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権田原雄三

それぞれの思惑

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「また勝ったってよ!ゴン様!」
体育科の教務室。長テーブルの上で休憩がてらスポーツ新聞を読みながら大吾が叫ぶ。
「ゴン様?」
その名前に首をかしげるのは翔太だ。
「なんだ、知らねえのか?権田原雄三。超日本プロレスの看板レスラーだよ。……超日本プロレスくらいはしてるよな?」
「たしかあれだろ?日本最大手のプロレス団体。それ以外はよく知らないけど」
「そうそれ。その看板レスラーの一人。あの人がいるといないじゃ会場の雰囲気も全然違うんだぜ。なんせ入場曲が勇ましいからな」
「勇ましい?」
「おう。俺も詳しくないんだけどよ。確か『いざ出陣』とかそんな感じだったと思うぞ」
「ふーん……」
「63歳のベテランレスラーでさ。でもまだバリバリ現役だし、体だってすげえんだぜ?そこまで太いようには見えないんだけど、しまりがあるっていうかなんというか。筋肉に説得力があるんだよ」
「へぇ……」
翔太はいまいちピンときていないようだ。だがそれでもいいだろう。何事も知識として知っておくことは重要だ。しかし……
「待たせたなっ!」
ドアが開き、弁当箱を持った光輝が現れる。
「お、来たな。ほれ座れ座れ」
「ああ」
そして光輝も席に着く。
光輝はO大学の生徒であり、翔太と大吾は体育の教師だ。だがこの三人にはその垣根を超えた友情が育まれているのだ。
「今日は何持ってきたんだ?」
「唐揚げと卵焼きとほうれん草のおひたし。それとご飯を詰めてきた」
「おお~、うまそぉう~」
大吾の目が輝く
「それ自分で作ってんだよな?すごいなお前。こんな弁当作れるやつなんてなかなかいねえぞ?」
「まあ一人暮らしだからな」
「それにしても凄すぎだけどな……。よし、じゃあさっそく食うか!」
「「いただきます!!」」
こうして三人の昼休みが始まる。
「そうそう、光輝。お前プロレスラー志望だったよな。ゴン様って知ってるか?」
「当然知ってるに決まってるだろ?なんていったって、俺の人生を変えてくれたプロレスラーこそが権田原さんなんだからな!」
「へー!そうなのか!」
「おう!プロレスの試合を見て衝撃を受けた俺は、その日から権田原さんの試合を全部見るようになったんだ。それで、気づいた時には権田原さんに憧れてたってわけだ」
「なるほどねぇ……」
「本当に素晴らしい人だったよ。まずね……」
熱く語る光輝に翔太は聞き入っているが。『人生を変えてくれた』その意味を知っている大吾は神妙な面持ちで聞いている。
(俺も、光輝に人生を変えてもらったんだよな……)
光輝は人の人生を変えられるような熱いプロレスラーになりたい、と言っていた。
(お前はもう、俺の人生を変えてくれた熱い男なんだぜ!)
大吾は小さく笑う。それは友人への祝福を込めた笑みであった。
「なんだ?大吾先生、急に笑い出して」
「なんでもねえよ。ただちょっと嬉しくなってさ」
「嬉しい?」
「こっちの話だ。気にすんな」
「変な奴だな……」
「そういえばお前、ゴン様が昔はそれほど強くなかった、って知ってたか?」
「そうなのか!?」
「ああ。今の人気からは想像できないかもしれないけどな。……そうだ、ちょうどいい機会だし教えてやるよ」
「おお、頼む!」
「今から10年くらい前、ゴン様はヒールレスラーとして活躍していてさ。だいたい中堅。良くても上位にはいかない選手だったんだ」
「ふむふむ」
「だけどある日突然人気が爆発したんだよ。それまではずっと前座か、たまに出ても負け役ばっかりでパッとしなかったんだけど、試合を重ねるごとに勝ちが増えていってさ。いつの間にかトップスターの仲間入りをしてたんだよ」
「そうなのか……」
「それがだいたい10年位前だったな。すげえだろ?53歳からの躍進だぜ?」
「ああ……、すごいな。まるでヒーローみたいじゃないか」
「そうだな。ゴン様はまさに『伝説のヒーロー』だよ」
「ふぅん……」
光輝は感慨深げにうなずく。だが翔太はふと疑問を覚えた。
「いきなりそんなに強くなったなんてなにかあったのか?まさか八百長試合だとか……」
「そんなんじゃない。むしろ逆だ」
「逆?」
「そう。当時のゴン様は悪役として名をはせていたんだけど、実は正義の心を持っていたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。悪に堕ちた親友を救うために、あえて悪人を演じ続けていたんだ。そして見事親友を救い出し、その功績でヒーローになったってわけだ」
「なにそれかっこいい!」
翔太が興奮する。
「まあ、これは俺も人から聞いた話なんだけどな。……でも本当だと思うぜ?だってあの人は毎年チャリティイベントに参加してるんだ!そこで子供たちと遊んでくれるし、ファンとの交流会にも顔を出す。そういう優しい人なんだよ」
「へえぇ……」
「そういえば今年もあるんだよな、チャリティイベント!行きて―なぁ~」
「時期的に言えばテスト終わった後あたりか。お前の成績が良かったら連れてってやってもいいぞ?」
「マジで!?よっしゃー頑張ろう!」
「そういえば光輝って勉強どれくらいできるんだ?まあ、脳みそ筋肉族っぽいからたいしたこないんだろうけど」
翔太は笑いながら言うが、大吾は顔をしかめる。
「お前教師のくせに知らないの?こいつ主席入学者だぞ?」
「嘘っ!?」
「いや、だって。大学に入ったらレスリングやるつもりだったから柔道の推薦受けられなかったし、当時はお金なんてなかったから奨学金もらわないと大学入れなかったし……。色々あるんだよ、色々とな」「まじか……。お前すごいやつだったんだな……」
「必死子いて勉強したんだぜ?施設育ちだったし、塾なんて行く金もねえから塾行ってる奴らから勉強教えてもらったりしてよ」「それでもすごいと思うぞ……」
「ありがとよ。……ってことで、チャリティイベントに連れてってくれるってことでいいんだよな!」「おう、約束だ!」
「よっし!これで俄然やる気が出てきた!」
こうして昼休みは過ぎていく。


