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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

24,VSアロン〈前編〉

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「私はもう絶対にゼノとは戦わないからね!」
控室に戻ってきたナナシは開口一番そう言った。
「まあまあ、ナナシがいかに強いのかを見せつけることができて、僕としては満足だよ」
「私は全然楽しくなかったよ!だいたいさあ、私がどれだけ怖かったと思ってるの?いきなり襲い掛かられるとか思わなかったよ!」
「まあ、それはそうだろうね。でも、あなたが逃げずに戦ってくれて助かったよ」
「そりゃ逃げるわけにはいかないでしょ?だって、逃げたら私殺されるじゃん。だから必死で戦ったんだよ?まあ、正直かなりギリギリだったけど……」
「そうかな?僕はそこまで追い詰められているようには見えなかったけど」
ハクタケはにやにやと笑いながら言う。
「それ本気で言ってる?だとしたらすごく怖いんだけど」
「もちろん本気で言っているとも」
「はぁ……本当に食えない人だよね、君はさ」
「それはお互い様だと思うけど?」
「……否定はできないかも」
はあと大きく溜息をついたナナシは、椅子に腰かける。
元々この集団は『ハウンド』という暗殺部隊だ。たとえ普段からどんな顔を人に見せていようと、その中にあるのは人を殺すための手段や人を騙すための手段に長けている者たちばかりである。
『恐ろしいこと』を平気で考え付いたり、実行できることくらいは当たり前のことなのだ。
「とりあえず私はディーラーに戻るけどさ。もう私をコロシアムで戦わせるのは禁止だからね?」
「わかっているよ。もう戦わなくてもいいようにするから安心してくれていいよ。まあ、ゼノがリベンジマッチを申し込んでくる可能性はあるかもしれないけどね」
ハクタケの言葉にナナシの背筋はさあ、と寒くなる。ゼノはあの通り、熱くなる時は熱くなる男なのだ。ハクタケの言う通り、再戦を挑んできてもおかしくはない。
「勘弁してほしいなあ」
ナナシは肩を落としながらも、再びディーラーとしての仕事へと戻るのであった。


