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権田原雄三
雄三との死闘
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チャリティプロレス。そのメインイベント。]
本来ならば権田原雄三VSスノードラゴンが行われるはずなのだが、スノードラゴンはトラックにはねられて怪我を負い、闘えなくなってしまった。だから今はリングには雄三とレフェリーだけが上がっている。
「みんな、元気か!?」
雄三の呼びかけに観客から大きな歓声が上がる。だがその声はいつもよりも小さく聞こえる。
「スノードラゴンが怪我をしてしまった。そのことを知って悲しんでいるファンたちも大勢いるだろう。だがな、先ほどスノードラゴンは目を覚ました、怪我も大したことは無いから来シーズンからは復帰できる。そう知らせが来ている!
また会場に大きな歓声が上がった。しかしそれは今までのような爆発的なものではなく、どこか安心したような歓声だった。
「あいつはタフなプロレスラーだからな、この程度のことではどうにもならねえよ、心配するな!そもそも俺たちプロレスラーってのは、タフなようにできてるんだ。どんな攻撃を食らっても倒れない、どんな痛めつけられてもあきらめないで戦い抜く。そんな気合と根性で出来上がってるんだよ!だから俺たちプロレスラーの姿を見て、感動を覚えて帰ってくれよな!いつかくじけそうなときがきたとしても、俺たちみたいな馬鹿根性の奴らもいたな、って思い出して踏み出す勇気が与えられたらうれしいって思ってんだからよ!」
再び大きな歓声が上がる。今度はさっきまでの不安げなものとは違う、力強い歓声だ。
「……俺には、いまだに心に残って消えない少年がいる。そいつは何年も親に虐げられてきた。人には言えないような目にも合ってきた。それこそこの世の地獄を見てきたような奴だ。でもそいつはその地獄の中から抜け出すことができた。なぜかわかるか?でっけえくそ度胸で自分を変えられたらからだ!……情けねえけどな、俺はその子から力をもらったんだ。そんな地獄で生きていたのにもかかわらず、ただ俺の存在だけを心の支えにして、絶望せずに生き抜いていたんだぜ?ほんと、強い子だよ。だけどな、そいつはもう大人になった。自分の足で歩けるようになったんだ。これからは自分で切り開いていくだろう。その強さを持った子に、どうかお前らも負けないようにしてくれ!」
歓声が響く。
「だから俺は闘うんだ。そういう子を一人でもなくすためにな。……んで、その子がどうなったと思う?」
観客がざわつき始める。雄三の言う子は誰のことなのか、皆目見当もつかないのだ。
「こうなっちまったんだよ!出てきてくれっ!紀ノ國光輝っ!!」
雄三に言われて、光輝はテントから出てきた。
その姿を見た観客たちは驚きの声を上げる。そこにいるのは上半身裸、下にはスパッツをはいた男。その上半身は鍛え抜かれた筋肉で覆われており、まさに鋼といった感じだ。あまりにも――あまりにも力強い。
「紀ノ国光輝だーっ!!何があったんだ!?」
観客たちが叫ぶ。それに答えたのはリングの上に立つ光輝自身だった。
「皆さんこんにちわ。紀ノ國光輝です。俺は昔……父親に、ここではいえないような目にあわされていました。まあ、大人の皆さんならなんとなく想像はつくでしょう?そういうことをさせられていたんです。毎日のように暴力を振るわれ、食事もほとんど与えられませんでした。時には体罰なんてものじゃ済まないほどの暴行を受けることもありました。……毎日が地獄でした。死にたい、と思ったことなんて数えきれません。でも!俺は権田原さんに勇気をもらってその生活から抜け出すことができたんです!だから今日、その恩返しの意味も込めて権田原さんと闘います!まだ俺は大学1年生です。権田原さんに勝てるとは思っていませんけど……それでも。今の俺を全力で見せていきたいと思います!!」
