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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

23,『勇者』の決意

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「ふう。うまくいったな」
アロンと契約を交わしてユキムラは安堵の息を漏らした。
「これで僕の野望は一歩前進したというわけだ」
「その野望とやらが何か。聞いてもいいかな?」
突然背後から荘厳な声が聞こえてきた。驚いて振り返るとそこには上位世界の女神であるアーシャリアが立っていた。
「ど、どうしてここに……?」
「たまたまだよ。たまたま地球へ訪れていたら、お前を発見した。久しいな、地球よりセレンディアへ来訪した『勇者』よ」
ユキムラはかつて日本で死亡してセレンディアへと『異世界転生』を果たした青年だった。彼は女神の導きによって『聖剣』を手にし、魔王討伐の旅に出たのである。
「はい。お久しぶりです、女神様。まさか再び会えるとは思ってもいませんでしたよ……」
「そうだな。私もお前に会うのは実に千年ぶりになるだろうな。しかし、まさかお前がここまで老け込んでいようとは思わなかったぞ」
「仕方ありませんよ。地球では五十年の時が過ぎていましたから……」
「そういえばそうだったな」
アーシャリアは遠い目をしながら言った。
「お前が死んでから本当に色々なことがあった。しかし、今はそんなことはどうでもよいことだ。それよりも聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「なぜあんな小物と契約したのだ?」
「…………」
「黙っていても分かる。契約者は嘘をつくことができないのだからな。お前はあの男の野心を見抜いていたのであろう?ならば、何故あいつを選んだ?」
「それは……」
「答えろ。私には知る権利があるはずだ」
「それは……あいつが『闇の精霊』の契約者だからですよ」
セレンディアから流れ着いた闇の精霊が人に取り付き、その人間の意識を支配するという事例は過去に何度かあった。闇の精霊との契約者は人を殺すことによってその力を増大させていく。そしてユキムラのような光の精霊と契約をしているものが闇の精霊を倒すことによって、より強くなることができるのだ。
これはゲームに置き換えられる話だ。より強いものほど、より大量の経験値を持っていることになる。つまり、多くの人間を殺して魂を吸収しているアロンの方が、より強力な力を身に着けることができるというわけなのだ。
「なるほど。お前はあの小僧にナナシを殺させるつもりなのか?」
「ええ、そういうことです」
「しかしなぜナナシを殺させる必要がるのだ?お前にとってナナシとはなんだ?」
「ナナシは――俺が育てた『餌』です」
『餌だと?」
「はい。セレンディアから流れてきた闇の精霊に食わせるための餌にするために俺が育てました」
かつてユキムラは世界中を旅していた。スラム街を訪れ、そこに住みついた子供たちに教育を施す。盗みの仕方を教えたり、人を殺す方法を伝授したり、生きる術を教えていった。やがて彼らは『ブラックチルドレン』と呼ばれるようになる。
なぜそうしたのかといえば、その魂をより汚れさせるためだ。より強い力を持った魂ほど、より強大なエネルギーを持つからだ。
「セレンディアから流れてくる闇の精霊の数はそれほど多くはありませんからね。より効率よく闇の精霊を育てるためにはより優秀な餌を用意する必要があるんですよ」
「それがナナシだというのか?」
「そうです。まあ、あそこまで育つのには苦労しましたけどね」
ユキムラは笑みを浮かべた。
「ふむ。やはりお前の考えはよく分からんな。お前はいったい何を望んでいるのだ?」
「決まっています。光の精霊を育ててセレンディアへ行くための門を開かせる。そして、俺はあの世界で勇者へと――王へと返り咲くのです!」
「……わからんな。今のお前はこの街で相応の地位についているのではないか?でなければあの小僧を雇うことなどできなかったはず。それなのにわざわざリスクを背負ってまでセレンディアへ戻る意味はあるのか?」
「……それは……」
ユキムラは口ごもる。当たり前だ、この世界の彼は大した権力を持っているわけではないのだから。
『ランファラルファミリー』にとって敵対勢力の暗殺者組織『ハウンド』という存在は邪魔でしかない。そのハウンドの中でも特に力を持っているのがナナシだ。本人にその自覚は無くても、ナナシはマクドウェルファミリー以外の組織にとって邪魔な存在なのだ。
そのナナシを殺すことができる存在がいる。彼は刑務所に入っているから釈放させる必要がある。そうボスに進言して、その話を聞いてもらえる。今のユキムラの権力などその程度のものでしかないのだ。
絶対的な権力を持つ王とは違う。人々から絶賛される勇者とも違う。今のユキムラはただの底辺民(モブキャラ)でしか無いのである。
「俺は『主人公』に戻りたいんだ!そのためならなんだってするさ!」
ユキムラは叫ぶように言った。だが、女神はその言葉を鼻で笑い飛ばした。
「ふんっ、くだらない戯言をぬかすな」
アーシャリアの声は冷たかった。彼女は心底呆れ果てていた。目の前にいる男は自らの欲望のために他人を犠牲にすることを厭わない、最低のクズだった。
「貴様は所詮、自分のことしか考えていない。自分が満足できればそれでいいと思っているのだろう?」
「……そうかもしれません」
ユキムラは項垂れながら肯定する。
「私は今まで多くの人間を見てきました。そのほとんどの人間は自分勝手な理由で他者を陥れ、傷つけ、殺し、奪い、欺く。この世で最も醜悪で、愚かで、下劣で、汚らしい人間たちです。でも、だからこそ思うんです。俺もそいつらと同じだと」
「……」
「そんな俺が、今さら綺麗ごとを口にしても無意味じゃないですか?結局のところ、自分のために誰かを傷つけることに変わりはない。だったら、もういっそのこと、このまま突き進んだ方が楽なんじゃないかと……」
ユキムラは悲痛な表情で語る。
「だから、俺は決めたんです。これからは躊躇しない。欲しいものはどんな手段を使っても手にいれてみせると。そのために利用できるものは全て利用すると」
「そうか」
アーシャリアは静かに呟いた。
「ならば、好きにするといい」
「ありがとうございます」
「ただし、これだけは覚えておけ。お前がどのような道を歩もうと、いずれ必ず破滅が訪れる。その時になって後悔しようと、もう遅いのだということをな」
「肝に銘じておきます」
ユキムラは深々と頭を下げた。
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