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黒岩大吾
かつての栄光
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光輝は自分を変態的だと思う。だがその半面で、どこか潔癖なところがあることも自覚していた。
「なんなんだろうな、俺って……」
そんなことを考える。
(でも、ああいうのはダメだよな)
大吾の行為を思い出して怒りが湧き上がってくる。されたことは大したことない。……少なくとも、自分にとっては。だが、それを喜んでいる生徒たちを見て光輝は心の底から嫌悪感を覚えた。
「あーもう!思い出したらまた腹立ってきた!」
光輝は苛立ち紛れに近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。ごみ袋が宙を舞う。
「あーあ、掃除当番のやつに怒られるな……」
光輝がごみを拾い集めていると。
「紀ノ國君、ちょっといいかな……?」
声をかけられた。そこには一人の男子生徒が立っていた。
「はい?なんですか?」
「俺は3年の北島雄太、っていうんだけど。……その、ちょっと来てほしいんだ」
「先輩が?……もしかして先輩って、柔道部ですか?」
光輝の言葉に雄太がびく、と震える。
「え、どうしてわかった?」
「……いえ、なんとなく。わかりました、ついていきます」
つまり、これは大吾からの『返し』だ。雄太についていくと、その先はやはり柔道場だった。「失礼します」
中に入ると、すでに大吾がいた。大吾は柔道着に身を包み、仁王立ちで立っている。その顔は怒っているのかとおもいきや、 にやにやと笑顔を浮かべている。
「おう、来たな!」
その大吾の周りには2人の生徒。こちらも雄太同様、困惑した顔を浮かべている。
(久我山みたいににやついた顔だったらやりやすいのにな)
光輝はそう考える。
彼らは大吾に弱みを握られて無理やり光輝を襲わせようとしているのだろう。
「あの先生、どういうつもりですか?俺を呼び出して」
「なあに、教師にたてついた罰、ってもんが必要だよな。というわけだ、お前ら」
大吾が声をかけると、二人の生徒はびくりとして後ずさった。
「こいつをちょっと痛めつけてやれ」
「なっ!?あんた正気か!?」
光輝は抗議の声を上げるが、大吾は取り合わない。
「うるせえなあ。いいじゃねえか、お前だって気持ちよかっただろ?それに、こいつは結構強いらしいぜ?ま、せいぜい頑張ってくれや」「くそっ……」
こうなることは予想していた。だから光輝は甘んじて大吾の『返し』をうけいれることにした。
したのだが。
「ごめん、紀ノ國君!」
雄太を含めて3人。やる気がない、どころかやりたくもないことをさせられている彼らの攻撃は大したことがない。
光輝にとって、それはただ殴られているという程度のものでしかなかった。
(この人たち、大吾に脅されて仕方なくやってるんだろうな。かわいそうだし、さっさと終わらせてあげよう)
光輝は反撃に出た。
まずは雄太の足を払い、転倒させる。そして、もう一人の方へ走り出す。
「うわああああ!!」
慌てて逃げようとするがもう遅い。光輝はその襟を掴むと背負投げを繰り出した。
どすん! 床に叩きつけられる二人。
「ぐっ……」
「がっ……」
「げほっ……」
そのまま三人は動かなくなった。
「ふう……」
これで終わりだ。光輝はそう思った。しかし、
「おい、まだ終わってないぞ」
大吾が光輝に声をかけた。
「え……?」
「あいつらが戦意を喪失したからって、それで許してもらえると思ってんのか?」
「わかってますよ。っていうか黒岩先生、最初からあなたが来てくださいよ」
「あぁ!?なんだとてめぇ!」
大吾は光輝に近づくと胸ぐらを掴んだ。
「いいから、とっとと暴力振るえよ。いくら何でも可哀そうだろ、こいつらにやらせるなんて」
「いい度胸だな!」
大吾は拳を握り締めると光輝の顔面に向かって振り下ろした。
「ぐっ!」
大吾の拳が光輝の顔面にめり込んだ。
続けざまに放たれる横蹴り。光輝の脇腹にヒットする。
「ぐあっ!」
光輝の顔が苦痛に歪む。
「おらああああっ!」
大吾に投げ飛ばされ、背中からたたきつけられる。肺の空気が絞り出される。
「がふっ」
「どうしたぁ!?まだまだこんなもんじゃすまねえぞぉ!」
さらに追撃が加えられる。大吾の拳が光輝の頬に突き刺さる。
「ぶはっ!!」
