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第27話 総一郎の結婚相手
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からん、と涼し気にドアベルが鳴った。
中を覗くと店の中は薄暗く、カウンターの向こうに初老のバーテンダーが一人。カウンターには二人の男性が並んで座っており、テーブル席に座る二組の姿が見える程度でそれ以外に客の姿はない。
いかにもなお洒落なバーだ。客の姿があまりないのも落ち着いた雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
「よう、待ってたぞ」
カウンターの客の一人、総一郎がこちらに向かって手を挙げる。
彼と同じ姿のアンドロイドを伴いながら、十夜は表情を曇らせる。
カウンターに座る総一郎の向こうにいる人物。瞳が青く、鼻筋が高い男前。筋骨逞しい体つき。相当な美形の彼に十夜は見覚えがあった。
「お待たせしました、先生」
十夜は総一郎の隣に腰を下ろす。意図してのことだろう、アンドロイドは総一郎の隣に座る外国人風の男性、アンドロイドである彼の隣に腰を下ろす。
一度大学から引き返し、総一郎に案内された店へと訪れた。当然その目的は。
「それで、そちらの方が先生の結婚相手なんですか?」
「ああ……。もうわかってるとは思うが、俺はアンドロイドと結婚をしたんだ」
総一郎の結婚相手を紹介してもらうためだ。
理想の相手と、理想の生活。Ideal Life社が提唱する理念である。そして、そこにはアンドロイドと結婚して生活を送る、という概念すら含まれている。
そんな途方もない夢を現実に変えてしまうほどの会社。その影響力のあまりの大きさは十夜のようなただの一般人からは想像もしえないほどのものがあるのだろう。
とはいえ。今重要なのはそんな化け物企業ではない。自分の恩師の、その生活についてだ。
「RX-9209。見たところ四年半前に製造されたものですね。販売ラインに乗ると同時に売り切れてしまうから、店頭販売から抽選販売に切り替えられた機体ですか。よく入手できましたね」
「ははは。さすがに詳しいな」
「当たり前ですよ」
総一郎の顔には緊張の色がありありと浮かんでいる。目の前にあるグラスに注がれた琥珀色のアルコールを喉に流し込み緊張を紛らわせようとしている。バーの雰囲気も合わさってだろうか。その姿がとてもセクシーなものに見えた。
胸を高鳴らせる十夜に鋭く突き刺さる視線が向けられる。総一郎の一つ先。外国人風の男の視線だ。
慌ててそちらに視線を向けると、険しい顔をしている男の顔がすぐに笑顔に変わる。
「やあ、初めまして。私は武井一夜だ。君のうわさは聞いているよ? 私の総一郎からも、ほかの人からもね」
私の総一郎、の言葉に妙に力が入っている。それが独占欲からくるものだということは十夜にもよくわかる。
「そいつはどうも。でもまさか思ってもみませんでしたよ。先生が俺のモデルのアンドロイドと結婚してるだなんて」
「うっ……」
総一郎の結婚相手。そのアンドロイドのモデルは紛れもなく十夜本人だ。
「先生も俺のこと愛してくれていたんですね。両想いだって、あの頃に確認しあいたかったですよ」
もしもそうなっていたら、今頃総一郎と付き合っていたかもしれない。もしかしたら総一郎と結婚をしていたかもしれない。
しかしそれは今更の話だ。総一郎は結婚をしており、十夜は最愛のパートナーを見つけている。
ふと一夜の向こうから視線を感じる。そこにいるアンドロイドの総一郎は、温かい視線を十夜に向けている。
「十夜。俺は別にお前に浮気されても一向にかまわないぞ?」
「いいのか?」
「ああ。俺はお前のすべてを受け入れるって決めてるからな。でもな、これだけは覚えておけよ? なにがあっても、誰のところに行っても。俺は必ず君を連れ戻す。次の日に足腰が立たなくなるくらいのことは覚悟しておいてくれよ?」
