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1話 藤井マリという女

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 四季の国。大国である新生ベランクァ王国の極東に位置する、小さな島国だ。

 この世界には稀に「異世界からの来訪者」が訪れる。その人々によると、四季の国は「日本の平安時代の様」らしい。なんでも、服装や、陰陽師のいる点が酷似しているらしい。しかし、聞けば「日本の平安時代」は陰陽師がお風呂に入る日付を決めてその日しか入れなかったり、寝起きに星の名前を唱えなければならなかったり、食事が美味しくなかったりと大変そうである。
 ここ、四季の国はそんな事ない。「日本の平安時代」と違って妖怪といわれる魔物達は出るけれど、上記の様な面倒なしきたりは少ないしご飯だって美味しい、四季の風情があるとても素敵な国だと私は思う。

 ――そんな私は今現在、風情もクソもなく女中に追いかけられている真っ最中であるのだが。

 「マ、マリ様ぁ~! ど、どうか、乗馬など、はしたない事はお止めになって……!」
 「え~!? こんなに可愛い子に乗って走れるなんて、とっても楽しいのに! ねぇ、るいせんとりりあんぬ号?」
 「マ、マリ様ぁ……!」

 私、藤井マリは女中に止められる中、乗馬を楽しんでいた。乗馬は男がやるモノ、止められるのは当然の事だ。
 しかし私は男がどうだの女がどうだのという考えは嫌いだ。良い人は良い人、悪い人は悪い人で考えられるべきなんだよ、という考えをしているから、もちろん女中達とは意見が合わない。

 「――気持ちいい~!」

 私は「るいせんとりりあんぬ号」の手綱を放して手を広げた。どうやら、それがまずかったらしい。

 「――あ」
 (マズイ)

 そう思った次の瞬間、私は勢いよく落馬した。強い衝撃と痛みに、私は思わず顔を顰める。
 馬は驚いて止まったものの、心配そうにこちらを見るだけで何もできる事はない。当たり前だ、人間ではないのだから。
 
 「マリ様ぁ!」
 
 いつの間にか女中に追いつかれてしまったようだ。声が聞こえるものの、私は地面へ寝っ転がったまま動けずにいた。

 「助けてぇ、死んじゃうぅ」

 力なく言えば、悲鳴にも近い驚いた声がした後、青空しか映っていなかった視界に女中の顔が映り込んだ。酷く焦っているような顔をしていて、痛みを感じつつも少し面白い。

 「なぁに、その顔」
 「言ってる場合ですか! ああ、早く運ばねば……!」

 そうしている間に、数人の女中がやってきた。こちらを心配する声が飛び交う中、私は女中たちの手により馬に乗せられた。痛かったが、落ちたのは自分のせいだ。私には何も言う権利などないだろう。

 「ああもう、マリ様ったら本当にお転婆な方なんだから……!」
 「本当、もう十八になられたのだから、少しは落ち着いて欲しいものだわ」
 「十八なのにまだ許嫁がいないのもこれが原因よねぇ?」
 「ええ、ええ、大人しくしていれば白い髪に赤い瞳でも十分お美しいのですから、許嫁の一つや二つすぐできる筈ですのに……」
 
 「アンタたち、聞こえてるんだけど」
 「聞こえるように言っているんです!」

 チクチクと刺さる言葉にツッコミを入れれば、女中全員から言われてしまった。
 
 今言われた通り、私はこの国では珍しい白い髪に赤い瞳をしている。四季の国のほとんどは黒髪に黒目か茶色の目、もしくは茶髪に黒目か茶色の目だから、その異質さはすぐに分かってもらえるだろう。
 
 (なによ、別に私がお転婆なのと許嫁がいないのなんて関係ないじゃん)

 心の中でぶつくさと言いながら運ばれれば、屋敷は直ぐに見えてきた。
 私は貴族の娘だ。付いている女中の数も多いし、屋敷だってとても広い。……しかし、女だからと口うるさく言われるのはすごく面倒くさいものだ。
 そう思っていれば、屋敷の方からどかどかと足音を鳴らして誰かがやって来る。

 「――お姉様!」
 「……ああ、ミリ。ただいまね」

 やってきたのは妹のミリだった。彼女は可愛らしいが、この国にとっては平均的な見た目をしている。つまり、私と違って黒髪に黒目なのだ。

 (私もこの子みたいな見た目が良かったな)

 「――ちょっと、聞いているんですか、お姉様!」
 「あー、うん、聞いてたよ。毎度毎度ごめんね?」
 「本当に思っているんですか、はぁ……」

 そう言いながら、ミリは私がケガをしている足首へと手を差し出した。すると、暖かな光が吸い込まれる様に怪我の方へと集まっていく。それに伴って、痛みもだんだんと和らいでいく。

 「何度見てもミリ様の治癒能力はすごいですわぁ」
 「本当、本当! いつも乗馬ばかりしているマリ様とは大違いだわ!」
 「ねぇ、聞こえてるんだけど」

 思わず突っ込むも、私は心の中で「確かに」と頷いた。

 (ミリはすごい。見た目が派手なだけの私と違って、妖術の才能があるんだよなぁ)

 私は、「終わりましたよ」と言って治癒をやめたミリを見上げた。私の視線に気づいたミリが「何ですか?」と言う。私は見上げながら笑った。

 「いや、ミリは本当にすごいなって。いつもありがとう」
 「……ふ、ふん! いつも馬に乗っては落馬ばかりしているお姉様に言われても嬉しくありませんわね」
 「ガーン」

 ミリの言葉に口では「ガーン」なんて言いつつ、私は知っていた。私から顔を背けたその耳が、ほんのりと赤くなっている事を。褒められて、実は嬉しいのだと。

 (本当、自慢の妹だ)

 「――可愛いなぁ、もう!」
 「うわっ! お、お姉様!?」

 勢いよく抱き着けば、ミリは顔を真っ赤にさせて私を受け止めた。本当、こんなに可愛い妹がいて、毎日女中と追いかけっこをして。楽しい毎日だ。

 ……しかし、その時の私は知らなかった。この日常がすぐ終わりを告げる事になると。
 
 「――マリ様ぁあ!」

 叫びながら屋敷を走り抜ける女中が私の名を叫びながらやってくる。私の前で止まり、息を切らしている彼女へ私は首を傾げながら訪ねる。

 「どうしたの、そんなに急いで」

 女中は息を整えると、顔を上げて言った。

 「――求婚の報せが届いております!」
 「……は?」
 
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