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黒岩大吾
本当の理由
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「つまりあの金メダリストの獅子王隼人にも勝ったってことか!しかもそのうえで獅子王さんに弟子入り!?すごいじゃないか、光輝!」
隼人は目を輝かせている。ここは体育科の教師が集まる教務室だ。今は翔太と光輝の姿しかなく、光輝は今までの経緯を説明していたところだ。
光輝がエロレスの舞台に立ってから1か月近くが経っており、季節も6月を迎えようとしている。それだけの間に光輝が倒した相手はすでに13人にも上っている。
「このペースなら半年どころか夏前には目標金額まで溜まりそうだな」
「ああ。気持ちよく先生の妹さんを救える、ってもんよ!」
「そうだな……。妹も喜ぶだろうさ。ただ……無理だけはするなよ?」
「わかってるって。俺は俺にできることをするだけだ!……先生の妹さんの『心臓病』、早く良くなるといいよな」
「ああ、そうだな。……なにせ子供の頃から心臓に疾患を抱えている子だった。だから運動なんてほとんどできなかったし、激しいスポーツを楽しむこともできなかったんだ……」
「……」
「うちの親は離婚しててさ。母親だって女手一つで俺と妹を育ててくれたんだ。だから母さんにも面倒をかけられれない。俺が何とかしなくちゃ、って思ってたんだけどな……」
「先生……」
「……っと、湿っぽくなったな。すまん。とにかく無理だけはしないでくれよ?」
「ああ、わかったよ。あんたがクソみたいな嘘つきだってことが、よーくな!!」
「嘘つき!?何を言ってるんだ!僕は本当のことを言っているぞ!」
「そうかぁ?先生の妹って、本当に心臓病なのか?」
「どうして疑うんだよ!そんなわけないだろ!」
「じゃあさ。先生は何で妹さんはがんだ、なんて言ったんだよ」
「え……?」
「なんで妹さんががんなんだ、なんて言ったのか教えてくれよ」
「そ、それは……」
「おいおい。まさか妹さんが病気じゃないなんて言わねーよな?」
「あ、当たり前だ!僕の妹は心臓病で、がんで……とにかく大変な病気なんだ!」
「そこまでいうなら、証拠はあるんだろうな?」「証拠?」
「ああ。俺に妹さんの写真を見せてみろよ」
「お、おう……。いや、妹は写真を撮られるのが嫌いでなあ。あははははは……」
「ちょっとかせっ!」
そう言うと光輝は机の上で充電をされていた翔太のスマートフォンを奪い、電話帳を検索し始めた。そして見つけた『妹』という名前を見て電話を掛ける。必死でスマートフォンを奪い返そうとする翔太をあしげにしながら、だ。
『……もしもし?』
3コール目にして電話に出た『妹』は不機嫌そうな声だ。
『どうしたの?お兄ちゃん。またお金の無心?まったく……。いつまでもギャンブルなんかにはまってないでちゃんと仕事しなさいよ。お兄ちゃん大学職員なんだよね?だったらもっとちゃんとして。あとねえ……』
咳を切ったように続く小言。光輝は小さく咳ばらいをすると。
「私は青木先生の教え子で紀ノ國光輝といいます。突然のお電話で申し訳ありません」
『えっ?やだっ!教え子さんっ!?ごめんなさい、てっきりお兄ちゃんだと思って』
「いえ、いいんですよ。それより青木先生に他にご家族の方はいらっしゃいますか?」
『父と母、だけです。あと妹の私』
「他に妹さんはいらっしゃいますか?たとえば、心臓病でがんの方、とか」
『…………』
光輝の言葉に妹は黙り込む。
もしかして、本当にいるのか?光輝はそう思うが。
『……いません。兄が何をやったのか、詳しく聞いてもいいですか?』・
冷静な口調で尋ねてくる妹に、翔太は顔面蒼白になった。
「ええ、もちろんですとも。実はですね……」
その後、翔太と光輝は事細かに説明をした。光輝が翔太に病気の妹がいる、と騙されてエロレスの舞台にあげられたこと。その舞台で13人の選手を倒したこと。
