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4話 魔法はイメージ

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 「ここがユビキタスの首都、パトリア……!」

 
 アロウと村を出て2週間。
 目の前の街並みに、私は目を輝かせる。

 
 目の前には、レンガ造りの美しい建物が並ぶ街が広がっていた。
 
 見る限り活気もあり、人通りも多い。
 違う国からも人が来ているのだろう、村では見かけなかった肌色で、見た事のない服装の人々も行き交っている。

 ――素敵な事だけど、村の人達が見たら差別するんだろうな。
 そんな事を考えながらも、私は楽し気な街の雰囲気にわくわくするのを抑えきれなかった。

 
 「すごい活気づいてますね、アロウさん!」
 
 「リリアの村に比べたらそうだな。後、アロウさんじゃなくて先生、もしく師匠だ」
 
 「はいっ、先生!」
 
 「それでいい」

 
 アロウを見上げて返事をすれば、彼女はふっと微笑んで歩き始めた。
 私は辺りを見渡しながらも、はぐれないように彼女の後について歩き始めた。

 
 「先生、今から宿屋ですか?」
 
 「いや、パトリアには家がある。そこに向かっている」
 
 「へぇ、先生の家ですか。楽しみですね」
 
 「……そうか、それは良かった」
 
 「? 先生?」

 
 含みのあるアロウの言い方に、私は首を傾げた。
 ――なにか、隠し事をしてる?
 
 私の疑問を他所に、アロウは歩みを止める事無く街中を進んでいった。



 *



 「ここが私の家だ」
 
 「ここが……!」

 
 目の前の建物に、私は再度、目を輝かせる。

 その白いレンガ造りの家は大きく美しい。たくさんの木々がそれを囲い、まるでお伽噺に出てくる家の様な神秘さを感じる。
 家の敷地内へと歩を進めると、道中、畑や泉、切り開かれた空間なども見えた。

 ――もしかしてこの人、大金持ちなのだろうか。
 私は先導しているアロウを見上げ、疑問を口にした。
 
 
 「もしかして、先生ってすごい人ですか?」
 
 「無駄に長生きしているだけさ」
 
 「長生き……?」

 
 こちらを見ずに答えるアロウの言葉に、私はきょとんとしてしまう。
 ……彼女は二十歳後半くらいの若い女性に見える。長生きとは、どういう事だろうか?

 
 「長生きって、どういう――」
 
 「――さぁ、着いた。ここだ」

 
 私の新しい疑問は、急に立ち止まって放たれた彼女の言葉に遮られた。
 アロウの視線を辿れば、彼女はとある部屋の前で立ち止まっていた。
 
 
 「ここが、リリアの部屋だ」

 
 そう言ってアロウは、ドアノブに手をかけ――キィっと音を鳴らして、その扉を開けた。

 
 「……こ、これは」

 
 開かれた扉の向こうの光景に、私は固まった。

 
 「好きに使っていいぞ。……掃除をしたら、だけどな。ハハッ」
 
 
 乾いた笑いを吐きだしたアロウの声が聞こえたが、私は目の前の光景に目が釘付けになっていた。

 ……本が、紙が、積もり積もって足の踏み場を無くしていた。
 長期間、掃除をしていないのだろう、埃も積もっている。

 ――そういえば、この人、生活能力ないんだった。
 ここまで来る道中、家事と言う家事はすべて私がしていたのを思いだして、私は彼女の顔を見上げた。

 
 「……先生。薄々感じてたんですけど、先生って家事出来ないですよね」
 
 「…………」

 
 私の言葉に、アロウは顔を背けた。どうやら自覚はあるらしい。
 私は溜息を吐いて、上着を脱いだ。――ここは、私ががんばるしかない。

 シャツの長い袖を捲りながら、私はアロウに問いかける。

 
 「掃除用具はどこですか?」
 
 「ないが」
 
 「……え」

 
 ――ないが?掃除用具が、ない?
 事も無げに言う彼女に、私は目を見開きながら見つめた。

 そんな私を見て「ああ」と何かを納得したアロウは、私に説明するように話を始めた。
 
 
 「何時も魔法でやってるからな、必要ないんだ」
 
 「な、なるほど」
 
 「いい機会だ、リリアも魔法を使ってやってみるといい」
 
 「――私が、魔法で?」
 
 「ああ」

 
 思わず聞き返すと、彼女は床に積み重ねられた本へ手を翳した。

 
 「良く見ておけ」

 
 アロウがそう言いながら、本へ翳した手を人差し指以外を握った。
 そして、その指を振った瞬間だった。


 「――わぁ……!」


 ふわり、積み重ねられた本達が浮かび上がった。
 浮いた本は指揮者の様に自身の指を振るうアロウの動きに合わせて、各々が一人でに動き、開いた本棚へと静かに収納されていく。

