【改訂版】スキルなしの魔法使いは、自分の才能に気付いていない

諫山杏心

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12話 対人戦

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 「これより、二次試験を開始します。名前を呼ばれた者は前へ。……レオ・レベリオ!」

 
 一次試験と同じように、最初に金髪の少年――レオが呼ばれた。
 白いローブを着た男性が、レオとは距離を置いた位置で立っている。
 
 
 「これより、対人戦を行います。試験官を相手にしますが、怪我をさせるような魔法は使いません。基本的には、魔法の実力を見るだけです。……準備はよろしいですか?」
 
 「はい……!」
 

 フィデスの問いに、レオが緊張気味に答える。
 ……いやいや待て待て、対人戦だなんて聞いていないんだが。

 そんな私の焦りとは裏腹に、レオと白ローブの試験官は杖を構える。

 
 「――それでは、始め!」
 
 「ウォーターボール!」
 

 フィデスの合図とともに動いたのはレオだった。
 彼は一次試験と同じ呪文を唱え、水の塊を標的へと飛ばした。

 しかし、それは試験官の男性に当たる事はなかった。

 ――パシャン!

 
 「あっ……!」
 
 「……勢いが足りないな。しかし、この年齢でこの精度は素晴らしい」
 

 試験官とレオの距離は、一次試験の的よりも遠い。
 だからだろう、彼の放った水魔法は、試験官に当たる前に減速して地面へと落ちた。

 
 「他の魔法はどうだ?」
 
 「っ……ファイアーボール!」
 

 試験官の言葉に、レオは焦ったように次の魔法を使う。
 小さな炎が杖から伸び、試験官へと向かう。
 

 「ウォーターボール」

 
 ――ジュッ。
 
 
 「っ……!」
 
 
 しかし、彼の放った炎は、試験官の水魔法にぶつかって消えた。
 レオはその光景を悔しそうに見ていた。

 
 「……うん、これで十分かな」
 
 「ま、待ってください!俺、まだできます!」
 
 「いや、今ので十分だ」
 

 試験官の言葉にレオが突っかかる。
 その光景を、私とフォルティアは緊張した面持ちで見守る。

 
 「レオ・レベリオ。君は、合格だ」
 
 「……え?」
 

 笑顔の試験官に、レオは固まった。彼の言い方から、不合格だと思っていたのだろう。
 それは私も同じだ。――これで合格なのだろうか?と、目の前の光景をじっと見つめる。
 

 「次、フォルティア!」
 
 「は、はい!……行ってくるね、リリアちゃん!」
 
 「うん、がんばって!」

 
 緊張した面持ちのフォルティアへエールを送ると、彼女は少し顔を緩ませた。

 ――そうして、私以外の子供達が二次試験を受けていく。
 今のところ、一次試験を通った子達は全員合格している状態だ。

 
 「――最後、リリア!」
 
 「はい!」
 
 「リリアちゃん、がんばって!」
 
 「うん、いってくるね」
 

 フォルティアに見送られ、私は試験官への元へ行こうとした。
 ……しかし、それは叶う事はなかった。

 
 「待て」
 

 こちらを制止する声に、私は振り返る。
 そこにいたのは、白いローブを着て髭を蓄えた、モノクルを付けた男性。
 なんというか、いかにも貴族っぽい風貌の男性だ。

 私の前までやってきたその男性に、私は向き合った。

 
 「なんでしょうか?」
 
 「お前、スキルなしだな?」
 
 「……え?」


 突然言われた言葉に、私の体は固まった。
 ――なぜ彼が、その事を知っているのだろうか。
 
 
 「イレックス!」
 
 「なんですかな、校長」
 
 
 フィデスが咎める様に、男性――イレックスの目の前に立ちふさがった。
 彼女の顔には先程までのにこやかさはなく、眉間に皺を寄せた険しい表情になっていた。

 
 「貴方、それをこのような人前で言うなど、何を考えているのですか!」
 
 「入学してしまえば、いずれ皆分かる事です。それに、特待生となるような子供は、このような事を言いふらすような馬鹿はいないでしょう」
 

 咎めるフィデスに、イレックスは鼻で笑いながら反論した。
 
 ――バラしてるお前は大馬鹿じゃねぇか!
 私はそう思いながら、目の前で始まった大人達の言い合いを見つめる。

 ふと視線を感じて、私はそちらに目を向けた。……言い合っている大人の後ろ――レオからだった。
 驚いたような他の面々とは違い、レオはキラキラと輝いた瞳でこちらを見つめている。なんなんだろうか、一体。

 私のその意識は「校長」というイレックスの声に遮られた。

 
 「私はスキルなしという能無しがこの試験に合格したとして、特待生として認めるのには反対です」
 
 「ほう?では、どうすれば、貴方は認めるのですか?」
 
 「私と対人戦を行い、私を倒せれば認めましょう」
 
 「な……」
 

 イレックスの言葉に、フィデスは瞠目した。
 フィデスだけではない。見渡せば、私とアロウ以外の人間が驚愕の表情を浮かべていた。

 
 「貴方は何を……自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」
 
 「もちろんですとも。考えてもみてください、校長。貴族が多く通う我が校に、平民、しかもスキルなしが入学するだけでも反感を買うのですぞ?それを特待生にしてしまえばどうなるか」

