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第15話 出頭
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「いやあ、お待たせしました」
通されたのは応接室。革張りのソファに腰を下ろし、十夜の隣で武はにこにこと笑っている。
ガラス製のローテーブルを挟んで向こうにいるのは総一郎だ。
「いえ。突然訪れてしまって申し訳ありません」
総一郎は頭を下げる。男前な顔にはきりりとした凛々しさが感じられる。
なにかを決意した目をしている。
だがいったい何を? そんなこと、聞くまでもないだろう。
「それで、あの。あなたが不法投棄されたアンドロイドだというのは本当なんですか?」
「ええ。それは間違いありません」
「では、あなたがその。こちらにいる大神と関係性があるというのは本当でしょうか?」
「それはその……。受付でアンドロイドであることを疑われて、思わず十夜に聞けばわかる、と言ってしまったというか……」
決まりが悪そうに総一郎はちらり、と十夜の顔に視線を向けてくる。
たとえるのならば叱られて落ち込んでいる大型犬。愛らしい姿ではあるのだが、自分の顔が強張っているのは十夜自身にもわかっている。
「総一郎。どうしてここに来たんだ? ここに来れば自分がどんな目に合うのかわかっているだろう?」
「えっ? いやいや。いくら今所有者がいないからってすぐに廃棄処分になるってわけじゃないよ? だって大神君、この人は君にとって大切な人……いや、アンドロイドなんだろう? 君がこの人、いや、アンドロイド……彼の持ち主になってくれればそれで解決するじゃないか」
「いえ、課長。そういうわけにはいかないんです。なにせ総一郎は違法に製造されたアンドロイドですから」
「えっ、そうなのかい!? いやでも、どうしてそんなことがわかったの? 僕の目からは彼は普通のアンドロイドにしか見えないんだけど」
武は訝しんだように眉根を寄せる。当然だ。アンドロイドを一目見ただけで違法製造された品かどうかなどわかるはずがない。特殊な機能を有してでもいない限りは。
それがわかるのだとしたら製造に関わっているか、あるいは。
「総一郎は俺の大学時代の恩師とまったく同じ姿をしているんです。違うところといえば目が一重なのか二重なのかが違うといった程度ですが、その程度であれば違法性を避けるために変えているというよりは、製造者が間違えた程度にしかとられないでしょう」
「あー……。そういうことか。よかった」
武はほっと胸をなでおろす。部下が犯罪に関わっていたらとんでもないと、そう思っていたのだろう。
しかし。
「俺は総一郎のことは報告しないつもりでいました」
「えっ、どうして!? だってそれを隠してたら、それはそれで問題になっちゃうでしょう?」
「それでもです。俺にとって武井総一郎という教師はとても大切な先生でした。その先生にそっくりなアンドロイドの総一郎を警察に渡したくなかったんです」
「元々私は違法製造品です。警察の手に渡れば破壊されデータが抜かれて、元の持ち主と製造元が特定されることになるでしょう」
「だから警察に渡したくなかったと。あの、大神君。その先生ってもしかして君の元恋人とかだったりするの?」
恐る恐る、武はそう聞いてくる。十夜が首を横に振ると、安心したように胸をなでおろす。
「恋人ではありませんが、そうなりたかった相手であることに間違いはありません」
「えっ!? それって君が男の人が好きだってこと? いや、確かにこの人とそっくりなら相当な美形な人なんだろうし、恋しちゃうっていうのもわかるけど。でも、君くらいに女の人大好きな人がまさか……」
武は目を白黒させてうわ言を呟いている。
「十夜……。私はただ、姿形が君の愛した人と似ているだけだ。たったそれだけの理由で、君のキャリアに傷をつけるわけにはいかないんだ」
「それは……」
そう言われて十夜は口ごもる。
確かに総一郎は似ているだけであり、本人だというわけではない。
「十夜。君の考えはただの一時の気の迷いだ。とはいっても、そう考えてくれたのは嬉しかった。私が死にたくないって言った願いを聞き届けてくれようとしたんだろう?」
「……」
図星だ。十夜は何も言うことができなかった。
「君のその考えに乗って黙っているのは卑怯だと思ったんだ」
「卑怯?」
「ああ。十夜、もし私が総一郎さんと違う姿をしていたら。君は私をどうしていた? 粛々と職場に連絡をして回収をしていたんじゃないかな?」
「それは……」
その通りだ。総一郎が似ていたからこそ助けたのであって、そうでなかったら助ける意味を見いだせていなかっただろう。
「勘違いしないでくれ、私はそれを責めたいわけじゃないんだ。むしろそうすることは当たり前のことだ。そのうえで私は、自分の姿を脅しの材料にして、君のやるべきことを阻害してしまっているように感じてしまったんだ」
「……だから自分から回収されに来たってことか?」
「君は私を助けてくれたからな。今度は私が助ける番だと思ったんだ。……いや、助ける、なんていうのはおこがましいな」
そんなことはない。十夜は小さくつぶやいた。
「十夜。最期に私は君に会えてよかったと思っている」
「総一郎……」