光輝の言葉を聞いて観客はどよめく。それは恐怖ではなく尊敬の念からくるものだった。
「よく言った!それでこそプロレスラーだ!お前の本気を見せてみろ!!」
雄三がそう言い放つと同時にゴングが鳴る。
それと同時に光輝は走り出した。
雄三に向かって一直線で走る。
それに対して雄三は腕を組んで仁王立ちしているだけだった。
そしてそのまま光輝の拳が雄三の腹筋へ突き刺さった。
「ぐふぅっ!」
雄三の口から空気とともに声が出る。
だがそれだけでは終わらなかった。
続けて2発3発とパンチを打ち込んでいく。
一発ごとに雄三の体がぐらりと揺れる。
「おおっと、これはすごい!紀ノ國選手、怒涛の攻撃だぁ!」
実況アナウンサーが興奮した様子でマイク越しに話す。だがその声は会場にいる全員には聞こえていなかった。
なぜならば、目の前で繰り広げられる光景が信じられなくて、誰もが言葉を失っていたからだった。
「おらあっ!」
光輝の右ストレートが雄三の頬へと吸い込まれるように直撃する。
雄三の巨体はリングの端まで吹っ飛ばされ、ロープに引っかかって止まった。
「すげえ……すげえぞ紀ノ國!!」
観客の誰かが叫んだ。するとそれが合図であったかのように大歓声が上がった。
「いいぞ紀ノ國!!」
「がんばれぇ!」
「いけるんじゃねえのか!?」
「ぶっ飛ばしちまえ!」
「やっちまえ紀ノ國!」
その歓声を聞きながら光輝は雄三の方を見る。
そこには立ち上がった雄三の姿があった。
「さすがですね……でも、まだまだこれからですよ?」
光輝はニヤリと笑った。
それを見て、雄三も不敵に笑い返した。
「ああ、そうだな。ここからが本番だぜ。」
二人の間に火花が散っているような錯覚を覚える。それほどまでに二人の闘志は燃え盛っていた。
にやり、と笑って雄三が手を伸ばしてくる。光輝もその手をとり、反対の手も組み合う。純粋な力比べだ。「うぉりゃあ!!」
雄叫びを上げ、二人は力を込める。
しかし体格の差か、あるいは年齢差か、光輝の方が徐々に押されていく。
「くっそ……!」
光輝の顔に焦りの表情が現れる。
それを見逃さなかった雄三は組んでいた手を離し、光輝の足を払った。
バランスを崩された光輝はそのまま仰向けに倒れる。
「ははは!まずは君の根性をためさせてもらうとしようか」
雄三は光輝の足を取り、逆エビ固めの体勢に入る。
「ぐうっ……!」
あまりの痛さに光輝の口から悲鳴が上がる。
「どうだい?ギブアップかい?ん?」
「誰が……こんなもん……!」
歯を食いしばり必死に耐える。
「ほう、なかなか頑張るじゃないか。……じゃあこれはどうかな?!」
さらに強く締め上げる。
「ぎっ……!」
「ほら、苦しいだろう?早く降参して楽になるんだな!」
「い、嫌だ……!」
「……仕方ないな。ちょっと荒っぽいが、我慢してくれよ?」
さらに雄三は締め上げる角度を鋭くしていく。
「がああっ!!」
今まで以上に強烈な痛みが光輝を襲う。
「ぐっ、がっ……」
光輝は目を閉じ、苦痛に耐えていた。
「ふん、まだ耐えるか。ならこれだ!!」
雄三はさらに締め上げを強くする。
「ぐあああああっ!くそっ、だけとなっ!!プロレスラーってのはこの程度で負けられねえんだよっ!!」
気の遠くなるような痛みに耐えながら、光輝はロックアップしてロープを目指す。
「くそがあっ!!」
ようやくロープを掴むことに成功した光輝。レフェリーによって雄三は引きはがされる。
「ぐっ……」
光輝は立ち上がるもののかなり消耗している。
「がんばるねえ!いいねえ、そういう根性は」
「おほめにあずかりありがとうよ」
光輝は息を整えつつ答える。
「じゃあそろそろ決めさせてもらおうかな。」
「ぐっ!」
雄三は光輝の首に腕を回し、体を天高く抱え上げる。そして勢いよくリングに叩きつけた!