『わかりました。お手数をかけてすみませんでした。では失礼します』
そう言うと妹は一方的に通話を終了させた。
「あ、あの……」
翔太は真っ青になりながら口を開く。だが、その続きを言うことはできなかった。
♦
「紀ノ國さん!うちのバカ息子が本当にもうしわけありませんでした!」
光輝の目の前では壮年の男性が机に頭を突いて謝っている。場所は光輝の通う高校からほど近い場所に位置する喫茶店。
翔太の両親である。
顔面蒼白、なんて言葉じゃ語りつくせないほどに顔色が悪い。それもそうだろう。なにしろ自分の息子が教え子を騙してエロレスなんて言うとんでもない舞台にあげて試合をさせていた、などという話を聞いたのだから。
「いえ、気にしないでください。ちゃんと確かめようともしなかった俺だって悪かったんですから」
「そんなことはありません!うちの息子が……あんなクズみたいな人間が本当に申し訳ないことをしました!」
「……あなた、落ち着きましょう。お店に迷惑ですよ?」
「す、すまない……」
「それで、先生。本当に先生が言っていたような妹さんはいないんですね?」
「……ああ」
光輝の隣に座る翔太も顔色が悪い。
ふう、と光輝はため息を吐いた。
「じゃあ、借金をした本当の理由は何ですか?」
「裏カジノ、それとキャバクラ。……それで借金を作っちゃって、取り返そうとしてFXに手を出しました。はい……」
「きさまっ!」
翔太の父親は立ち上がると、翔太の胸倉をつかむ。
「お前みたいな奴が親父と同じギャンブル依存症になるんだ!この大馬鹿者が!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ!俺だって反省しているんだ!それにギャンブルはやめる!これからは真面目に働くさ!!」
「どうだかな!そんなことで信用できるか!!お前みたいな人間は、一生働いても借金を返し終わらないんだよ!!」
「そ、そんな……そんなこと……」
翔太は顔を伏せた。そんな息子の姿を見て、父親は舌打ちをする。
「とにかく金輪際、紀ノ國君に近づくな!いいな!?」
「ちょっと待ってください!」
しかしそれを止めたのは光輝だ。
「先生。町澤さんが……俺の今いるリングの経営者の方が借金を一本化してくれた時になにか言われたんじゃないですか?そうじゃなかったら、それこそ普通に返済すれば済む話でしたよね?」
「……はい。借金を返し終えるまで何回でもベーリング海に行かせる、と……カニ漁で稼がせると言われて。それが嫌だったから……」
「お前を信用してくれる純朴な生徒さんを騙した、と?」
「……」
黙り込む翔太を見て、父親は笑顔を浮かべる。
「あなた?」
「いいじゃないか。ベーリング海。蟹はおいしいからな。食べ放題だぞ?行ってこい。そして借金を返せ」
「え?い、いやだよ……。俺はもう二度と……」
「うるさいっ!行くんだよっ!」
父親に頬を殴られ、翔太は椅子ごとひっくり返った。
そんな様子を見ながら光輝は。
(親子ってのも大変なんだなー)
などと他人事のように思っていた。
「紀ノ國さん、本当に申し訳ありませんでした。あなたの親御さんにもお詫びをしなければなりません。どうお詫びをしてよいやら……」
「大丈夫ですよ。うちの親はそんなこと気にしませんから」「ですが……」
「だってうちの親は、まだ9歳だった俺に幼児売春させて今頃刑務所の中ですから」「……」
絶句する翔太の両親を見て、光輝は小さく笑みを浮かべた。
「ま、そういうわけで先生。うちの親に比べたら先生なんてまだ可愛い方なんで。だから気にしないでください」
「で、ですが……本当に申し訳ありませんでした」
「それに先生。先生の借金はこのまま俺が返し続けます」
「……はい?」