 
 そこまで言って、イレックスはこちらを見た。

 
 「私を負かす程の実力があれば、別ですが。まぁ、女神ドミナに愛されていない人種など、たかが知れていますな」

 
 酷く冷めた目だ。
 ……それは昔、感じた事のある視線だった。
 

 『スキルなしのくせに』

 
 昔、私がまだ村にいた頃の大人達と、同じ目だ。

 
 「……っはは、はははっ!」
 

 その時だった。後ろから狂ったような笑い声が聞こえて、私は振り返った。
 ……笑っていたのは、私の師匠だった。
 

 「いやー、面白いな。イレックスといったか、お前」
 
 「え、あ、ああ。そうだが」
 

 アロウは笑いながら、呆然とするイレックスの肩を叩き、その顔に不敵な笑みを浮かべた。

 
 「今から我が弟子に負けるというのに、威勢の良い事だ。負け犬ほど声が大きいとはこの事だな」
 
 「なっ」

 
 アロウの言葉にイレックスの顔が怒りに染まる。
 彼女にとってはそんな事すら面白いのだろう、美しい顔を耳に寄せて、囁いた。

 
 「私の弟子は優秀なクソ餓鬼でね。お前の様に、他人を見下してばかりのクズが嫌いなんだ。殺されないよう、気をつけろよ」
 

 その囁き声は、嫌にこの部屋に響いた。
 皆、その内容が聞こえたのだろう。固唾を飲んで私達を見守っている。

 その空気を感じ取っているはずなのに、アロウはふっと笑ってイレックスから離れて、パンっと手を鳴らした。

 
 「さあ。早速、始めようじゃないか。我が弟子の初めての対人戦、見届けさせてもらうよ」
 
 
 ――結果は分かり切っているけれど。
 
 そう付け加えたアロウの言葉に、イレックスは怒りで赤く染まった顔で私から距離を置いた。
 私も彼から距離を置き、戦闘態勢に入る。
 
 私達の準備が整ったことを見届け、フィデスが高らかに宣言した。
 

 「それでは、始め!」
 

 その声と共に動き出したのは、イレックスだった。
 
 
 「死ね、小娘が!」
 

 炎の塊が、私に向かって放たれ、大きな爆音と爆風が周囲を巻き込んだ。
 周りから悲鳴が上がったのが、爆風の隙間から聞こえた。

 しかし、煙が晴れていくと、その場は静まり返った。




 

 「な、なぜだ……なぜ、無傷で立っている!?」
 

 炎の塊を圧縮した魔力で防いだだけなのに、目の前のイレックスは狼狽えている。
 その様子を見ていると、なぜだろう。私の頭の中で、1つの記憶が蘇った。

 
 『お前、なんで被害者ぶるんだ?』
 

 スキルなしという事を街の男の子達にからかわれた。
 それを告げた時のアロウのその発言に、当時、まだ幼かった私は驚いたし、心底、軽蔑したのを覚えている。

 何て事を言うんだ、と怒りが収まらなかったっけ。

 
 「クソッ……クソが!ウィンドカッター!」
 

 イレックスが魔法の呪文を唱えている。
 彼から放たれた風の刃は、魔力の盾の前で霧散した。

 
 『傷付いたから、愚痴を言っただけじゃないですか!なんでそんな事言うんですか?』
 
 『何故、傷付く必要がある?何故、そいつ等に反抗しない?』
 

 「なぜ、なぜだ!ウォーターボール!」
 

 水の球が、私の周囲を縦横無尽に飛び交って向かってくる。
 圧縮した魔力を全方位に張れば、それに当たった水の球は呆気なく弾けて地面を濡らす。

 
 『リリア。確かにお前は、あの村で酷い目にあっただろう。スキルがない、ただそれだけの事実で』
 
 『そうです!スキルなしってだけで、嫌な思いをしたんです!だから……』
 
 『スキルなしってだけでって……それが分かっていながら、何故お前は歯向かわない?』
 
 『な、なぜって……』
 

 言い淀んだ私に、彼女は真っ直ぐな瞳で顔を近づけた。
 

 「クソがっ……!」
 
 
 イレックスが、憎しみの籠った瞳でこちらを見ているのが分かる。
 それなのに、記憶は止まらない。
 
 
 『お前は、お前を蔑ろにする奴を許さなくて良い。お前は、幸せになる権利がある。他人からの攻撃を、自分を不幸にする呪いの材料にするな』
 

 「スキルなしの分際でえええええ!」
 
 
 イレックスの叫びに、にやり。不敵な笑みを浮かべたアロウが、頭の中で告げる。
 
 
 『歯向かえ、怒れ。……そんでもって、もしスキルなしを理由に、お前へ危害を加えようとする奴がいたら――』

 
 ――思いっ切り、ブン殴ればいい。

 私は全身に魔力を身に纏って、イレックスとの距離を一気に詰める。
 そして圧縮した魔力を右拳に乗せ、彼の腹に決め込んだ。
 
 彼は面白いくらい吹き飛び、派手な音を立てて壁に突撃した後、白目を向いて崩れ落ちた。
 それを見届けた私は、アロウ達の方へ振り返った。
 

 「私の勝ち、ですよね?」

 
 そう告げた先にいた人達の表情はバラバラで、アロウだけが上機嫌な顔をしていた。
 良くやった、とばかりに親指を立てた我が師匠を見て、少し笑いが漏れた。
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