鼻血が飛び散る。それでも大吾の攻撃は止まらない。
「死ねやオラァッ!!」
大吾の膝が光輝の股間を押しつぶした。
「がああああああああああああ!!」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ?」
大吾は笑いながら光輝を踏みつけた。
「ぐあ……が……は……」
「さすがにやりすぎじゃないか?」
雄太が声をかけた。
「ふん、これぐらいやらなきゃ気が済まないだろ」
「いや、確かにそうだけど……」
「俺に文句があるなら柔道部をやめたっていいんだぞ?俺の指導についてこれないからやめたやつらなんて腐るほどいるんだからな」
大吾の言葉に大吾は柔道部に所属している生徒を見回した。
「……わかったよ」
雄太は大吾に逆らえない。逆らえば柔道部を辞めさせられるかもしれないからだ。
「ああ、でも。お前は柔道のスポーツ推薦で入ったんだよな?辞めたくても辞められないか」
「くっ……」
雄太は何も言い返せなかった。
「ほら、紀ノ國。起きろよ」
大吾は光輝の髪を掴んで引き起こし、壁に押し当てた。
「くっ……」
「さーて、続きといこうぜ」
大吾は再び拳を振り上げた。
「先生……申し訳ありませんでした」
「あん?聞こえねえな」
「すいません、でした」
「誠意を感じねえな。もっとちゃんと言えよ」
「くそ、謝ればいいんだろ!」
光輝は叫んだ。
「俺は調子に乗ってました!すみませんでした!」
光輝は土下座をした。プライドなどかなぐり捨てて謝罪をする。
「おう、よくできまちたね~」
大吾はそう言うと光輝の頭を撫でた。
「うぅ……」
屈辱的な気分だった。だが、今は我慢するしかない。
「申し訳ありませんでした。だから……先輩たちを帰してあげてください!」
「ああ?どういうことだ?」
「俺は先輩たちが辛そうな顔をして見ているのが嫌なんです。だから……俺とあんた、ふたりきりでいいでしょう!?他の奴らが見てる必要なんてねえはずだろっ!!」
「へえ、そんなこと言っちゃうんだ」
大吾は光輝を見下ろす。その顔には笑みが浮かんでいた。
「いいぜ、そこまでいうなら二人だけでやろうじゃねえか」
大吾は雄太たちに帰るように言った。
「紀ノ國……」「大丈夫ですから。ちょっと痛い目見るだけだから、安心してください」
「ごめんな、紀ノ國君。俺たちのせいで」
「いえ、いいんですよ」
雄太たちは帰っていった。
「さあ、始めようぜ」
大吾はニヤリと笑う。光輝は構えをとった。
とはいえ、ここで大吾に反撃するつもりはない。もしまた大吾の気を損ねれば同じことになりかねないからだ。
(まずは様子見だ)
光輝は攻撃を避けることに徹することにした。
「ちっ、逃げ回ってばっかりじゃねえか!男らしくかかってこいよ!」
大吾は苛立った声で叫ぶ。
「うるさいですね……。先生こそ殴りかかってきてくださいよ」「ふざけんな!この野郎!」
大吾の拳が迫る。
しかし、それを光輝は軽く避ける。
「おいおい、どうした?」
挑発するような言葉を投げかける光輝に大吾は激昂した。
「なめんじゃねぇぞっ!」
大吾は光輝の顔面を殴った。
「ぐあっ!」
(まずいな……)
光輝の顔が苦痛に歪む。しかし、大吾の攻撃はまだ終わらない。
今度は足払いをかけてきた。光輝はそれを跳躍して回避する。
しかし、大吾は空中にいる光輝に蹴りを放った。
「ぐあっ!」
光輝は背中から床に叩きつけられた。
「くっ……」
「はっはっは、どうした?さっきまでの威勢はどこに行った?」
大吾は光輝を嘲笑する。「もう終わりなのか?弱すぎるだろ、お前!」
「くそっ……」
光輝は立ち上がった。
「まだやるのかよ。諦めの悪い奴だな」
「はぁ、はぁ……」
光輝は既に満身創痍の状態になっていた。
「先生、強いですね……。なんで柔道辞めちゃったんですか?」
「あ?なんだいきなり」
「だって、こんなに強いなら全国大会とか行けたんじゃないですか?どうしてやめちゃったんですか?」
光輝の問いに、大吾は一瞬動きを止める。
「俺だってなあ……。高校の時には全国大会の団体戦で優勝してるんだよ!」大吾は叫びながら光輝に飛びかかった。
光輝はかろうじてそれを回避する。
「くそっ、ちょこまかと……」
大吾は舌打ちをしながら拳を振るう。
だが、それは当たらない。
「何やってんだよ、先生!全然当たってねえぞ!」
光輝は大声を出した。
「ああ!?黙れや!」
大吾は光輝に掴みかかる。
光輝はその腕を掴むと背負い投げを仕掛けた。
どすん!
