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第17話 アンドロイドの帰還
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「ただいま……」
家にたどり着き、明かりをつけるとやたらと広く、寒々しく感じる。
もともとファミリー向けのマンションのため広さはあるのだが、今までは心地よいと感じていたはずのその空間が妙に空虚に感じてしまう。
たった一日。たった一日だけだ、総一郎が家にいたのは。
ただそれだけの時間で変わってしまったように思う。一人でいることが息苦しくして仕方なくなった。
スーツから私服へと着替え、夕飯を作ろうとキッチンへと向かうと玄関のチャイムが鳴った。
インターホンに出ると、そこに立っていたのは剛志だ。
「よかった、帰ってたか」
にこにこと笑顔を浮かべ、明るい声でそう言ってくる。
「……何の用だ?」
剛志が悪いわけではないとわかっていても、今は顔も見たくない。そう思ってしまう自分に嫌悪感を覚えてしまう。
「悪いんだけど、家にあげてくれないか?」
「……わかった」
剛志を招き入れたのは、それだけ一人でいることが耐えられないからだ。インターホンで玄関のオートロックを操作し、剛志を招き入れる。
ほどなくして剛志が家の前にやってくる。玄関を開いて招き入れようとするが、笑顔を浮かべて足を止めて中に入ってこようとはしない。
十夜がいぶかしんで彼を見ているとようやく口を開く。
「よう、悪かったな。いきなり来ちまって」
「別にいいんけどよ、いったい何の用だ?」
「プレゼントがあるんだよ」
「プレゼント?」
剛志が隣にあるなにかを引っ張る。なにがあるのかと思って見ていた十夜は、それを見て絶句する。
そこに立っているのは総一郎だ。
「十夜、すまない。帰ってくることになった」
ばつが悪そうな顔を浮かべてそう言う総一郎を、十夜は思わず抱きしめていた。
筋肉の硬さも、体から伝わってくるぬくもりも。すべてが総一郎と変わらない。そこにあるのは幻などではなく、本物の総一郎そのものだ。
「なっ? いいプレゼントだろう?」
「ああ、最高だ!」
ようやく剛志の笑顔の理由が分かった。総一郎を返された十夜がどれだけ喜ぶのかを想像していたのだろう。
まさしくもつべきものはいい友達だ。
「っていっても、このままお前に返すってわけにもいかないんだけどな」
「……どういうことだ?」
「それについて話したいんだけど、家にあげてもらってもいいか?」
「ああ、わかった」
家の所有者を差し置いて剛志は勝手に中に入っていく。十夜はそんなどうでもいいことに口を挟まずに、総一郎に身を寄せながら家の中に入っていく。
「おかえり、総一郎」
「ただいま、十夜」
ちらりと総一郎の顔を見ると、視線が合った彼はにこやかな笑顔を向けてくれる。挨拶をすれば挨拶を返してくれる。ようやくそこに総一郎がいるのだと実感できてうれしくなる。
キスをねだるように顔を近づければ総一郎に頭を押さえられ、唇を重ねられる。侵入してくる総一郎の舌に身をゆだね、十夜は幸福へと墜ちていった。
「あのー、バカップルのお二人さん? 大切な話をしたいんだが、いいか?」
引き戻したのは剛志のあきれたような声だ。
「ああ、わかったわかった。わかったから、そうやきもちをやくなっての」
「誰がやきもちなんてやいてるんだよ!」
慌てて総一郎から離れ、顔を赤く染めながら。恥ずかしさをごまかすように十夜は言った。
勝手に食卓に座っている剛志の対面に腰を下ろすと、その隣に総一郎が座る。隣に座られただけで心臓の鼓動が早くなる。まるで童貞だったころに戻った気分だ。
「で、だ。総一郎は今は一時的に返すだけになる」
「一時的に? どういうことだ?」
「私の元の所有者が誰なのか見つけることができなければ、製造元がどこなのかが判明しなければ私は破壊されることになるんだ」
総一郎の言葉に息をのむ。つまりまた総一郎を失わなくてはならないのか?
