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3話 朱里という鬼(※途中赤鬼視点)

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 「マリ様! どうか、どうか部屋に入らせてください!」

 部屋の外からあの赤い鬼の声がする。懇願する様な声に心が揺れるも、私は自分を律した。

 「嫌、絶対嫌!」

 私は布団で自身の身を包んだ。敷布団には体液が付いた痕があり、それは白く乾いていた。それを見て泣きそうになるのをグッと堪えた。
 すると、どうだろうか。外から聞こえる声は段々と弱々しく、悲し気を帯びた声になっていた。

 「……お嬢、開けてくれませんか。何があったのかだけでも話していただきたいんです」

 (……いいか。この鬼さんは何も悪くないもんね)

 罪悪感に耐え切れず、私は小さな声で「入って良いよ」と告げる。すると静かな声で「失礼します」と言って、赤い鬼が入って来た。
 鬼は私の目の前で跪くと、その強面で私の顔を覗き込んできた。

 「お嬢、一体何があったんで?」
 「……」

 私は俯いた。言うのはとても恥ずかしい事だ。けれど、言わなければこの思いが伝わる事もない。
 
 「……た」
 「え?」
 「処女なのに、乱暴された」
 
 ぽろり、呟いてみれば、なんだか無性に悲しくて悔しくって。

 「わ、私、処女だったのに……! 処女だから優しくしてって言ったのに! あの鬼! 自分の好き勝手動きやがって! 私、痛いって言ったんだよ!? なのに止まんないしさぁ!」
 「なるほど。そりゃあ酷いな」

 言葉が次々と溢れ、止める事が出来なかった。泣き出した私の背中を、赤鬼は布団越しに摩ってくれる。その優しさに思わず、あの男じゃなくてこの鬼さんが相手ならよかった、なんて思ってしまう。

 (……でも、現実は顔が良いだけの男)

 私は溢れ出した涙を拭い、鬼さんへと向かい合った。

 「鬼さん」
 「赤鬼(せっき)です。赤い鬼と書いて赤鬼」
 「じゃあ、赤鬼。聞きたいんだけど、乱暴なえっちが鬼の中では主流なの?」
 「そっ! そんな事ありません! というか、初夜の前に優しくするようしっかりと言っておいたんですが……」
 「そっか。それじゃあ、もう一度アイツに言っといて。えっちの時の女の子には優しくするように」
 「は、はい! 言い聞かせてきます! 今すぐ」

 私の言葉に、赤鬼は立ち上がって礼をすると、部屋を後にした。私は大きな溜息を吐いて、呟いた。
 
 「……大丈夫かな」



 *


 
 (※赤鬼視点)


 お嬢の部屋を出た俺は、青鬼(あおき)と共に若様の部屋を目指した。道中、青鬼にはお嬢の身に何が起こったのかは説明してある。俺と同じく絶句した様子だった。

 「――若様!」

 俺は部屋の襖を開けた。そこには、真昼間だというのに布団へ入り横になっている若様がいた。

 「若様!」

 俺は布団を剥いだ。すると若様は「ううん」と唸ったかと思うと、それはもう眠そうに目を開いた。

 「……なんだ、赤鬼と青鬼じゃないか。なんか用?」
 「なんか用? じゃないですよ!」

 俺は布団を部屋へ放ると、胡坐をかき始めた若様の前へ跪いた。

 「怒っていましたよ」
 「誰が」
 「誰がって、決まっているでしょう! お嬢ですよ、お嬢!」
 「はぁ? 人間の花嫁が? なんで?」

 若様は本当に分かっていないらしい、しかめっ面を浮かべて口を開けっぱなしにしている。俺は溜息を吐いて、子供の若様でも分かるように説明を始めた。

 「良いですか。女性と言うのは基本的に優しく、大切にしなければなりません。それは鬼も人間も同じです。……ですが、お嬢からは『処女なのに乱暴された』と聞きました。俺達、お嬢を迎え入れる前に言いましたよね? 人間の女性は鬼の女性よりももっと脆い存在だと。俺達鬼が乱暴な事するとすぐ死んじゃうんですよ?」
 「……そうなの?」
 「そうです! もう、何度も言ったじゃないですか!」

 やはり若様は子供だ。自分の都合の良い部分しか話を聞いていなかったのだろう。
 俺はぐっと眉根に力を入れて告げた。

 「泣いてましたよ、お嬢」
 「……」

 俺の一言に若様は俯いて押し黙った。どうやら自分なりに反省しているらしい。俺は再度溜息を吐くと、立ち上がりながら続けた。

 「反省したら、お嬢へ謝ってくださいね?」
 「……分、かった」

 それは呟くような声だった。しかし、俺は知っている。若様は約束を破らない人だ。きっと、お嬢へも謝ってくれるだろう。
 俺と青鬼は一礼して部屋を後にした。

 「……大丈夫かな、あの二人」

 いつも静かな青鬼が言った。それに少し驚きつつも、俺は笑った。

 「大丈夫さ、きっと」



 * 
 


 (※マリ視点)


 「……いるか」

 外から聞こえる声に私は驚きつつも、どこか冷めた気持ちでいた。これはあの男の声だ。私の処女を無残に散らした、血も涙もない男。
 だからだろう。私からは酷く冷めた声が出たのは。
 
 「何しに来たの」
 「っ……少し、話がしたい。中に入れてくれないか」

 (……なんか、昨日より随分弱気じゃない?)