ナナシの特技の数は数百にも上る、と言われている。戦闘技術から始め、楽器の演奏や大学で講義を開いていたこともある。それらはナナシが潜入してターゲットに接触するために身に着けた特技であり、そのどれもがナナシの強みとなっている。
ディーラーとして場を支配し、勝敗をコントロールしてプレイヤーを楽しませてお金を巻き上げる。それはナナシの特技の一つに過ぎないが、それでも完璧以上にやって見せる程度にはナナシは器用な人間だ。
そんなナナシはカジノの看板であり、商戦における売り上げを左右する重要人物でもあるのだ。
だからこそ、だろう。ナナシが襲われることになったのは。
「……お前がナナシだな?」
顔を隠した覆面姿の男が三人。そのうちの一人の問いにナナシは無言でうなずく。
「……俺たちと一緒に来てもらう」
「断ると言ったら?」
「殺すだけだ」
「そっか。じゃあ仕方がないね」
ナナシはあっさりと引き下がる。
「……ずいぶん余裕だな。この状況がわかっているのか?」
「まあ、なんとなくだけどね。だって君たち、弱いもん」
「……なんだと!?」
「だって君たちは私に傷一つつけられないんだもの。そんな雑魚に怯えるほど、私は弱くないし、臆病でもないよ」
「調子に乗るんじゃねえぞ!てめえ、殺してやる!」
激昂した男たちの一人がナイフを取り出し、ナナシに切りかかる。だが、ナナシはそれを難なく避けると、男の手を掴み、関節を極める。
「ぐっ!?」
「あのねえ。そんな勢い任せで私が殺せるとでも思っているのかい?人を殺すには、そうだね。例えばこのくらいでないといけないよね」
そう言った瞬間、ナナシから殺気があふれ出る。人を殺すことに長けている本物の殺し屋の殺気に、三人は怯み、動けなくなる。
「さて、君たちに選択肢をあげよう。ここで死ぬか、私の質問に答えるかのどちらかを選ぶといい」
ナナシは掴んでいた手を離すと、懐から銃を取り出す。
「さあ、選べ」
「ぐっ……答えればいいんだろうが!」
「それでいい。まずは君のお名前を教えてもらおうか」
「……名前は知らない」
「知らない?なぜ?」
「……依頼主から名前を明かすことは禁じられていた」
「ふーん。じゃあ、次の質問だ。君たちはどこの組織に所属しているんだい?」
「それも言えない」
「そうか……。なら最後の質問だ」
ナナシが銃を構えると、男は恐怖に慄き、震えだす。
「私とゼノ、どちらが怖い?」
その問いかけに男は何も答えられなかった。いや、正確には何も考えられなくなっていたというのが正しいだろう。それほどまでに目の前の男が持つ殺意に飲み込まれていた。
「……ふん。もういいや。興味も失せたしね」
ナナシは拳銃を懐にしまうと、男の腕を折った。
「ぎゃああ!?」
「うるさいなあ。耳元で叫ばないでくれないかな?」
「て、てめえ!何しやがる!」
「だから腕をへし折ってあげたんじゃないか。これで静かになったでしょ?」
ナナシは心底鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「て、てめぇ!ふざけるな!」
「別にふざけてなんかいないよ。ただ、私は無駄なことはしたくない主義なだけでね。しかし、私を潰すため程度に部下を死地に追いやるなんて、ロイド・ハーロック社長も人が悪いねえ」
「なっ……!?」
ナナシの言葉に男は驚愕する。
「聞こえなかったかな?マクドウェル警備保障株式会社のロイド・ハーロック社長だよ。まさか君たち、自分の会社の社長の名前も知らないなんて言わないよね?」
「……どうしてそれを……」
絞り出すような男の言葉にナナシはニヤリと笑う。
「そりゃあもちろんわかるさ。君が警備会社の社員でトキハ・ユウゾウだってことくらいね。まさか私相手に顔を隠した程度で正体がばれないとでも思ったのかい?」
「くっ……!」
「それで?君は一体どうしてこんなことをしたの?」
「それは……言えん」
「まあ、いいや。どうせ商戦の相手を潰すことが目的なんだろ」
カジノ『ハウンドドッグ』は現在売り上げ三位まで浮上している。これから先も客が増えることが予想できるし、そうなれば一位になることすら夢ではないかもしれない。そのためにはライバル企業の売り上げを減らす必要があるのだろう。そのためにこの男――トキハは動いたのだろうが、残念ながらその計画は失敗に終わった。
そもそも『ハウンド』の幹部たちは皆が一流の暗殺者である。つまりはそれだけの実力を持っているということだ。そんな彼らを相手にするには、たった三人では役者不足もいいところだ。
「さて、それじゃあそろそろ終わりにしようかな」
「……俺を殺すのか?」
「まさか、そんなことはしないよ。別に君たちを始末しなきゃいけないなんて依頼を受けているわけでもないしね。それに……」
ナナシはそう言いかけて、掴んでいた男を彼の仲間の方へと放り投げる。そして自分も後ろへと跳び退ると、今までナナシが立っていた場所に黒い球体が降り注いでくる。それは地面に突き刺さると大きく穴を開けた。
(爆弾?いや、違うな。なんなんだあれは?)
もうもうと煙を吐き続ける地面を見ながらナナシは考える。
「殺さないだなんて随分と優しいんですね。僕のことは殺したくせに」
肥の聞こえた方を見ると灰色の髪の青年が立っている。その瞳はらんらんと赤く輝いており、明らかに正気を失っていることがわかる。
「ほう、私が君を殺したと?私は君を殺した覚えなんてないんだけどね」
「よく言うよ。あなたのせいで僕は死ぬことになったっていうのに」
「どういう意味だい?まるで話が見えてこないんだけど」
「あなたが僕を殺しかけたせいで僕はこうなっているんですよ。だから責任を取ってもらいましょう」
そう言ってアロンはナナシに向かって走り出す。その動きは洗練されており、素人のそれではなかった。
「……なるほどね」
ナナシは銃を抜く。その動作に一切の無駄はなく、また躊躇もなかった。
弾丸はアロンの腹を貫き、鮮血をまき散らす。だが、その程度の攻撃で止まるはずもなく、彼はそのままナナシに飛び掛かってくる。
「……面倒だなぁ」
ナナシは溜息をつくと、銃を構えて引き金を引く。その銃弾は正確にアロンを撃ち抜いたはずだったのだが……しかし、なぜかそれは空を切った。
「……なに?」
ナナシの視線の先には、いつの間にか現れた巨大な盾によって防がれている光景があった。
「……お前、なにをした?」
「教えてあげませんよ」
「……なら、力づくでも聞き出してやるまでだ」
ナナシは再び銃を撃つ。今度はしっかりと狙いを定めて撃ったはずだ。しかし、それでも結果は同じだった。
「はあ、もういいや」
ナナシは銃を捨てる。そして懐から短刀を取り出すと、それを逆手に構えた。
「そっちがやる気なら容赦しないよ」
「やってみてくださいよ」
「言われなくてもやってやるよ!」
ナナシは一気に加速すると、アロンの首筋目掛けて刃を振るう。だが、ナナシの背筋に悪寒が走る。自分の本能に従い横へと跳んで回避すると、いつの間にかアロンの手には黒い刃が握られていた。
「……それが君の武器かい?」
「そうですよ。これが僕の武器です」
「へえ、それはすごいね」
ナナシは素直に関心していた。一瞬で間合いを詰める技術といい、ナナシの攻撃を防ぐだけの技量といい、アロンはかなりの実力者だと理解したからだ。
(これはちょっと厳しいかも)
ナナシは苦笑いを浮かべながらも油断することなく相手を見据えていた。
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