 最後の一冊がすっぽりと本棚へ収まると、アロウは「こんなもんだな」とどこか自慢げな溜息を吐いた。
 
 
 「すごい……!」

 「最初は一冊しか浮かせられないだろうが、繰り返しやっていけば複数同時にできるようになる。リリア、魔法を使っている私を、魔力の流れを読み取る意識で見ておけ」
 
 「ま、魔力の流れ?それは、どうやって……」
 
 「集中すれば見える筈だ」

 
 とりあえずやってみろとでも言いたげ目で、彼女は視線だけをこちらへよこしながら、床に積まれている本へ手を翳した。
 なんかよく分からないが、気合でどうにかなるものなのだろうか。
 
 ――とりあえず、やってみよう。
 私は目の前の景色に、意識を集中させた。

 
 「――え?」

 
 その異変は、すぐに起こった。――アロウの体を、青白いモヤが渦巻いていた。

 渦巻いているモヤは動きを速め、アロウの手目掛けて移動していく。
 そのまま手からモヤが放出され、床へ積まれている本へと伸びていった。
 
 本達はモヤに包まれた状態で、一冊一冊浮かび上がり、優雅な動きで本棚目掛けて移動していく。
 その本達が無事収納されると、本に纏っていたモヤは霧散するかのように消えた。

 ――今の、何なんだ。
 呆然とした気持ちになって意識が途切れたのだろう、青白いモヤが見える世界は消え、私の視界はいつも通りの日常を映し出していた。

 アロウを見上げ、私はやっとの思いで口を開いた。

 
 「い、今のって……」
 
 「見えたようだな。青白く見えたもの、それが魔力だ。魔力の流れを意識するのが、魔法を使う上では基本中の基本だ。そして……」

 
 そこまで言って、彼女は手のひらを私の前に出した。
 するとその手のひらから湧き出る様に水が溢れ、塊となって空中に浮かんだ。

 
 「このように物質へ変換する時は、魔力がどのようになって欲しいかのイメージが大切になってくる」
 
 「理屈で考えるものじゃないんですね……」
 
 「ああ。一流の魔法使いってのは、一流の夢想家にしかなれん職業だからな」
 
 
 明るい調子でそう言って、アロウはウィンクをして笑った。

 ――すごい。これぞ、まさにファンタジーだ。
 今見た光景に、私の心はすっかりと奪われてしまった。

 高らかになり始めた自身の胸を抑え、私はアロウを見上げた。――自分でもわかる。口角が上がりっぱなしだ。

 私の笑みを見たアロウは、より一層笑みを深め、「じゃあ」と言葉を続けた。

 
 「私はちょっと出てくるから、これ、片づけといてくれ」
 
 「……え?」


 彼女の発言に、私の体はピシリと固まった。
 ――今、なんて?

 困惑、というよりは混乱している私を目の前にしても、アロウは笑みを浮かべたままだ。
 彼女はニコニコとした笑顔を張り詰めたまま話し続けた。
 
 
 「あ、もちろん全部魔法でだぞ!」
 
 「え、ちょ」
 
 「任せた!」
 
 「先生!?」

 
 急いで伸ばした手は、空を切った。……私の制止を振り切って、彼女は部屋を出て行ったのだ。
 呆気に取られている私を嘲笑うかのように、玄関の方から扉の閉まる音が聞こえた。

 ――本当に、自由な人だ。
 溜息を吐いて、私は床に積まれている本達へと目を向けた。
 
 
 「……やるしかないか」

 
 そう零して、本へと手を翳す。
 ――先生が魔法を使った時の事を思い出すんだ。

 先程までの光景を脳裏に描きながら、私は体の魔力の流れをイメージする。
 すると、体を通っている青白い魔力は動きを加速していき、手を通して放出されるのが見えた。

 
 「やった……!」

 
 放出された魔力は本へと伸びていき、そのまま一冊の本を包み込むように覆っていく。

 
 「よし、良い感じ……!」

 
 魔力に包まれた本が宙へと浮く。
 その動きはゆらゆらとしていて、アロウのように滑らかではない。でも、初めてなのだからそれも仕方がないのだろう。
 
 そうして本を本棚まで動かし、少し苦戦しながらもそれを収納した。
 ――魔法が使えたのだ。その興奮と感動が、じわりと私の心を満たしていく。
 
 「できた……!」

 
 つい声を上げ、私はその場で飛び跳ねた。……きっと、アロウに見られてたら笑われただろう。
 初魔法の成功にひとしきり喜んだ私は、ふうっと息を吐いて「よし」と声を漏らし、腕まくりをした。――目の前にはまだまだ、床に積まれた本があるのだ。これで終わりではない。
 
