上 下
36 / 43
アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

35,カジノの乱入者

しおりを挟む
「おい、ナナシはどこだ!」
ナナシがディーラーをやっていると、いきり立った男がカジノに入ってくる。180センチの長身を持つ、筋骨たくましい体つきの男性だ。男らしく整った顔立ちであり、普段から目つきは鋭いほうではあるが、今日は怒っているのかより一層険しくなっていた。
「どうかしましたか、お客様?」
ナナシはそんな怒り心頭な男に対しても、営業スマイルを崩さずに応対する。すると、男は額に青筋を浮かべながら詰め寄った。
「どうしたじゃないだろう!うちの若い奴がお前の所に行ってから戻ってきていないんだ!何か知っているんじゃないか!?」
「あー……。はいはい、あいつらのことか。あいつらならもうこの世にいないんじゃないかな」
「なにぃ!?」
ナナシの言葉に男はさらに激昂する。そんな男を宥めるようにナナシは両手を上げた。
「まあまあ、落ち着いてくださいよハーロック社長。だいたいそっちが悪いんじゃないですか。先に人のことを殺そうとしたのはあなたでしょう?」
「ぐっ……」
ナナシの言葉に男は――マクドウェル警備保障株式会社の社長であるロイド・ハーロックは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そ、それはだな……。あいつらがお前に喧嘩を売るようなことをしたからであって……」
「でも、私を殺してこのカジノの売り上げを落とせって指示したんですよね?」
「それはまあ、そうなんだが……」
ロイドは口籠りながらも肯定する。それを聞いたナナシはさらに言葉を続けた。
「それに、殺したのは私じゃありませんよ」
「どういうことだ?」
「彼らを殺したのは元ライノ・ガンパレーノ氏の部下のアロンという青年ですから」
「……誰だそれは?」
ロイドが首を傾げる。
(まあ、そりゃあ知らないか)
ガンパレーノファミリーはしょせんは構成員数30人にも満たなかった極小さなファミリーだ。麻薬で生計を立てていたような小さなマフィアとも呼べないような烏合の衆だ。四代ファミリーの傘下にすら入れていないようなそういった輩は、このオリエントシティには掃いて捨てるほどに存在している。
「まあ、よくいる有象無象ですよ。とにかく、彼らを殺したのはアロンであって私ではありませーん」
「だが、あいつらが死んだのは事実なんだろう?」
「ええ。それは確かにそうですね」
そしてそのアロンは闇の精霊に汚染されて自我を失い、復讐だけを理由に生きている状態だ。力をつけるためだけにロイドの部下は餌にされた、と知ったらロイドは一体どんな顔をするのだろうか?そんなことを思いながら、ナナシはニヤッと笑みを浮かべる。
「でもまあ、アロンがやったという証拠はありませんし。それにそもそも私がやったことなんて誰にも証明できませんよ?」
「……ちっ」
ロイドは小さく舌打ちをすると、ナナシの襟首を乱暴につかんだ。
「あいつらはお前のところに行って、そして帰ってこなくなった。俺にとってはそれだけで十分なんだよ!」
ロイドは拳を大きく振り上げる。それを見たナナシは、わざとらしい悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃ~!暴力反対!助けてぇ~!」
「……くそっ、馬鹿にしやがって!」
ロイドは苛立たしげに拳を振り下ろす。ナナシは顔面を殴り飛ばされ、大きく吹き飛ばされる。
「あだっ!?」
(うへぇ……。まじで殴りやがったよ、こいつ)
口の中に鉄の味が広がるのを感じながら、ナナシは内心毒づいた。だがそんなナナシに構わず、ロイドはさらに詰め寄ってくる。
「おい!あいつらが死んだ原因がわからないんだぞ!?お前は責任を取るべきじゃないのか!?」
「責任って言われてもなぁ……」
(むしろ、それを言うならそっちの責任だよな。部下を殺されたから復讐した、なんて理屈が通ると思っているのか?)
