【改訂版】スキルなしの魔法使いは、自分の才能に気付いていない

諫山杏心

文字の大きさ
上 下
16 / 33

16話 お披露目パーティ

しおりを挟む
 「本当に?本当に、変じゃない?」

 「もう、リリアったらさっきからそればっかり!本当に似合ってるわよ」


 セルフィアのその賛辞に、私は鏡の中の自分を見た。

 鏡の中の私は、白い露出の少ないドレスを着ている。
 肩の出た長袖の白いドレスは、上半身だけタイトで、下半身はふわりと広がっているデザインだ。

 首には目の色と同じ赤い宝石が付いた、金色のチェーンのチョーカー。
 いつもおろしている髪はサイドだけ垂らして一つにまとめている。

 いつもはしない化粧もしている私は、普段の三割増しでかわいい。
 それは私でも思う。今日の私はかわいい。そこは間違いなくテンション上がっている。
 
 しかし、ここまで着飾ってもらっても私の表情は晴れない。
 ――貴族のパーティなんて出席したことがないし、しかも、そこで魔法を披露するなんて。


 「うまくいくのかなぁ……貴族の人、スキルなしって嫌いなんでしょ?」

 「大半はそうだけど、リリアの魔法の腕を実際に見てしまえば、そんな事も言ってられなくなるわよ。私が保障するわ」


 胸を張って明るく言い放つセルフィアに、私は不安ながらに微笑んだ。
 この一カ月、彼女には本当に良くしてもらった。

 まず、私が杖を使わずに魔法を使える事と、詠唱なしで魔法を使える事は前もってセルフィアには伝えてある。
 初めてそれを伝えた時のセルフィアの顔は、今でも思い出すと笑ってしまうくらい目を見開いていた。

 そしてこのパーティに出席するにあたって、まずはマナーを習うところから始まった。

 もちろん私には貴族のマナーというのはさっぱりだったので、セルフィアに付きっ切りで教えてもらった。
 その間、フォルティアとは全然遊んだりはできなかったが、事情を知った彼女は「リリアちゃん、がんばって!」と応援してくれた。ちょっと泣いた。

 そして、マナーやダンスをみっちり習い、今日に至っている。

 しかし、だ。不安なものは不安なのである。
 
 
 「不安だ……」

 「リリア。今日は私に任せて、貴女は楽しむ事だけを考えていればいいの。分かった?」

 「……うん、そうだね。セルフィアがついてるし、なんとかなるよね。色々と任せた」

 「そう、それでいいのよ」


 ――セルフィアを信じよう。
 セルフィアの力強い励ましに、うじうじするのはよくないと、私は深呼吸をして「よし」と呟く。

 その時、コンコンと部屋にノックの音が響いた。


 「どうぞ」

 「失礼いたします」


 セルフィアの促しで、一人の少年が入ってきた。
 
 私達よりも数個は年上だろう、美しい少年。
 
 この人はセルフィアの執事――トリードさんだ。
 髪色と目の色は平凡な茶色だが、優し気な甘い顔つきをしている彼は、女性からモテそうだ。

 彼は部屋に入るなり美しい動作で一礼して、微笑みを浮かべた。


 「お嬢様、もうそろそろお時間です」

 「もうそんな時間?……そろそろ行きましょうか、リリア」

 「あ、うん。トリードさん、ありがとうございます」

 「とんでもございません。リリア様、今日はお嬢様とともにお楽しみくださいませ」


 にこり、微笑んだ彼は「失礼いたします」と一礼して部屋から出て行った。
 それを見届けた私達は、顔を見合わせた。


 「案内するわ」

 「うん、お願い」


 私はセルフィアに続いて部屋を後にした。




 *



 
 「モンテスマ伯爵令嬢!この度は、おめでとうございます」

 「……あら、トラヴィス男爵。いらっしゃっていたのですね」


 セルフィアと共にパーティ会場へ向かう途中だった。
 廊下で、セルフィアは男性に声を掛けられた。

 ――なんていうか、いかにもって感じだなぁ。
 私はその男性を見ながら、そんな事を思った。

 男性は小太りで、顔は脂っぽかった。
 服や装飾はぎらついていて、お金持ちアピールをしているような嫌味さを感じる。

 元々そういう顔だったら申し訳ないのだが、顔もにやついていて、どうにも信用できなさそうな印象を受ける。
 だからだろうか。セルフィアの対応も、いくらか冷たい印象を受ける。

