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北条幸人

敗北

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エロレスのリングの上。光輝と幸人の前には体格がいい男が二人いる。一人は鮫島丈。もうひとりは三嶋一成だ。二人はインディーズのプロレスラーであり、タッグチームのとしてはこれ以上ない組み合わせだ。
丈は二メートル近い身長で体重も百キロを超えている。一方の三嶋一成は身長こそ低いものの百八十センチはあるだろう。どちらもレスラーとしてはかなり恵まれた体格をしている。
「悪いなあ、兄ちゃん」
「金稼ぎが俺達の仕事だからな」
二人はすでに勝った気でいるようだ。
(無理もねえ、か)
幸人は苦笑した。
インディーズとはいえ、プロレスの世界では光輝より二人の方が格上である。それに今日は一対一の試合ではなくタッグマッチなのだから。
「紀ノ國さん……」
不安げに幸人が声をかけてくる。その瞳には怯えの色があった。それはそうだ。これから幸人と光輝はリングの上でこの二人戦わなければならないのだ。
「北条さん。約束してくれ」
「なにを?」
「俺がピンチになっても絶対に助けないってこと」
幸人はアイドルだ。レスラーではない。体を鍛えていると入っても、グラビアモデルの仕事をするための見場を整える程度のものだ。殴られたらただじゃすまないはずだ。
「そんなことできるわけがないよ!」
幸人は叫んだ。
「北条さん!相手がどんなやつかわかってんだろ?」
幸人も理解しているはずだ。だからこそ不安になっている。それでも幸人は首を横に振った。
「僕は……できない」
「わかれよ!アイドル風情になにができんだよ!」 
「紀ノ國さん……」
リングの上で光輝と丈がにらみ合う。身長差がありすぎてまるで大人と子供のようだ。だが、その目だけは闘志に満ちていた。
「いくぜえ、兄ちゃん」
「ああ」
二人が構えると同時にゴングが鳴る。先に仕掛けたのは丈だった。
「うおおおぉぉっ!!」
雄叫びをあげて丈が突進する。巨体からは想像もつかないスピードで距離を詰めると、その勢いのまま右拳を振り上げた。まともに食らえば一撃でKOされるかもしれない強烈なパンチだ。しかし光輝はそれを簡単にかわしてみせる。ボクシングで言うところのウィービングという動きに近い。
「まずはアゴだな!」
光輝はサマーソルトを丈の顎に叩き込んだ。さらにそのまま空中で回転し今度は回し蹴りを顔面にお見舞いする。これもクリーンヒットした。
「ぐあっ!?」
脳天まで響くような衝撃に丈の顔が歪む。そこに追い打ちをかけるように光輝はラッシュを仕掛けた。左右のコンビネーションを連続で繰り出していく。丈はそれを防ぐだけで精一杯になっていた。
(くそっ!なんだこいつ!こんなに強いなんて聞いてねえぞ!!)
丈はアマチュアレスリングを経験している。柔道黒帯ではないが、それなりに強い自信を持っていた。それなのに光輝はその実力を上回っていたのだ。
「オラァッ!」
丈の巨体が安々と一本背負いを食らう。そのまま背中からマットの上に落ちた。
「ごほぁっ!?」
肺の中の空気が全て吐き出されたかのような感覚を覚える。
「仕上げだ!」
丈の首に両腕を回し、チョークスリーパーで締め上げる。そのまま一気に力を込めていった。
「ぐっ……がっ……」
丈の目が大きく見開かれる。
一対二ならきつくても、一対一ならどうにかなる。光輝は丈の意識を奪いにかかる。
だが。
「なかなかやるねえ、兄ちゃん!」
一成の足が光輝の顔を踏みつける。
「ぐっ……!」
鼻を踏まれ、痛みに思わず顔をしかめる。その隙に丈が脱出に成功した。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくる幸人に対し、「問題ない」と返事をする。鼻血が出たのか口の中に鉄臭い味が広がる。
「くそがあぁぁっ!!」
丈に髪の毛を引かれ、膝蹴りを腹に受ける。丈と一成の二人がかりでだ。
「へっ、どうした?大口叩いといて大したことないじゃんかよ」
丈と一成の首に腕を回され抱え上げられ、リングの上で逆さまに吊られ、背中からリングに叩きつけられる。二人の体重が全身にかかり、骨が軋んだ。
「ぐあああぁぁっ!!」
悲鳴をあげる光輝を見て、観客達が沸く。
「おい、紀ノ國!さっきの威勢の良さはどこに行ったんだよ?」「このままじゃお前の負けだぜ?」
嘲笑混じりの声が飛んでくる。
(うるせえ)
心の中で毒づく。
確かにこの状況では光輝が圧倒的に不利だ。
「オラアアッ!!」
またもや丈が光輝の顔面に拳を叩き込む。
「ぐぅっ……」
「紀ノ國さん!」
幸人の悲痛な声が聞こえる。
「そらよっと!」
一成のキックを受け、光輝の体はロープ際まで吹っ飛ばされた。
「これでとどめだあぁ!!」
丈と一成。二人がかりのラリアットが光輝の胸に突き刺さる。
「やめろおおぉぉっ!」
幸人が叫ぶ。だが二人は止まらない。
連携技の実験のように、その後も何度も二人から攻撃を受けた。
「がはっ……!」
光輝の口から鮮血が流れ出る。
「紀ノ國さん!」
幸人は涙を流しながらリングの上に立つ光輝を見つめていた。
「レフェリー!二人がかりは卑怯だろ!」
「そうだ!反則だぞ!」
観客席からブーイングが飛ぶ。
レフェリーは慌てて一成を下がらせようとするが。その一成がニヤリと笑う。
(まずい……!)
