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第28話 アンドロイドにはわからない
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十夜によく似たアンドロイドを挟んだ一つ向こうで、十夜とかつての思い人が楽しそうに談笑をしている。
彼らが話すのに邪魔になる。そう思ってわざと離れた場所に座った総一郎は、楽しそうに話す二人を見ていて若干の後悔を覚えた。
十夜には浮気をしてもいいとは言ったものの、果たして本当に別の誰かと彼が寝たとしたら、自分はそれを許容できるだろうか。
たとえば自分によく似た彼と寝たとしたら。
そう考えると胸の奥がちりちりと焼けるように痛む。
「総一郎にそっくりなあなたは、なんという名前なんですか?」
一夜がそう話しかけてくる。
「私は総一郎という。あなたのパートナーと同じ名前だ」
「ほう。偶然もあるものだな」
「ははは。偶然なわけないだろう? どうやら私を作らせた誰かは、よほどあの方が好きだと見える」
「まあ。なにせ私の総一郎は優しくて思いやりがあって、そして相当な美形だろう? 誰かに愛されるのも当たり前のことだ」
優しくて思いやりがある。果たしてそうなのだろうか。
なにしろ今の彼は「実は初めてプロレスごっこをした時から十夜、君のことが好きだったんだ。一目ぼれってやつだな」などと、自分のパートナーの前で告白しているほどなのだから。
それを聞いて嬉しそうに笑っている十夜も同じなのかもしれないが。
だからだろう。一夜はあまり浮かないように見える。
「総一郎。あなたはあなたのパートナーのことが好きなのか?」
一瞬自分のことを呼ばれたとわからなかった。同じ総一郎がそろっているとあまりにもややこしく感じる。
「ああ、好き。という言葉では語りつくせないほどに愛している。そういうあなたは?」
「……わからないんだ。たとえ誰かと総一郎が楽しそうに話していたとしてもなんとも思わないのに、私のモデルの彼と話しているのを聞いていると、なんというか。胸の奥がちりちりと焼けるように痛むんだ。これはなんなんだ?」
「それはな、嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「ああそうだ。君が君の総一郎を愛しているから、その彼が愛を向ける相手と話をしていると嫉妬してしまうんだろう。私もそうだからわかるよ」
「だが、私が総一郎を愛しているのは、そうしなくてはならない義務を負っているからだ。だからこの感情が正しいものなのかわからないんだ」
総一郎がそう望んだから、一夜は彼を愛さなくてはならないし、結婚をしなくてはならない。アンドロイドが責務を負うのは当然のことだ。
かつては総一郎もそう思っていた。それが正しいのか、それとも正しくないことなのか。そんなことすら考える隙もなく。
今思えば、総一郎はかつての相手のことなど少しも好きではなかった。十夜を前にしたときに湧き上がる気持ちとプログラムによって強制される気持ち。今ならばその違いがはっきりとわかる。あるいは一夜もそうなのかもしれない。
「あなたは違うのか?」
「私はかつて私を愛してくれた人間から捨てられた身だからな。アンドロイドとして十夜に従う理由がないんだ」
「だったらどうして彼と一緒にいるんだ?」
「好きだから。愛しているからだな。だから俺は十夜と一緒にいるし、そうありたいと願っている。君もいつかそれがわかる……かもしれないな」
そうなるといい。それは言えなかった。
なぜならば一夜が本当に愛するという気持ちを知ったとき。それは彼が総一郎に捨てられた時だということなのだから。
「おい、十夜!」
「どうした?」
総一郎は十夜に言葉を投げる。隣の相手と楽しそうに会話をしていてもすぐに反応してくれる彼に、総一郎は愛されているという実感を覚える。
「さっきは浮気をしてもいいって言ったけどな、そっちの総一郎とするのだけはなしだ。なにしろ、お前たちがそうなったときに悲しむやつがいるからな」
そう言って総一郎は一夜を抱きよせる。
「了解。ってことは誰とも浮気するなってことだろ」
十夜はへにゃりとした笑顔を浮かべてそう答える。あまり早いピッチで飲んでいたわけではないが、十夜はそこそこに酔っぱらっている。あるいは彼は酒に弱いのかもしれない。またひとつ彼のことを知って、総一郎は嬉しくなる。
「なあ、十夜。お前のおふくろさんのことなんだが」
「なんだ、ずいぶん急な話だな」
人間の総一郎がふった話に、十夜は顔を引き締めようと懸命に努力している。
「お前と剛志から聞いた話だと、その人は本当に好きな人の代わりに愛されていた。つまり代用品として愛されていたってことだろ? それってさ」
「……まるで俺たちの話みたいだな。ああくそっ、そう考えるとあいつの気持ちもわかってくるよ。今更だけどな」
「そんなことはないだろ。なにしろお前の母親だ。ちゃんと話し合ってみてもいいんじゃないか?」
「それは……いずれ考えるよ」
十夜は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「剛志にさ、俺は自分勝手だって言われたんだよ。あいつも多分同じこと考えてたんだろうな」
「そうかもな。でさ、十夜。一つ聞いてもいいか?」
「おう、なんだ? なんでも聞いてくれ」
「いや、これはお前だから聞くってことじゃなくて、お前がアンドロイドの専門家だから聞きたいんだ」
総一郎の申し出に十夜は顔色を変える。