「プレーンバスター!!」「がはぁ!!」
背中を打ち付けられ、肺の中の空気が全て吐き出される。
「これで終わりだ!!」
雄三は光輝を無理やり立たせると背後に回り背中に両腕を回して抱え上げる。
「バックドロップだ!!」
そのまま後頭部からリングに落とす。
「がはぁっ!!」
先ほど以上の衝撃に意識を失いそうになる。だがここで気絶したら一生後悔することになると思いなんとか踏み止まる。
「1、2……」
レフェリーのカウントを聞きながら、何とか肩をあげる。
「まだ倒れないか。なら、もう1度だ!!」
引き起こされた光輝は、再びバックドロップで投げられた。
「ぐっ……くそおっ!!」
意識を失いそうになった光輝の口から血が流れる。自分で唇を噛み、気絶するのを防いだのだ。
雄三が腕を離すと、光輝の体がどさりと倒れる。
「……さて、いい加減ギブアップした方がいいんじゃないかい?君だってこれ以上痛い目にあいたくはないはずだ。」
雄三は光輝に手を差し伸べる。
「……ギブアップなんかしない。俺はまだ戦える。」
光輝は差し出された手を取りそうになり、ためらいを見せてから引っ込める。
「強情だな。なあ、紀ノ國君。君はまだ学生だ。プロじゃない。俺は手加減なんてしていないんだぜ?このままだと本当に死んでしまうかもしれない。それでも君は続けるというのか?」
「……正直、あんたに勝てるだなんて思ってねえよ」「それならなぜここまでするんだ?」
「俺はあんたに救われた……。あんたにあこがれてプロレスラーの道を選んだ!!だからあんたの前で簡単にあきらめるような……。そんな情けねえ姿だけは見せたくないんだよ!!」
光輝の叫びに会場中が静まり返る。
「……そうか。それが君の覚悟なんだね。」
雄三はふっと笑うと、光輝の目の前まで歩み寄る。
「……わかった。ならば、俺の全力を見せてやろう!!」
雄三は光輝の胸ぐらを掴み、思い切り持ち上げる。
「くっ……!」
光輝は足をばたつかせるが、雄三の腕を振り払うことはできない。
「いくぞ!!」
雄三は光輝を頭上に振りかぶる。
「パワーボムっ!!」
雄三は光輝を思いきりリングへと叩きつける!
「ぐああああああ!!!!」
光輝の悲鳴が会場中に響き渡る。
「ぐっ、うぅ……」
立ち上がろうとする光輝だったが、足が言うことを聞いてくれない。
(くそっ、こんなところで……)
光輝の脳裏に敗北の文字が浮かび上がる。
「おい、どうした?ギブアップしちまえよ。」
そんな光輝をあざ笑いながら雄三は声をかける。
「……ギブアップなんざ、しねえよ……!」
「ほう、まだ戦う気か。だが、今のままじゃ無理だろ?」
「……確かにそうだな。けど、だからって諦めるのは嫌なんだ。」
光輝の瞳に闘志が宿っている。それを見てしまった雄三は、光輝の根性を甘く見ていたことに気がついた。
「……そうか。でもな、俺は君をこれ以上傷つけたくない。だからこれでおわらせてやるよ」
雄三は光輝の状態を引き起こし、首をがっちりと抱え込む。
「ぐううううう……」
首関節が極まる痛みに、光輝はくぐもった悲鳴を挙げる。
「フロントネックロック。俺の十八番だ」
「ぐ、ぐああっ!!」
ギリギリと雄三は締め上げる。光輝の顔が真っ赤に染まる。
「さあ、これで終わりだ!」
さらに強く締め上げる。
「ぐああっ!!」
「さあ!降参するんだ!!」
雄三は叫ぶ。しかし、光輝は必死に耐えていた。
「ぐっ、くそおぉっ!!」
「まさか、耐えているのか!?」
信じられないといった様子で雄三は驚く。
「ぐっ、があっ!!」
「くそっ!しぶとい奴め!!」
さらに締め上げる力を強める。
「ぐああっ!!」
「さあ!早く負けを認めてくれ!!」
「誰が……認めるもんか……!ぐああっ!!」
「このっ!往生際が悪いんだよっ!!」
「ぐっ、がっ、あああっ!!」
「まだだ!まだ負けられないんだよ!!お前にはっ!!」
雄三は光輝の言葉にハッとする。
(こいつは……俺と同じなのか?)