「俺がこのまま闘い続ければ先生の借金を返すのは簡単ですけど、先生が返すとなったら人生棒に振っちゃいますよね?だから俺が代わりに払います」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「どうしてですか?俺なら先生に借りがあるし、先生の教え子だし、先生の借金を払うのは当然でしょう?」
「そうじゃないんです。これは私のケジメの問題なのです」
そう言うと、翔太の両親は光輝に深々と頭を下げた。
「どうかお願いします。息子を許してください」
「いや、だから許すとか許さないとかいう問題じゃなくて……」
「元々翔太にはギャンブル癖があり、借金まで作ったのです。その責任は親である私達にある。もしよろしければ、その借金は私が立て替えます。ですから息子を……」
「ええと、そうじゃなくって……」
困ったように光輝は頭を掻く。
「あの、そもそも借金はいくらあるんですか?」
「最初は1200万円あったから、今は550万円くらい……」
「……先生、最初は1500万円あるっていってましたよね?その差額分どうするつもりだったんですか?」
「それは……その……」
「まさか、ポッケナイナイするつもりだった?キャバクラと裏カジノの軍資金にするために?」
「……はい」
「貴様……!この恥知らずがっ!!」
父親の拳が翔太の顔面にめり込み、翔太は吹き飛んだ。
「生徒を騙した挙句、300万円なんて言う大金まで巻き上げようとしていただと!?償え!貴様のようなくずは死んで償え!そうだ、死んで生命保険で借金を返せばいいじゃないか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ!先生!先生は悪くありません!悪いのは俺が馬鹿だったからなんです!それに先生が死んだら保険金も下りないし、先生の妹さんの治療費も払えないじゃないですか!」
「紀ノ國さん!あなた本当に良い人ですね!あなたみたいな人がこんなクズに騙されるなんて!世の中間違っている!」
「だからお父さん!まずは話を聞い……」
「うるさいっ!」
再び殴り飛ばされる翔太。
「ああもうっ!わかりましたから、とにかく話を聞いてください!」
光輝の言葉に翔太の両親は黙り込んだ。
「先生の借金は俺が全額返済します。俺が先生の代わりに闘って勝ち続ける限り、先生は妹さんの治療に専念できます。それでいいですよね?」
「いや……だから、その妹はいないんだって……」
「いえ、俺は先生を信じています。先生が言っていた妹さんは存在しているって!」
「いや、だから……」
「はい!ありがとうございます!これで安心して借金を返すことができます!」
「紀ノ國さん……。そんなにまでこのクズを信用してくださって……本当にすみませんでした」
「いえ……。俺も悪乗りが過ぎました、すみません。ですが、本音を言うのであれば俺は翔太先生に学校にいてもらいたいと思っています」「……は?」
「先生はただ生徒を騙すだけのわるい教師じゃない。レスリングの技術もあるし、それを生徒に教える技量もある。授業だってわかりやすいし。そもそも俺、今の生活が嫌だとも先生の借金を返すことが嫌だとも思っていないんです。だから。先生が学校に残るためなら、俺が借金を返し続ける程度苦じゃないんです。……もちろんこのことを警察に行ったり、だれかにいうつもりもありません」
「紀ノ國さん……。あなたという人は……本当にいい子だなぁ」
翔太の父親は涙ぐむと、光輝の手を握った。
「うちの息子にも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです。いや、本当に」
「ええと……。いや、でも先生のご両親もいい人たちじゃないですか。こんなに先生を……自分の子供を心配してくれて。……でも、どうして離婚なんてしちゃったんですか?」
「はい?離婚、ですか?」
