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2話 アロウという女
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動物達が持ってきてくれた果物達を鞄に詰め、私達は森を後にして歩き出した。
手を振りって立ち去れば、彼等は「きゅいきゅい~」と可愛らしく鳴きながら手を振ってくれた。多分、私の真似をしているのだろう。
――人と並んで歩くなんて、この世界に来て初めてだ。
隣に歩く、背の高い女性を見上げた。
彼女は未だにフードを被っていて、その顔は見えない。
しかし、唯一見える唇は美しい形をしている。もしかしたら、とても美しい人なのかもしれない。
――き、緊張する。
こんな風に人と並んで歩くなんて、初めての事なのだ。
何を話せばいいのか、頭の中でぐるぐると考えていた、その時だった。――先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「自己紹介がまだだったね。私の名前はアロウ、少し前から旅をしている者だ。今日はよろしく」
女性――アロウは、口角を上げて明るい声で告げた。
突然の自己紹介に、私は変な声をあげながら、「ちゃんと対応しなきゃ」と意気込みながら口を開いた。
「あ、わ、私はリリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ハハッ、よろしくするのはこちらだ」
久しぶり交わした、普通の会話。
思わずどもってしまったが、アロウは気にした様子もなく口元に笑みを浮かべている。
――良かった、変に思われてない。
私は安心して安堵の溜息を吐いた。……しかし、油断していたその時だった。彼女から爆弾発言が投下されたのは。
「ところで、リリア。君、魔法使いになりたくはないか?」
「…………はい?」
――この人、今なんて言った?
突然の言葉に私は思わず歩みを止め、数歩先を行ってしまったアロウを見つめる。
立ち止まった私に気付いた彼女はこちらへ振り返って、不思議そうな顔で私を見つめている。
「どうした、そんな顔をして」
「え、あ……え?今、なんて言いました?」
「〝どうした、そんな顔をして〟?」
「その前!」
「……ああ!〝魔法使いになりたくはないか〟か?」
ポンと拳を手のひらに叩きつけ、彼女は笑う。
――聞き間違いじゃなかったのか。私は驚きを隠せないまま口を開いた。
「あの、どういう事ですか?私が魔法使いにって」
「そのままの意味さ。リリアには魔力がある。つまり、魔法使いになれる素質がある」
「魔力……」
この世界は、スキル以外のファンタジー要素もあったのか。
思いもしなかった〝魔法〟というワードに、私は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
――本当に、私が?魔法使いになれる?
「これだな?リリアの村は」
「えっ?……あ、そうです。これです」
アロウの声に、頭の中を駆け巡る思考が止まって、私は前を見た。
彼女の言う通り、すぐ目の前に私の村――ストゥルティが見えた。
私の肯定にアロウは「入ろうか」と言いながら歩みを再開し、私もそれに続いた。
村の中に入ってしまえば、やはりというかなんというか。いつも以上に視線が突き刺さった。
「スキルなしが人を連れてきたぞ」
「真っ白なローブだなんて、怪しい」
「アレが連れてきた奴なんて、碌なモンじゃねーぞ」
「気味悪いわね……」
――これ、聞こえてるよね、確実に。
こちらを見ながらひそひそと話を始めた村人達の様子に、私は心が重たくなった。
アロウの様子が気になって、ちらりと彼女の顔を見上げるが、その口元はずっと弧を描いたままだ。
彼女は今、何を考えているのだろうか。
そう思っていると、アロウは笑みを浮かべたままの唇を動かした。
「リリア、肉屋ってどこだい?」
「肉屋……?肉屋なら、こっちです」
「先に寄っていこう」
「え」
その提案に、私の体が固まる。
肉屋のおじさんは他の村人達よりも私に好意的だから、利用する事自体は問題ではない。――利用しているのを見られるのがまずいのだ。
「ア、アロウさん、ちょっと待ってくださ……!」
私は慌ててアロウを引き留めようとするも、それはもう遅かった。
彼女はもうすでに私から離れ、にこやかな表情で肉屋のおじさんに話しかけようとしていた。
「……おや、見かけない顔だね。旅人さんかい」
「ああ、ちょっと野暮用でね。肉をくれるかい?」
「ちょっと、アロウさん!」
コンパスの短い子供の足で追いつけば、彼女は頭上にはてなマークを飛ばしながら振り向いた。
私の姿を見た肉屋のおじさんは驚いた表情でこちらを見つめている。
そんな時だった。
肉屋の隣から、嫌悪するような声が聞こえたのは。
「……なんだい、スキルなしの連れかい」
「あ……」
肉屋のおじさんの隣――八百屋のおばさんが、こちらを睨んでいたのだ。
私を嫌悪する村人達の中でも、八百屋のおばさんは群を抜いて私を嫌っている。筆頭、と言っても過言ではないだろう。
――どうしよう、嫌な予感がする。
アロウは私がスキルなしだと知らないから、こんな風に優しく接してくれているのだ。でももし、私がスキルなしだと分かったら?