雄三はかつて自分がプロレスラーを目指した時の事を思い出す。
「ぐっ、があぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「どうしてそこまでして……!」
「俺は……!あんたに救われたんだ!!あの日、俺は……!絶望していた俺を……!救ってくれたんだ……!!」
「……!!」
雄三は目を見開く。
「だから……俺は……っ!!」
光輝の目から涙がこぼれ落ちる。
「……そうだったのか。君は、俺に憧れて……そして俺に追いつきたいと思っていたのか……」
「ああ、そうだ……!」
「……すまない。俺は君を傷つけてしまっていたようだ。」
「いいんだ。あんたの気持ちも考えずに勝手に突っ走った俺にも責任はある。」
雄三は腕の力を弱める。
「もう十分だよ。君の本音を聞くことができた。」
「……そうか。ありがとう」
光輝は笑みを浮かべて礼を言うと、そのまま意識を失った。
「勝者、権田原雄三!!」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「いい試合を見せてもらった。いい夢を見られました。本当にありがとうございました。」
光輝は目を覚ますと、雄三に向かって深々と頭を下げて言った。
「こちらこそ楽しかったよ。いい試合をありがとな。」
雄三は笑顔で返した。
本来ならば権田原雄三VSスノードラゴンが行われるはずなのだが、スノードラゴンはトラックにはねられて怪我を負い、闘えなくなってしまった。だから今はリングには雄三とレフェリーだけが上がっている。
「みんな、元気か!?」
雄三の呼びかけに観客から大きな歓声が上がる。だがその声はいつもよりも小さく聞こえる。
「スノードラゴンが怪我をしてしまった。そのことを知って悲しんでいるファンたちも大勢いるだろう。だがな、先ほどスノードラゴンは目を覚ました、怪我も大したことは無いから来シーズンからは復帰できる。そう知らせが来ている!
また会場に大きな歓声が上がった。しかしそれは今までのような爆発的なものではなく、どこか安心したような歓声だった。
「あいつはタフなプロレスラーだからな、この程度のことではどうにもならねえよ、心配するな!そもそも俺たちプロレスラーってのは、タフなようにできてるんだ。どんな攻撃を食らっても倒れない、どんな痛めつけられてもあきらめないで戦い抜く。そんな気合と根性で出来上がってるんだよ!だから俺たちプロレスラーの姿を見て、感動を覚えて帰ってくれよな!いつかくじけそうなときがきたとしても、俺たちみたいな馬鹿根性の奴らもいたな、って思い出して踏み出す勇気が与えられたらうれしいって思ってんだからよ!」
再び大きな歓声が上がる。今度はさっきまでの不安げなものとは違う、力強い歓声だ。
「……俺には、いまだに心に残って消えない少年がいる。そいつは何年も親に虐げられてきた。人には言えないような目にも合ってきた。それこそこの世の地獄を見てきたような奴だ。でもそいつはその地獄の中から抜け出すことができた。なぜかわかるか?でっけえくそ度胸で自分を変えられたらからだ!……情けねえけどな、俺はその子から力をもらったんだ。そんな地獄で生きていたのにもかかわらず、ただ俺の存在だけを心の支えにして、絶望せずに生き抜いていたんだぜ?ほんと、強い子だよ。だけどな、そいつはもう大人になった。自分の足で歩けるようになったんだ。これからは自分で切り開いていくだろう。その強さを持った子に、どうかお前らも負けないようにしてくれ!」
歓声が響く。
「だから俺は闘うんだ。そういう子を一人でもなくすためにな。……んで、その子がどうなったと思う?」
