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第22話 再び柔道の授業にて
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「よう、十夜。久しぶりだな」
「ああ、久しぶり。お前なあ、俺のこと先生に言っただろ?」
十夜が剛志に会ったのは、総一郎とプロレスごっこをしてから三日後の体育の授業の時だった。
元々十夜は経済学部、剛志は体育学部だ。学部が違うということもあり、共通の授業である体育の時間程度でしか会うことがない。
今は組手の最中だ。試合とは違い一度投げただけでは終わらない。再び立ち上がって相手に向かっていく。以前の試合の時に剛志がやっていたのと同じだ。
試合の時とは違い、周囲でもほかの生徒が組を作って組み手に取り組んでいる。やはり以前の試合のことがあるのか、ちらりちらりと視線が集まってくる。
とはいっても、十夜ばかりが投げていたのでは剛志の練習にならない。わざと隙を作ってやれば、剛志はそこに攻め入って投げ落としてくる。
もともと投げ技を主体とする格闘技をやっているからだろうか。剛志はなかなかに筋がいい。力の加わっている方向を見定めてうまく技をかける。それが自然とできているのだから。
「いやあ、悪い悪い。なにしろ俺だけで抱えるのは重い話だったからさ。先生に相談したんだよ。それにお前も格闘技やってたんだろ? 先生も喜んでたぞ、相当に強いってさ」
「そうか」
そう言われると悪い気はしない。
約束通り、翌日にも総一郎とプロレスごっこをした。
今度は最初から打撃技を解禁して、プロレスラーのように胸にチョップを打ち合ったりもした。総一郎はすぐに音を上げてしまったが、十夜は打ち込めるだけ打ち込んでもらった。おかげで当日は内出血で痛みが酷かったし、今も跡が残っている。
総一郎と遊んでみてわかったのは、彼が甚振るのが好きでうたれ弱い、ということだ。
十夜に関節技をかけるときはリング端まで這いずることを要求するのに、自分が技をかけられるとすぐにギブアップを宣言する。十夜自身も遊びだと理解しているから痛がって叫び声をあげる相手をそれ以上痛めつけようとは思わないし、自分が必死に痛みに耐える様は、まるで本物のプロレスラーになったような気分に浸れて心地いい。
自分はナルシストなのだろう、と十夜は思う。
それに総一郎は技をかけるのがかなりうまい。関節を極められているときは耳鳴りがする程に痛いのに、技を解かれればすぐに痛みが引いていく。
後に関節に変な後遺症を覚えない相手だとわかっているからこそ、十夜も安心してプロレスごっこが出来るのだ。
「とはいえ。プライベートなことだ、あまり言いふらさないでくれ」
「だから悪かったって。あまり怒らないでくれよ。なっ?」
「別に怒ってはないんだけどな。先生と遊べて楽しかったし」
「ああ、そうだ十夜。お前って、柔道部に入る気があるのか?」
「どうしようか考え中だ。別にスポーツ推薦ってわけじゃないから柔道部に入らなけりゃいけない、ってわけじゃない。でも体を動かせる部活には入りたい。でもここまで柔道一筋できたからな、そろそろなにか別のことをやってみたいとも思ってるんだ。せっかく大学生になれたんだからな」
「だったら……」
剛志がそう言いかけた時だ。
ぴっ、とホイッスルの音が鳴る。
「次は相手を変えて組み手をしろ!」
担当教師のその言葉に、周囲の空気が張り付いたのを十夜は感じた。そしてその理由もわかっている。
「ああ、もちろん黒岩はそのまま大神とやれよ?」
その言葉に緊張が解け、安堵のため息があちらこちらから聞こえてくる。
「なんだよ。俺ってそんなに嫌われてるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ……」
「ただなんだよ?」
不貞腐れている剛志を見て、十夜は吹き出した。
「なにがおかしいんだ?」
「みんなお前に投げられたくないんだよ」
「そうなのか?」