「おいおい。そいつはなによりも怖い脅し文句だな。わかった、なるべく浮気はしないようにするよ」
そう言って十夜は両手を小さく上げておどけて見せる。その姿に総一郎は薬と笑い。
「情熱的なんだな、そっちの俺は」
「そういう先生のところは? そっちの俺との馴れ初めってどんなの?」
一夜は神妙な表情を浮かべて「俺は……」とつぶやいている。
「……最初に言っておくと、十夜。俺はあんなことをして……お前を犯そうとしたことを後悔していても。それでもやっぱりお前のことが好きだったんだ。だからお前をモデルにしたアンドロイドを6年前にたまたま見つけて。それから毎回抽選に応募していた。そしてようやく、4年半前に一夜を手に入れたんだ。それから結婚するまではすぐだった。でも……」
「結婚式も上げなかったし、俺たちにも教えてくれなかった、と」
総一郎は静かに首肯する。
「まあ、その気持ちはわからなくもないけどな」
アンドロイドと結婚をする人間というのは少なくないが、結婚式まで挙げる人間というのは実はそこまで多くはない。なにしろアンドロイドは消耗品だ。結婚式を挙げたところでいずれほかのアンドロイドと。あるいはほかの人間と結婚をするかもしれない。そんなことのために無駄金を使いたくはない、と思うものだろう。
総一郎の場合はまた違うかもしれない。なにしろ結婚する相手はかつての教え子をモデルとしたアンドロイドだ。ほかの人にはばれたくない、という思いが強いのだろう。
そして、十夜と剛志が結婚をしているという事実を知らせなかったのも、相手が一夜だと知れば納得ができる。
そんな風に話し込んでいると。
「十夜。俺たちもそろそろ注文をしないか?」
「そうだな。すみません」
アンドロイドに言われ。十夜がバーテンダーに声をかけると、呆然と四人を見ていたバーテンダーがはっと気が付いたように言ってくる。
「ああ、すみません。あの、あなたたちは双子なのですか?」
バーテンダーが驚くのも無理はない。なにしろ全く同じ顔が二人、微細な違いはあれどそっくりな二人が並んでいるのだから。
周りからはそう見えるのか。十夜は小さく笑みを浮かべた。
中を覗くと店の中は薄暗く、カウンターの向こうに初老のバーテンダーが一人。カウンターには二人の男性が並んで座っており、テーブル席に座る二組の姿が見える程度でそれ以外に客の姿はない。
いかにもなお洒落なバーだ。客の姿があまりないのも落ち着いた雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
「よう、待ってたぞ」
カウンターの客の一人、総一郎がこちらに向かって手を挙げる。
彼と同じ姿のアンドロイドを伴いながら、十夜は表情を曇らせる。
カウンターに座る総一郎の向こうにいる人物。瞳が青く、鼻筋が高い男前。筋骨逞しい体つき。相当な美形の彼に十夜は見覚えがあった。
「お待たせしました、先生」
十夜は総一郎の隣に腰を下ろす。意図してのことだろう、アンドロイドは総一郎の隣に座る外国人風の男性、アンドロイドである彼の隣に腰を下ろす。
一度大学から引き返し、総一郎に案内された店へと訪れた。当然その目的は。
「それで、そちらの方が先生の結婚相手なんですか?」
「ああ……。もうわかってるとは思うが、俺はアンドロイドと結婚をしたんだ」
総一郎の結婚相手を紹介してもらうためだ。
理想の相手と、理想の生活。Ideal Life社が提唱する理念である。そして、そこにはアンドロイドと結婚して生活を送る、という概念すら含まれている。
そんな途方もない夢を現実に変えてしまうほどの会社。その影響力のあまりの大きさは十夜のようなただの一般人からは想像もしえないほどのものがあるのだろう。
とはいえ。今重要なのはそんな化け物企業ではない。自分の恩師の、その生活についてだ。
「RX-9209。見たところ四年半前に製造されたものですね。販売ラインに乗ると同時に売り切れてしまうから、店頭販売から抽選販売に切り替えられた機体ですか。よく入手できましたね」
「ははは。さすがに詳しいな」
