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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

5,アラフィフ流交渉術〈後編〉

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「やれやれ。若者を殺すというのは忍びないねぇ」
ハウンドの隊長であるナナシはそう言いつつ、足元に転がっている死体を見下ろしていた。彼の手には血まみれの日本刀が握られている。その刃先には血糊が付着しており、それがつい最近まで生きていた人間のものであったことを物語っていた。
「この都市にはこの都市のルールがあるんだ。それを守らない奴はこうなる運命なんだよ」
そうつぶやきながら窓の外の煙を眺めているとあることに気が付いた。
(……あれ?あの煙なんかおかしくないか?)
嫌な予感がしたナナシは懐からスマホを取り出し、工場を襲撃している部下に電話をかける。『もしもし?』
電話に出たのは部下のコテツだった。
『隊長ですか?やりましたよ!ちゃんと工場は焼け落ちています!』
どうやら彼は上機嫌らしい。その声からナナシは褒めてもらいたそうな犬の姿を連想してしまったが、今はそんなことを考えている場合ではないと思い直して言う。
「それで、ちゃんと麻薬の回収はできたか?」
『え?ええとそれは……。ちょっとトラブルがありまして』
「どういうことだ?」
『それがですね……。襲撃したのはよかったんですけど、銃撃戦になったときに流れ弾が誤って燃料タンクに直撃してしまいまして……』
「マジ?」
『はい……すみません。燃え移った炎を止めることができずにそのまま爆発させてしまいました……』
「なにを馬鹿なことをやってるんだね、お前は」
思わず本音が出てしまった。だが、この事態を招いたのは紛れもなく彼の責任でもあるため強く責めることもできない。
「とりあえずお前は戻ってこい」
『了解です……』
通話を終えた後、ナナシは深い溜息をついた。
「はぁ……また始末書書くことになるなぁ。やだなぁ、そろそろ老眼が始まっているっていうのに」
彼は53歳。まだまだ働き盛りではあるが、書類仕事が増えてきたことで若い頃に比べて疲れやすくなってきているのを感じていた。
「まあいいか。今回はあいつらに頑張ってもらうとしよう」
ナナシは立ち上がると部屋から出ていった。
「さて、そろそろ私も行くとするか。……あの煙が街のほうに流れてみんな薬中になっちゃう、なんてことはないだろうね?」
そんなことをつぶやいていると、入り口の扉が激しくノックされた。
「おい、開けろ!警察だ!」
聞こえてきたのは若い男の声で、その言葉を聞いた途端にナナシは顔をしかめた。
「やれやれ。タイミングの悪い連中だ」
ナナシが扉を開けようと手をかける前に、外から蹴り破られた。
そして現れたのは拳銃を持った警察官だった。その数は全部で5人。いずれも防弾ベストを着用しており、腰には警棒を装備している。
「動くな!」
先頭にいた男が叫んだ。その手には自動式拳銃が握られており、銃口をこちらに向けている。残りの三人も同じように銃を構えている。
(やれやれ。これはまた面倒になりそうだな)
ナナシは心の中で嘆いた。
警察の面々が見たのは、入り口付近に転がっている人の死体と、そのそばに立つ黒スーツの男の姿であった。
(いやぁ、この事務所に入ってきたときに襲われたから思わず返り討ちにしちゃったよ。おかげでこっちは血まみれだし、せっかくの服が台無しだよ。まったく、これ高いんだぞ?)
ナナシは心の中で愚痴をこぼしていた。
一方、警官たちは目の前の光景を見て動揺を隠しきれずにいる。
「な、なんだ、この状況は……」
「まさか、ここで殺人が?」
「しかも二人とも死んでいる……」
「どうする?」
「どうするも何も、まずは生存者がいないかどうか確認しないと」
「そ、それもそうだな……」
彼らは銃を構えたまま慎重に室内へ足を踏み入れていった。その様子を見てナナシは内心ほくそ笑む。
(よし、これで時間は稼げるな。その間に私は逃げるとしますかね……)
ナナシが事務所から出ようとすると、一人の男が声をかけてくる。
「貴様、ここで何をしているんだ?」
「いや、別に大したことはしていないよ。ただ、散歩をしていただけだ」
「……そうか。なら質問を変えよう。なぜここに死体がある?」
「さあねぇ。私が来た時にはすでにあったよ。ところであんた、階級は?」
「……警部だ」
男の額には汗が浮かんでいる。どうやらこの男はこの街のルールをよく理解しているようだ。『この街に生きるすべての人間がマクドウェルファミリーに逆らってはいけない』ということを。
「ふぅん。じゃあ、私がこの死体を見つけたときはどうすればいい?」
「…………」
「教えてくれよ」
「……あんたはただ散歩をしていて死体を発見した。そういうことにしておくさ」
「そうかい。それじゃあ、お邪魔しました~」
ナナシは笑顔でそう告げると、その場から立ち去った。
その後、彼は裏路地に入り込むとその身を消した。


(部下たちの面倒を見に行く前に一回帰って、シャワーと着替えを済ませないとなぁ。あと、始末書を書かないと……)
ナナシは暗い道を歩きながら今後の予定について考えていた。
「はぁ……」
大きな溜息をつく。
「早く家に帰りたい……」
そんなことをつぶやくナナシであったが、そんな彼のもとに着信音が鳴り響く。ポケットからスマホを取り出す。画面を確認すると、そこには『ゴルディ・アンダーソン』の文字が表示されていた。
「げっ……。あいつかよ。やだなぁ、気が付かなかったことにしようかなぁ?」そう思っていると電話が切れた。ほっとしているとメールが入り、そこにはただ一文だけが書いてある。
その内容は。
『ゼノが殺すって言ってるけど、止めなくて大丈夫?』
「ははは、やっぱ無理か」
ナナシは苦笑を漏らすと、覚悟を決めて電話に出ることにした。
「はい、もしもし?」
『遅いわ、馬鹿たれ!!』
聞こえてきたのはまだ若い男の声だ。ゴルディはナナシの上司でハウンドのボスではあるのだが、組織のボスというよりもむくれている子供というイメージのほうが強い。
「悪いね、色々とあってさ。それで?なにか用かな?」
『ナナシ、今暇か?』
「いや、暇か?って言われてもね……」
『まあ、お前が日までも暇じゃなくてもどっちでもいいんだけどな!今から一時間以内にハウンドの本社ビルに来てくれよ!』
「は?なに言ってるの?今日はもう疲れてるから勘弁してほしいんだけど……」
『いいから来いっつってんだよ!!ぶっ殺されてぇのか!?幹部全員集めてるんだから、もし来なかったらどうなるかわかっているよな!?』
「はいはいわかったわかった。すぐ行くから待ってなさい。……まったく、相変わらず短気だねえ」
『うるせえ!とっとと来やがれ!』
そこで電話は切られてしまった。
「はぁ……めんどうくさい。まったく、若いっていうのは無鉄砲でいいんだけど。私のようなおじいさんを巻き込むのはどうかと思うんだよねぇ……」
ぶつくさ文句を言いながらもナナシは自宅に向かって走り出した。
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