「ぐはっ……」
大吾は倒れた。「ざまあみろ!」
光輝は叫んだ。
「くそっ、調子に乗りやがって……」
大吾は立ち上がろうとする。
「全国大会って……それはいつの話だ?」
「な、なんだよ……?」
「高校1年か?2年の時か?3年生の時か?」
「それがどうしたってんだよ!?」
「あんたのそん時の大将、『獅子王隼人』って名前じゃなかったか?」
「ああ!?」
「やっぱりな……」
光輝は確信を得た。
「なんだよ、獅子王がどうかしたっていうんだ!?」
「獅子王師匠はな!あんたのことを本当に優しい奴だって言ってたんだぞ!人のために動くことができるいい奴だって……!!それなのになんだ、このザマは!今のあんたがなにしてんのか、本当に分かってるのか!?高校時代のあんたに……獅子王師匠に!今のあんたは顔向けできるのかよっ!!」光輝の怒号が道場内に響き渡った。
「……うるせえよ」
大吾はゆらりと立ち上がる。
「なに熱くなってんだ、てめぇは。いい加減にしとけよ」
「うるさいのはあんたの方だ!目を覚ませ、黒岩大吾!」
「てめえに俺の気持ちなんかわかるもんかよ」
「ああ、わからんさ。だけどな……そんなことよりも大切なことがあるだろうが!」
「うるせえっつってんだろうが!」
大吾は光輝に向かって飛びかかった。
「死ねやっ!」
だが、光輝はそれを簡単にかわすと、逆に大吾の胸ぐらを掴んだ。そして、そのまま一本背負いで投げ飛ばす。
「ぐはっ!」
大吾は再び床に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……」
光輝も息が切れていた。
「て、てめえ……」
大吾はふらつきながらも起き上がる。
「来いよ!てめえん中のぐちゃぐちゃしたもん、全部この場においてけやっ!!」光輝は叫ぶ。
「ちっ、うぜーな」
大吾は頭を掻いた。
「そんなに言うなら見せてやるよ。俺の本気を」
大吾は構えをとる。
「行くぜ」
大吾は一気に間合いを詰めると光輝の腹を殴りつけた。
「ぐほっ……」
光輝の口から胃液が出る。
「まだまだいくぜ!」
大吾は光輝を殴り続ける。
「オラァッ!」
「ぐっ……」
光輝の身体が吹き飛ばされる。
「ははは!どうしたよ!」
大吾はさらに追撃を加える。
光輝の全身から血が流れ始めた。
「どうだ?参ったか?」
大吾はニヤリと笑った。
「まだだ……」
光輝は立ち上がった。「しぶといな、お前も。もう限界のはずだろ?」
「うるさい……!」
光輝は拳を構える。
その瞬間、光輝の視界が真っ赤に染まった。
(あれ?なんで……)
光輝はその場に膝をつく。
「はは!どうした?もう終わりか?」
大吾はゆっくりと近づいてくる。
(くそっ、動けよ……)
光輝は必死に立ち上がろうとするが、体が動かない。
(くそ、こんなところで負けられないんだよ……)
光輝は拳を握りしめる。
「もういいだろ?降参しろよ。そうすりゃ楽になれるぞ?」
大吾は光輝の前に立つ。
「俺は……絶対に諦めない……!」
光輝は歯を食い縛った。
「お前になにがあったのか知らねえけどよ……。もう、十分だろ?無理して頑張ることなんてねえだろ?」
「違う……。俺はまだ戦える……」
光輝は呟く。
「へぇ、じゃあやってみるか?」
大吾は光輝の首に手をかけた。
「くそっ……」
光輝は抵抗しようとするが力が入らない。
「ほら、頑張ってみろよ!」
大吾は光輝を持ち上げた。
足が宙に浮く。
「くっ……」
光輝の顔が苦痛に歪む。
「ははは!いい眺めだな!」
大吾は笑いながら言った。
「くそぉ……」
光輝は大吾の腕を掴む。
しかし、それは弱々しいものだった。
「さあ、これで最後だ!」
大吾は光輝を投げ飛ばした。
「ぐあっ……」
光輝の身体は壁に叩きつけられた。
「くそっ……」
光輝は立ち上がろうとするが、すぐに力尽きてしまう。
「はは!残念だったな、紀ノ國光輝!」
大吾は光輝に馬乗りになる。