 しかし、男爵、と呼ばれた目の前の男は、その顔に笑顔を張り付けたままセルフィアに話しかけ続ける。


 「もちろん!モンテスマ伯爵令嬢の十歳の誕生日パーティ、来ないという選択肢はございませんとも!」

 「それはそれは、ありがとうございます」

 「……え?誕生日パーティ?」


 彼の発言に、私は思わず口にした。
 ――私の魔法の才を見せつける、みたいな話だったはずじゃ。

 私の言葉を聞いて、男爵は訝し気な目線をこちらに向けた。


 「伯爵令嬢、そちらのご令嬢は?」

 「私の大切なお友達です」

 「ほう、そうでしたか!ご令嬢、お名前を伺っても?」

 「え?えっと」

 「リリア、行きましょう。……それでは男爵、失礼いたしますわね」

 「あ、お待ちを……」


 男爵の標的がこちらに向いた途端、セルフィアは私の手を引いて歩き出した。
 困っていたので助かったが、まさかセルフィアがあのような態度を取るとは。


 「……もしかして、あんまり好きじゃないの?あの人の事」

 「好きになれると思う?」

 「いや、全く」


 即答すると、セルフィアは「でしょ?」と笑った。
 
 どうやら、男爵は私の印象通りの人らしい。
 貴族というのはそういうのを隠して腹の探り合いをしているイメージだったが、違うのだろうか。
 

 「あ、そういえば。セルフィア、さっきの男爵さんが言ってた事だけど――」

 「リリア、あそこよ」


 話を遮って、セルフィアが指を差した。
 私は釣られて、彼女の指の先へと視線を移した。
 
 着飾った人々が、セルフィアの指の先――扉の中へと、吸い込まれる様に入ってく。
 ……どうやら、あそこが会場らしい。
 
 
 「あそこよ。リリア、心の準備は良い?」

 「う、うん」


 セルフィアの言葉に、私は頷いた。
 そして、二人並んで会場への扉をくぐった。

 ――その扉の向こうは、別世界の様だった。


 「わぁ……!」

 「ようこそ、モンテスマ家主催のパーティへ」


 誇らしげに言うセルフィアの言葉を聞きながら、私はその光景を目に焼き付けていく。

 ――その大きな空間は、天井に飾られたシャンデリアでキラキラと輝いていた。
 それに負けす劣らず、人々もドレスや装飾で輝いている。

 テーブルには私の日常では見かけないような豪華な食事が並んでいた。
 しかし人々は食事に手を付ける事はなく、グラスを片手にお喋りに花を咲かせている。

 
 「これが、貴族のパーティ……!」

 「ふふっ、なぁにその感想」

 「だって、貴族のパーティって初めて参加するんだもん。というか、パーティ自体行った事ないし」

 「あら、そうなの?……でもまぁ、パーティなんてあんまりない方が良いわよ。疲れちゃうし」

 「でも、美味しいご飯とか出るでしょ?」

 「リリア。パーティの事、美味しいご飯を食べる会みたいに思ってない?」


 ジト目で問いかけるセルフィアに「ソンナコトナイヨ」と返し、私は目を逸らした。
 ――仕方ないじゃないか。平民のパーティなんて、騒ぎながら美味しいご飯を食べる会なのだから。