「ええ。先生に聞いています。ご両親が離婚をしていて、母親に引き取られて女手一つで育てられたんだって。……先生のお父さんは悪い人で養育費すら払ってくれなくて。だからお母さんが大変だから、自分が妹さんの病気の治療費を支払わないといけないから、あのリングに上がった。……でも対戦相手の人にぼこぼこにされて怖くなっちゃったから、俺に代わりに闘ってほしかったんだ、って。……でも、お父さんはそんなに悪い人には見えない。いや、むしろちゃんとした、尊敬できる人物に見えます。……ねえ、先生?一体どこまで本当で、どこまでが嘘なんですか?俺、もう混乱してきてわからなくなっちゃって……ちゃんと真実を教えてください」
「……」
「先生?」
「あ、いや、それは……」
「そうか、そういうことだったのか」
突然翔太の父親が立ち上がり、光輝の前に立った。
「紀ノ國くん。君にはいろいろと迷惑をかけたようだな」
「え?いや、別に迷惑とかは……」
「だが、君は勘違いをしている。私は君の考えているような人間ではない。そして妻とも離婚したわけではないし、妹は元気だ。少なくとも、命にかかわるような病気なんてしていない」
「え?だって先生は、自分は捨てられた、とか……」
「違う。私達は愛し合っている。今でも、あの時と同じように私達夫婦は愛し合っている。おそらく私たちは、普通の家庭がそうであるように。幸せな家庭、というものを維持している。……このクズを除いてはな」「えっと、じゃあどうして先生は……」
「こいつは、徹頭徹尾あなたのことを騙して。ただ自分の欲望を満たすために利用しようとしていただけなんですよ。紀ノ國さん」「……」
「おい、お前。もう二度とこんなことはするんじゃないぞ。もし次やったら、今度はこんなものじゃ済まないからな」
「……はい」
「それと紀ノ國さん。今日はお詫びとお礼を兼ねて食事を奢らせていただいてもよろしいでしょうか?こんなものでは足りないかもしれませんが……」
「いえ、とんでもないです!そんなことまでしていただくわけには……」
「いえいえ、どうか遠慮なさらずに。このクズがこれ以上、紀ノ國さんのような素晴らしい人を利用する前に懲らしめないといけませんからね」
「……はい。ありがとうございます」
そう言って4人は食事に行くことにした。
「ええと、紀ノ國さん。本当にすみませんでした」
「え?ああ、もういいですよ。先生も反省しているみたいだし……。それに俺も少しやりすぎましたから」
「いいや、いいんです。あなたのような方に出会えてよかった」
「お父さん……」
「それにしても、紀ノ國さんは本当にいい人ですね。こんなクズのためにここまでしてくれるなんて……」
「いい人なんかじゃないですよ。それに俺は……」
光輝はそこで言葉を止める。
「俺は……?」
「いや、なんでもありません。それより、先生のお父さんはすごい人ですね」「はい。自慢の父です。……まあ、母に尻に敷かれてはいますが」
「そうなんですか。……俺、そういう普通って言うのがよくわからなくて。だから、ですかね。先生の家庭がうらやましくて、先生にもちゃんとした人になってもらいたくて。すごく輝いて見えちゃうんですよね……」「……」
「紀ノ國さん……」
「……って、すみません。こんなこと言っても困りますよね」
「いえ、そんなことはありません。……本当にありがとうございます」
「いえいえ」
「ところで、紀ノ國さんは何か格闘技の経験が?」
「いや、俺は全然。ただ昔、柔道をやっていたことがありますけど」
「おお、それはすごい!……どうです?またやってみる気は?」
「実は今、獅子王先生に柔道を習ってるんですよ。獅子王先生ってすごいんですよ?なにせあの人は柔道の金メダリストなんですから!」
「まさか!そんなすごい人に弟子入りを!?」
「はい。実は獅子王先生とも地下闘技場で会ったんですよね。だから翔太先生にはそういう意味でも感謝してるんですよ。……というわけで、翔太先生のことを怒る気持ちはわかるんですけど、許してあげてくれませんか?」
「はい、わかりました。……紀ノ國さんみたいないい人と出会えたんだから、このクズにもきっといいところはあるんでしょう」