「どうだ?苦しいか?悔しいか?情けねぇよな?無様に這いつくばって、みっともない姿晒すしかできなくてよ!」
「ああ……悔しいよ。自分の弱さが……救ってもらいてえって泣いてる奴が目の前にいるってのに、なにもできない自分自身がな……」
「はっ!んなやつがどこにいるってんだよ!?」
「いるじゃねえかよ!俺の目の前によっ!!」
光輝の声に、言葉に。大吾は怯んだ。
「獅子王師匠はいってたんだよ。あんたは事故で柔道が出来なくなっちまった、って……。今まで積み重ねてきた努力が全部なくなっちまった。だからあんたは悔しかったんじゃねえのか?どん底に落ちちまった自分が情けなくて……。だからこんなセクハラまがいのことばっかりして発散してるんじゃねえのか!?どうなんだよ、大吾さんよぉっ!!」
「てめえ……!知ったような口ばっかり叩きやがって……!!」
大吾は歯ぎしりをした。
「ああ、確かにな。元々あったもんがなくなっちまう。そんな苦しみは俺は知らねえよ。……でもな、どん底の苦しみってやつはわかるつもりだぜ?暗くて、みじめで、苦しくて……。誰かに助けてもらいたくても、だれも助けちゃくれねえ……。そんな寒くて情けなくて。死にたくなる気持ちってのはな……」
「うるせえっ!!18年しか生きてないてめえにどうしてそんなことがわかるんだよ!!知った風な口を……」
「俺はな!母親が出てってから9歳まで性奴隷として生きてきたんだよっ!!」
「……は?」
大吾の動きが止まった。
「俺の母親は俺を捨てて出て行っちまった。……それから毎日毎日、学校にも行かせてもらえねえで、狭い部屋ン中に閉じ込められて。男たちに犯され続けて、殴られて、蹴られて、玩具にされて、痛めつけられて。そんな地獄のような生活を送ってきたんだよ!!」
「な、なんだそりゃ……?」
大吾は呆然としていた。「はは、信じられないか?そうだよなぁ。そんな話聞いたことないよな。……だけどな、それが現実なんだよ。俺はその地獄の中を生き延びるために強くなったんだ」
「お、おい……」
「俺はもう負けられねーんだよ!こんなところで終われないんだよ!だからこんなところで止まっちゃいけねえんだよ!俺は!地獄の底をさまよってる奴を救ってやれるような、そんな男に!そんな強いプロレスラーになるんだ!あんたを救えないまま立ち止まりたくねえんだよ!!」光輝の目から涙が流れる。
「……」
大吾は黙ったままだ。
「頼む……負けてくれよ、大吾さん……。これ以上……誰も傷つけさせないでくれよ……!」
光輝は大吾の胸ぐらを掴んだ。
「……わかったよ」
大吾は立ち上がる。
「……ありがとうございます」
光輝は頭を下げた。「いいから早く立てよ」
大吾は光輝に手を差し伸べる。
「はい」
光輝はその手をとった。
「……さっきは悪かった。殴ったりしてすまなかった。……許してくれとは言わねえ。ただ、謝らせてほしい。本当に……ごめんなさい……」
大吾は深々と頭を下げる。
「いいんですよ、別に。気にしないでください」
光輝は笑顔を浮かべた。
「……俺はもう行くわ。あとは頼んだぞ」
大吾は道場から出ていった。
「ふぅ……」
光輝は息を吐く。
全身が痛い。
だが、不思議と気分は晴れていた。
「なんなんだろうな、俺って……」
そんなことを考える。
(でも、ああいうのはダメだよな)
大吾の行為を思い出して怒りが湧き上がってくる。されたことは大したことない。……少なくとも、自分にとっては。だが、それを喜んでいる生徒たちを見て光輝は心の底から嫌悪感を覚えた。
「あーもう!思い出したらまた腹立ってきた!」
光輝は苛立ち紛れに近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。ごみ袋が宙を舞う。
「あーあ、掃除当番のやつに怒られるな……」
光輝がごみを拾い集めていると。
「紀ノ國君、ちょっといいかな……?」
声をかけられた。そこには一人の男子生徒が立っていた。
