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漢たちの闘い(海水浴編)
アルティメットリング・シブヤ
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「レディースアンドジェントルメン!『アルティメットリング・シブヤ』へようこそ!」
リングアナウンサーが叫ぶと同時に、観客たちの歓声が沸き起こる。
「ここでヤるのは男と男のプライドをかけたガチバトル!そして、いまからやるのはこのコロシアムのキングの座をかけたバトルだー!!みんな!テンション上げてけよ!!」
再び歓声。
「今回キングに挑戦するのはこいつだ!インディーズのプロレスラー、日下部敦!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
雄たけびを上げながら現れたのは、筋骨隆々の大男。
「日下部さ~んっ!!!がんばれー!!!」
「いけーっ!キングなんてぶっ殺せー!!」
男性ファンたちからの歓声が上がる。
「対するは!『アルティメットリング・シブヤ』のキング!鷹藤清!!」
「きゃーっ!!鷹藤さーん!!」
今度は女性ファンからの黄色い歓声が上がった。そこに立っているのは、まるで彫刻のような美男子。しかしその目は冷たく、見るものを威圧する。
両者相対し、にやにやとした笑みを浮かべた敦が清を見下ろす。
「おいおい、お前がキングかよ。大したことねえみたいだな、このリングもよぉ」
「黙れ」「あん?」
「プロレスラーなんて言う、台本通りにしか動けないけだもの風情が。あまり調子に乗るなよ」
「んだとコラァッ!?」
激昂する敦。
「てめえ、もう許せねえぜ。てめえみてぇなクソ野郎は、オレ様が直々にぶち殺してやるよォオオオオッ!!!」
「ふん。お前みたいなクズが俺に勝てるとでも思ってるのか」
「うるせェエエッ!死ねオラアアッ!!」
試合開始のゴングが鳴る。それと同時に、敦は猛然と走り出し、勢いそのままに拳を突き出した。しかし清はそれをかわすと回し蹴りを繰り出した。「ぐあっ……て、てめえ……やりやがったな……!!」
怯むことなく殴りかかる敦。それをひらりと避けて、清は再び蹴りを放つ。今度は3連撃。
「でたーっ!!鷹藤の蹴撃コンボだ!!さすがテコンドーの有段者だぜ!!」
「すごいすごーい!!」
「鷹藤さん素敵―っ!!」
「もっとやっちゃってくださぁい!!」
「くそ……なめんじゃねェぞおらあああッ!!!」
怒りに任せ、ラッシュをかける敦。だが、その攻撃は全て空を切る。
「くそ……ちょこまかしやがって……!!」
「どうした?こんなもんなのか?ならばこちらからいくぞっ!」
そう言って、清は一瞬にして間合いを詰めると、強烈な一撃を鳩尾に打ち込んだ。
「がはぁっ……!!」
「まだまだぁっ!!」
続けて、顔面へのハイキック。
「ぎゃふぅ……っ」
「とどめだぁああっ!!!」
さらに追い打ちをかけよう蹴りを放つが、敦に受け止められてしまう。
「とうとう捕まえたぜ、この野郎!!」
そのまま敦に投げられて、地面に叩きつけられる。
全身を強打し、思わず顔をしかめる清。
「どうだ?痛いか?苦しいか?」
「貴様に心配されるほど落ちぶれてはいない」
「そうかい。じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」
そう言うと、敦は倒れている清の腹を踏もうと足を踏み下ろしてくる。しかし清はネックスプリングの姿勢でそれをかわし、飛び起きざまに敦の顎にかかとをめり込ませる。「がは……っ……て、てめ……」
「どうした、そんなものか?」
「くそ……ふざけんなよ……!」
「なら次は俺の番だな」そう言いながら、清は構えをとる。
「なんだと?」
「かかってこいよ、格の違いを教えてやる」
「上等だ!ぶっ殺してやるよ!!」
再び敦が襲い掛かる。今度はパンチの連打。それらを全て受け流し、カウンターを決める清。
「くそ……なんなんだよ……お前……!!」
「お前は弱い」
「なにぃ……?」