観客がざわつき始める。雄三の言う子は誰のことなのか、皆目見当もつかないのだ。
「こうなっちまったんだよ!出てきてくれっ!紀ノ國光輝っ!!」
雄三に言われて、光輝はテントから出てきた。
その姿を見た観客たちは驚きの声を上げる。そこにいるのは上半身裸、下にはスパッツをはいた男。その上半身は鍛え抜かれた筋肉で覆われており、まさに鋼といった感じだ。あまりにも――あまりにも力強い。
「紀ノ国光輝だーっ!!何があったんだ!?」
観客たちが叫ぶ。それに答えたのはリングの上に立つ光輝自身だった。
「皆さんこんにちわ。紀ノ國光輝です。俺は昔……父親に、ここではいえないような目にあわされていました。まあ、大人の皆さんならなんとなく想像はつくでしょう?そういうことをさせられていたんです。毎日のように暴力を振るわれ、食事もほとんど与えられませんでした。時には体罰なんてものじゃ済まないほどの暴行を受けることもありました。……毎日が地獄でした。死にたい、と思ったことなんて数えきれません。でも!俺は権田原さんに勇気をもらってその生活から抜け出すことができたんです!だから今日、その恩返しの意味も込めて権田原さんと闘います!まだ俺は大学1年生です。権田原さんに勝てるとは思っていませんけど……それでも。今の俺を全力で見せていきたいと思います!!」
光輝の言葉を聞いて観客はどよめく。それは恐怖ではなく尊敬の念からくるものだった。
「よく言った!それでこそプロレスラーだ!お前の本気を見せてみろ!!」
雄三がそう言い放つと同時にゴングが鳴る。
それと同時に光輝は走り出した。
雄三に向かって一直線で走る。
それに対して雄三は腕を組んで仁王立ちしているだけだった。
そしてそのまま光輝の拳が雄三の腹筋へ突き刺さった。
「ぐふぅっ!」
雄三の口から空気とともに声が出る。
だがそれだけでは終わらなかった。
続けて2発3発とパンチを打ち込んでいく。
一発ごとに雄三の体がぐらりと揺れる。
「おおっと、これはすごい!紀ノ國選手、怒涛の攻撃だぁ!」
実況アナウンサーが興奮した様子でマイク越しに話す。だがその声は会場にいる全員には聞こえていなかった。
なぜならば、目の前で繰り広げられる光景が信じられなくて、誰もが言葉を失っていたからだった。
「おらあっ!」
光輝の右ストレートが雄三の頬へと吸い込まれるように直撃する。
雄三の巨体はリングの端まで吹っ飛ばされ、ロープに引っかかって止まった。
「すげえ……すげえぞ紀ノ國!!」
観客の誰かが叫んだ。するとそれが合図であったかのように大歓声が上がった。
「いいぞ紀ノ國!!」
「がんばれぇ!」
「いけるんじゃねえのか!?」
「ぶっ飛ばしちまえ!」
「やっちまえ紀ノ國!」
その歓声を聞きながら光輝は雄三の方を見る。
そこには立ち上がった雄三の姿があった。
「さすがですね……でも、まだまだこれからですよ?」
光輝はニヤリと笑った。
それを見て、雄三も不敵に笑い返した。
「ああ、そうだな。ここからが本番だぜ。」
二人の間に火花が散っているような錯覚を覚える。それほどまでに二人の闘志は燃え盛っていた。
にやり、と笑って雄三が手を伸ばしてくる。光輝もその手をとり、反対の手も組み合う。純粋な力比べだ。「うぉりゃあ!!」
雄叫びを上げ、二人は力を込める。
しかし体格の差か、あるいは年齢差か、光輝の方が徐々に押されていく。
「くっそ……!」
光輝の顔に焦りの表情が現れる。
それを見逃さなかった雄三は組んでいた手を離し、光輝の足を払った。
バランスを崩された光輝はそのまま仰向けに倒れる。
「ははは!まずは君の根性をためさせてもらうとしようか」