「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
こうして、光輝たちは食事へと向かった。
隼人は目を輝かせている。ここは体育科の教師が集まる教務室だ。今は翔太と光輝の姿しかなく、光輝は今までの経緯を説明していたところだ。
光輝がエロレスの舞台に立ってから1か月近くが経っており、季節も6月を迎えようとしている。それだけの間に光輝が倒した相手はすでに13人にも上っている。
「このペースなら半年どころか夏前には目標金額まで溜まりそうだな」
「ああ。気持ちよく先生の妹さんを救える、ってもんよ!」
「そうだな……。妹も喜ぶだろうさ。ただ……無理だけはするなよ?」
「わかってるって。俺は俺にできることをするだけだ!……先生の妹さんの『心臓病』、早く良くなるといいよな」
「ああ、そうだな。……なにせ子供の頃から心臓に疾患を抱えている子だった。だから運動なんてほとんどできなかったし、激しいスポーツを楽しむこともできなかったんだ……」
「……」
「うちの親は離婚しててさ。母親だって女手一つで俺と妹を育ててくれたんだ。だから母さんにも面倒をかけられれない。俺が何とかしなくちゃ、って思ってたんだけどな……」
「先生……」
「……っと、湿っぽくなったな。すまん。とにかく無理だけはしないでくれよ?」
「ああ、わかったよ。あんたがクソみたいな嘘つきだってことが、よーくな!!」
「嘘つき!?何を言ってるんだ!僕は本当のことを言っているぞ!」
「そうかぁ?先生の妹って、本当に心臓病なのか?」
「どうして疑うんだよ!そんなわけないだろ!」
「じゃあさ。先生は何で妹さんはがんだ、なんて言ったんだよ」
「え……?」
「なんで妹さんががんなんだ、なんて言ったのか教えてくれよ」
「そ、それは……」
「おいおい。まさか妹さんが病気じゃないなんて言わねーよな?」
「あ、当たり前だ!僕の妹は心臓病で、がんで……とにかく大変な病気なんだ!」
「そこまでいうなら、証拠はあるんだろうな?」「証拠?」
「ああ。俺に妹さんの写真を見せてみろよ」
「お、おう……。いや、妹は写真を撮られるのが嫌いでなあ。あははははは……」
「ちょっとかせっ!」
そう言うと光輝は机の上で充電をされていた翔太のスマートフォンを奪い、電話帳を検索し始めた。そして見つけた『妹』という名前を見て電話を掛ける。必死でスマートフォンを奪い返そうとする翔太をあしげにしながら、だ。
『……もしもし?』
3コール目にして電話に出た『妹』は不機嫌そうな声だ。
『どうしたの?お兄ちゃん。またお金の無心?まったく……。いつまでもギャンブルなんかにはまってないでちゃんと仕事しなさいよ。お兄ちゃん大学職員なんだよね?だったらもっとちゃんとして。あとねえ……』
咳を切ったように続く小言。光輝は小さく咳ばらいをすると。
「私は青木先生の教え子で紀ノ國光輝といいます。突然のお電話で申し訳ありません」
『えっ?やだっ!教え子さんっ!?ごめんなさい、てっきりお兄ちゃんだと思って』
「いえ、いいんですよ。それより青木先生に他にご家族の方はいらっしゃいますか?」
『父と母、だけです。あと妹の私』
「他に妹さんはいらっしゃいますか?たとえば、心臓病でがんの方、とか」
『…………』
光輝の言葉に妹は黙り込む。
もしかして、本当にいるのか?光輝はそう思うが。
『……いません。兄が何をやったのか、詳しく聞いてもいいですか?』・
冷静な口調で尋ねてくる妹に、翔太は顔面蒼白になった。
「ええ、もちろんですとも。実はですね……」
その後、翔太と光輝は事細かに説明をした。光輝が翔太に病気の妹がいる、と騙されてエロレスの舞台にあげられたこと。その舞台で13人の選手を倒したこと。
『わかりました。お手数をかけてすみませんでした。では失礼します』
そう言うと妹は一方的に通話を終了させた。
「あ、あの……」
翔太は真っ青になりながら口を開く。だが、その続きを言うことはできなかった。