「お前は俺より強いとほざいていたが、それは違うな。お前は俺の足元にも及ばない。なぜなら、お前は本当の強さを知らないからだ。真の格闘家とはどういうものか、教えてやる」
「はあ!?何わけわかんねえことぬかしてんだ!」
「来ないのであれば、こっちから行くぞ!」
「舐めてんじゃねえ!!」
再び敦の猛攻が始まる。清はそれらを全て捌き、隙を見ては反撃する。
「はあ、はあ……。ど、どうして当たらねえんだ……。はあ、はあ……。な、なぜだ……。お前は、いったいなにをしたっていうんだ……。」
「簡単なことだ。お前が遅すぎるんだよ」「なにィ!?」
「しょせんプロレスラーでしかないお前の攻撃には鋭さがない。だから簡単に見切れる。そして俺は本物の格闘家。つまり、本気を出した俺の動きについてこれるものなどいないという事だ」
「そんなバカなことがあってたまるか!だったら今ここで証明しろ!オレ様がお前よりも劣っているということを!!」
「いいだろう。見せてやろう。これが、俺の――」
清は深く息を吸い込み、そして吐いた。清は敦へと向かって走ると、彼の肩につかまり頭上に跳び上がる。「なっ……なにをするきさま……!!」
「お前は俺に負けた。そのことを思い知れ!!」
清はそのまま、空中で前転しながら両足で敦の脳天に踵落としを決めた。
「ぐが……っ……ば、馬鹿、な……っ……」
「お前は確かに強かった。だが、お前の拳からはなにも感じなかった。ただがむしゃらに殴りかかるだけ。まるで子供の喧嘩だ。そんなものがこの俺に通用するはずもない。わかったか?」
「……っ……くそ……っ」
「お前も、この世界ではそこそこ名の売れたレスラーらしいが、所詮はこの程度。この程度の男がキングの座を狙おうなどとおこがましい。身の程をわきまえろ」
高説を垂れる清に、観客たちは拍手喝采を浴びせる。
「すげえ!あの鷹藤がキングの座を守ったぞ!!」
「日下部さん、最高ー!!」
「やっぱりあなたこそ、シブヤ最強の男よ!!」
「きまったー!!この試合の勝者は、『アルティメットリング・シブヤ』王者!鷹藤清!!」
こうして、清は新たなる王として君臨することになった。
♦
「へー。あのガキが勝ったのか。やっぱ王者様ってのは違うねー」
『アルティメットリング・シブヤ』の通路に、一人の中年男性の姿がある。通路に置かれたテレビで試合の観戦をしていた男は、そう呟いて笑みを浮かべた。
「さーて、お仕事しますかねー」
彼はこのリングのファイターというわけではない。ただのつなぎを着た清掃員だ。前科を持つ彼にとってはこの程度の仕事にしかありつけないのだ。
もともとは仕事もしないで日がな一日酒を飲んで楽しく過ごしていた彼にとって、刑務所暮らしはつらいものがあった。そして外に出てきてもまともな仕事に就くことすらできず、仕方なくここの仕事をしている。
だが、彼もいつまでもこんな生活を続けるつもりはない。いつか必ず自分の力で成り上がってみせる。
その野望を胸に秘め、今日もせっせと働くのであった。
試合が終わったせいか、テレビが普通のニュースを流し始める。そこに映されているのはニュース番組だ。どこかの海岸でミスターコンテストをやったとかなんとか。
「男の裸なんて見て楽しいもんなのかねぇ」
そこに映されている師子王隼人とかいう柔道の金メダリストが大柄な男性の肩を抱いて告白をしている。
「うええ。こいつホモだったのかよ」
トップアイドルが場末のコンテストに参加している姿が映されている。
「うひゃあ。こいつもゲイか」
どうも最近はそういう奴が多いようだ。
「世の中腐ったもんですね~っと」
そう言いながら掃除用具を手に取る。とそこでふと気づいた。
「ん?あれ?あいつどっかで見たことあるような気が……」
そうそうたるメンバーを蹴散らして2位に浮上した一般人18歳の大学生『紀ノ國光輝』。マッチョな体型に男らしい顔立ち。かつての面影はそこにはないが、それでもなんとなく面影が残っている。
「おいおいおいおいおい!嘘だろ!?なんで……」
間違いない。こいつはかつて、自分のことを地獄に突き落としたくそ野郎だ!