将来的にはもう少し伸びるとはいえ、大学一年生の時点でさえ剛志は190センチ程度の身長がある巨漢だ。加えてごりごりのマッチョであり、足腰も強靭だ。それも格闘技で鍛えた肉体であるためにバランスが非常にいい。そんな相手を投げるには同じくらいの体型であるか、よほどの技術がなければ無理だ。
そして同じくらいの身長がある人はここにはおらず、剛志をいなせるほどの技術を持つ人物も十夜以外にはいない。従って十夜以外の相手が剛志と相対しても、投げられるだけになるのが必然だ。
だが、その投げ方が問題なのだ。
十夜を相手にしているという安心感があるからか、剛志は全力で投げている。十夜の体がたたきつけられる轟音が響き、畳が揺れるほどだ。
もしもそれだけの力で投げられたら。そう考えてぞっとする。さすがに死ぬことはないだろうが大怪我を負いかねない。むしろそれだけの力で投げられている十夜がぴんぴんとしていることのほうが不思議でならない。
十夜と剛志を除いた誰もがそう考えているのだ。
「でも先生、さすがに大神さんに任せっぱなしっていうのは……」
「そうだなあ。とはいっても、健康体の人間を休憩させとくっていうのもなあ。そうだ、青木。お前柔道のスポーツ推薦だったろ? お前が黒岩の相手をしろ」
「ええっ!? 俺がですか!? 無理無理、無理ですって!」
指名された男子生徒は顔を青くして首を横に振っている。
「馬鹿野郎! 大神は経済学部の学生なんだぞ? それで相手ができてるんならお前なら余裕だろ!」
「っていったって、インターハイ準優勝者じゃないですか! それに階級だって俺より上だし、そんなバケモンみたいな相手と比べないでくださいよ!」
バケモノとは失礼な。
十夜はそう考えるが、その男子生徒の言葉で周囲の生徒がざわつきはじめる。準優勝なんてすごい、だのなんで体育学部じゃないんだ? だの。十夜に対する称賛の声ばかりだ。
「なに? そうなのか? ……もしかして大神って、俺より強いんじゃないか?」
教師ですらそんなことを言い始める。
面倒なことになってきた。そう思いながらも十夜は剛志を抱き寄せ言い放つ。
「まあ、そういうことなんで俺は平気なんで。剛志の相手は俺がやりますよ」
「ああ、久しぶり。お前なあ、俺のこと先生に言っただろ?」
十夜が剛志に会ったのは、総一郎とプロレスごっこをしてから三日後の体育の授業の時だった。
元々十夜は経済学部、剛志は体育学部だ。学部が違うということもあり、共通の授業である体育の時間程度でしか会うことがない。
今は組手の最中だ。試合とは違い一度投げただけでは終わらない。再び立ち上がって相手に向かっていく。以前の試合の時に剛志がやっていたのと同じだ。
試合の時とは違い、周囲でもほかの生徒が組を作って組み手に取り組んでいる。やはり以前の試合のことがあるのか、ちらりちらりと視線が集まってくる。
とはいっても、十夜ばかりが投げていたのでは剛志の練習にならない。わざと隙を作ってやれば、剛志はそこに攻め入って投げ落としてくる。
もともと投げ技を主体とする格闘技をやっているからだろうか。剛志はなかなかに筋がいい。力の加わっている方向を見定めてうまく技をかける。それが自然とできているのだから。
「いやあ、悪い悪い。なにしろ俺だけで抱えるのは重い話だったからさ。先生に相談したんだよ。それにお前も格闘技やってたんだろ? 先生も喜んでたぞ、相当に強いってさ」
「そうか」
そう言われると悪い気はしない。
約束通り、翌日にも総一郎とプロレスごっこをした。
今度は最初から打撃技を解禁して、プロレスラーのように胸にチョップを打ち合ったりもした。総一郎はすぐに音を上げてしまったが、十夜は打ち込めるだけ打ち込んでもらった。おかげで当日は内出血で痛みが酷かったし、今も跡が残っている。
総一郎と遊んでみてわかったのは、彼が甚振るのが好きでうたれ弱い、ということだ。
十夜に関節技をかけるときはリング端まで這いずることを要求するのに、自分が技をかけられるとすぐにギブアップを宣言する。十夜自身も遊びだと理解しているから痛がって叫び声をあげる相手をそれ以上痛めつけようとは思わないし、自分が必死に痛みに耐える様は、まるで本物のプロレスラーになったような気分に浸れて心地いい。