一成の狙いに気がついたが、光輝の身体は動かない。
レフェリーに促され、一成は素直に下がっていった。ただし、光輝のコーナーに向かって。
「え……?」
幸人に向かって歩く一成。その顔には笑みを浮かべていた。
「うわあああああああっ!!」
恐怖に絶叫する幸人。
一成がコーナーポストに上る。そして勢いをつけて飛び降りた。
「うわあああああ!」
一成に押しつぶされてリングから落下する幸人。頭を打った幸人はかなりのダメージを負ったはずだ。
「北条さん!」
やめろ、やめてくれっ!あんな華奢なやつがリングから落ちたら―――!!
「うおおぉぉっ!」
しかし光輝の願いとは裏腹に、一成は落ちてきた勢いのまま幸人に馬乗りになった。そのまま両手で首を絞める。プロレスでいうところのネックハンギングツリーだ。
「ぐ……がっ……!」
首を絞められたまま足をバタつかせる幸人だが、一成を振り払うことができない。
「はははははっ!」
高笑いしながらさらに力を込める。
「ぐ……ぐ……!」
「いいなあ、その苦しそうな表情!最高だよ!」
「やめてくれよっ!俺になら何をしてもいいから!」
必死に懇願する光輝の言葉に、一成はニヤリと笑って答えてみせる。
「本当になんでもしてくれるのか?」
「する!だからやめてあげてくれ!」
「はははっ!」
一成は手を離した。首を押さえたまま咳き込み、四つん這いになる幸人。
「おい、大丈夫か?」
心配するふりをして幸人の背中を軽く蹴飛ばす。
「ぐあっ!?」
「俺はあの兄ちゃんと遊んでくるよ。あんたはそこで休んでな」
「ま、待って……」
幸人の制止を振り切り、一成は再び光輝のいるリングへと上がっていく。
(ちくしょう!)
なんとか立ち上がろうとするが、まだダメージが残っているらしく足に力が入らない。その間にも一成はリングの上に上がり、光輝と対峙した。
「あーあー、あんたもあんな弱い奴のことなんか気にすんなって」
丈が光輝の肩に手を置き、耳元で囁く。
「…………」
丈の挑発にも反応せず、光輝は無言で一成を睨む。
「紀ノ國さん……」
幸人は呆然としたまま立ち上がることもできず、ただ光輝のことを見つめている。
「あんなアイドルなんかより、あんたのほうがずっとハンサムだぜ?」
そう言うと一成は光輝に唇を近づけた。
「や、やめ……」
幸人の叫びも虚しく、一成の舌が光輝の口の中に侵入する。
(くそ……)
光輝の心に怒りが湧いた。こんなことをされた屈辱もあるが、それよりも許せないのは一成のことだ。
一成はキスをしながら光輝の股間を触り始める。
「……っ」
顔をしかめる光輝を見て、一成はさらに興奮した様子でパンツの中に手を入れ、直接性器を握ってきた。
「やめろっ!!」
幸人が叫んだ。
「お前ばかりずるいぞ!俺にも使わせろよ」
「ならお前からケツ使っていいぞ」
「よっしゃ!!」
丈は光輝のパンツを脱がせる。その瞬間、観客たちから歓声がわいた。
「でた!!久々の光輝君の巨根!!」
「勃起してなくてもこの大きさかよ!」
「いいぞー!やっちまえー!!」
観客達の視線が光輝のペニスに集中する。
「でけえな……」
「さすがにこれはちょっと引くかも」
丈が光輝の頬にビンタを食らわせる。
「黙れ」
「お、やっと喋ったか」「さっさとヤらせろ!」
丈は光輝を四つん這いにして尻の穴に指を入れる。
「うわっ、こいつ処女じゃねえな!」
「当たり前だろ。そんなことよりも早く入れろ」
「へいへい」
丈は自分のズボンと下着を下ろし、光輝のアナルに挿入しようとする。
「じゃあ俺は口だな」
一成が自分のペニスを光輝の顔の前に出す。
「ほら、舐めてくれよ。歯を立てたらどうなるかわかってるだろうな?」
「……」
無言で一成を見つめる。
「へえ、無視するんだ?まあいいや、力ずくでやらせてもらうから」
「ぐっ……!」
無理矢理口をこじ開けられ、そこに一成のモノが突っ込まれる。
「おお、気持ちいい~」
腰を振る一成。その度に喉の奥まで突かれ吐きそうになる。