「なんで、俺の息子がここにいるんだよおおおっ!!」
あいつがあの時逃げなかったら自分が逮捕されることもなかった。こんな惨めな人生になることもなかった。「なんでだよ……なんでお前が……」
怒りがこみ上げてくる。
「なんでお前みたいなクズが、俺より幸せそうなんだよ!!」
そう言って、持っていたモップで思い切り殴りつける。
「ぐあっ!?」
「あ、わりぃ」
それはたまたまそこを通りかかった清にぶつかった。
「気をつけろ!」
ぎろりと睨んでくる清に、思わずビビッてしまう。
「ご、ごめんなさい……」
「まったく……」
清はそのまま行ってしまった。
「はあ……。なんで俺、謝っちゃったりなんかしてんだろうな……」
自分でもよくわからない。
「でも、あんな目にあったら誰だってびびんだろうなぁ」
しかし、本当に清は強いなと思う。あの体格のいいプロレスラーを簡単に倒してしまったのだから。
「あの強さがあれば、俺はもう負けることはないだろうな」
きっと、今度こそうまくいくはずだ。
「鷹藤清、か。……ん?鷹藤清?」
その名前に聞き覚えがあった。
紀ノ國光輝。鷹藤清……。
「まさかあいつ!!」
男は走り、清のあとを追う。
「おーい、待ってくれ!」
「なんだお前は」
「紀ノ國光輝、って名前にききおぼえはあるか!?」
「…………っ!!」
清の顔色が変わる。
「忘れるわけがないだろ!俺は……俺達の家庭はあいつに壊されたんだからな!」
(やっぱりお前、あの時のガキか。なら……こいつは使えるな)
男はにやりと笑う。
「なにがおかしい?」
「いいや、なんでもねえよ。それより、お前に頼みたいことがあるんだけどよ」
「……金ならないぞ」
「ちげーよ。お前に俺の復讐を手伝ってほしいだけだ」
「断る」
「まあまあそうつれないことを言うなって。……復讐したい相手が紀ノ國光輝だって言ったらどうするんだ?お前はそいつを許せるか?」
「……っ」
「お前はそいつのせいで人生をめちゃくちゃにされて、今もこうして苦しんでいる。お前にはその苦しみを味わわせたやつに同じ思いをさせる権利がある。そうだろ?」
「……」
清は無言のまま、拳を握りしめた。
リングアナウンサーが叫ぶと同時に、観客たちの歓声が沸き起こる。
「ここでヤるのは男と男のプライドをかけたガチバトル!そして、いまからやるのはこのコロシアムのキングの座をかけたバトルだー!!みんな!テンション上げてけよ!!」
再び歓声。
「今回キングに挑戦するのはこいつだ!インディーズのプロレスラー、日下部敦!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
雄たけびを上げながら現れたのは、筋骨隆々の大男。
「日下部さ~んっ!!!がんばれー!!!」
「いけーっ!キングなんてぶっ殺せー!!」
男性ファンたちからの歓声が上がる。
「対するは!『アルティメットリング・シブヤ』のキング!鷹藤清!!」
「きゃーっ!!鷹藤さーん!!」
今度は女性ファンからの黄色い歓声が上がった。そこに立っているのは、まるで彫刻のような美男子。しかしその目は冷たく、見るものを威圧する。
両者相対し、にやにやとした笑みを浮かべた敦が清を見下ろす。
「おいおい、お前がキングかよ。大したことねえみたいだな、このリングもよぉ」
「黙れ」「あん?」
「プロレスラーなんて言う、台本通りにしか動けないけだもの風情が。あまり調子に乗るなよ」
「んだとコラァッ!?」
激昂する敦。
「てめえ、もう許せねえぜ。てめえみてぇなクソ野郎は、オレ様が直々にぶち殺してやるよォオオオオッ!!!」
「ふん。お前みたいなクズが俺に勝てるとでも思ってるのか」
「うるせェエエッ!死ねオラアアッ!!」
試合開始のゴングが鳴る。それと同時に、敦は猛然と走り出し、勢いそのままに拳を突き出した。しかし清はそれをかわすと回し蹴りを繰り出した。「ぐあっ……て、てめえ……やりやがったな……!!」
怯むことなく殴りかかる敦。それをひらりと避けて、清は再び蹴りを放つ。今度は3連撃。
