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第18話 連絡
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目の前には空になった皿がいくつも並んでいる。十夜が振舞った夕飯が乗せられていた皿だ。
そろそろ中年になろうかという男二人とアンドロイドが食べるにはいささか作りすぎたか、と思えるような量を用意した。大学時代のレスリング部の男三人前の量を作ってしまったのは総一郎が帰ってきたことが嬉しすぎて浮かれてしまった結果だ。
その量の料理をぺろりと平らげてしまったことにはいささか驚いた。
「いやあ、美味かった。腕をあげたな、十夜」
「ああ、本当に美味しかった。明日からも君の料理を食べさせてもらえるんだろう?」
「ああ。なにせそういう約束だからな」
お互いに顔を見合わせ微笑みあう。
変な雰囲気になりかけたことを察した剛志はひとつ咳ばらいをして、その空気をぶち壊す。
「ったく。せめて二人きりの時にしろよ、そういう雰囲気になるのは」
変に仏心を出して総一郎を十夜に押し付けたことを若干後悔しながら、剛志は続ける。
「さっきも言った通り、まずは武井先生に会いに行くことになるが。十夜、覚悟はできてるか?」
「覚悟ってなんの覚悟だよ。別に先生を逮捕するとかじゃないんだから、そんなもん必要ないだろ」
「だってお前、先生のこと好きだったんだろ?」
そう指摘されてどきりと胸が高鳴った。剛志の顔を見ると、にやにやと笑顔を浮かべている。
当時の十夜はキスをされるあの瞬間まで、自分が総一郎を愛しているという事実に気が付いていなかった。まさか周囲から見ればまるわかりだったとでもいうのだろうか?
「あー……。俺が先生を好きなのってばればれだった?」
「いや。もしかしたらそうかな、程度には思ってたけどよ。確信したのは急によそよそしくなった時だ。あの時いったい何があったんだ?」
どうやら確信はなかったようだ。十夜はほっと胸をなでおろす。無自覚な恋が周囲の人から丸わかりなほどに態度に出ていたのだとしたら恥ずかしすぎる。
「別に何もねえよ。ただ押し倒されてキスされて、どうしていいのかわからなくて固くなっちまって。拒んだと思われてそれっきりだ」
「そうなのか? ってことは俺の勘違いか? 俺はてっきり、告白したらふられたとかそういうことだと思ってたんだが……」
そう言って剛志は渋面を浮かべる。
「言っておくけど、無理やり先生に犯されそうになったとか、そういうわけじゃないからな?」
「そうなのか?」
「そうだよ。俺はあの時先生にキスされて嬉しかったし、セックスだってしたかった。ただ、お袋の言葉が頭ン中に浮かんできちまって、動けなくなったんだよ」
「……なあ、十夜」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
剛志はかぶりを振って言葉を止める。
剛志も十夜と母親の事情は知っている。なにか口を挟もうとしてやめたといったところだろう。
「まあ、とりあえずは。先生に連絡して都合をつけてもらわないとどうしようもないな」
「なんだよ? まだアポとってなかったのか?」
「まあな。なにしろ、俺が捜査を任されたのはついさっきだ。お前んところに総一郎を連れてくることを優先してやったんだぜ?」
「そうか。そいつはその、ありがとうよ」
剛志はポケットからスマホを取り出し電話をかける。
「先生の番号知ってるのか?」
「なんだ、嫉妬か? っていっても、俺だって大学時代の番号しか知らねえよ。まだ繋がるかもしれないし、繋がらなかったら大学に問い合わせて教えてもらえばいいだろ」
そんな話をしていると、電話が繋がって向こうの声が聞こえてくる。