自分はナルシストなのだろう、と十夜は思う。
それに総一郎は技をかけるのがかなりうまい。関節を極められているときは耳鳴りがする程に痛いのに、技を解かれればすぐに痛みが引いていく。
後に関節に変な後遺症を覚えない相手だとわかっているからこそ、十夜も安心してプロレスごっこが出来るのだ。
「とはいえ。プライベートなことだ、あまり言いふらさないでくれ」
「だから悪かったって。あまり怒らないでくれよ。なっ?」
「別に怒ってはないんだけどな。先生と遊べて楽しかったし」
「ああ、そうだ十夜。お前って、柔道部に入る気があるのか?」
「どうしようか考え中だ。別にスポーツ推薦ってわけじゃないから柔道部に入らなけりゃいけない、ってわけじゃない。でも体を動かせる部活には入りたい。でもここまで柔道一筋できたからな、そろそろなにか別のことをやってみたいとも思ってるんだ。せっかく大学生になれたんだからな」
「だったら……」
剛志がそう言いかけた時だ。
ぴっ、とホイッスルの音が鳴る。
「次は相手を変えて組み手をしろ!」
担当教師のその言葉に、周囲の空気が張り付いたのを十夜は感じた。そしてその理由もわかっている。
「ああ、もちろん黒岩はそのまま大神とやれよ?」
その言葉に緊張が解け、安堵のため息があちらこちらから聞こえてくる。
「なんだよ。俺ってそんなに嫌われてるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ……」
「ただなんだよ?」
不貞腐れている剛志を見て、十夜は吹き出した。
「なにがおかしいんだ?」
「みんなお前に投げられたくないんだよ」
「そうなのか?」
将来的にはもう少し伸びるとはいえ、大学一年生の時点でさえ剛志は190センチ程度の身長がある巨漢だ。加えてごりごりのマッチョであり、足腰も強靭だ。それも格闘技で鍛えた肉体であるためにバランスが非常にいい。そんな相手を投げるには同じくらいの体型であるか、よほどの技術がなければ無理だ。
そして同じくらいの身長がある人はここにはおらず、剛志をいなせるほどの技術を持つ人物も十夜以外にはいない。従って十夜以外の相手が剛志と相対しても、投げられるだけになるのが必然だ。
だが、その投げ方が問題なのだ。
十夜を相手にしているという安心感があるからか、剛志は全力で投げている。十夜の体がたたきつけられる轟音が響き、畳が揺れるほどだ。
もしもそれだけの力で投げられたら。そう考えてぞっとする。さすがに死ぬことはないだろうが大怪我を負いかねない。むしろそれだけの力で投げられている十夜がぴんぴんとしていることのほうが不思議でならない。
十夜と剛志を除いた誰もがそう考えているのだ。
「でも先生、さすがに大神さんに任せっぱなしっていうのは……」
「そうだなあ。とはいっても、健康体の人間を休憩させとくっていうのもなあ。そうだ、青木。お前柔道のスポーツ推薦だったろ? お前が黒岩の相手をしろ」
「ええっ!? 俺がですか!? 無理無理、無理ですって!」
指名された男子生徒は顔を青くして首を横に振っている。
「馬鹿野郎! 大神は経済学部の学生なんだぞ? それで相手ができてるんならお前なら余裕だろ!」
「っていったって、インターハイ準優勝者じゃないですか! それに階級だって俺より上だし、そんなバケモンみたいな相手と比べないでくださいよ!」
バケモノとは失礼な。
十夜はそう考えるが、その男子生徒の言葉で周囲の生徒がざわつきはじめる。準優勝なんてすごい、だのなんで体育学部じゃないんだ? だの。十夜に対する称賛の声ばかりだ。
「なに? そうなのか? ……もしかして大神って、俺より強いんじゃないか?」
教師ですらそんなことを言い始める。
面倒なことになってきた。そう思いながらも十夜は剛志を抱き寄せ言い放つ。
「まあ、そういうことなんで俺は平気なんで。剛志の相手は俺がやりますよ」
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