ナナシは呆れ果ててしまう。
「おいおい、こいつはなんの騒ぎだ!」
「ナナシさん!大丈夫ですか!?」
騒ぎを聞きつけたのかカロンとティファニアがやってくる。このカジノで働く全員が相応の戦闘力をもっているからそんなものは必要ないかもしれないが、カロンは名目上は用心棒という扱いなのでこういう場合には一番に駆けつけてくる。
「遅いよカロン。早く助けてほしいんだけど」
「おいおいナナシ。お前なら自分でどうとでもできるだろ?」
「いや、そりゃあそうだけどさ。そこはやっぱり助けてほしいじゃん?」
「そうかよ。まあ、気が向いたら助けてやるよ」
カロンは面倒くさそうにしながら、ロイドを睨みつける。
「それで?ロイド。てめえなにしに来やがった?」
「ふん。カジノの用心棒に成り下がるとは、お前こそ堕ちたもんだな。カロン」
「別に俺は用心棒に成り下がってなんかないさ。むしろ、用心棒としての仕事をちゃんとこなしているつもりだぜ?」
「はっ!笑わせるな!お前がそんな仕事をしたことなんて一度もないだろうが!」
ロイドは鼻で笑い飛ばす。一発即発といった雰囲気にティファニアが息をのむ。助けを求めるようにナナシの元まで駆け寄ると、ナナシはティファにあの頭を優しくなで。
「あの二人は元は同じ部隊の所属なんだ」
そうポツリ、とつぶやいた。
「同じ部隊?それってつまり……」
「ああ。あの二人は元軍人だよ。ロイドが部隊長でカロンが副隊長だったんだ。部隊が解散された後ロイドはマクドウェルの傘下に入って警備会社を立ち上げて、カロンはハウンドに入ったんだよ。だからまあ、気心も知れてるし、気性が荒い者同士だからお互い短気なんだ」
そう説明すると、ティファニアは納得したように頷いた。
「なるほど……。でも、やっぱり喧嘩はよくありませんよね?」
「まあなあ……。あの二人に言っても聞かないんだよね……」
(というか、正直関わりたくないんだよねぇ)
そんなことを考えているナナシの耳に、カロンとロイドの声が聞こえてくる。
「で、結局なんでここに来たんだ?まさか、ただ喧嘩しに来たっていうわけじゃないんだろう?」
「当たり前だ!俺はナナシの野郎に部下を殺された敵を取りに来たんだよ!」
「ほう?天下のハウンドの部隊長様の命を狙って返り討ちにあったから、その仕返しか?なるほどなあ、ロイド。お前も随分と平和ボケしたなあ」
「なんだと!」
(ああ、また始まったよ……)
ナナシは心の中でため息をつく。この2人はいつもこうなのだ。とにかく相性が悪いのだ。カロンとロイドが喧嘩をすると互いにボロボロになるまで殴り合うのが常だ。
(あーあ、このままじゃ店が壊れるまで喧嘩しそうだな)
ナナシはそう考えて、二人の間に割って入ろうとするが。
「落ち着け、二人とも」
突然ゼノが現れて、二人を止める。直前まで気配を消していたのだろう、ロイドとカロンはおろか、ナナシですら気づかなかったほどだ。
(……相変わらず、この人は恐ろしいな)
ナナシは心の中でそんなことを思う。ゼノの気配はあまりにも異質だ。まるでそこに存在しないかのような錯覚を起こさせるほどに空気に溶け込んでいるのだ。そしてそれは、気配を消す能力に長けているということでもある。
(もうゼノの気配の消し方って魔法レベルだよな。ゼノこそオカルトな存在なんじゃないの?)
ナナシはそんなことを思うが、とりあえず今は喧嘩を止めるのが先決だ。カロンとロイドもゼノが現れたことで驚いた顔を浮かべるが、すぐにゼノに食って掛かる。
「邪魔するな、ゼノ!俺はナナシの野郎をぶん殴らねえと気が済まねえんだよ!」
「おい、ジジイ!なんで俺たちを邪魔するんだ!?」
2人の言葉にゼノはため息をつく。
「別に邪魔をするつもりはないがな。ここはカジノだ。暴れてもらっては困るんだよ。……それに、こういう場合にうってつけの場所があるじゃないか」
そういってゼノはにやりと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

処理中です...