♦
「紀ノ國さん!うちのバカ息子が本当にもうしわけありませんでした!」
光輝の目の前では壮年の男性が机に頭を突いて謝っている。場所は光輝の通う高校からほど近い場所に位置する喫茶店。
翔太の両親である。
顔面蒼白、なんて言葉じゃ語りつくせないほどに顔色が悪い。それもそうだろう。なにしろ自分の息子が教え子を騙してエロレスなんて言うとんでもない舞台にあげて試合をさせていた、などという話を聞いたのだから。
「いえ、気にしないでください。ちゃんと確かめようともしなかった俺だって悪かったんですから」
「そんなことはありません!うちの息子が……あんなクズみたいな人間が本当に申し訳ないことをしました!」
「……あなた、落ち着きましょう。お店に迷惑ですよ?」
「す、すまない……」
「それで、先生。本当に先生が言っていたような妹さんはいないんですね?」
「……ああ」
光輝の隣に座る翔太も顔色が悪い。
ふう、と光輝はため息を吐いた。
「じゃあ、借金をした本当の理由は何ですか?」
「裏カジノ、それとキャバクラ。……それで借金を作っちゃって、取り返そうとしてFXに手を出しました。はい……」
「きさまっ!」
翔太の父親は立ち上がると、翔太の胸倉をつかむ。
「お前みたいな奴が親父と同じギャンブル依存症になるんだ!この大馬鹿者が!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ!俺だって反省しているんだ!それにギャンブルはやめる!これからは真面目に働くさ!!」
「どうだかな!そんなことで信用できるか!!お前みたいな人間は、一生働いても借金を返し終わらないんだよ!!」
「そ、そんな……そんなこと……」
翔太は顔を伏せた。そんな息子の姿を見て、父親は舌打ちをする。
「とにかく金輪際、紀ノ國君に近づくな!いいな!?」
「ちょっと待ってください!」
しかしそれを止めたのは光輝だ。
「先生。町澤さんが……俺の今いるリングの経営者の方が借金を一本化してくれた時になにか言われたんじゃないですか?そうじゃなかったら、それこそ普通に返済すれば済む話でしたよね?」
「……はい。借金を返し終えるまで何回でもベーリング海に行かせる、と……カニ漁で稼がせると言われて。それが嫌だったから……」
「お前を信用してくれる純朴な生徒さんを騙した、と?」
「……」
黙り込む翔太を見て、父親は笑顔を浮かべる。
「あなた?」
「いいじゃないか。ベーリング海。蟹はおいしいからな。食べ放題だぞ?行ってこい。そして借金を返せ」
「え?い、いやだよ……。俺はもう二度と……」
「うるさいっ!行くんだよっ!」
父親に頬を殴られ、翔太は椅子ごとひっくり返った。
そんな様子を見ながら光輝は。
(親子ってのも大変なんだなー)
などと他人事のように思っていた。
「紀ノ國さん、本当に申し訳ありませんでした。あなたの親御さんにもお詫びをしなければなりません。どうお詫びをしてよいやら……」
「大丈夫ですよ。うちの親はそんなこと気にしませんから」「ですが……」
「だってうちの親は、まだ9歳だった俺に幼児売春させて今頃刑務所の中ですから」「……」
絶句する翔太の両親を見て、光輝は小さく笑みを浮かべた。
「ま、そういうわけで先生。うちの親に比べたら先生なんてまだ可愛い方なんで。だから気にしないでください」
「で、ですが……本当に申し訳ありませんでした」
「それに先生。先生の借金はこのまま俺が返し続けます」
「……はい?」
「俺がこのまま闘い続ければ先生の借金を返すのは簡単ですけど、先生が返すとなったら人生棒に振っちゃいますよね?だから俺が代わりに払います」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「どうしてですか?俺なら先生に借りがあるし、先生の教え子だし、先生の借金を払うのは当然でしょう?」
「そうじゃないんです。これは私のケジメの問題なのです」