「はい、武井です」
わざわざスピーカーモードにしているのだろう。聞こえてきたのはかつての恩師である総一郎の声だ。
「武井先生ですか? ごぶさたしています。8年前に卒業した黒岩剛志です。覚えていますか?」
「おお、もちろん覚えてるよ! いやあ、懐かしいなあ。今は何をしてるんだ?」
「今は十夜の家で、あの時のこと聞いてましたよ」
剛志は意地悪そうににやりと笑う。からかうつもりなのだろう。
十夜は会話の内容に疑問符を浮かべる。
「聞いてるのって、今何の仕事をしてるかってことじゃないか?」
「あっ、そうか。すみません、先生。今自分は警察官をやってるんですよ」
その言葉に、電話の向こうで息を飲んだのがわかる。剛志が警察官であるとなにか都合が悪いことがあるのだろうか。
いや、総一郎に限ってそれはないはずだ。十夜は頭の中に降ってわいた疑念を打ち払う。
「それでですね。ちょっと厄介なことになっていまして、先生の都合がいい時に会っていただけたらなー、と思いまして」
「……それは事件のことで、ということでいいのか?」
「ええ、まあ。そうですね。詳しいことは会ったときに話をさせていただきたいのですが」
「わかった。明日でどうだろうか?」
「明日ですか? 随分と急ですね」
「こういうことは早いほうがいいだろう?」
「ええ、まあ。そうですね」
剛志は十夜と目を合わせる。都合は大丈夫なのか。そう目で問われて十夜は頷いた。
明日は土曜日だ。カレンダーの上で休日なのだから十夜は当然休みだ。
「ええ、わかりました。それでは明日。十夜も一緒でいいですよね?」
「……わかった。そこに十夜はいるのか?」
「ええ、いますよ。代わりましょうか?」
お願いする。総一郎の返事を受けて、十夜の手元にスマホが回ってくる。
どきどきと胸を高鳴らせながら、十夜はスマホを耳に当てた。
「代わりました。先生、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。本当に……十夜はまだ回収課の仕事をしているのか?」
「ええ。まだ続けています」
総一郎の声に懐かしさがこみあげてくる。耳にくすぐったい爽やかな声。だが、総一郎の声が若干落ち込んでいるように聞こえるのはなぜだろうか?
そうか。と答えた総一郎は口を閉ざし。やがて意を決したように口を開いた。
「十夜……本当に済まなかった」
そろそろ中年になろうかという男二人とアンドロイドが食べるにはいささか作りすぎたか、と思えるような量を用意した。大学時代のレスリング部の男三人前の量を作ってしまったのは総一郎が帰ってきたことが嬉しすぎて浮かれてしまった結果だ。
その量の料理をぺろりと平らげてしまったことにはいささか驚いた。
「いやあ、美味かった。腕をあげたな、十夜」
「ああ、本当に美味しかった。明日からも君の料理を食べさせてもらえるんだろう?」
「ああ。なにせそういう約束だからな」
お互いに顔を見合わせ微笑みあう。
変な雰囲気になりかけたことを察した剛志はひとつ咳ばらいをして、その空気をぶち壊す。
「ったく。せめて二人きりの時にしろよ、そういう雰囲気になるのは」
変に仏心を出して総一郎を十夜に押し付けたことを若干後悔しながら、剛志は続ける。
「さっきも言った通り、まずは武井先生に会いに行くことになるが。十夜、覚悟はできてるか?」
「覚悟ってなんの覚悟だよ。別に先生を逮捕するとかじゃないんだから、そんなもん必要ないだろ」
「だってお前、先生のこと好きだったんだろ?」
そう指摘されてどきりと胸が高鳴った。剛志の顔を見ると、にやにやと笑顔を浮かべている。
当時の十夜はキスをされるあの瞬間まで、自分が総一郎を愛しているという事実に気が付いていなかった。まさか周囲から見ればまるわかりだったとでもいうのだろうか?