「はい?なんですか?」
「俺は3年の北島雄太、っていうんだけど。……その、ちょっと来てほしいんだ」
「先輩が?……もしかして先輩って、柔道部ですか?」
光輝の言葉に雄太がびく、と震える。
「え、どうしてわかった?」
「……いえ、なんとなく。わかりました、ついていきます」
つまり、これは大吾からの『返し』だ。雄太についていくと、その先はやはり柔道場だった。「失礼します」
中に入ると、すでに大吾がいた。大吾は柔道着に身を包み、仁王立ちで立っている。その顔は怒っているのかとおもいきや、 にやにやと笑顔を浮かべている。
「おう、来たな!」
その大吾の周りには2人の生徒。こちらも雄太同様、困惑した顔を浮かべている。
(久我山みたいににやついた顔だったらやりやすいのにな)
光輝はそう考える。
彼らは大吾に弱みを握られて無理やり光輝を襲わせようとしているのだろう。
「あの先生、どういうつもりですか?俺を呼び出して」
「なあに、教師にたてついた罰、ってもんが必要だよな。というわけだ、お前ら」
大吾が声をかけると、二人の生徒はびくりとして後ずさった。
「こいつをちょっと痛めつけてやれ」
「なっ!?あんた正気か!?」
光輝は抗議の声を上げるが、大吾は取り合わない。
「うるせえなあ。いいじゃねえか、お前だって気持ちよかっただろ?それに、こいつは結構強いらしいぜ?ま、せいぜい頑張ってくれや」「くそっ……」
こうなることは予想していた。だから光輝は甘んじて大吾の『返し』をうけいれることにした。
したのだが。
「ごめん、紀ノ國君!」
雄太を含めて3人。やる気がない、どころかやりたくもないことをさせられている彼らの攻撃は大したことがない。
光輝にとって、それはただ殴られているという程度のものでしかなかった。
(この人たち、大吾に脅されて仕方なくやってるんだろうな。かわいそうだし、さっさと終わらせてあげよう)
光輝は反撃に出た。
まずは雄太の足を払い、転倒させる。そして、もう一人の方へ走り出す。
「うわああああ!!」
慌てて逃げようとするがもう遅い。光輝はその襟を掴むと背負投げを繰り出した。
どすん! 床に叩きつけられる二人。
「ぐっ……」
「がっ……」
「げほっ……」
そのまま三人は動かなくなった。
「ふう……」
これで終わりだ。光輝はそう思った。しかし、
「おい、まだ終わってないぞ」
大吾が光輝に声をかけた。
「え……?」
「あいつらが戦意を喪失したからって、それで許してもらえると思ってんのか?」
「わかってますよ。っていうか黒岩先生、最初からあなたが来てくださいよ」
「あぁ!?なんだとてめぇ!」
大吾は光輝に近づくと胸ぐらを掴んだ。
「いいから、とっとと暴力振るえよ。いくら何でも可哀そうだろ、こいつらにやらせるなんて」
「いい度胸だな!」
大吾は拳を握り締めると光輝の顔面に向かって振り下ろした。
「ぐっ!」
大吾の拳が光輝の顔面にめり込んだ。
続けざまに放たれる横蹴り。光輝の脇腹にヒットする。
「ぐあっ!」
光輝の顔が苦痛に歪む。
「おらああああっ!」
大吾に投げ飛ばされ、背中からたたきつけられる。肺の空気が絞り出される。
「がふっ」
「どうしたぁ!?まだまだこんなもんじゃすまねえぞぉ!」
さらに追撃が加えられる。大吾の拳が光輝の頬に突き刺さる。
「ぶはっ!!」
鼻血が飛び散る。それでも大吾の攻撃は止まらない。
「死ねやオラァッ!!」
大吾の膝が光輝の股間を押しつぶした。
「がああああああああああああ!!」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ?」
大吾は笑いながら光輝を踏みつけた。
「ぐあ……が……は……」
「さすがにやりすぎじゃないか?」
雄太が声をかけた。
「ふん、これぐらいやらなきゃ気が済まないだろ」
「いや、確かにそうだけど……」
