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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

30,ナナシとティファニア

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ゼノが向かった先はとある広いビルだった。中に入ると床には赤いカーペットが敷き詰められており、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。
壁際にはずらりとテーブルが置かれており、そこにはたくさんの客がいた。誰もが派手な服装をしており、高級そうなアクセサリーを身につけている。中には貴族のようにドレスを着た女性の姿もあった。
「ここが……?」
「そうだよ。ここは『ハウンドドッグ』というカジノだ」
「へー、なんかすごいところですね」
「そうだろう?さあ、こっちに来なさい。君に紹介したい人物がいるんだ」
ゼノはティファニアを連れて、スタッフルームへと向かう。そこでは一人の男性が休憩をしているところだった。
「おや、ゼノ。どうしたんだい?」
そこにいるのは銀髪碧眼の体躯のいい男性だ。顔には皺が刻まれていて、年齢を感じさせるが、青く落ち着いたその瞳には吸い込まれそうになる魅力が宿っている。
「やあ、ナナシ。ちょっと紹介したい女の子がいてね」
「ナナシ!?」
その言葉にティファニアは驚いた。闇の精霊が宿る男に襲われた、とアーシャリアから聞いていたその名前はナナシ。つまり、目の前にいる男性がその闇の精霊に襲われた人物だということになる。
「おや?どうかしたのかい?」
「い、いえ……。あの、ナナシさんってその、闇の精霊に……」
「ん?なにか言ったかい?」
「い、いや、なんでもないです……」
ティファニアは黙った。目の前の男性は闇の精霊に襲われて命を落としてもおかしくない状況にいたはずなのだが、こうして元気な姿で生きている。ということは、この人は闇の精霊を退治できるほどの実力者だということだ。
それはそれで驚きだが、それよりも気になることがあった。この人は本当に闇の精霊に襲われたのか、ということだ。確かに闇の精霊に襲われたと言っても信じられないほどに元気に見えるのだが……。
「……ところでゼノ。その子は誰だい?」
「ああ、この子はティファニア君だ。彼女は精霊界から来たらしいのだが、どうやら記憶喪失らしくてね。行く当てがないというから連れてきたんだ」
「そうなんだ。僕はゼノの友人で、ナナシっていうんだ。よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
ナナシの微笑みにティファニアの胸が高鳴る。その笑みはまるで太陽のように暖かく、ティファニアの凍りついた心を溶かしてくれるような優しさを持っていた。
「ところで、君はなんで記憶を失ったんだい?」
「えっと……実は……。闇の精霊に襲われたせいで……」
「闇の精霊?」
その言葉にナナシは首をひねる。ああ、やっぱりナナシは闇の精霊とは会っていないんだ。ティファニアはそう思った。しかし、次の瞬間。
「ほら、お前が言っていたアロンのことだ」
「ああ、あれか。そうか、あれは魔法使いじゃなかったのか」
ナナシは残念そうに肩を落とす。その様子にティファニアは困惑していた。
「あの、もしかしてナナシさんって、闇の精霊を倒したんですか……?」
「え?うーん……。倒してはないかな」
恐る恐る聞いたティファニアに、ナナシは困ったように頬を掻く。
「こいつは馬鹿だからな。闇の精霊が再生することを知らなくて、一度殺しただけで安心して取り逃がしてしまってね。だからもう一度殺すためにここに来たんだよ」
「ちょっ!?バラさないでくれる?おじさんのそんなみっともない話!」
「なにがおじさん、だ。普段は自分のことを爺と呼んでいるくせに。女の前だからってカッコつけるなよな」
「うるさいなぁ……。そういう君こそ、そんな喋り方しちゃって……。いくらオカルトな存在が目の前にいるからって、テンション上がりすぎなんじゃないかな?いやあ、この間から思ってたけど君も結構面白爺さん枠なんだねぇ」
「おい、誰が面白い爺さんだ!」
二人の会話を聞いてティファニアは呆然とする。闇の精霊を倒せる存在が二人も目の前にいることにも驚いていたが、それ以上に二人が楽しそうに談笑していることが不思議でならなかった。
「あの……。二人は知り合いだったりするのですか?」
「ああ、そうだよ。とはいっても、ここまで深く知り合ったのはカジノが始まってからだけどね」
「そういう意味では、このカジノをやったことにも意味があったんだろうな」
ナナシとゼノはしみじみと呟く。
「あの……。どういうことです?」
「ああ、ごめんね。私たちハウンドは商戦で優勝するためにこのカジノの運営を始めたんだ」
「商戦、ですか?」
「ああ。商戦って言うのはね、『マクドウェルファミリー』という組織の会長を決める闘いなんだ。このカジノ以外にも幾つもの組織が参加していて、最終的な売り上げが一番高い組織のボスが会長になるんだよ」
「へぇー……。そうなんですか。あの、組織のボスはゼノさんだって言ってましたよね?それじゃあ、ゼノさんが会長になるんですか?」
「いや、私は……」
「おいおい、ゼノはハウンドのボスじゃないぞ!」
突然声が聞こえてきて、スタッフルームの扉が開く。現れたのは金髪碧眼の美青年で、いかにも『王子様』といった雰囲気を持っている人物だ。
その人物を見たティファニアは思わず見惚れてしまう。それほどまでに整った容姿をしていたのだ。
「おはよう、ゴルディ。今日も早いね」
「当たり前だろ?俺は組織のボスだぜ?早く来て仕事しなくっちゃな」
そう言って笑うゴルディと呼ばれた男はティファニアを見て顔をしかめた。
「んで?そいつは誰だよ?」
「ティファニア君だよ。彼女がさっき話した闇の精霊に襲われた子だ」
「ふぅん……」
ティファニアのことをジロリと見つめるゴルディ。その視線を受けて、ティファニアは身を縮こませた。
「闇の精霊だかなんだか知らないけどな、俺はそんなもん信じないからな。このオカルト大好き爺さんたちとは違って、俺は現実主義者だからな!」
「おい、私は別にオカルト趣味はないぞ。ゼノみたいな爺さんと一緒にしないでくれないかなあ!?」
「ふん、五十歳も六十歳もにたようなもんだろ」
ナナシが抗議の声を上げるが、ゴルディは気にした風もなく鼻を鳴らすだけだった。そして視線をゼノに向けると、彼はため息をつく。
「まあ、いいさ。それよりゼノ、ちょっと付き合ってくれねえか?」
「私にか?なんでまた?」
「いや、それがさ。とうとうマクドウェルの爺さんが死んだみたいでな。今晩葬式があるんだよ。それに俺も出席しないといけなくなったんだ」
「ほう、そうなのか。それは大変だな」
「ああ。それでだ。俺と一緒に出席してもらいたいんだ。それに、護衛も必要だろう?」
「……仕方がない。行ってやるか」
「助かる。んじゃ、早速行こうぜ」
「ああ、わかった」
そう言ってゼノとゴルディはスタッフルームから出て行った。その様子を見て、ティファニアは慌てて追いかけようとする。
「あの、私も行きます!その、色々お世話になったのでお礼を言いたくて……」
「……ううん。ティファニア君はここで待っていてくれ」
「でも……」
「大丈夫だよ。ナナシについていてくれればいいからね」
ゼノの言葉を聞いて、ナナシは苦笑いを浮かべる。その様子はまるで娘を心配する父親のようだった。
ティファニアは不安げにナナシを見上げる。すると彼は優しく微笑むと頭を撫でてくれた。それだけでティファニアの胸はドキドキと高鳴ってしまうのだった……。
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