「あー……。俺が先生を好きなのってばればれだった?」
「いや。もしかしたらそうかな、程度には思ってたけどよ。確信したのは急によそよそしくなった時だ。あの時いったい何があったんだ?」
どうやら確信はなかったようだ。十夜はほっと胸をなでおろす。無自覚な恋が周囲の人から丸わかりなほどに態度に出ていたのだとしたら恥ずかしすぎる。
「別に何もねえよ。ただ押し倒されてキスされて、どうしていいのかわからなくて固くなっちまって。拒んだと思われてそれっきりだ」
「そうなのか? ってことは俺の勘違いか? 俺はてっきり、告白したらふられたとかそういうことだと思ってたんだが……」
そう言って剛志は渋面を浮かべる。
「言っておくけど、無理やり先生に犯されそうになったとか、そういうわけじゃないからな?」
「そうなのか?」
「そうだよ。俺はあの時先生にキスされて嬉しかったし、セックスだってしたかった。ただ、お袋の言葉が頭ン中に浮かんできちまって、動けなくなったんだよ」
「……なあ、十夜」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
剛志はかぶりを振って言葉を止める。
剛志も十夜と母親の事情は知っている。なにか口を挟もうとしてやめたといったところだろう。
「まあ、とりあえずは。先生に連絡して都合をつけてもらわないとどうしようもないな」
「なんだよ? まだアポとってなかったのか?」
「まあな。なにしろ、俺が捜査を任されたのはついさっきだ。お前んところに総一郎を連れてくることを優先してやったんだぜ?」
「そうか。そいつはその、ありがとうよ」
剛志はポケットからスマホを取り出し電話をかける。
「先生の番号知ってるのか?」
「なんだ、嫉妬か? っていっても、俺だって大学時代の番号しか知らねえよ。まだ繋がるかもしれないし、繋がらなかったら大学に問い合わせて教えてもらえばいいだろ」
そんな話をしていると、電話が繋がって向こうの声が聞こえてくる。
「はい、武井です」
わざわざスピーカーモードにしているのだろう。聞こえてきたのはかつての恩師である総一郎の声だ。
「武井先生ですか? ごぶさたしています。8年前に卒業した黒岩剛志です。覚えていますか?」
「おお、もちろん覚えてるよ! いやあ、懐かしいなあ。今は何をしてるんだ?」
「今は十夜の家で、あの時のこと聞いてましたよ」
剛志は意地悪そうににやりと笑う。からかうつもりなのだろう。
十夜は会話の内容に疑問符を浮かべる。
「聞いてるのって、今何の仕事をしてるかってことじゃないか?」
「あっ、そうか。すみません、先生。今自分は警察官をやってるんですよ」
その言葉に、電話の向こうで息を飲んだのがわかる。剛志が警察官であるとなにか都合が悪いことがあるのだろうか。
いや、総一郎に限ってそれはないはずだ。十夜は頭の中に降ってわいた疑念を打ち払う。
「それでですね。ちょっと厄介なことになっていまして、先生の都合がいい時に会っていただけたらなー、と思いまして」
「……それは事件のことで、ということでいいのか?」
「ええ、まあ。そうですね。詳しいことは会ったときに話をさせていただきたいのですが」
「わかった。明日でどうだろうか?」
「明日ですか? 随分と急ですね」
「こういうことは早いほうがいいだろう?」
「ええ、まあ。そうですね」
剛志は十夜と目を合わせる。都合は大丈夫なのか。そう目で問われて十夜は頷いた。
明日は土曜日だ。カレンダーの上で休日なのだから十夜は当然休みだ。
「ええ、わかりました。それでは明日。十夜も一緒でいいですよね?」
「……わかった。そこに十夜はいるのか?」
「ええ、いますよ。代わりましょうか?」
お願いする。総一郎の返事を受けて、十夜の手元にスマホが回ってくる。
どきどきと胸を高鳴らせながら、十夜はスマホを耳に当てた。
「代わりました。先生、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。本当に……十夜はまだ回収課の仕事をしているのか?」
「ええ。まだ続けています」
総一郎の声に懐かしさがこみあげてくる。耳にくすぐったい爽やかな声。だが、総一郎の声が若干落ち込んでいるように聞こえるのはなぜだろうか?
そうか。と答えた総一郎は口を閉ざし。やがて意を決したように口を開いた。
「十夜……本当に済まなかった」
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