「今年もチャリティイベントに出だい……か」
超日本プロレスの社長である木場孝明は、ふう、とため息をついて目の前の人物を見る。権田原雄三。今や超日本プロレスの看板と鳴った男を。
「君はもううちの団体のエースなんだ。わざわざチャリティなんかに参加しなくてもいいんじゃないか?」
「いけませんか?」
「いけないということはない。だけど君にはもっと大事なことがあるだろう?プロレス界の未来とか、日本のプロレス業界全体の発展とか」
「もちろんです。だからこそ、俺はプロレス界を変えたいんです」
「そうか……」
雄三は強い意志を持って答える。
「まだあのことを引きずっているのか?」
「……」
雄三はかつて、一人の少年を見た。裸で男性からレイプされた少年を。少年は3階のベランダから飛び降りた。人生を悲観していたのだろう。当然だ、彼はまだ9歳であり、しかも1度や2度ではない。何年にもわたって苦しめられてきたのだ。自殺しても仕方がない。しかし少年は生きていた。奇跡的にも無傷で済んでいた。その事実に、雄三は驚き、同時に感謝した。
そして、その少年は気を失いながらもこう口にしていた。
「ゆうそうさん……ありがとうございます……。プロレス……がんばってください……」
と。雄三は衝撃を受けた。当時の雄三はその他の生き方を知らないから惰性でプロレスラーをしていたにすぎない。だが、それでも。そんな地獄の中においてさえ、自分が彼の支えに慣れていたのか、と。
あまりにも自分が情けなくなった。恥ずかしくなった。だからその日から自分は心を入れ替えて練習に励んだ。そして今の地位にいるのだ。
10年経った今でも自分の人生を変えてくれた彼の名前を忘れることなんてできない。出来るわけがない。彼の名前は――紀ノ國光輝。
「その通りです。俺は当時のことは忘れない。一生忘れることはないでしょう。彼のような悲しい子供を出さないために。プロレスラーという存在が人々の希望になれるように、俺は頑張っていきたいんです」
超日本プロレスのチャリティプロレス。そこで稼いだ金は、すべて恵まれない子供たちに寄付される。それは光輝のような子供を助けるために使われるのだから、雄三としては参加しない理由は無いのだ。
雄三は毎回必ず参加しては、リングの上で子供たちと遊んでいる。その姿に感動した子供たちは、いつしか彼をヒーローと呼ぶようになった。それが今の彼だ。
「……そうか。わかった。だが、無理はするなよ?」
「はい。わかっています」
「よし。じゃあ今日も頼むぞ」
「はい!」
そう言って二人は別れた。
そして数日後、雄三はチャリティプロレスに参加した。そこで劇的な出会いを果たすことを彼はまだ知らない。
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