それを考えるだけで眩暈がしてくる。
「逆に言えば、それさえわかれば何の問題もないってわけだ。ってことで十夜、手伝ってもらえるよな?」
「それは危険すぎないか?」
「なにも犯罪組織とどんぱちやらかすってわけじゃねえんだ。別に危険はねえよ」
「しかし……」
「いや、総一郎。俺は手伝うつもりだ」
「十夜!」
「俺は君を失いたくない。警察の捜査能力を信用していないってわけじゃないけどな、自分の知らないところで捜査が進行し、その結果総一郎を失うことになった、なんていったら悔やんでも悔やみきれない。だから手伝いたいんだ」
十夜は真剣な眼差しを総一郎に向ける。それを受け止めた総一郎も口を閉ざし。二つの視線が混ざり合う。そしてお互い、距離が近づき。
「っていうかそこまで渋るってことは、ぶっちゃけお前を製造した会社ってやばいところなのか?」
ごほん、と剛志は咳払いをして二人の世界に入ることを阻止する。
二人の世界に入るなら俺がいない時にやれ!
そんな心の中の怒鳴り声が聞こえたような気がして、二人は慌てて座りなおす。
「いえ。普通の工場です」
「っていうかぶっちゃけ、お前が自分からこいつが持ち主です、あそこで作られましたって言ってくれたら楽なんだけどな」
「それは……」
「剛志、許してやってくれ。アンドロイドのプロテクトっていうのはそれだけ強固なんだよ」
「わかってるっての、そのくらい」
それで、と十夜は続ける。
「具体的には俺はなにをすればいいんだ?」
「まずは監視だな。そこのアンドロイドが逃げ出さないように見張っていてほしいんだよ」
「おい。総一郎がそんなことをするわけが……」
「っていう名目だ。別に警察で預かってもいいんだぞ?」
「十夜。私は破壊されることを恐れて逃げ出さないとは言い切れない。だから君に見張っていてほしいんだが……だめかな?」
冗談めかした口調で総一郎はそう言った。
「だめなわけがないだろ。わかった、総一郎。あなたの監視をさせてもらうよ」
「そうこなくっちゃな。ってわけで、もう一つだ」
「まだあるのか?」
「ああ、むしろこっちが重要だ。総一郎が誰から愛されてるのか……ああ、もちろんお前以外でってことだが。人間のほうの総一郎が誰に愛されていたのかを調べるために、本人に会いに行こうと思っている。んで、アンドロイドのほうを引き会わせて反応を見てみたいんだが。そん時にお前に同行してもらいたいんだ」
「それは……」
十夜は口ごもる。卒業後総一郎には会っていないし、いまだに気まずさは感じている。
だが。
「……わかった。総一郎を監視しないといけないからな。俺も同行するよ」
今の恩師がどうしているのか気にかかる。半ば好奇心から、十夜はそう答えた。
家にたどり着き、明かりをつけるとやたらと広く、寒々しく感じる。
もともとファミリー向けのマンションのため広さはあるのだが、今までは心地よいと感じていたはずのその空間が妙に空虚に感じてしまう。
たった一日。たった一日だけだ、総一郎が家にいたのは。
ただそれだけの時間で変わってしまったように思う。一人でいることが息苦しくして仕方なくなった。
スーツから私服へと着替え、夕飯を作ろうとキッチンへと向かうと玄関のチャイムが鳴った。
インターホンに出ると、そこに立っていたのは剛志だ。
「よかった、帰ってたか」
にこにこと笑顔を浮かべ、明るい声でそう言ってくる。
「……何の用だ?」
剛志が悪いわけではないとわかっていても、今は顔も見たくない。そう思ってしまう自分に嫌悪感を覚えてしまう。
「悪いんだけど、家にあげてくれないか?」
「……わかった」
剛志を招き入れたのは、それだけ一人でいることが耐えられないからだ。インターホンで玄関のオートロックを操作し、剛志を招き入れる。
ほどなくして剛志が家の前にやってくる。玄関を開いて招き入れようとするが、笑顔を浮かべて足を止めて中に入ってこようとはしない。
十夜がいぶかしんで彼を見ているとようやく口を開く。
「よう、悪かったな。いきなり来ちまって」
「別にいいんけどよ、いったい何の用だ?」
「プレゼントがあるんだよ」
「プレゼント?」
剛志が隣にあるなにかを引っ張る。なにがあるのかと思って見ていた十夜は、それを見て絶句する。
そこに立っているのは総一郎だ。
「十夜、すまない。帰ってくることになった」
ばつが悪そうな顔を浮かべてそう言う総一郎を、十夜は思わず抱きしめていた。
筋肉の硬さも、体から伝わってくるぬくもりも。すべてが総一郎と変わらない。そこにあるのは幻などではなく、本物の総一郎そのものだ。
「なっ? いいプレゼントだろう?」