「……できないってわけじゃないが、そのあとのことを考えるとおすすめはしない。それでも知りたいのか?」
「ああ。どうしても知りたいんだ」
「わかった。じゃあ教えるけどな」
彼らが話すのに邪魔になる。そう思ってわざと離れた場所に座った総一郎は、楽しそうに話す二人を見ていて若干の後悔を覚えた。
十夜には浮気をしてもいいとは言ったものの、果たして本当に別の誰かと彼が寝たとしたら、自分はそれを許容できるだろうか。
たとえば自分によく似た彼と寝たとしたら。
そう考えると胸の奥がちりちりと焼けるように痛む。
「総一郎にそっくりなあなたは、なんという名前なんですか?」
一夜がそう話しかけてくる。
「私は総一郎という。あなたのパートナーと同じ名前だ」
「ほう。偶然もあるものだな」
「ははは。偶然なわけないだろう? どうやら私を作らせた誰かは、よほどあの方が好きだと見える」
「まあ。なにせ私の総一郎は優しくて思いやりがあって、そして相当な美形だろう? 誰かに愛されるのも当たり前のことだ」
優しくて思いやりがある。果たしてそうなのだろうか。
なにしろ今の彼は「実は初めてプロレスごっこをした時から十夜、君のことが好きだったんだ。一目ぼれってやつだな」などと、自分のパートナーの前で告白しているほどなのだから。
それを聞いて嬉しそうに笑っている十夜も同じなのかもしれないが。
だからだろう。一夜はあまり浮かないように見える。
「総一郎。あなたはあなたのパートナーのことが好きなのか?」
一瞬自分のことを呼ばれたとわからなかった。同じ総一郎がそろっているとあまりにもややこしく感じる。
「ああ、好き。という言葉では語りつくせないほどに愛している。そういうあなたは?」
「……わからないんだ。たとえ誰かと総一郎が楽しそうに話していたとしてもなんとも思わないのに、私のモデルの彼と話しているのを聞いていると、なんというか。胸の奥がちりちりと焼けるように痛むんだ。これはなんなんだ?」
「それはな、嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「ああそうだ。君が君の総一郎を愛しているから、その彼が愛を向ける相手と話をしていると嫉妬してしまうんだろう。私もそうだからわかるよ」
「だが、私が総一郎を愛しているのは、そうしなくてはならない義務を負っているからだ。だからこの感情が正しいものなのかわからないんだ」
総一郎がそう望んだから、一夜は彼を愛さなくてはならないし、結婚をしなくてはならない。アンドロイドが責務を負うのは当然のことだ。
かつては総一郎もそう思っていた。それが正しいのか、それとも正しくないことなのか。そんなことすら考える隙もなく。
今思えば、総一郎はかつての相手のことなど少しも好きではなかった。十夜を前にしたときに湧き上がる気持ちとプログラムによって強制される気持ち。今ならばその違いがはっきりとわかる。あるいは一夜もそうなのかもしれない。
「あなたは違うのか?」
「私はかつて私を愛してくれた人間から捨てられた身だからな。アンドロイドとして十夜に従う理由がないんだ」
「だったらどうして彼と一緒にいるんだ?」
「好きだから。愛しているからだな。だから俺は十夜と一緒にいるし、そうありたいと願っている。君もいつかそれがわかる……かもしれないな」
そうなるといい。それは言えなかった。
なぜならば一夜が本当に愛するという気持ちを知ったとき。それは彼が総一郎に捨てられた時だということなのだから。
「おい、十夜!」
「どうした?」
総一郎は十夜に言葉を投げる。隣の相手と楽しそうに会話をしていてもすぐに反応してくれる彼に、総一郎は愛されているという実感を覚える。
「さっきは浮気をしてもいいって言ったけどな、そっちの総一郎とするのだけはなしだ。なにしろ、お前たちがそうなったときに悲しむやつがいるからな」
そう言って総一郎は一夜を抱きよせる。
「了解。ってことは誰とも浮気するなってことだろ」
十夜はへにゃりとした笑顔を浮かべてそう答える。あまり早いピッチで飲んでいたわけではないが、十夜はそこそこに酔っぱらっている。あるいは彼は酒に弱いのかもしれない。またひとつ彼のことを知って、総一郎は嬉しくなる。
「なあ、十夜。お前のおふくろさんのことなんだが」
「なんだ、ずいぶん急な話だな」
人間の総一郎がふった話に、十夜は顔を引き締めようと懸命に努力している。
「お前と剛志から聞いた話だと、その人は本当に好きな人の代わりに愛されていた。つまり代用品として愛されていたってことだろ? それってさ」
「……まるで俺たちの話みたいだな。ああくそっ、そう考えるとあいつの気持ちもわかってくるよ。今更だけどな」
「そんなことはないだろ。なにしろお前の母親だ。ちゃんと話し合ってみてもいいんじゃないか?」
「それは……いずれ考えるよ」
十夜は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「剛志にさ、俺は自分勝手だって言われたんだよ。あいつも多分同じこと考えてたんだろうな」
「そうかもな。でさ、十夜。一つ聞いてもいいか?」
「おう、なんだ? なんでも聞いてくれ」
「いや、これはお前だから聞くってことじゃなくて、お前がアンドロイドの専門家だから聞きたいんだ」
総一郎の申し出に十夜は顔色を変える。
「……できないってわけじゃないが、そのあとのことを考えるとおすすめはしない。それでも知りたいのか?」
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