私はこの場から離れるため、アロウの名前を呼びながら彼女の長いローブを引っ張る。
しかしその願いは叶わず、彼女は八百屋のおばさんに問いかけた。
「スキルなしって?」
「なんだい、知らずにコイツと付き合ってんのかい。この子はねぇ、スキルを持ってないくせにスキル持ちだって国に嘘吐いたのさ!そのせいで父親は牢獄行き、母親は心を病んじまった。しかもここ数年、作物の出来も悪くてねぇ。全部、女神ドミナに愛されていないスキルなしのせいさ!」
「っ……」
――知られてしまった、知られてしまった!
ただその考えが頭の中を支配した。
自分に好意的に接してくれていたアロウも、これを知ってしまえばもう私に対して嫌悪しか抱かないだろう。
何か言い訳をしなくちゃ、と考える私と、もう遅い、と考える私がせめぎ合う。
苦しくなった胸を抑えて、私はアロウへ話しかけるために口を開いた。
「――村の汚点を簡単に旅人に見せるなんてな」
静かなアロウの声に、私は時が止まったような感覚になった。
――ああ、やっぱり。スキルなしは、嫌われるんだ。
より一層胸が苦しくなって、私はギュッと目を瞑った。
――こんな事なら、優しさにすがらなければ良かった。
目に溜まり始めた涙に、私は慌てて俯いた。
……そんな私の事などどうでもいいらしい。八百屋のおばさんは、猫なで声で話を続けた。
「ああ、すまないねぇ。でも、アンタがこの村に滞在するならスキルなしの事は教えておいた方が良いと思って――」
「――汚点というのはお前の事だ、ババア」
「は?」
「……え?」
アロウの言葉に、私は思わず顔を上げた。
彼女の顔で唯一見える口元には、先程までの笑みは浮かんでいない。
――アロウさん、今、私を庇ったの?
今までされたことのない対応に、私は軽いパニックに陥った。
おばさんも、まさか自分が非難されると思っていなかったのだろう。
呆けた顔をしていたと思ったら、すぐさまその顔は怒りに染まった。
「な……なんで私が汚点なんだい!?アンタ、失礼にもほどがあるよ!」
「なんで、か。言わなきゃ分からない馬鹿なのか?お前は」
「なにを……!」
「国へのスキル申請、及び登録は親のする事だ。親が勝手にやった事を、なぜこの子が責められなければいけない?」
「そ、それは……!」
おばさんが体を動かしながら、必死に言葉を探している。
それに対し、アロウは狼狽える様子もなく、冷静な態度だ。
――庇ってくれる人がいるなんて。
感動、というよりは、驚きの感情の方が大きかった。
でもアロウのその背中は、とても頼もしく見えた。
呆けた顔をしていたおばさんがハッとして、唾を吐きながらマシンガンの様に話し始めた。
その内容はどれをとっても、スキルなしの私への非難。
おばさんが必死になって私を貶している間も、アロウは冷静だった。
大声ではないのに彼女の反論の声はよく通り、段々と冷たさを増していった。
――私のために、怒ってくれているんだ。
それが理解できた時、私の中にじんわりとした温かさが生まれた。――こんな人がいるなんて、知らなかった。
しかし、そんな時だった。背後から、悲鳴にも似た子供の声が聞こえたのは。
「――なんで、なんでその子の味方なの!?その子のせいで、みんな嫌な気持ちになってるのに!」
泣きそうな声に振り向けば、そこには私がスキルなしだとこの村にバレた原因になった少女――レーニスがいた。
この世界には〝判定式〟と呼ばれる、スキルの有無・授かったスキルの判別をする儀式がある。
彼女は私の判定式を覗いていたらしい。父が国へ虚偽の申請をしている間、レーニスは私がスキルなしだと村の大人達へと密告したのだ。
泣きそうになっているレーニスの頭を撫でながら、八百屋のおばさんは笑みを浮かべた。
「この子、レーニスのお陰でリリアがスキルなしだって分かったんだよ。本当、お手柄さ」
「お手柄、ね」
呆れたようにアロウは呟いた。
褒められたレーニスはこちらを向き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
――きっと、この子は歪んでいる。
そう思いながらも、私は対抗する事もできずに自分の拳を握りしめた。
「――つまり、この子が密告したせいでリリアの両親は不幸になったわけか」
「なっ」
「えっ」
静かなアロウの声に、おばさんとレーニスは驚いた声をあげた。
しかしそれは彼女達だけではない。私もだ。
そんな事はどうでも良いとばかりに、アロウは話を続ける。