「でたーっ!!鷹藤の蹴撃コンボだ!!さすがテコンドーの有段者だぜ!!」
「すごいすごーい!!」
「鷹藤さん素敵―っ!!」
「もっとやっちゃってくださぁい!!」
「くそ……なめんじゃねェぞおらあああッ!!!」
怒りに任せ、ラッシュをかける敦。だが、その攻撃は全て空を切る。
「くそ……ちょこまかしやがって……!!」
「どうした?こんなもんなのか?ならばこちらからいくぞっ!」
そう言って、清は一瞬にして間合いを詰めると、強烈な一撃を鳩尾に打ち込んだ。
「がはぁっ……!!」
「まだまだぁっ!!」
続けて、顔面へのハイキック。
「ぎゃふぅ……っ」
「とどめだぁああっ!!!」
さらに追い打ちをかけよう蹴りを放つが、敦に受け止められてしまう。
「とうとう捕まえたぜ、この野郎!!」
そのまま敦に投げられて、地面に叩きつけられる。
全身を強打し、思わず顔をしかめる清。
「どうだ?痛いか?苦しいか?」
「貴様に心配されるほど落ちぶれてはいない」
「そうかい。じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」
そう言うと、敦は倒れている清の腹を踏もうと足を踏み下ろしてくる。しかし清はネックスプリングの姿勢でそれをかわし、飛び起きざまに敦の顎にかかとをめり込ませる。「がは……っ……て、てめ……」
「どうした、そんなものか?」
「くそ……ふざけんなよ……!」
「なら次は俺の番だな」そう言いながら、清は構えをとる。
「なんだと?」
「かかってこいよ、格の違いを教えてやる」
「上等だ!ぶっ殺してやるよ!!」
再び敦が襲い掛かる。今度はパンチの連打。それらを全て受け流し、カウンターを決める清。
「くそ……なんなんだよ……お前……!!」
「お前は弱い」
「なにぃ……?」
「お前は俺より強いとほざいていたが、それは違うな。お前は俺の足元にも及ばない。なぜなら、お前は本当の強さを知らないからだ。真の格闘家とはどういうものか、教えてやる」
「はあ!?何わけわかんねえことぬかしてんだ!」
「来ないのであれば、こっちから行くぞ!」
「舐めてんじゃねえ!!」
再び敦の猛攻が始まる。清はそれらを全て捌き、隙を見ては反撃する。
「はあ、はあ……。ど、どうして当たらねえんだ……。はあ、はあ……。な、なぜだ……。お前は、いったいなにをしたっていうんだ……。」
「簡単なことだ。お前が遅すぎるんだよ」「なにィ!?」
「しょせんプロレスラーでしかないお前の攻撃には鋭さがない。だから簡単に見切れる。そして俺は本物の格闘家。つまり、本気を出した俺の動きについてこれるものなどいないという事だ」
「そんなバカなことがあってたまるか!だったら今ここで証明しろ!オレ様がお前よりも劣っているということを!!」
「いいだろう。見せてやろう。これが、俺の――」
清は深く息を吸い込み、そして吐いた。清は敦へと向かって走ると、彼の肩につかまり頭上に跳び上がる。「なっ……なにをするきさま……!!」
「お前は俺に負けた。そのことを思い知れ!!」
清はそのまま、空中で前転しながら両足で敦の脳天に踵落としを決めた。
「ぐが……っ……ば、馬鹿、な……っ……」
「お前は確かに強かった。だが、お前の拳からはなにも感じなかった。ただがむしゃらに殴りかかるだけ。まるで子供の喧嘩だ。そんなものがこの俺に通用するはずもない。わかったか?」
「……っ……くそ……っ」
「お前も、この世界ではそこそこ名の売れたレスラーらしいが、所詮はこの程度。この程度の男がキングの座を狙おうなどとおこがましい。身の程をわきまえろ」
高説を垂れる清に、観客たちは拍手喝采を浴びせる。
「すげえ!あの鷹藤がキングの座を守ったぞ!!」
「日下部さん、最高ー!!」
「やっぱりあなたこそ、シブヤ最強の男よ!!」
「きまったー!!この試合の勝者は、『アルティメットリング・シブヤ』王者!鷹藤清!!」
こうして、清は新たなる王として君臨することになった。
♦
「へー。あのガキが勝ったのか。やっぱ王者様ってのは違うねー」
