、どうしたの!?」

 「リリア、早く魔法を解きなさい!」

 「せ、先生……」


 何かを叩く鈍い音が聞こえてそちらを向けば、フィデスが私の防御魔法に、己の拳を叩きつけていた。
 そうだ、私が防御魔法を使っていたから、先生達はこちらに来れなかったのだ。

 私が防御魔法を解くと同時に、フィデスとドクトリーナがこちらへ駆け寄った。
 フィデスはセルフィアの体を抱き寄せ、彼女の青白い顔を見てサッと顔色を変えた。


 「保健室へ連れて行きます。リリア、貴女も共に来なさい」

 「セルフィアは……セルフィアはどうなってるんですか!?」

 「それを知るために保健室へ行くのです。……ドクトリーナ、特待生クラスの次の授業は?」

 「え、ええと。確か、シャリーンの魔法学です」

 「では、シャリーンには、リリアとセルフィアを欠席させると伝達を。……さぁ、リリア。行きましょう」

 
 そう言って、フィデスはセルフィアをその背中におぶった。
 私はそれを見て、慌てて彼女を制した。老人にそんな事をさせるなんて、という気持ちで、だ。
 
 
 「待ってください、私がセルフィアを背負います!」

 「なりません。……こんな事言いたくはありませんが、セルフィアの一番近くにいたのは貴女です。つまり貴女は、セルフィアに危害を加えたかもしれないなのです」

 「そんな……!私、何もしていません!」


 思わず悲鳴のような声を張り上げれば、フィデスは険しい顔を曇らせた。
 下がった眉をそのままに、彼女は力のない目線を私に落とす。


 「リリア、良く聞きなさい。……私は貴女を信じています。ですがきっと、そうは思わない人も出てくるでしょう。それだけは、覚えておきなさい」
 

 彼女のその言葉に、私は出掛かった言葉を喉で抑え込んで、息を吐いた。


 「わかり、ました」

 「良い方向へ向かう様、尽力を尽くします」
 

 静かにそう言い放ち、彼女はセルフィアを背負いながら歩き始めた。
 私はフィデスの後に続き、校長室を後にした。

 フィデスの後ろを歩きながら、私は背負われているセルフィアを見上げた。


 『リ、リリア……ご、ごめんなさい』


 体を震わせ、大きな瞳から涙を落とす彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
 胸がざわついて、落ち着かなかった。
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