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第21話 プロレスごっこ

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「君が大神十夜君だよな?」

 視界が暗転し、気が付けば目の前に総一郎が立っている。
 総一郎はレスリング部の顧問であり、シングレットを着ている。十夜が呼び出されたのはレスリング場だ。教師に呼び出されたということでのこのことやってきたのだが、呼び出された先が職員室でないことに疑問を持つべきだったと今ならば思う。

「そうだけど……なんだよ、その姿は」
「なにって、レスリングの胴着だよ。知らないのか?」
「いや、その程度は知ってるけど。なんでわざわざそんなもの着てるんだ? この後で部活があるっていうなら、手短に済ませたいんだけどな」
「なんだ? やる気十分じゃないか。そうだな、手短に済ませようか!」

 十夜は話を済ませよう、というつもりで言ったのだが。
 総一郎は腰を低く卸すと、十夜にタックルを仕掛けてくる。素早い総一郎のタックルが腹に突き刺さり、呻き声を上げるが次の瞬間には体を持ち上げられておりスープレックスの体勢で背中からたたきつけられる。
 なんとか受け身をとることは出来たが、背中に感じる痛みは相当なものだ。

「本当はレスリングの技じゃないんだけどな」

 倒れている十夜の脚を掴み、膝の関節を極めてくる。あまりの痛みに床をばんばんとたたいてタップをすると、総一郎は力を抜く。

「痛ぇっ! いきなりなにするんだよっ!」

 痛みの残る足を抱えながら、総一郎を睨みつけるとなぜか不思議そうな顔をしている。

「なにって、君が言ったんだろう? フラストレーションがたまってるから喧嘩ができる相手を探しているって」
「はあ? なんだよ、それ?」
「おかしいな。黒岩からそう言われたんだけどな」
「はあ? あいついったい何考えてるんだよ。っていうか、喧嘩の相手って。あんたも教師なんだったらそんなもん受けるんじゃねえよ」
「いやいや、部員とよくやってるんだぞ? こういうプロレスごっこ。毎年文化祭でだって、プロレス同好会のやつらも交えてプロレスの興業の真似みたいなもんやってるしな」

 ははは、と総一郎は笑う。

「で、どうする? 勘違いでいきなり襲っちまって悪いとは思うけどさ。俺とやるか? プロレスごっこ。もやもやとしたもん抱えてるんなら体を動かすのも悪くないだろ?」

 もしもここで十夜が断っていたとしたら、自分の運命は変わっていただろう。

「ごっこじゃなくてガチでいいってんなら、付き合うぜ?」

 この時自分でも獰猛な笑顔を浮かべていたと思う。そう答えたのは総一郎の言った通りもやもやとしたものを抱えていたのもあったのだが、いきなり襲われて逃げ帰るというのがしゃくだった、という理由もあった。
 そして総一郎と向き合った十夜は戸惑っていた。レスリングの腰を降ろした姿勢。柔道で迎え撃つにはいささか厳しいものがある。

「いくぞっ、大神っ!」

 再びタックルを仕掛けてくる。素早い動きではあるが、冷静になれば対処できないわけでもない。

「甘いっ!」
 
 わずかに体を横に移動し、脇を通り抜けようとする総一郎の首根っこを掴んでリングにたたきつける。
 DDTの姿勢で投げられ、額を打ち付けたた総一郎は額を抑えながら転がる。仰向けの体勢になった総一郎の腕をつかみ、関節を極める。
 柔道の数少ない関節技である腕ひしぎ十字固めだ。嫌というほどにかけられてきた技であるがゆえに、痛みのポイントは押さえている。

「さっきのおかえしだ。ほら、ギブアップしろよ」
「わかった、ギブ! ギブアップだ!」

 総一郎に足をばんばんとたたかれて技を解く。彼から離れようとしたときに。

「まだまだ甘いなっ!」

 総一郎の手がにゅう、と伸びてきて十夜の股間を鷲掴みにする。

「おっ、相当でかいじゃないか!」
「……っ!」

 金玉を締め付けられる痛みに悶絶する。なぜか嬉しそうな総一郎の声が耳に届き、立ち上がった総一郎に両足をがしりと掴まれる。
 なにをする気だっ!?
 十夜は警戒して身を固くする。昔何度か見たプロレスの映像では、相手の股間を踏みつけるような光景を見たことがある。まさか十夜の股間も踏みつけられるのか?