「俺に文句があるなら柔道部をやめたっていいんだぞ?俺の指導についてこれないからやめたやつらなんて腐るほどいるんだからな」
大吾の言葉に大吾は柔道部に所属している生徒を見回した。
「……わかったよ」
雄太は大吾に逆らえない。逆らえば柔道部を辞めさせられるかもしれないからだ。
「ああ、でも。お前は柔道のスポーツ推薦で入ったんだよな?辞めたくても辞められないか」
「くっ……」
雄太は何も言い返せなかった。
「ほら、紀ノ國。起きろよ」
大吾は光輝の髪を掴んで引き起こし、壁に押し当てた。
「くっ……」
「さーて、続きといこうぜ」
大吾は再び拳を振り上げた。
「先生……申し訳ありませんでした」
「あん?聞こえねえな」
「すいません、でした」
「誠意を感じねえな。もっとちゃんと言えよ」
「くそ、謝ればいいんだろ!」
光輝は叫んだ。
「俺は調子に乗ってました!すみませんでした!」
光輝は土下座をした。プライドなどかなぐり捨てて謝罪をする。
「おう、よくできまちたね~」
大吾はそう言うと光輝の頭を撫でた。
「うぅ……」
屈辱的な気分だった。だが、今は我慢するしかない。
「申し訳ありませんでした。だから……先輩たちを帰してあげてください!」
「ああ?どういうことだ?」
「俺は先輩たちが辛そうな顔をして見ているのが嫌なんです。だから……俺とあんた、ふたりきりでいいでしょう!?他の奴らが見てる必要なんてねえはずだろっ!!」
「へえ、そんなこと言っちゃうんだ」
大吾は光輝を見下ろす。その顔には笑みが浮かんでいた。
「いいぜ、そこまでいうなら二人だけでやろうじゃねえか」
大吾は雄太たちに帰るように言った。
「紀ノ國……」「大丈夫ですから。ちょっと痛い目見るだけだから、安心してください」
「ごめんな、紀ノ國君。俺たちのせいで」
「いえ、いいんですよ」
雄太たちは帰っていった。
「さあ、始めようぜ」
大吾はニヤリと笑う。光輝は構えをとった。
とはいえ、ここで大吾に反撃するつもりはない。もしまた大吾の気を損ねれば同じことになりかねないからだ。
(まずは様子見だ)
光輝は攻撃を避けることに徹することにした。
「ちっ、逃げ回ってばっかりじゃねえか!男らしくかかってこいよ!」
大吾は苛立った声で叫ぶ。
「うるさいですね……。先生こそ殴りかかってきてくださいよ」「ふざけんな!この野郎!」
大吾の拳が迫る。
しかし、それを光輝は軽く避ける。
「おいおい、どうした?」
挑発するような言葉を投げかける光輝に大吾は激昂した。
「なめんじゃねぇぞっ!」
大吾は光輝の顔面を殴った。
「ぐあっ!」
(まずいな……)
光輝の顔が苦痛に歪む。しかし、大吾の攻撃はまだ終わらない。
今度は足払いをかけてきた。光輝はそれを跳躍して回避する。
しかし、大吾は空中にいる光輝に蹴りを放った。
「ぐあっ!」
光輝は背中から床に叩きつけられた。
「くっ……」
「はっはっは、どうした?さっきまでの威勢はどこに行った?」
大吾は光輝を嘲笑する。「もう終わりなのか?弱すぎるだろ、お前!」
「くそっ……」
光輝は立ち上がった。
「まだやるのかよ。諦めの悪い奴だな」
「はぁ、はぁ……」
光輝は既に満身創痍の状態になっていた。
「先生、強いですね……。なんで柔道辞めちゃったんですか?」
「あ?なんだいきなり」
「だって、こんなに強いなら全国大会とか行けたんじゃないですか?どうしてやめちゃったんですか?」
光輝の問いに、大吾は一瞬動きを止める。
「俺だってなあ……。高校の時には全国大会の団体戦で優勝してるんだよ!」大吾は叫びながら光輝に飛びかかった。
光輝はかろうじてそれを回避する。
「くそっ、ちょこまかと……」
大吾は舌打ちをしながら拳を振るう。
だが、それは当たらない。
「何やってんだよ、先生!全然当たってねえぞ!」
光輝は大声を出した。
「ああ!?黙れや!」
大吾は光輝に掴みかかる。
光輝はその腕を掴むと背負い投げを仕掛けた。
どすん!