後ろからは丈に犯され、前からは一成に攻められる。
「やべえ、もうイキそうだ!」
「俺も!」
二人同時に絶頂を迎えようとしていた。
「やめろおおおっ!」
幸人の絶叫が響く中、二人の男から大量の精液が放出され、光輝の体内を満たしていく。
「がふっ!」
胃の中のものが逆流する。
「げほっ!ごぼおっ!」
口から白濁色の液体がこぼれ落ちる。
「うわ、汚ねっ!」「何やってんだよ!」
観客から非難の声が上がる。
「大丈夫ですか!?」
幸人が駆け寄ってきた。
「う……うう……」
光輝は声にならない声で答える。
「丈、こいつの口最高だぜ!」
「ああ、今までの女なんか比べもんになんないくらいだ!」
一成と丈は互いの感想を言い合いながら笑っていた。
「くっ……」
幸人は悔しさに涙を流していた。
「なあ、もう一回やろうぜ」
「いいなそれ。次は交代だな!」
「ああ。……おい、ギブアップなんてしたらどうなるかわかってんな?」
一成は光輝にそう告げると、再びリングの上で行為を始めた。
幸人は光輝を助けようとするが、痛めつけられたせいでうまく動くことができていない。
「やめてください!お願いします!」
幸人は泣き叫ぶ。だが二人は聞く耳を持たない。
「うるせえ!お前はそこで見てろ!」
「ひぃっ!」
丈の怒声に幸人は悲鳴を上げる。
わかっている。自分がリングに上がることができないのは痛みのせいだけではない。怖いのだ。
もしあの二人が本気を出して襲い掛かってきたら、自分は抵抗すらできずに殺されるかもしれない。
「ぐっ……」
幸人が恐怖に震えている間にも、リング上では一成が光輝を犯し続けていた。
「はあっ、はあっ、そろそろ出るぞ」
「俺もだ」
絶頂が近いのか、動きが激しくなる。
「出すぞ!しっかり受け止めろよ!!」
「ぐうぅっ!」
一成が射精し、それと同時に丈も果てた。
「ふう……」
一成は満足そうな表情を浮かべて自分の性器を抜く。
「げほっ……」
咳き込み、うつ伏せに倒れる光輝。その姿を見て幸人は絶望に打ちのめされていた。
「紀ノ國さん……」
幸人の目には涙が浮かんでいた。自分のせいで光輝がこんな目に遭っているという罪悪感と、何もできない自分自身への不甲斐なさで胸が張り裂けそうだった。


「いやー、負けた負けた!」
試合に敗北し。更衣室に帰ってきた光輝は笑顔でそう言った。
どうしてあんな酷いことをされて平然としていることができるのだろうか?幸人には理解できなかった。
「お前が役立たずだからあんな酷い目に遭ったんだ!」
そう言われたほうがマシだと思えるほどだ。
「まあまあ、そんな落ち込むなって」
光輝は幸人の肩に手を置く。
「別にあいつらに勝てなきゃいけない、とかじゃないんだからさ」
「……」
「いままでは勝てたんだから。また勝てるさ!」
そうだ。次の相手には勝てるだろう。『光輝一人なら』。
今回だって、パートナーが幸人以外なら勝てていたはずだ。
「紀ノ國さんは……」
「うん?」
「紀ノ國さんは、どうしてあんなことされて笑ってられるんですか!?」
感情を抑えきれずに怒鳴ってしまう。
「……」
光輝はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「北条さんが傷つくよりはずっといいからだよ」
「……っ」
その言葉を聞いて、幸人はハッとした。
(僕は、何を勘違いしてたんだろう)
光輝は強い。それは間違いない。でもそれだけではなかった。
彼は他人を守るために戦っていたのだ。
そんなことも知らずに、自分は光輝のことを恨んでしまった。
自分が情けない。
「それに、あのリングはああいうことするためにあるわけだしな」
光輝の言葉を聞き、幸人は俯いた。
「すいません……僕、勝手に怒って……」
「気にすんなよ」
光輝は微笑み、幸人を抱きしめる。
「うっ……」
幸人は嗚咽を漏らした。
「落ち着いたか?」
「はい……ありがとうございます」
しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した幸人に、光輝は優しく語りかける。
「お前が闘ってるのって、妹さんの命がかかってるからなんだろ?一緒に助けようぜ!」
「……え?」
光輝の言葉に幸人は驚く。
……そうか。この人はそんな勘違いをしていたのか。だからこんなになってまで……
「……紀ノ國さん、申し訳ありません。僕の妹の命がかかってるわけじゃないんです」
「……どういうこと?」
「僕の妹は目の病気なんです。手術しないと失明すると言われています」
幸人は静かに話し始めた。
「それで、手術するには莫大な費用が必要らしくて……だから、そのためのお金を手に入れたかったんです。だから命がかかってるわけではないんです。……申し訳ありませんでした」
「妹さんっていくつだ?」
「14歳です」
「じゃあまだ中学生じゃないか!」
光輝は驚きの声を上げた。
「はい。ですから、どうしても早く金が必要だったんです。ですが、紀ノ國さんをこんな目に遭わせるくらいなら……もうやめます」
「なんだよそれ!」
「すいません……」
「中学生なんて言ったら人生で大切な時期だろ!妹さんにそれを諦めろっていうのか!?」
「……」
「お前は何度負けても諦めなかった。諦めないで闘って、それでも勝てなくて。だから俺を頼った。俺はそれを情けないなんて思わない。むしろ誇らしいことなんだよ、そこまでできる奴なんて滅多にいない」
「……」
「お前はすごいよ。俺なんかよりも、ずっとな」
「紀ノ國さん……」
幸人は光輝を見つめた。
「紀ノ國さんは、どうして僕なんかの味方をしてくれるんですか?」
「……俺はさ、将来プロレスラーになりたいんだ」
「プロレスラーに?」
「ああ。俺はガキの頃、性奴隷にされてたことがあるんだ。その時は本当に地獄のような日々だったよ。毎日犯されて、殴られたりもした。けど、そんな生活の中でいつも心の中にあったものがあるんだ」
「なんですか、それは?」
「死にたくない、って思いさ。怖くて、苦しくて、痛い思いをしても、どんなに惨めに見えようとも、生きてさえいればなんとかなる。そう信じてた。そして、いつか必ず自由になれる日が来ると自分に言い聞かせてたんだ」
「……」
「ある時、雄三さんに……権田原雄三さん、っていうプロレスラーが闘ってるプロレス中継がやってたんだ。雄三さんはいってたんだよ。自分の限界は自分で決めるな、ってさ。だから俺は一歩踏み出したんだ」
「どうしたんですか?」
「ベランダから飛んた」
「……え?」
「飛び降りたんだよ。あの時は死ぬほど痛かったなぁ」
光輝は苦笑いを浮かべる。
「……大丈夫だったんですか?」
「全身骨折して、内臓破裂して、頭も打ったりして、1ヶ月近く生死の境をさまよってたかな。でも、目が覚めた時に思ったんだ。生きてる、ってな。それからリハビリとかして、やっとここまで回復したのさ。すごかったんだぞ、そこの先生。リハビリに柔道習わされてさ。おかげでかなり強くなったよ。
でも、今はこうしてここにいる。だからわかるんだ。生きている限り、絶対にあきらめちゃダメだってな。
だから、お前が諦めることは許さない。俺はお前に。……いや、お前だけじゃない。世界中の人を幸せにするために闘う男、それが紀ノ國光輝なんだからな!」
「紀ノ國さん……」
幸人は感動していた。この人は自分とは違う。本物のヒーローなのだ。
「僕は、紀ノ國さんのパートナーとして相応しい人間でしょうか?」
「もちろんさ」
光輝は笑顔で答えた。
「だからさ、最強のプロレスラー候補の俺を信じてくれよな。俺が勝てる、ってさ。……幸人さん!」
「幸人さん……?」
「あはは。やっぱだめかな?アイドルを名前でよんじゃ」
光輝は照れたように頭を掻く。
「いえ……嬉しいです」
幸人は涙を流していた。
「よろしくお願いします。光輝さん」
「おう!」
二人は固く握手を交わした。
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