そう言うと、翔太の両親は光輝に深々と頭を下げた。
「どうかお願いします。息子を許してください」
「いや、だから許すとか許さないとかいう問題じゃなくて……」
「元々翔太にはギャンブル癖があり、借金まで作ったのです。その責任は親である私達にある。もしよろしければ、その借金は私が立て替えます。ですから息子を……」
「ええと、そうじゃなくって……」
困ったように光輝は頭を掻く。
「あの、そもそも借金はいくらあるんですか?」
「最初は1200万円あったから、今は550万円くらい……」
「……先生、最初は1500万円あるっていってましたよね?その差額分どうするつもりだったんですか?」
「それは……その……」
「まさか、ポッケナイナイするつもりだった?キャバクラと裏カジノの軍資金にするために?」
「……はい」
「貴様……!この恥知らずがっ!!」
父親の拳が翔太の顔面にめり込み、翔太は吹き飛んだ。
「生徒を騙した挙句、300万円なんて言う大金まで巻き上げようとしていただと!?償え!貴様のようなくずは死んで償え!そうだ、死んで生命保険で借金を返せばいいじゃないか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ!先生!先生は悪くありません!悪いのは俺が馬鹿だったからなんです!それに先生が死んだら保険金も下りないし、先生の妹さんの治療費も払えないじゃないですか!」
「紀ノ國さん!あなた本当に良い人ですね!あなたみたいな人がこんなクズに騙されるなんて!世の中間違っている!」
「だからお父さん!まずは話を聞い……」
「うるさいっ!」
再び殴り飛ばされる翔太。
「ああもうっ!わかりましたから、とにかく話を聞いてください!」
光輝の言葉に翔太の両親は黙り込んだ。
「先生の借金は俺が全額返済します。俺が先生の代わりに闘って勝ち続ける限り、先生は妹さんの治療に専念できます。それでいいですよね?」
「いや……だから、その妹はいないんだって……」
「いえ、俺は先生を信じています。先生が言っていた妹さんは存在しているって!」
「いや、だから……」
「はい!ありがとうございます!これで安心して借金を返すことができます!」
「紀ノ國さん……。そんなにまでこのクズを信用してくださって……本当にすみませんでした」
「いえ……。俺も悪乗りが過ぎました、すみません。ですが、本音を言うのであれば俺は翔太先生に学校にいてもらいたいと思っています」「……は?」
「先生はただ生徒を騙すだけのわるい教師じゃない。レスリングの技術もあるし、それを生徒に教える技量もある。授業だってわかりやすいし。そもそも俺、今の生活が嫌だとも先生の借金を返すことが嫌だとも思っていないんです。だから。先生が学校に残るためなら、俺が借金を返し続ける程度苦じゃないんです。……もちろんこのことを警察に行ったり、だれかにいうつもりもありません」
「紀ノ國さん……。あなたという人は……本当にいい子だなぁ」
翔太の父親は涙ぐむと、光輝の手を握った。
「うちの息子にも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです。いや、本当に」
「ええと……。いや、でも先生のご両親もいい人たちじゃないですか。こんなに先生を……自分の子供を心配してくれて。……でも、どうして離婚なんてしちゃったんですか?」
「はい?離婚、ですか?」
「ええ。先生に聞いています。ご両親が離婚をしていて、母親に引き取られて女手一つで育てられたんだって。……先生のお父さんは悪い人で養育費すら払ってくれなくて。だからお母さんが大変だから、自分が妹さんの病気の治療費を支払わないといけないから、あのリングに上がった。……でも対戦相手の人にぼこぼこにされて怖くなっちゃったから、俺に代わりに闘ってほしかったんだ、って。……でも、お父さんはそんなに悪い人には見えない。いや、むしろちゃんとした、尊敬できる人物に見えます。……ねえ、先生?一体どこまで本当で、どこまでが嘘なんですか?俺、もう混乱してきてわからなくなっちゃって……ちゃんと真実を教えてください」