「レーニスと言ったな。お前、なんで密告した?」
「な、なんでって……だって、スキルなしはドミナ様から愛されてないんでしょ?そんな子が村にいていいわけない!」
「しかし、実際に牢獄行きになったのは父親だ。つまりスキルなしが罪ではなく、国に虚偽の申請をした父親が悪いはずだ」
「そ、そんなの!そんなの、嘘吐く方が悪いんじゃない!」
「そうだ、嘘を吐いたのが悪い。そしたら何故、リリアを責めるんだ?」
アロウのその言葉に、誰もが言葉を詰まらせた。
その様子を見て、アロウは溜息を吐き、「もう用済みだ」とでも言いたげに肉屋のおじさんへと向き直った。
「肉屋。なんでもいい、上質な肉をくれ」
「……おう」
黙っていた肉屋のおじさんは、差し色が綺麗な、いかにも高そうな肉を見繕う。
しかし、おじさんはその肉だけでなく他の種類の肉も包んでいく。……どう見ても多いその量に、私は困惑する。
私だけではなく、アロウも多いと感じたのだろう。
肉屋のおじさんに静かに話しかけた。
「肉屋。こんなには要らないぞ?」
「リリアの事を庇ってくれた礼だ、タダでいい。……こんな汚い人間ばかりの村だが、楽しんでいってくれや」
「なっ……き、汚いだってぇ!?」
肉屋のおじさんの発言に、八百屋のおばさんが騒ぎ出した。
しかし、二人はそれを無視し、「毎度!」「ありがとう」とお互い和やかに別れの挨拶をしていた。
大量の肉を持ってこちらへ戻ってきたアロウは、顔こそ見えないが口元は弧を描いている。
――お礼、言わなきゃ。
そう思って、私は息を吸った。
「あ、アロウさん――」
「――リリア、今日は食いまくるぞ!」
「え、あ、あの――」
「吐くまで食うぞ!」
――ありがとうございましたって言う隙がない!
突然テンションの上がったアロウに、私はついていけず、ただただ頷いた。
そうして私達は、村中の視線を浴びながら家へと向かったのだった。
手を振りって立ち去れば、彼等は「きゅいきゅい~」と可愛らしく鳴きながら手を振ってくれた。多分、私の真似をしているのだろう。
――人と並んで歩くなんて、この世界に来て初めてだ。
隣に歩く、背の高い女性を見上げた。
彼女は未だにフードを被っていて、その顔は見えない。
しかし、唯一見える唇は美しい形をしている。もしかしたら、とても美しい人なのかもしれない。
――き、緊張する。
こんな風に人と並んで歩くなんて、初めての事なのだ。
何を話せばいいのか、頭の中でぐるぐると考えていた、その時だった。――先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「自己紹介がまだだったね。私の名前はアロウ、少し前から旅をしている者だ。今日はよろしく」
女性――アロウは、口角を上げて明るい声で告げた。
突然の自己紹介に、私は変な声をあげながら、「ちゃんと対応しなきゃ」と意気込みながら口を開いた。
「あ、わ、私はリリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ハハッ、よろしくするのはこちらだ」
久しぶり交わした、普通の会話。
思わずどもってしまったが、アロウは気にした様子もなく口元に笑みを浮かべている。
――良かった、変に思われてない。
私は安心して安堵の溜息を吐いた。……しかし、油断していたその時だった。彼女から爆弾発言が投下されたのは。
「ところで、リリア。君、魔法使いになりたくはないか?」
「…………はい?」
――この人、今なんて言った?
突然の言葉に私は思わず歩みを止め、数歩先を行ってしまったアロウを見つめる。
立ち止まった私に気付いた彼女はこちらへ振り返って、不思議そうな顔で私を見つめている。
「どうした、そんな顔をして」
「え、あ……え?今、なんて言いました?」
「〝どうした、そんな顔をして〟?」
「その前!」
「……ああ!〝魔法使いになりたくはないか〟か?」
ポンと拳を手のひらに叩きつけ、彼女は笑う。
――聞き間違いじゃなかったのか。私は驚きを隠せないまま口を開いた。
「あの、どういう事ですか?私が魔法使いにって」
「そのままの意味さ。リリアには魔力がある。つまり、魔法使いになれる素質がある」
「魔力……」
この世界は、スキル以外のファンタジー要素もあったのか。
思いもしなかった〝魔法〟というワードに、私は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
――本当に、私が?魔法使いになれる?
