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第26話 二人の総一郎

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 剛志が人間の総一郎の隣に移動し、アンドロイドの総一郎は十夜の隣に腰を下ろす。
 顔も体格も同じ人物が向かい合って座っている。なんともカオスな状況だと、十夜は思う。

「それで、彼は俺を元にしたアンドロイドなんだよな? どうしてそれを、お前たちが連れてきたんだ? もしかして俺が恋しいからどっちかが作った、とか?」
「そんなわけがないだろ?」
「いや、うん。そうだよな。でも、そんなにきっぱりと否定しなくても……」

 そうであってほしいと、僅かに期待していたのだろう。剛志にぴしゃりと言い切られて若干落ち込んだ姿を見せている。
 
「先生のアンドロイドが欲しくない、と言ったらうそになります。実際今総一郎……いえ、俺の隣にいるアンドロイドは俺の恋人ですから」
「そうなのか?」
「ええ。なにせ俺は先生のことを愛していましたからね。その先生にそっくりなアンドロイドに惹かれるというのは必定でしょう? それなのに先生は俺のことをこじらせるだけこじらせて、いつの間にか結婚をしていて……」
「あっ、いや。だからそれはその……。悪かったとは思ってるよ」
「十夜。俺は君の恋人になった覚えはないぞ?」
「はっ!? なにを今さら……」

 ショックを受ける十夜とは対照的に、剛志は面白くなってきた、とばかりに笑みを浮かべる。
 総一郎は十夜と向かい合い、彼の手を取って唇をつける。

「十夜。俺の言葉で君を傷つけたことはすまないと思っている。だがな、わかってほしい。俺はアンドロイドだ。二人の関係性を定義づけるというのは、人間がそうである以上に大切なことなんだ。俺は君を愛している。君が思う通りの私になる。だから、君の恋人の座を私にくれないか?」
「総一郎……。あなたが俺の望むものになりたいっていう、そんな話はお断りだ。俺はあなたを。あなたらしく生きているあなた自身を愛したいんだ。アンドロイドだとか人間だとか。そんな関係じゃなくて。恋人として対等な関係でありたい。アンドロイドには難しい話なのかもしれないけど……ダメかな?」
「あなたの望むままに」

 二人は情欲的な視線を交わし、アンドロイドに近づいた十夜を抱きしめ、情熱的に唇を交わしあう。

「……すいませんね、先生。最近の十夜はこんな感じなんですよ。……って、先生?」

 このまま盛り始めそうな二人をなんともいえない表情で見ながら剛志は人間の総一郎に視線を向ける。
 彼は羨ましそうに二人を見つめている。

「もしもあの時、俺が逃げなかったら十夜とあんな関係になることができていたのか?」
「先生?」
「あっ、いや! なんでもない!」

 ぽつりとつぶやいた言葉に、剛志は眉間に皺を寄せる。
 こっちの総一郎もあっちの総一郎同様、十夜のことを愛しているのだろう。顔と体と性格。ほかにもいろいろと。十夜が愛される理由は十夜の親友を自負している剛志にもわからないわけではない。年を重ね剛志の好みである格好いい中年男性に近づくほどに、魅力が増していっているように見える。
 今はまだ情欲を掻き立てられることはまったくないが、いずれ自分もそうなってしまうのではないかと危機感を抱いた。
 
「二人とも、それに総一郎さんも。今日あたり飲みに行かないか? ……その、俺の結婚相手を紹介したいんだ」
「俺はパスだ。仕事があるってのもあるが、顔を出しづらいだろそんな環境、独り身じゃ。十夜、あとでどんな人だったか聞かせてくれよ」
「俺は……」

 既婚者とバカップルの間に挟まれて惚気に巻き込まれる。そんな自分を想像して剛志は悪寒に身を震わせる。
 十夜はちらりと自分の恋人を見る。その恋人の顔には小さく笑みが浮かんでいる。