「ぐはっ……」
大吾は倒れた。「ざまあみろ!」
光輝は叫んだ。
「くそっ、調子に乗りやがって……」
大吾は立ち上がろうとする。
「全国大会って……それはいつの話だ?」
「な、なんだよ……?」
「高校1年か?2年の時か?3年生の時か?」
「それがどうしたってんだよ!?」
「あんたのそん時の大将、『獅子王隼人』って名前じゃなかったか?」
「ああ!?」
「やっぱりな……」
光輝は確信を得た。
「なんだよ、獅子王がどうかしたっていうんだ!?」
「獅子王師匠はな!あんたのことを本当に優しい奴だって言ってたんだぞ!人のために動くことができるいい奴だって……!!それなのになんだ、このザマは!今のあんたがなにしてんのか、本当に分かってるのか!?高校時代のあんたに……獅子王師匠に!今のあんたは顔向けできるのかよっ!!」光輝の怒号が道場内に響き渡った。
「……うるせえよ」
大吾はゆらりと立ち上がる。
「なに熱くなってんだ、てめぇは。いい加減にしとけよ」
「うるさいのはあんたの方だ!目を覚ませ、黒岩大吾!」
「てめえに俺の気持ちなんかわかるもんかよ」
「ああ、わからんさ。だけどな……そんなことよりも大切なことがあるだろうが!」
「うるせえっつってんだろうが!」
大吾は光輝に向かって飛びかかった。
「死ねやっ!」
だが、光輝はそれを簡単にかわすと、逆に大吾の胸ぐらを掴んだ。そして、そのまま一本背負いで投げ飛ばす。
「ぐはっ!」
大吾は再び床に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……」
光輝も息が切れていた。
「て、てめえ……」
大吾はふらつきながらも起き上がる。
「来いよ!てめえん中のぐちゃぐちゃしたもん、全部この場においてけやっ!!」光輝は叫ぶ。
「ちっ、うぜーな」
大吾は頭を掻いた。
「そんなに言うなら見せてやるよ。俺の本気を」
大吾は構えをとる。
「行くぜ」
大吾は一気に間合いを詰めると光輝の腹を殴りつけた。
「ぐほっ……」
光輝の口から胃液が出る。
「まだまだいくぜ!」
大吾は光輝を殴り続ける。
「オラァッ!」
「ぐっ……」
光輝の身体が吹き飛ばされる。
「ははは!どうしたよ!」
大吾はさらに追撃を加える。
光輝の全身から血が流れ始めた。
「どうだ?参ったか?」
大吾はニヤリと笑った。
「まだだ……」
光輝は立ち上がった。「しぶといな、お前も。もう限界のはずだろ?」
「うるさい……!」
光輝は拳を構える。
その瞬間、光輝の視界が真っ赤に染まった。
(あれ?なんで……)
光輝はその場に膝をつく。
「はは!どうした?もう終わりか?」
大吾はゆっくりと近づいてくる。
(くそっ、動けよ……)
光輝は必死に立ち上がろうとするが、体が動かない。
(くそ、こんなところで負けられないんだよ……)
光輝は拳を握りしめる。
「もういいだろ?降参しろよ。そうすりゃ楽になれるぞ?」
大吾は光輝の前に立つ。
「俺は……絶対に諦めない……!」
光輝は歯を食い縛った。
「お前になにがあったのか知らねえけどよ……。もう、十分だろ?無理して頑張ることなんてねえだろ?」
「違う……。俺はまだ戦える……」
光輝は呟く。
「へぇ、じゃあやってみるか?」
大吾は光輝の首に手をかけた。
「くそっ……」
光輝は抵抗しようとするが力が入らない。
「ほら、頑張ってみろよ!」
大吾は光輝を持ち上げた。
足が宙に浮く。
「くっ……」
光輝の顔が苦痛に歪む。
「ははは!いい眺めだな!」
大吾は笑いながら言った。
「くそぉ……」
光輝は大吾の腕を掴む。
しかし、それは弱々しいものだった。