 
 「この調子で片付けていくぞー!」

 
 ――先生が帰ってくるまでに、片付けちゃうぞ!
 興奮に身を任せ、私は握りしめた拳を高く突き上げた。



 *



 パトリアにある人気店――酒場オーリム。
 そこに、一人の青年が来店した。
 
 背は高く、服の上からでも均整の取れた筋肉がついているのが見て取れる。
 黒を基調としたタイトな服が、彼のその肉体を包み込んでいた。

 そして極めつけはその顔だ。――酷く美しい顔は、一際人々の注目を浴びていた。
 肉体と同じく均整の取れた顔は、どのパーツも美しい彫刻の様で、男性だというのに妙な色気があった。

 きめ細やかな肌に、桃色の唇。なんといっても、アメジストの様な紫の瞳は、言葉通り宝石の様だ。
 長い艶のある黒髪は低い位置で束ねられているが、青年が歩くたびにさらさらと揺れている。
 
 この店の看板娘――シルワは、店に入ってきた美しい青年に見惚れていた。
 ――こんなに綺麗な人、アロウさん以来だ。そう思いながら見つめていれば、その青年がこちらを振り返った。
 
 
 「あの、君」
 
 「……は、はい!?」
 
 
 突然、青年に話しかけられたシルワは、驚きに肩を震わせて返事を返した。
 
 ――び、びっくりした。
 ドキドキと音を立てる胸を両手で抑えながら、シルワは彼へと向き合う。
 毛穴1つない青年の白い顔は、近くで見れば見る程美しい。

 緊張しているシルワを知ってか知らずか、青年は柔らかな笑みを浮かべた。
 
 
 「席はどこでもいいかな?」
 
 「あ、は、はい!どちらでも構いません!」
 
 「そっか、ありがとう」
 
 「いえ!なんでもお申し付けください!」
 
 「はは、ありがとう」

 
 どもりながらも従順な態度を見せるシルワに青年は笑い、カウンターへと向かう。
 その後姿を眺め、思わずシルワは呟いた。

 
 「か、かっこいい……」
 
 「――惚れたか?」
 
 「うきゃあっ!?」

 
 至近距離で聞こえた声に、シルワは思わず飛び跳ね、振り向いた。
 そしてそこにいた女を見て、彼女は驚きの表情を浮かべた。

 
 「――ア、アロウさん!?」
 
 「や。見ない内に、また成長したか?」

 
 そう言って女――アロウはシルワの頭を乱暴な手つきで撫でまわした。
 シルワはそれを気持ちよさげに堪能し、顔を綻ばせた。

 
 「アロウさん、お久しぶりですね!二カ月ぶりくらいじゃないですか?」
 
 「それくらいだな。でも、もう探し物も終わったし、これからはたくさん来れるぞ」
 
 「本当ですか!?やったー!」

 
 シルワがぴょんぴょん飛び跳ね、喜びを表現する。
 それを見て、アロウは愉快そうに笑った。

 
 「……あ、そうだ。アロウさん、どちらに座ります?」

 
 ひとしきり喜んだシルワは、思い出したようにアロウへ問いかけた。
 その問いに、アロウは店内を見渡し――その視線は、ある一点で止まった。

 
 「あそこに座ろうかな」
 
 「あそこ……え!?あの人の隣ですか!?」
 
 「ああ。それじゃあ、仕事がんばれよ」
 
 「え?あ、はい。……ええ!?」

 
 アロウが目指した席――それは、シルワが見惚れていた美しい青年の隣だった。
 席に着いて隣の青年に気さくに話しかけたアロウの後姿を、シルワは呆然と見守った。



 *



 「で、できたぁ!」
 

 私は宙に浮かぶ本を見て歓声を上げた。
 
 宙に浮かんでる本は、全部で五冊。――私は五冊の本を同時に浮かせる事に成功させていた。
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