「いいじゃないか。この男のことを忘れて、私だけにぞっこんになれる。そのための最高の機会だろう?」
「……そうだな。わかった先生、行こう!」

 嬉しそうに言う十夜の横でアンドロイドの総一郎が人間の総一郎に挑発的な視線を向けている。その視線を受けて戸惑った様子を見せるが、口角を上げて小さな笑みを作って見せる。

「じゃあ、そろそろ本題を話すとするか」

 こほんと剛志はひとつ咳をする。

「先生、アンドロイドの総一郎は先生に似すぎていると思わないか?」
「そうだな。あまりにもそっくりすぎて、自分がもう一人いるのかと思ったよ」
「そうだ。そしてそれは違法な行為なんだ」
「違法? そうなのか?」
「ああ。たとえば総一郎が犯罪を犯したとして、誰かがそう証言をしたとしたら。先生のところに警察が来る可能性は高い。だからアンドロイドにはモデルとなる人物と変えなければならない要点があるんだ。具体的には目の色、鼻の高さ、あるいは形。歯並びと、人の印象に残りやすいところだな」
「なるほど。ということは総一郎さんは」
「違法製造品だ」

 剛志にきっぱりとそう言われて、十夜は表情を引き締める。
 警察は総一郎を破壊してデータを取り出すことはしない、と言っていた。それでも犯人が、そして製造元がわからなければ破壊されることになる。
 それが事実だ。それは忘れてはならない。十夜は自分自身に強く言明した。
 総一郎の手が十夜の手に重なる。隣を見れば、大丈夫だ、と小さな笑顔を作る恋人の姿がそこにはあった。

「十夜には一時的に破壊しないとは言ったけどな。おそらく、破壊されることはないと思うぞ」
「どういうことだ?」
「もともと警察が破壊できなかったのは、人権団体との軋轢があるからなんだよ。アンドロイドにも人権を認めろって言ってる奴らだ。捜査のために殺したとなったらなにをしてくるかわからない。ましてや自由恋愛ができて、恋人がいる。そんな奴は殺せないさ」
「人権団体? 俺はあいつらともめたことがあるし、あいつらは気に食わないが。声がでかいだけの奴らでも役に立つこともあるんだな」
「まさに馬鹿とナントカは使いよう、ってやつだ。ってなわけで先生、あんたそっくりのアンドロイドを作ろうとするような奴に心当たりはあるか?」

 そういわれて総一郎は腕を組んで考え始める。うーん、と唸るところを見ると、心当たりに乏しいのだろうか。
 
「そういわれてもな。なにせ十夜からの愛にすら気づかなかった鈍感なんだよ、俺は。だからいきなりそんなことを言われても心当たりなんて……」
「なんでもいいんだ。例えばしつこいくらいに告白してきたやつとか、ストーカーしてきたようなやつとか」
「痴漢してきた相手とか、レイプしようとしてきた相手なんかもあるな」
「いや、さすがにそれは……」
「あー……。そういわれると心当たりがあるな。ちょっと待ってろ」

 そう言って総一郎はポケットからスマホを取り出し、一枚の写真を取り出した。そこに映っているのは一人の女子生徒だ。

「お前たちのニ個下の生徒なんだけどな。ちょうどあの後あたり、十夜とあまり関わらないようにしたあたりから相当しつこく告白してきたり、弁当作ってきたり。ほら、俺は十夜みたいな格好いい男が好きだろ? だからそれとは真逆の、いかにもな女の子って感じのタイプだったから、ちょっと気持ち悪かったというか……」
 
 総一郎は口ごもる。その先は女子生徒への悪口になりそうだから止めたのだろう。

「どうだ、剛志。そいつか?」
「それはわからねえけどな。でも、調べてみる価値はありそうだ」

 剛志が力強くうなづく様子を見て、十夜は安心感を覚えた。
 なんといっても大学入学以来の親友だ。剛志がいかに頼りになる男なのか、十夜は理解しているのだ。
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