「当たり前ですよ」
総一郎の顔には緊張の色がありありと浮かんでいる。目の前にあるグラスに注がれた琥珀色のアルコールを喉に流し込み緊張を紛らわせようとしている。バーの雰囲気も合わさってだろうか。その姿がとてもセクシーなものに見えた。
胸を高鳴らせる十夜に鋭く突き刺さる視線が向けられる。総一郎の一つ先。外国人風の男の視線だ。
慌ててそちらに視線を向けると、険しい顔をしている男の顔がすぐに笑顔に変わる。
「やあ、初めまして。私は武井一夜だ。君のうわさは聞いているよ? 私の総一郎からも、ほかの人からもね」
私の総一郎、の言葉に妙に力が入っている。それが独占欲からくるものだということは十夜にもよくわかる。
「そいつはどうも。でもまさか思ってもみませんでしたよ。先生が俺のモデルのアンドロイドと結婚してるだなんて」
「うっ……」
総一郎の結婚相手。そのアンドロイドのモデルは紛れもなく十夜本人だ。
「先生も俺のこと愛してくれていたんですね。両想いだって、あの頃に確認しあいたかったですよ」
もしもそうなっていたら、今頃総一郎と付き合っていたかもしれない。もしかしたら総一郎と結婚をしていたかもしれない。
しかしそれは今更の話だ。総一郎は結婚をしており、十夜は最愛のパートナーを見つけている。
ふと一夜の向こうから視線を感じる。そこにいるアンドロイドの総一郎は、温かい視線を十夜に向けている。
「十夜。俺は別にお前に浮気されても一向にかまわないぞ?」
「いいのか?」
「ああ。俺はお前のすべてを受け入れるって決めてるからな。でもな、これだけは覚えておけよ? なにがあっても、誰のところに行っても。俺は必ず君を連れ戻す。次の日に足腰が立たなくなるくらいのことは覚悟しておいてくれよ?」
「おいおい。そいつはなによりも怖い脅し文句だな。わかった、なるべく浮気はしないようにするよ」
そう言って十夜は両手を小さく上げておどけて見せる。その姿に総一郎は薬と笑い。
「情熱的なんだな、そっちの俺は」
「そういう先生のところは? そっちの俺との馴れ初めってどんなの?」
一夜は神妙な表情を浮かべて「俺は……」とつぶやいている。
「……最初に言っておくと、十夜。俺はあんなことをして……お前を犯そうとしたことを後悔していても。それでもやっぱりお前のことが好きだったんだ。だからお前をモデルにしたアンドロイドを6年前にたまたま見つけて。それから毎回抽選に応募していた。そしてようやく、4年半前に一夜を手に入れたんだ。それから結婚するまではすぐだった。でも……」
「結婚式も上げなかったし、俺たちにも教えてくれなかった、と」
総一郎は静かに首肯する。
「まあ、その気持ちはわからなくもないけどな」
アンドロイドと結婚をする人間というのは少なくないが、結婚式まで挙げる人間というのは実はそこまで多くはない。なにしろアンドロイドは消耗品だ。結婚式を挙げたところでいずれほかのアンドロイドと。あるいはほかの人間と結婚をするかもしれない。そんなことのために無駄金を使いたくはない、と思うものだろう。
総一郎の場合はまた違うかもしれない。なにしろ結婚する相手はかつての教え子をモデルとしたアンドロイドだ。ほかの人にはばれたくない、という思いが強いのだろう。
そして、十夜と剛志が結婚をしているという事実を知らせなかったのも、相手が一夜だと知れば納得ができる。
そんな風に話し込んでいると。
「十夜。俺たちもそろそろ注文をしないか?」
「そうだな。すみません」
アンドロイドに言われ。十夜がバーテンダーに声をかけると、呆然と四人を見ていたバーテンダーがはっと気が付いたように言ってくる。
「ああ、すみません。あの、あなたたちは双子なのですか?」
バーテンダーが驚くのも無理はない。なにしろ全く同じ顔が二人、微細な違いはあれどそっくりな二人が並んでいるのだから。
周りからはそう見えるのか。十夜は小さく笑みを浮かべた。
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