 私は布団にくるまりながら、襖の方を見た。

 「……良いよ。入ってきなよ」
 「あ、ああ」

 私の声に答えながら、部屋の襖は開かれた。私は布団にくるまったまま、男の方を見ずに床を見ていた。すると、男は私の目の前で胡坐をかいたらしい、男の足が視界に入った。

 「何の用」
 「あ、ああ……ええと」

 おどおどとした様子の男は、私の問いにたっぷりの間を空けた。……そして、頭を下げた。

 「……すまない」
 「何が?」
 「その。乱暴、した事。……ダメな事だったんだな」
 「……は?」
 
 (「ダメな事だったんだな」? 何、その他人事みたいな言い方)

 収まっていた怒りが、また沸々と湧き上がってくるのを感じる。私は自身を包んでいた布団を剥いで、男の方へ投げつけた。男は驚いた顔をしていたけれど、私には関係ない。

 「――初めてだったのに、優しくしてって言ったのに! アンタは私の言葉なんて無視して、自分が良いようにしか動かないで! 挙句の果てには『ダメな事だったんだな』? ふざけるのもいい加減にしたら!?」
 「え、え」
 「アンタなんて、顔が良いだけの最低な男じゃない! アンタなんて――アンタなんて大っ嫌い!」

 私は叫ぶように言い放った。きっとこの言葉は、夫婦生活を送っていく中で言ってはいけない言葉だったんだろう。それでも耐え切れなかった、こんなに馬鹿にされておいて耐えられる人がいるのだろうか?
 いつの間にか息が切れていた。私は息を整えると、目の前の男を見た。男はぽかんとした顔のまま、こちらを見つめていた。……次の瞬間、男の瞳には涙が溢れていた。

 (……え?)

 私は目を見開き、その光景を眺める。男の目からはボロボロと大粒の涙が溢れていた。

 「え、ちょっ、何泣いて……!」
 「……し、知らなかったんだ」
 「え?」
 「死んだ親父に『女は乱暴な男の方が好き』って言われたから、そうしたんだ……!」

 男は涙ながらに言葉を続けた。声は震えていて、嗚咽も漏れている。かっこよさの欠片もない。私は困惑しながら「それで?」と続きを促した。

 「だからその言葉を信じて、乱暴でちょっと酷い奴を演じたんだ。お前をアホ面って言ったのも、親父の受け売りで……別に俺、本当はそんな事思ってなかった。本当はちょっと可愛いなって思ってて、それで……」
 「わ、分かった! 分かったから、もう良いから!」

 私は泣きじゃくる鬼の背中を摩った。数時間前に赤鬼がしてくれた様に優しく摩った。すると男は一つ泣き声をあげると、私に覆いかぶさるように私に抱き着いてきた。

 (……え? だ、抱きしめられてる?)

 私は少しパニックになりつつ、冷静に状況を判断する。……男性に抱きしめられている、というよりは、泣いている子供が縋っている、と言った方が正しい気がする。そう思うと、何だか呆れというか、老婆心の様な気持ちが出てくるものだ。抱き着いてきている彼の背中に手を回して背中を摩れば、ぐすぐすと言いながらも泣き止み始めた彼の声が聞こえる。

 「……泣き止んだ?」
 「ぐすっ、うん」

 (うん、って……)

 男は私の肩へ埋めていた顔を上げた。思わず近くなった美しい顔に、私は少したじろぎながら、その頭を撫でた。

 「よしよし、泣き止んで偉いよ」
 「……うん」

 男ははにかんで頷いた。今までと全く違う様子の男に、私の心はドキドキと高鳴っていた。

 (何、この胸のときめき)

 私は昔から可愛いものに弱い。猫とか犬とか、男とか女とか関係なく、「可愛い」と思ったものはすぐ好きになってしまう。ミリの事を好きだと思うのもその気持ちからというのが強い。

 (でも、まさかこの男にそれを感じるなんて)

 まぁ、相手に嫌悪感を感じながら生活するよりは何倍もましだ。私は男の目を見た。泣いて赤くなった金色の瞳と目が合うと、相手は首を傾げた。それも子供じみていて、可愛いと思ってしまう。

 「乱暴したのは、お父さんの教えを信じてやっただけなんだね?」
 「う、うん。……本当にごめん」

 しょんぼり。そんな効果音が付きそうな顔で俯き始めた彼に、私はため息を吐いた。処女を奪われた挙句乱暴をされたのに、私はすっかり彼を憎めなくなっていた。だから、つい口にしていた。

 「……良いよ。処女だったし痛かったけど、乱暴した事、許してあげる」
 「! ほ、本当に?」
 「ただし! 次からはちゃんと優しくしてね?」
 「う、うん!」
 
 私の言葉に彼は、それはもう嬉しそうに頷いた。まるで懐いている犬の様な所作に、きゅんと胸が鳴るのが分かった。愛想のいい超絶美形なんて、胸がときめかない筈もないだろう。

 (……あれ? そういえば)

 私はふと疑問に思った。それを聞くために、私は「ねぇ」と彼に尋ねた。
 
 「そういえば、貴方の名前、聞いてなかったね。……私は藤井マリ。貴方は?」

 その問いに彼はきょとんとした顔を見せた後、ぱぁっと顔を輝かせて、元気いっぱいに答えた。

 「――朱里(しゅり)! 俺の名前は朱里! よ、よろしくね、マリ!」

 (……嘘)

 自分の気持ちを否定しつつも、目の前の満面の笑みに胸の鼓動が大きく鳴り響いた。――どうやら私は、この男に恋をしてしまったらしい。
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