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9話 魔王様
しおりを挟む厳かな雰囲気の一室。私は目の前の酷く美しい人に緊張していた。
長い黒髪、褐色の肌、金色の瞳。顔のパーツはどれも美しく、まるで一つの彫刻作品のように男らしく美しい。
何か言わなきゃ、まずは自己紹介しなきゃ。そう思って私はガチガチに固まった口を開いた。
「お、お初にお目にかかります! 美作 愛梨と申しましゅ!」
「…」
盛大に噛んだ。
*
ラピスくんの部屋にて。
私、リール、ラピス、ラルドくんの四人でのんびりお茶をしている時だった。
「アイリ。魔王様に謁見はしたのか?」
「魔王様?」
突然、ラピスにそう問われた私は首を傾げた。…そういえば、ここって魔王城だわ。真っ先に家主に挨拶をしなければならないのに、私はそれをしていない。
私と同じくそれに気づいたのだろう、リールが「あっ」とやってしまったとでも言いたげな声を漏らした。それを聞いたラピスは大きな溜息を吐く。
「…リール。お前まさか、魔王様に謁見させてないとは言わないよな?」
「えーっと、そのまさかっていうか。…いやぁ、みんながアイリを気に入りすぎて、タイミング失っちゃった的な?」
頭を掻いて笑いながら言うリール。ラピスは「お前なぁ」とリールの背中を叩く。叩かれたリールは笑っている。
「まぁまぁ、魔王様優しいし? 今から行っても怒られないんじゃね?」
「そういう問題じゃねーよ」
「リール、適当すぎ」
「家主に挨拶できてないのは確かにダメかも…」
私を含めた周りに突っ込まれたリールは「そんなに責めなくてもいいだろー」と頬を膨らませている。いや、別に責めているわけじゃないんだけど。
*
…と、いう訳で。私達は今魔王様の目の前にいる。目の前の魔王様はそれはそれは美しい男性で、まるで絵画の世界から飛び出してきたような神秘的な美しさをしている。
あまりの美しさにまじまじと見てしまう。目が合った魔王様は気まずそうに顔を逸らした。
「…なぜ人間がここにいる?」
低い声がその口から発せられた。…い、良い声すぎる! 声優さんみたい!
あまりの美声にまたも感動していると、側に居たリールが「はっ」と礼をしたまま口を開いた。
「この人間は聖女でございます。この通り類まれなる容姿の持ち主でありながら、我々のように醜い容姿の異性を好むという特殊な性癖の持ち主であります。ですので、我々の性処理をしてもらう代わりにここで衣食住を賄うという契約を交わしました。是非とも魔王様にも利用していただければと思います」
「なっ…」
要するに「この女はブサイクが好きなビッチだから好きに性処理に使え」という事だ。…いや、合ってるけど。合っているんだけど! もっと言い方というものがあるだろう!
そう思いながら思わずリールを見れば、彼は横目でこちらをチラリと見るなりニヤリと笑った。コイツ…!
私が恥ずかしさで顔を赤くしていれば、ふむ、と魔王様は何かを考え込むように顎に手を置いた。そんな姿も様になっている。かっこいい。
「アイリと言ったか」
「は、はい!」
「…お前は、私の姿をどう思う?」
「かっこいいです!!!」
私は彼の質問に食い気味で答えた。応えられた彼は少し驚いたように目を見開いている。…そう、私から見て絶世の美形という事は、この世界では絶世のブサイクという事だ。こんな事言われた事ないのだろう。なんだか悲しくて悔しくて。私は魔王様に近づいた。彼は驚きと戸惑いで後ずさるが、そんなのお構いなしに近づく。
近づくとわかるが、彼はかなり背が高い。私と並ぶとまるで大人と子供のようだ。私は彼の顔を覗き込んだ。
「とってもとってもかっこいいです!!! 私からしたら、こんなに美しい人がこの世にいる事が信じられないというか、貴方のような存在を作ってくれた神に感謝みたいな感じです!!!」
「…本当に、そう思うのか?」
「はい!! 魔王様に誓って!!!」
その目を見つめてにっこりと微笑むと、彼はふいっと顔を逸らした。その顔は恥ずかしがっているというより、複雑そうな表情で。
「…到底信じられん。お前の様な人間が私の容姿を好むなど、天変地異が起きても有り得ない」
「魔王様、本当です。アイリは僕の事もかっこいいと褒めてくれたし、嬉しそうにセックスもしてくれました。後、キスもしてくれました」
「ちょ、ラルドくん!」
「魔王様、俺からも一つ。この人間の女、本当に気持ちよさそうにしますよ。俺が保証します」
「ラピス!!」
信じられないという魔王様に対してラルドくんとラピスが進言する。するのはいいが、こちらが聞いていて恥ずかしくなる事を言うのはやめてくれないかな。顔に熱が集まるのが分かる。
熱くなった顔を冷ますように仰いでいると、魔王様が私をじっと見つめてきた。その瞳を見つめて首を傾げれば、彼はふっと微笑む。
「…私には別に何もしてくれなくとも良い。だが、我が臣下達の世話、よろしく頼む」
「え…」
「魔王様!? 何を仰って…」
「…」
魔王様の発言に驚いて彼を見つめれば、彼はどこか悲しそうに微笑むだけで黙ってしまった。リール達も驚いて、いかに私が良いかなど色々言っているが、彼はただ微笑んで「そうか、それは良かったな」などと言うだけだ。…どうしてだろう。なんだか、魔王様のその姿に胸がギュッと痛くなった。
リール達が必死に諭している中、彼は微笑みながら口を開いた。
「リール、ラルド、ラピス。お前達が私の事を思ってくれているのは十分に分かった。だが、私は彼女を利用しなくとも大丈夫だ。…アイリ。君も無理して私の相手をしてくれようとしなくていい。いいね?」
「ま、魔王様!! 別に私は無理などしていません!! 私は本当に魔王様の事をかっこいいと思っています!! …それとも、わ、私では役に立ちませんか?」
思わずそう口にすれば、自分で言っていてなんだか悲しくなってきて私は俯いた。そうすれば、頭上から「あ、いや」と慌てた魔王様の声が降りかかってくる。
俯き続ける私の視界の端に、オロオロし続ける魔王様の姿が見える。数十秒ほどその時間が続いただろうか。彼は動きを止めると、恐る恐る、まるで壊れ物に触るかの様に優しく私の肩に触れてきた。
「アイリ。違うんだ。お前がどうとかいう事ではなく、これは私の問題で…。すまない。今までお前の様に私の容姿を好んでくれる者などいなかったから、どうにも引いてしまう。…性処理はまだ心の整理がつかない。だが、共にお茶を飲んだり、私の話し相手になってくれると嬉しい。
それで良いかい?」
「…はい。魔王様が、それで良いのでしたら」
私は顔を上げて彼の顔を見た。彼はとても優しく微笑んでおり、まるで子供を諭す親の様な眼差しでこちらを見ている。彼はとても優しい人間…いや、魔族なのだろう。私はなんだかその優しさを無駄にしたくなくって、肩に触れている彼の手に自分の手を重ねた。びくりと彼が震える。
「魔王様。今まで貴方の容姿に酷い事を言う人達がたくさんいたかもしれません。でも、どうか、私が貴方の事をかっこいいと思っているという事は信じて欲しいのです」
「…頑張ってみよう」
「はい、頑張ってください」
ニコリと微笑めば、彼もぎこちなく微笑み返してくる。
私達は触れ合った手の温かさを感じながら、少しの間見つめ合った。
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