 私の態度に、セルフィアは呆れたように溜息を吐いた。心が痛い。

 そうしていると、セルフィアは「あ」と声を漏らして一点を見つめた。
 なんだろう、と私もそこを見て、「げ」と声を漏らす。


 「――なんでお前がいるんだよ!」

 「レオ、言い方悪い。……でも、本当なんでリリアさんが?」

 「……やぁ、レベリオ君にヴィンヘルム君」


 私達の目の前に早足でやってきた人物――レオとベリタスに、私は顔を引きつらせながらも挨拶をした。

 ――ヴィンヘルム君は良いけど、コイツはちょっとなぁ。
 そう思いながら、私は二人を見る。

 レオもベリタスも、パーティのため正装だ。

 レオはオフホワイトのタキシードに、胸元に青いブローチを着けている。
 ベリタスはいつものように前髪で顔は見えないが、黒いタキシードをビシッと着こなし、格好よく見える。

 ――なんというか、こうして見ると、二人って……。

 
 「本当に貴族だったんだね」

 「オイ、どういう意味だそれは」

 「いや、いつも口悪いから」

 「お前なァ……!」

 「いつもリリアにさんに嫌な態度とってるレオが悪い」


 ベリタスの正論に、レオは顔を背けた。どうやら自覚はあるらしい。
 正論を突かれた彼はこの空気に耐え切れなかったのだろう、「おい、セルフィア」とセルフィアに話しかけた。


 「友達だからって、なんで平民のコイツを連れてきたんだよ」

 「あら、いいじゃない。今日はリリアに魔法を披露してもらいたくて呼んだんだから」

 「……まぁ、確かに良い余興にはなるか」

 「セルフィアの誕生日パーティだもんね。リリアさん、楽しみにしてるよ」

 「……えーっと、セルフィア?」


 どんどんと進んでいく話に、私の頭にはまた同じ疑問が浮かんだ。
 私の問いかけに「なぁに?」とセルフィアが微笑む。


 「今日って、セルフィアの誕生日パーティなの?」

 「表向きはそうね」

 「表向きは、って……!」

 
 ――そんな大事な日を、私の汚名を払拭する機会に使っていいの!?
 そう思いながら、私はセルフィアを見つめる。


 「リリア。貴女、こんな日を私の汚名を払拭する事に使って良いの?とか考えてるでしょ」

 「ウッ」


 ものの見事に言い当てられ、私は言葉に詰まった。
 ――セルフィアってもしかしてエスパーなの?と思いながら、幼くも美しい彼女の顔を伺った。
 そんな私を、セルフィアは呆れたように見て溜息を吐く。

 「はぁ……。あのね、確かにお誕生日っていうのはちゃんと祝って欲しいものよ。でもね、リリア。お友達が侮辱されながら迎える誕生日なんて、私にはなんの価値もないのよ?」

 「セ、セルフィア……」

 「私の誕生日の席を使うんだもの。リリアの事、他の貴族達に知らしめてやりましょう」


 にやり、不敵に笑うセルフィア。
 ――何この子、超かっこいいんだけど。惚れそう。

 私は彼女の手を握って、その顔を見つめた。


 「セルフィア、大好きだよ……!」

 「ふふ。私もよ、リリア」

 
 手を取り合って見つめ合う私達を、レオ達は「何やってんだ」みたいな目で見てきたのを感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヴァイオリン辺境伯の優雅で怠惰なスローライフ〜悪役令息として追放された魔境でヴァイオリン練習し

西園寺わかば🌱
ファンタジー
「お前を追放する——!」 乙女のゲーム世界に転生したオーウェン。成績優秀で伯爵貴族だった彼は、ヒロインの行動を咎めまったせいで、悪者にされ、辺境へ追放されてしまう。 隣は魔物の森と恐れられ、冒険者が多い土地——リオンシュタットに飛ばされてしまった彼だが、戦いを労うために、冒険者や、騎士などを森に集め、ヴァイオリンのコンサートをする事にした。 「もうその発想がぶっ飛んでるんですが——!というか、いつの間に、コンサート会場なんて作ったのですか!?」 規格外な彼に戸惑ったのは彼らだけではなく、森に住む住民達も同じようで……。 「なんだ、この音色!透き通ってて美味え!」「ほんとほんと!」 ◯カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました。 ◯この話はフィクションです。 ◯未成年飲酒する場面がありますが、未成年飲酒を容認・推奨するものでは、ありません。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...