「ああ、最高だ!」
ようやく剛志の笑顔の理由が分かった。総一郎を返された十夜がどれだけ喜ぶのかを想像していたのだろう。
まさしくもつべきものはいい友達だ。
「っていっても、このままお前に返すってわけにもいかないんだけどな」
「……どういうことだ?」
「それについて話したいんだけど、家にあげてもらってもいいか?」
「ああ、わかった」
家の所有者を差し置いて剛志は勝手に中に入っていく。十夜はそんなどうでもいいことに口を挟まずに、総一郎に身を寄せながら家の中に入っていく。
「おかえり、総一郎」
「ただいま、十夜」
ちらりと総一郎の顔を見ると、視線が合った彼はにこやかな笑顔を向けてくれる。挨拶をすれば挨拶を返してくれる。ようやくそこに総一郎がいるのだと実感できてうれしくなる。
キスをねだるように顔を近づければ総一郎に頭を押さえられ、唇を重ねられる。侵入してくる総一郎の舌に身をゆだね、十夜は幸福へと墜ちていった。
「あのー、バカップルのお二人さん? 大切な話をしたいんだが、いいか?」
引き戻したのは剛志のあきれたような声だ。
「ああ、わかったわかった。わかったから、そうやきもちをやくなっての」
「誰がやきもちなんてやいてるんだよ!」
慌てて総一郎から離れ、顔を赤く染めながら。恥ずかしさをごまかすように十夜は言った。
勝手に食卓に座っている剛志の対面に腰を下ろすと、その隣に総一郎が座る。隣に座られただけで心臓の鼓動が早くなる。まるで童貞だったころに戻った気分だ。
「で、だ。総一郎は今は一時的に返すだけになる」
「一時的に? どういうことだ?」
「私の元の所有者が誰なのか見つけることができなければ、製造元がどこなのかが判明しなければ私は破壊されることになるんだ」
総一郎の言葉に息をのむ。つまりまた総一郎を失わなくてはならないのか?
それを考えるだけで眩暈がしてくる。
「逆に言えば、それさえわかれば何の問題もないってわけだ。ってことで十夜、手伝ってもらえるよな?」
「それは危険すぎないか?」
「なにも犯罪組織とどんぱちやらかすってわけじゃねえんだ。別に危険はねえよ」
「しかし……」
「いや、総一郎。俺は手伝うつもりだ」
「十夜!」
「俺は君を失いたくない。警察の捜査能力を信用していないってわけじゃないけどな、自分の知らないところで捜査が進行し、その結果総一郎を失うことになった、なんていったら悔やんでも悔やみきれない。だから手伝いたいんだ」
十夜は真剣な眼差しを総一郎に向ける。それを受け止めた総一郎も口を閉ざし。二つの視線が混ざり合う。そしてお互い、距離が近づき。
「っていうかそこまで渋るってことは、ぶっちゃけお前を製造した会社ってやばいところなのか?」
ごほん、と剛志は咳払いをして二人の世界に入ることを阻止する。
二人の世界に入るなら俺がいない時にやれ!
そんな心の中の怒鳴り声が聞こえたような気がして、二人は慌てて座りなおす。
「いえ。普通の工場です」
「っていうかぶっちゃけ、お前が自分からこいつが持ち主です、あそこで作られましたって言ってくれたら楽なんだけどな」
「それは……」
「剛志、許してやってくれ。アンドロイドのプロテクトっていうのはそれだけ強固なんだよ」
「わかってるっての、そのくらい」
それで、と十夜は続ける。
「具体的には俺はなにをすればいいんだ?」
「まずは監視だな。そこのアンドロイドが逃げ出さないように見張っていてほしいんだよ」
「おい。総一郎がそんなことをするわけが……」
「っていう名目だ。別に警察で預かってもいいんだぞ?」
「十夜。私は破壊されることを恐れて逃げ出さないとは言い切れない。だから君に見張っていてほしいんだが……だめかな?」
冗談めかした口調で総一郎はそう言った。
「だめなわけがないだろ。わかった、総一郎。あなたの監視をさせてもらうよ」
「そうこなくっちゃな。ってわけで、もう一つだ」
「まだあるのか?」
「ああ、むしろこっちが重要だ。総一郎が誰から愛されてるのか……ああ、もちろんお前以外でってことだが。人間のほうの総一郎が誰に愛されていたのかを調べるために、本人に会いに行こうと思っている。んで、アンドロイドのほうを引き会わせて反応を見てみたいんだが。そん時にお前に同行してもらいたいんだ」
「それは……」
十夜は口ごもる。卒業後総一郎には会っていないし、いまだに気まずさは感じている。
だが。
「……わかった。総一郎を監視しないといけないからな。俺も同行するよ」
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