『アルティメットリング・シブヤ』の通路に、一人の中年男性の姿がある。通路に置かれたテレビで試合の観戦をしていた男は、そう呟いて笑みを浮かべた。
「さーて、お仕事しますかねー」
彼はこのリングのファイターというわけではない。ただのつなぎを着た清掃員だ。前科を持つ彼にとってはこの程度の仕事にしかありつけないのだ。
もともとは仕事もしないで日がな一日酒を飲んで楽しく過ごしていた彼にとって、刑務所暮らしはつらいものがあった。そして外に出てきてもまともな仕事に就くことすらできず、仕方なくここの仕事をしている。
だが、彼もいつまでもこんな生活を続けるつもりはない。いつか必ず自分の力で成り上がってみせる。
その野望を胸に秘め、今日もせっせと働くのであった。
試合が終わったせいか、テレビが普通のニュースを流し始める。そこに映されているのはニュース番組だ。どこかの海岸でミスターコンテストをやったとかなんとか。
「男の裸なんて見て楽しいもんなのかねぇ」
そこに映されている師子王隼人とかいう柔道の金メダリストが大柄な男性の肩を抱いて告白をしている。
「うええ。こいつホモだったのかよ」
トップアイドルが場末のコンテストに参加している姿が映されている。
「うひゃあ。こいつもゲイか」
どうも最近はそういう奴が多いようだ。
「世の中腐ったもんですね~っと」
そう言いながら掃除用具を手に取る。とそこでふと気づいた。
「ん?あれ?あいつどっかで見たことあるような気が……」
そうそうたるメンバーを蹴散らして2位に浮上した一般人18歳の大学生『紀ノ國光輝』。マッチョな体型に男らしい顔立ち。かつての面影はそこにはないが、それでもなんとなく面影が残っている。
「おいおいおいおいおい!嘘だろ!?なんで……」
間違いない。こいつはかつて、自分のことを地獄に突き落としたくそ野郎だ!
「なんで、俺の息子がここにいるんだよおおおっ!!」
あいつがあの時逃げなかったら自分が逮捕されることもなかった。こんな惨めな人生になることもなかった。「なんでだよ……なんでお前が……」
怒りがこみ上げてくる。
「なんでお前みたいなクズが、俺より幸せそうなんだよ!!」
そう言って、持っていたモップで思い切り殴りつける。
「ぐあっ!?」
「あ、わりぃ」
それはたまたまそこを通りかかった清にぶつかった。
「気をつけろ!」
ぎろりと睨んでくる清に、思わずビビッてしまう。
「ご、ごめんなさい……」
「まったく……」
清はそのまま行ってしまった。
「はあ……。なんで俺、謝っちゃったりなんかしてんだろうな……」
自分でもよくわからない。
「でも、あんな目にあったら誰だってびびんだろうなぁ」
しかし、本当に清は強いなと思う。あの体格のいいプロレスラーを簡単に倒してしまったのだから。
「あの強さがあれば、俺はもう負けることはないだろうな」
きっと、今度こそうまくいくはずだ。
「鷹藤清、か。……ん?鷹藤清?」
その名前に聞き覚えがあった。
紀ノ國光輝。鷹藤清……。
「まさかあいつ!!」
男は走り、清のあとを追う。
「おーい、待ってくれ!」
「なんだお前は」
「紀ノ國光輝、って名前にききおぼえはあるか!?」
「…………っ!!」
清の顔色が変わる。
「忘れるわけがないだろ!俺は……俺達の家庭はあいつに壊されたんだからな!」
(やっぱりお前、あの時のガキか。なら……こいつは使えるな)
男はにやりと笑う。
「なにがおかしい?」
「いいや、なんでもねえよ。それより、お前に頼みたいことがあるんだけどよ」
「……金ならないぞ」
「ちげーよ。お前に俺の復讐を手伝ってほしいだけだ」
「断る」
「まあまあそうつれないことを言うなって。……復讐したい相手が紀ノ國光輝だって言ったらどうするんだ?お前はそいつを許せるか?」
「……っ」
「お前はそいつのせいで人生をめちゃくちゃにされて、今もこうして苦しんでいる。お前にはその苦しみを味わわせたやつに同じ思いをさせる権利がある。そうだろ?」
「……」
清は無言のまま、拳を握りしめた。
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