雄三は光輝の足を取り、逆エビ固めの体勢に入る。
「ぐうっ……!」
あまりの痛さに光輝の口から悲鳴が上がる。
「どうだい?ギブアップかい?ん?」
「誰が……こんなもん……!」
歯を食いしばり必死に耐える。
「ほう、なかなか頑張るじゃないか。……じゃあこれはどうかな?!」
さらに強く締め上げる。
「ぎっ……!」
「ほら、苦しいだろう?早く降参して楽になるんだな!」
「い、嫌だ……!」
「……仕方ないな。ちょっと荒っぽいが、我慢してくれよ?」
さらに雄三は締め上げる角度を鋭くしていく。
「がああっ!!」
今まで以上に強烈な痛みが光輝を襲う。
「ぐっ、がっ……」
光輝は目を閉じ、苦痛に耐えていた。
「ふん、まだ耐えるか。ならこれだ!!」
雄三はさらに締め上げを強くする。
「ぐあああああっ!くそっ、だけとなっ!!プロレスラーってのはこの程度で負けられねえんだよっ!!」
気の遠くなるような痛みに耐えながら、光輝はロックアップしてロープを目指す。
「くそがあっ!!」
ようやくロープを掴むことに成功した光輝。レフェリーによって雄三は引きはがされる。
「ぐっ……」
光輝は立ち上がるもののかなり消耗している。
「がんばるねえ!いいねえ、そういう根性は」
「おほめにあずかりありがとうよ」
光輝は息を整えつつ答える。
「じゃあそろそろ決めさせてもらおうかな。」
「ぐっ!」
雄三は光輝の首に腕を回し、体を天高く抱え上げる。そして勢いよくリングに叩きつけた!
「プレーンバスター!!」「がはぁ!!」
背中を打ち付けられ、肺の中の空気が全て吐き出される。
「これで終わりだ!!」
雄三は光輝を無理やり立たせると背後に回り背中に両腕を回して抱え上げる。
「バックドロップだ!!」
そのまま後頭部からリングに落とす。
「がはぁっ!!」
先ほど以上の衝撃に意識を失いそうになる。だがここで気絶したら一生後悔することになると思いなんとか踏み止まる。
「1、2……」
レフェリーのカウントを聞きながら、何とか肩をあげる。
「まだ倒れないか。なら、もう1度だ!!」
引き起こされた光輝は、再びバックドロップで投げられた。
「ぐっ……くそおっ!!」
意識を失いそうになった光輝の口から血が流れる。自分で唇を噛み、気絶するのを防いだのだ。
雄三が腕を離すと、光輝の体がどさりと倒れる。
「……さて、いい加減ギブアップした方がいいんじゃないかい?君だってこれ以上痛い目にあいたくはないはずだ。」
雄三は光輝に手を差し伸べる。
「……ギブアップなんかしない。俺はまだ戦える。」
光輝は差し出された手を取りそうになり、ためらいを見せてから引っ込める。
「強情だな。なあ、紀ノ國君。君はまだ学生だ。プロじゃない。俺は手加減なんてしていないんだぜ?このままだと本当に死んでしまうかもしれない。それでも君は続けるというのか?」
「……正直、あんたに勝てるだなんて思ってねえよ」「それならなぜここまでするんだ?」
「俺はあんたに救われた……。あんたにあこがれてプロレスラーの道を選んだ!!だからあんたの前で簡単にあきらめるような……。そんな情けねえ姿だけは見せたくないんだよ!!」
光輝の叫びに会場中が静まり返る。
「……そうか。それが君の覚悟なんだね。」
雄三はふっと笑うと、光輝の目の前まで歩み寄る。
「……わかった。ならば、俺の全力を見せてやろう!!」
雄三は光輝の胸ぐらを掴み、思い切り持ち上げる。
「くっ……!」
光輝は足をばたつかせるが、雄三の腕を振り払うことはできない。
「いくぞ!!」
雄三は光輝を頭上に振りかぶる。
「パワーボムっ!!」
雄三は光輝を思いきりリングへと叩きつける!