「これだな?リリアの村は」
「えっ?……あ、そうです。これです」
アロウの声に、頭の中を駆け巡る思考が止まって、私は前を見た。
彼女の言う通り、すぐ目の前に私の村――ストゥルティが見えた。
私の肯定にアロウは「入ろうか」と言いながら歩みを再開し、私もそれに続いた。
村の中に入ってしまえば、やはりというかなんというか。いつも以上に視線が突き刺さった。
「スキルなしが人を連れてきたぞ」
「真っ白なローブだなんて、怪しい」
「アレが連れてきた奴なんて、碌なモンじゃねーぞ」
「気味悪いわね……」
――これ、聞こえてるよね、確実に。
こちらを見ながらひそひそと話を始めた村人達の様子に、私は心が重たくなった。
アロウの様子が気になって、ちらりと彼女の顔を見上げるが、その口元はずっと弧を描いたままだ。
彼女は今、何を考えているのだろうか。
そう思っていると、アロウは笑みを浮かべたままの唇を動かした。
「リリア、肉屋ってどこだい?」
「肉屋……?肉屋なら、こっちです」
「先に寄っていこう」
「え」
その提案に、私の体が固まる。
肉屋のおじさんは他の村人達よりも私に好意的だから、利用する事自体は問題ではない。――利用しているのを見られるのがまずいのだ。
「ア、アロウさん、ちょっと待ってくださ……!」
私は慌ててアロウを引き留めようとするも、それはもう遅かった。
彼女はもうすでに私から離れ、にこやかな表情で肉屋のおじさんに話しかけようとしていた。
「……おや、見かけない顔だね。旅人さんかい」
「ああ、ちょっと野暮用でね。肉をくれるかい?」
「ちょっと、アロウさん!」
コンパスの短い子供の足で追いつけば、彼女は頭上にはてなマークを飛ばしながら振り向いた。
私の姿を見た肉屋のおじさんは驚いた表情でこちらを見つめている。
そんな時だった。
肉屋の隣から、嫌悪するような声が聞こえたのは。
「……なんだい、スキルなしの連れかい」
「あ……」
肉屋のおじさんの隣――八百屋のおばさんが、こちらを睨んでいたのだ。
私を嫌悪する村人達の中でも、八百屋のおばさんは群を抜いて私を嫌っている。筆頭、と言っても過言ではないだろう。
――どうしよう、嫌な予感がする。
アロウは私がスキルなしだと知らないから、こんな風に優しく接してくれているのだ。でももし、私がスキルなしだと分かったら?
私はこの場から離れるため、アロウの名前を呼びながら彼女の長いローブを引っ張る。
しかしその願いは叶わず、彼女は八百屋のおばさんに問いかけた。
「スキルなしって?」
「なんだい、知らずにコイツと付き合ってんのかい。この子はねぇ、スキルを持ってないくせにスキル持ちだって国に嘘吐いたのさ!そのせいで父親は牢獄行き、母親は心を病んじまった。しかもここ数年、作物の出来も悪くてねぇ。全部、女神ドミナに愛されていないスキルなしのせいさ!」
「っ……」
――知られてしまった、知られてしまった!
ただその考えが頭の中を支配した。
自分に好意的に接してくれていたアロウも、これを知ってしまえばもう私に対して嫌悪しか抱かないだろう。
何か言い訳をしなくちゃ、と考える私と、もう遅い、と考える私がせめぎ合う。
苦しくなった胸を抑えて、私はアロウへ話しかけるために口を開いた。
「――村の汚点を簡単に旅人に見せるなんてな」
静かなアロウの声に、私は時が止まったような感覚になった。
――ああ、やっぱり。スキルなしは、嫌われるんだ。
より一層胸が苦しくなって、私はギュッと目を瞑った。
――こんな事なら、優しさにすがらなければ良かった。
目に溜まり始めた涙に、私は慌てて俯いた。
……そんな私の事などどうでもいいらしい。八百屋のおばさんは、猫なで声で話を続けた。
「ああ、すまないねぇ。でも、アンタがこの村に滞在するならスキルなしの事は教えておいた方が良いと思って――」
「――汚点というのはお前の事だ、ババア」
「は?」
「……え?」
アロウの言葉に、私は思わず顔を上げた。
彼女の顔で唯一見える口元には、先程までの笑みは浮かんでいない。
――アロウさん、今、私を庇ったの?