「……」
「先生?」
「あ、いや、それは……」
「そうか、そういうことだったのか」
突然翔太の父親が立ち上がり、光輝の前に立った。
「紀ノ國くん。君にはいろいろと迷惑をかけたようだな」
「え?いや、別に迷惑とかは……」
「だが、君は勘違いをしている。私は君の考えているような人間ではない。そして妻とも離婚したわけではないし、妹は元気だ。少なくとも、命にかかわるような病気なんてしていない」
「え?だって先生は、自分は捨てられた、とか……」
「違う。私達は愛し合っている。今でも、あの時と同じように私達夫婦は愛し合っている。おそらく私たちは、普通の家庭がそうであるように。幸せな家庭、というものを維持している。……このクズを除いてはな」「えっと、じゃあどうして先生は……」
「こいつは、徹頭徹尾あなたのことを騙して。ただ自分の欲望を満たすために利用しようとしていただけなんですよ。紀ノ國さん」「……」
「おい、お前。もう二度とこんなことはするんじゃないぞ。もし次やったら、今度はこんなものじゃ済まないからな」
「……はい」
「それと紀ノ國さん。今日はお詫びとお礼を兼ねて食事を奢らせていただいてもよろしいでしょうか?こんなものでは足りないかもしれませんが……」
「いえ、とんでもないです!そんなことまでしていただくわけには……」
「いえいえ、どうか遠慮なさらずに。このクズがこれ以上、紀ノ國さんのような素晴らしい人を利用する前に懲らしめないといけませんからね」
「……はい。ありがとうございます」
そう言って4人は食事に行くことにした。
「ええと、紀ノ國さん。本当にすみませんでした」
「え?ああ、もういいですよ。先生も反省しているみたいだし……。それに俺も少しやりすぎましたから」
「いいや、いいんです。あなたのような方に出会えてよかった」
「お父さん……」
「それにしても、紀ノ國さんは本当にいい人ですね。こんなクズのためにここまでしてくれるなんて……」
「いい人なんかじゃないですよ。それに俺は……」
光輝はそこで言葉を止める。
「俺は……?」
「いや、なんでもありません。それより、先生のお父さんはすごい人ですね」「はい。自慢の父です。……まあ、母に尻に敷かれてはいますが」
「そうなんですか。……俺、そういう普通って言うのがよくわからなくて。だから、ですかね。先生の家庭がうらやましくて、先生にもちゃんとした人になってもらいたくて。すごく輝いて見えちゃうんですよね……」「……」
「紀ノ國さん……」
「……って、すみません。こんなこと言っても困りますよね」
「いえ、そんなことはありません。……本当にありがとうございます」
「いえいえ」
「ところで、紀ノ國さんは何か格闘技の経験が?」
「いや、俺は全然。ただ昔、柔道をやっていたことがありますけど」
「おお、それはすごい!……どうです?またやってみる気は?」
「実は今、獅子王先生に柔道を習ってるんですよ。獅子王先生ってすごいんですよ?なにせあの人は柔道の金メダリストなんですから!」
「まさか!そんなすごい人に弟子入りを!?」
「はい。実は獅子王先生とも地下闘技場で会ったんですよね。だから翔太先生にはそういう意味でも感謝してるんですよ。……というわけで、翔太先生のことを怒る気持ちはわかるんですけど、許してあげてくれませんか?」
「はい、わかりました。……紀ノ國さんみたいないい人と出会えたんだから、このクズにもきっといいところはあるんでしょう」
「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
こうして、光輝たちは食事へと向かった。
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