見つめあう二人に挟まれて。武は心の中でつぶやいた。
自分はいったい何を見せられているのだろう、と。
通されたのは応接室。革張りのソファに腰を下ろし、十夜の隣で武はにこにこと笑っている。
ガラス製のローテーブルを挟んで向こうにいるのは総一郎だ。
「いえ。突然訪れてしまって申し訳ありません」
総一郎は頭を下げる。男前な顔にはきりりとした凛々しさが感じられる。
なにかを決意した目をしている。
だがいったい何を? そんなこと、聞くまでもないだろう。
「それで、あの。あなたが不法投棄されたアンドロイドだというのは本当なんですか?」
「ええ。それは間違いありません」
「では、あなたがその。こちらにいる大神と関係性があるというのは本当でしょうか?」
「それはその……。受付でアンドロイドであることを疑われて、思わず十夜に聞けばわかる、と言ってしまったというか……」
決まりが悪そうに総一郎はちらり、と十夜の顔に視線を向けてくる。
たとえるのならば叱られて落ち込んでいる大型犬。愛らしい姿ではあるのだが、自分の顔が強張っているのは十夜自身にもわかっている。
「総一郎。どうしてここに来たんだ? ここに来れば自分がどんな目に合うのかわかっているだろう?」
「えっ? いやいや。いくら今所有者がいないからってすぐに廃棄処分になるってわけじゃないよ? だって大神君、この人は君にとって大切な人……いや、アンドロイドなんだろう? 君がこの人、いや、アンドロイド……彼の持ち主になってくれればそれで解決するじゃないか」
「いえ、課長。そういうわけにはいかないんです。なにせ総一郎は違法に製造されたアンドロイドですから」
「えっ、そうなのかい!? いやでも、どうしてそんなことがわかったの? 僕の目からは彼は普通のアンドロイドにしか見えないんだけど」
武は訝しんだように眉根を寄せる。当然だ。アンドロイドを一目見ただけで違法製造された品かどうかなどわかるはずがない。特殊な機能を有してでもいない限りは。
それがわかるのだとしたら製造に関わっているか、あるいは。
「総一郎は俺の大学時代の恩師とまったく同じ姿をしているんです。違うところといえば目が一重なのか二重なのかが違うといった程度ですが、その程度であれば違法性を避けるために変えているというよりは、製造者が間違えた程度にしかとられないでしょう」
「あー……。そういうことか。よかった」
武はほっと胸をなでおろす。部下が犯罪に関わっていたらとんでもないと、そう思っていたのだろう。
しかし。
「俺は総一郎のことは報告しないつもりでいました」
「えっ、どうして!? だってそれを隠してたら、それはそれで問題になっちゃうでしょう?」
「それでもです。俺にとって武井総一郎という教師はとても大切な先生でした。その先生にそっくりなアンドロイドの総一郎を警察に渡したくなかったんです」
「元々私は違法製造品です。警察の手に渡れば破壊されデータが抜かれて、元の持ち主と製造元が特定されることになるでしょう」
「だから警察に渡したくなかったと。あの、大神君。その先生ってもしかして君の元恋人とかだったりするの?」
恐る恐る、武はそう聞いてくる。十夜が首を横に振ると、安心したように胸をなでおろす。
「恋人ではありませんが、そうなりたかった相手であることに間違いはありません」
「えっ!? それって君が男の人が好きだってこと? いや、確かにこの人とそっくりなら相当な美形な人なんだろうし、恋しちゃうっていうのもわかるけど。でも、君くらいに女の人大好きな人がまさか……」
武は目を白黒させてうわ言を呟いている。
「十夜……。私はただ、姿形が君の愛した人と似ているだけだ。たったそれだけの理由で、君のキャリアに傷をつけるわけにはいかないんだ」
「それは……」
そう言われて十夜は口ごもる。
確かに総一郎は似ているだけであり、本人だというわけではない。
「十夜。君の考えはただの一時の気の迷いだ。とはいっても、そう考えてくれたのは嬉しかった。私が死にたくないって言った願いを聞き届けてくれようとしたんだろう?」
「……」
図星だ。十夜は何も言うことができなかった。
「君のその考えに乗って黙っているのは卑怯だと思ったんだ」
「卑怯?」
「ああ。十夜、もし私が総一郎さんと違う姿をしていたら。君は私をどうしていた? 粛々と職場に連絡をして回収をしていたんじゃないかな?」
「それは……」
その通りだ。総一郎が似ていたからこそ助けたのであって、そうでなかったら助ける意味を見いだせていなかっただろう。
「勘違いしないでくれ、私はそれを責めたいわけじゃないんだ。むしろそうすることは当たり前のことだ。そのうえで私は、自分の姿を脅しの材料にして、君のやるべきことを阻害してしまっているように感じてしまったんだ」
「……だから自分から回収されに来たってことか?」
「君は私を助けてくれたからな。今度は私が助ける番だと思ったんだ。……いや、助ける、なんていうのはおこがましいな」
そんなことはない。十夜は小さくつぶやいた。
「十夜。最期に私は君に会えてよかったと思っている」
「総一郎……」
見つめあう二人に挟まれて。武は心の中でつぶやいた。
自分はいったい何を見せられているのだろう、と。
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