「ぐああああああ!!!!」
光輝の悲鳴が会場中に響き渡る。
「ぐっ、うぅ……」
立ち上がろうとする光輝だったが、足が言うことを聞いてくれない。
(くそっ、こんなところで……)
光輝の脳裏に敗北の文字が浮かび上がる。
「おい、どうした?ギブアップしちまえよ。」
そんな光輝をあざ笑いながら雄三は声をかける。
「……ギブアップなんざ、しねえよ……!」
「ほう、まだ戦う気か。だが、今のままじゃ無理だろ?」
「……確かにそうだな。けど、だからって諦めるのは嫌なんだ。」
光輝の瞳に闘志が宿っている。それを見てしまった雄三は、光輝の根性を甘く見ていたことに気がついた。
「……そうか。でもな、俺は君をこれ以上傷つけたくない。だからこれでおわらせてやるよ」
雄三は光輝の状態を引き起こし、首をがっちりと抱え込む。
「ぐううううう……」
首関節が極まる痛みに、光輝はくぐもった悲鳴を挙げる。
「フロントネックロック。俺の十八番だ」
「ぐ、ぐああっ!!」
ギリギリと雄三は締め上げる。光輝の顔が真っ赤に染まる。
「さあ、これで終わりだ!」
さらに強く締め上げる。
「ぐああっ!!」
「さあ!降参するんだ!!」
雄三は叫ぶ。しかし、光輝は必死に耐えていた。
「ぐっ、くそおぉっ!!」
「まさか、耐えているのか!?」
信じられないといった様子で雄三は驚く。
「ぐっ、があっ!!」
「くそっ!しぶとい奴め!!」
さらに締め上げる力を強める。
「ぐああっ!!」
「さあ!早く負けを認めてくれ!!」
「誰が……認めるもんか……!ぐああっ!!」
「このっ!往生際が悪いんだよっ!!」
「ぐっ、がっ、あああっ!!」
「まだだ!まだ負けられないんだよ!!お前にはっ!!」
雄三は光輝の言葉にハッとする。
(こいつは……俺と同じなのか?)
雄三はかつて自分がプロレスラーを目指した時の事を思い出す。
「ぐっ、があぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「どうしてそこまでして……!」
「俺は……!あんたに救われたんだ!!あの日、俺は……!絶望していた俺を……!救ってくれたんだ……!!」
「……!!」
雄三は目を見開く。
「だから……俺は……っ!!」
光輝の目から涙がこぼれ落ちる。
「……そうだったのか。君は、俺に憧れて……そして俺に追いつきたいと思っていたのか……」
「ああ、そうだ……!」
「……すまない。俺は君を傷つけてしまっていたようだ。」
「いいんだ。あんたの気持ちも考えずに勝手に突っ走った俺にも責任はある。」
雄三は腕の力を弱める。
「もう十分だよ。君の本音を聞くことができた。」
「……そうか。ありがとう」
光輝は笑みを浮かべて礼を言うと、そのまま意識を失った。
「勝者、権田原雄三!!」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「いい試合を見せてもらった。いい夢を見られました。本当にありがとうございました。」
光輝は目を覚ますと、雄三に向かって深々と頭を下げて言った。
「こちらこそ楽しかったよ。いい試合をありがとな。」
雄三は笑顔で返した。
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