今までされたことのない対応に、私は軽いパニックに陥った。
おばさんも、まさか自分が非難されると思っていなかったのだろう。
呆けた顔をしていたと思ったら、すぐさまその顔は怒りに染まった。
「な……なんで私が汚点なんだい!?アンタ、失礼にもほどがあるよ!」
「なんで、か。言わなきゃ分からない馬鹿なのか?お前は」
「なにを……!」
「国へのスキル申請、及び登録は親のする事だ。親が勝手にやった事を、なぜこの子が責められなければいけない?」
「そ、それは……!」
おばさんが体を動かしながら、必死に言葉を探している。
それに対し、アロウは狼狽える様子もなく、冷静な態度だ。
――庇ってくれる人がいるなんて。
感動、というよりは、驚きの感情の方が大きかった。
でもアロウのその背中は、とても頼もしく見えた。
呆けた顔をしていたおばさんがハッとして、唾を吐きながらマシンガンの様に話し始めた。
その内容はどれをとっても、スキルなしの私への非難。
おばさんが必死になって私を貶している間も、アロウは冷静だった。
大声ではないのに彼女の反論の声はよく通り、段々と冷たさを増していった。
――私のために、怒ってくれているんだ。
それが理解できた時、私の中にじんわりとした温かさが生まれた。――こんな人がいるなんて、知らなかった。
しかし、そんな時だった。背後から、悲鳴にも似た子供の声が聞こえたのは。
「――なんで、なんでその子の味方なの!?その子のせいで、みんな嫌な気持ちになってるのに!」
泣きそうな声に振り向けば、そこには私がスキルなしだとこの村にバレた原因になった少女――レーニスがいた。
この世界には〝判定式〟と呼ばれる、スキルの有無・授かったスキルの判別をする儀式がある。
彼女は私の判定式を覗いていたらしい。父が国へ虚偽の申請をしている間、レーニスは私がスキルなしだと村の大人達へと密告したのだ。
泣きそうになっているレーニスの頭を撫でながら、八百屋のおばさんは笑みを浮かべた。
「この子、レーニスのお陰でリリアがスキルなしだって分かったんだよ。本当、お手柄さ」
「お手柄、ね」
呆れたようにアロウは呟いた。
褒められたレーニスはこちらを向き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
――きっと、この子は歪んでいる。
そう思いながらも、私は対抗する事もできずに自分の拳を握りしめた。
「――つまり、この子が密告したせいでリリアの両親は不幸になったわけか」
「なっ」
「えっ」
静かなアロウの声に、おばさんとレーニスは驚いた声をあげた。
しかしそれは彼女達だけではない。私もだ。
そんな事はどうでも良いとばかりに、アロウは話を続ける。
「レーニスと言ったな。お前、なんで密告した?」
「な、なんでって……だって、スキルなしはドミナ様から愛されてないんでしょ?そんな子が村にいていいわけない!」
「しかし、実際に牢獄行きになったのは父親だ。つまりスキルなしが罪ではなく、国に虚偽の申請をした父親が悪いはずだ」
「そ、そんなの!そんなの、嘘吐く方が悪いんじゃない!」
「そうだ、嘘を吐いたのが悪い。そしたら何故、リリアを責めるんだ?」
アロウのその言葉に、誰もが言葉を詰まらせた。
その様子を見て、アロウは溜息を吐き、「もう用済みだ」とでも言いたげに肉屋のおじさんへと向き直った。
「肉屋。なんでもいい、上質な肉をくれ」
「……おう」
黙っていた肉屋のおじさんは、差し色が綺麗な、いかにも高そうな肉を見繕う。
しかし、おじさんはその肉だけでなく他の種類の肉も包んでいく。……どう見ても多いその量に、私は困惑する。
私だけではなく、アロウも多いと感じたのだろう。
肉屋のおじさんに静かに話しかけた。
「肉屋。こんなには要らないぞ?」
「リリアの事を庇ってくれた礼だ、タダでいい。……こんな汚い人間ばかりの村だが、楽しんでいってくれや」
「なっ……き、汚いだってぇ!?」
肉屋のおじさんの発言に、八百屋のおばさんが騒ぎ出した。
しかし、二人はそれを無視し、「毎度!」「ありがとう」とお互い和やかに別れの挨拶をしていた。
大量の肉を持ってこちらへ戻ってきたアロウは、顔こそ見えないが口元は弧を描いている。
――お礼、言わなきゃ。
そう思って、私は息を吸った。
「あ、アロウさん――」
「――リリア、今日は食いまくるぞ!」
「え、あ、あの――」
「吐くまで食うぞ!」
――ありがとうございましたって言う隙がない!
突然テンションの上がったアロウに、私はついていけず、ただただ頷いた。
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