「やめっ……」
「別に金的狙いじゃないよ、っと!」

 そのまま総一郎はくるりと反転し、十夜もうつぶせの姿勢にさせられる。総一郎に背中に乗られてしまえば、足と腰が気が遠くなるほどの痛みが襲われる。
 リングをばんばんとたたくが、総一郎は一向に技を解いてはくれない。それどころか。

「こいつは逆エビ固めっていうんだぜ? 英語で言えばリバースボストンクラブだな。プロレスの定番の技だ。こいつを耐えられて一人前って言われてるんだ。ほら、リングの円の部分が見えるだろ? あそこまでたどり着けたら技を解いてやるよ」

 笑いながら、そんな恐ろしいことを言ってくる。
 レスリングのリングはマットに黄色い円を描くように作られている。十夜の前にはそのリングの一端が見える。
 だが、この痛みを抱えたままではあまりにも遠く感じる。おまけに総一郎はどしりと腰を降ろしているのだ。彼の体重を抱えたまま、腹ばいの姿勢で行けるわけがない。
 そうは思うが、総一郎は明らかにこの状況を楽しんでいる。たどりつけなければ本当に技を解いてはもらえないだろう。
 たしかテレビの中ではこうしていたはずだと思いながら、十夜は腕で体を持ち上げる。

「おっ、がんばれがんばれっ!」

 総一郎も腰を浮かして協力をしてくれる。不完全に極まっていることによって痛みも若干和らいだ。この機会を逃すわけにはいかないと、体を引きずってリングの縁に手を触れる。
 総一郎が体を離して安堵するが。

「休んでる暇はないぞ?」
「ぐっ!」

 腰に痛みが襲い掛かってくる。総一郎が十夜の腰に全体重をかけたエルボーを落としてきたのだ。

「そら、もういっちょ!」
 
 再び総一郎が降ってくるが、十夜はリングの上を転がって回避する。そして立ち上がると、四つん這いになって肘を押さえて痛がっている総一郎の上にエルボーを落とす。
 どさりとうつぶせで倒れた総一郎の首に腕を回し、首を締め上げる。

「ぐっ! 苦しい」
「プロレスにはこんな技もあったよな?」

 首を絞めたまま総一郎の上半身を引き上げる。キャメルクラッチには似ているが、違う気もする。

「なんか違うか?」
「苦しいっ! 痛いっ! ギブアップだっ!」
「さっきのおかえしだよ。今度は先生がロープブレイクしてみな?」

 本気で締め上げているわけではないため、まだ喋る余裕はある。くぐもった声で答える総一郎に嘲笑を浴びせかける。

「この態勢じゃ無理だっ! 頼む、助けてくれっ!」
「たしかにそれもそうだな」

 十夜が絡みついていた腕を離すと、総一郎は倒れ込み喉を押さえてげほげほと咳をしている。

「強いな。さすが柔道で全国大会準優勝しただけのことはある。俺だってレスリング部のやつらとやって負けなしだったから相当な自信はあったんだけどな」
「そうか。んで、まだやるか?」
「それは……」
「まあ、結局はごっこ遊びだ。やる気がないなら別にやらなくても……」
「明日だ」

 総一郎の上から降りた十夜をまっすぐに見つめて、総一郎は言う。

「明日、もう一度勝負だ」
「……わかったよ」

 真剣な総一郎の眼差しに見つめられれば嫌とは言えない。十夜は総一郎の額に口づけを交わした。
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