「さあ、これで最後だ!」
大吾は光輝を投げ飛ばした。
「ぐあっ……」
光輝の身体は壁に叩きつけられた。
「くそっ……」
光輝は立ち上がろうとするが、すぐに力尽きてしまう。
「はは!残念だったな、紀ノ國光輝!」
大吾は光輝に馬乗りになる。
「どうだ?苦しいか?悔しいか?情けねぇよな?無様に這いつくばって、みっともない姿晒すしかできなくてよ!」
「ああ……悔しいよ。自分の弱さが……救ってもらいてえって泣いてる奴が目の前にいるってのに、なにもできない自分自身がな……」
「はっ!んなやつがどこにいるってんだよ!?」
「いるじゃねえかよ!俺の目の前によっ!!」
光輝の声に、言葉に。大吾は怯んだ。
「獅子王師匠はいってたんだよ。あんたは事故で柔道が出来なくなっちまった、って……。今まで積み重ねてきた努力が全部なくなっちまった。だからあんたは悔しかったんじゃねえのか?どん底に落ちちまった自分が情けなくて……。だからこんなセクハラまがいのことばっかりして発散してるんじゃねえのか!?どうなんだよ、大吾さんよぉっ!!」
「てめえ……!知ったような口ばっかり叩きやがって……!!」
大吾は歯ぎしりをした。
「ああ、確かにな。元々あったもんがなくなっちまう。そんな苦しみは俺は知らねえよ。……でもな、どん底の苦しみってやつはわかるつもりだぜ?暗くて、みじめで、苦しくて……。誰かに助けてもらいたくても、だれも助けちゃくれねえ……。そんな寒くて情けなくて。死にたくなる気持ちってのはな……」
「うるせえっ!!18年しか生きてないてめえにどうしてそんなことがわかるんだよ!!知った風な口を……」
「俺はな!母親が出てってから9歳まで性奴隷として生きてきたんだよっ!!」
「……は?」
大吾の動きが止まった。
「俺の母親は俺を捨てて出て行っちまった。……それから毎日毎日、学校にも行かせてもらえねえで、狭い部屋ン中に閉じ込められて。男たちに犯され続けて、殴られて、蹴られて、玩具にされて、痛めつけられて。そんな地獄のような生活を送ってきたんだよ!!」
「な、なんだそりゃ……?」
大吾は呆然としていた。「はは、信じられないか?そうだよなぁ。そんな話聞いたことないよな。……だけどな、それが現実なんだよ。俺はその地獄の中を生き延びるために強くなったんだ」
「お、おい……」
「俺はもう負けられねーんだよ!こんなところで終われないんだよ!だからこんなところで止まっちゃいけねえんだよ!俺は!地獄の底をさまよってる奴を救ってやれるような、そんな男に!そんな強いプロレスラーになるんだ!あんたを救えないまま立ち止まりたくねえんだよ!!」光輝の目から涙が流れる。
「……」
大吾は黙ったままだ。
「頼む……負けてくれよ、大吾さん……。これ以上……誰も傷つけさせないでくれよ……!」
光輝は大吾の胸ぐらを掴んだ。
「……わかったよ」
大吾は立ち上がる。
「……ありがとうございます」
光輝は頭を下げた。「いいから早く立てよ」
大吾は光輝に手を差し伸べる。
「はい」
光輝はその手をとった。
「……さっきは悪かった。殴ったりしてすまなかった。……許してくれとは言わねえ。ただ、謝らせてほしい。本当に……ごめんなさい……」
大吾は深々と頭を下げる。
「いいんですよ、別に。気にしないでください」
光輝は笑顔を浮かべた。
「……俺はもう行くわ。あとは頼んだぞ」
大吾は道場から出ていった。
「ふぅ……」
光輝は息を吐く。
全身が痛い。
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