取り調べごっこ

第一話 “最愛”の彼女

01 カツ丼の出てこない取り調べ室

「なんで、フルーツサンド...？」男が訝しげに女を見る。
　取り調べ室の机の上にはぽつねんとフルーツサンドが二切れ。何とも似つかわしくない鮮やかな色を成しているものだ、と男は女の返事を待つ。当の本人は楽しそうに男の顔を見つめている。傍から見ると異常極まりない状況であったが、この女にとってはこれは日常であり、訝しげに相手から質問を受けることもルーティンの内であった。
　この女の名前は暁 千春【あかつき ちはる】、警視庁で刑事を生業としているが、よくドラマとかで見る方苦しい感じの性格とはかけ離れており、自己紹介をするときは決まって「頭の良いギャルです」というセリフを好んで使った。
　対するこの男の名は、田中 佑【たなか たすく】。外では真面目キャラを気取っているらしく、見た目も清楚でモテそうだがとある事情で先程任意同行されてきた。
「今カツ丼って気分じゃ無くないですか？だから任意同行に同意してくれたお礼として食堂にあるフルーツサンドを持ってきました。安心して下さいね、これ税金なんで。毒とか入ってませんよ？」ケラケラと笑いながら質問に答える暁に、田中は強い警戒心を抱いていた。だがあくまでもそれは表に出さず、愛想笑いという名の苦笑いを貫き通していた。暁には相手を自分のペースに飲み込む、そんな特性を持っているような気がしたのだ。
「あの、僕何かしたんですか？まだ事情を何も聞かされていなくて...。」遠慮気味に尋ねる田中に暁はまたもや楽しそうに、
「彼女さん、殺すの楽しかった？」と何ともおどろおどろしい質問を投げかける。
沈黙。
　素人から見ると何とも思わない、男が再度口を開くまでのたった数秒間のこの沈黙。暁はふと男に視線を向けると、清楚な見た目からは突然のデリカシーの無い質問に対して軽くパニックを起こしているようにも見えるが、本当は「勝利！ボーナス！一週間のハワイ旅行！」、という文字が男の顔にべったりと塗ってあるように見えた。