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最終章 死の王 編
絶望の狭間で(4)
しおりを挟む王都マリン・ディアール
南地区
空は光なき暗雲、周囲は強風が吹き荒れている。
見ると南地区は竜巻に覆われており、その中心とる場所にアッシュとローゼル、騎士団員や冒険者たちが複数人いる状況だった。
彼らを取り囲むようにして魔騎士たちがおり、さらに数百メートル先には、この"風の主"だと思われる存在がいた。
真っ黒なローブ、深く被ったフードで顔は見えないが太ももから足先まで白肌が見ているため人間だと思われる。
"ブラックローブの魔導士"は空中に浮いて、周りに積み上がった瓦礫を自分の目の前に集めて巨大な球体を作っていた。
「これは……マズイな」
「ええ、かなり」
アッシュは左手に持った"黒い棒"にあるグリップをもう片方の手で握ると一気に引き抜く。
抜かれたのは銀色に輝く細剣でグリップ部分から切先にいたるまで黒龍の模様が描かれていた。
それは"封波剣"と呼ばれる幻の剣。
封波石で作られた特殊な剣で相手の波動を無効化するが、自分の波動も封印してしまうという諸刃の剣。
ローゼルは乗っていた馬から降りると、後方にいる他の騎士と冒険者に叫んだ。
「できるだけ私たちの後ろに集まって下さい!」
みなは顔を見合わせた。
一箇所に集まることの危険性を考えると、それは得策とは言えない。
もし"瓦礫の球体"が放たれれば、たった一発で全滅しかねない。
「早く!!」
再び叫ぶローゼル。
自分たちの前に立ってくれているのは騎士団でも最強と名高い男だ。
何か策があると信じて従うしかなかった。
騎士と冒険者たちは、なるべく一列になるようにしてアッシュとローゼルの後ろへとつく。
瞬間、"ブラックローブの魔導士"は瓦礫の球体を放った。
瓦礫の球体は周りの家屋や魔騎士などお構いなしに破壊して進む。
ほぼ同時と言っていいタイミングでアッシュは地面を蹴って一直線に走り出す。
"自殺行為"
そう思ってローゼル以外の全員が唖然とした。
まさか自分から相手の攻撃に巻き込まれにいくという行動はあり得ない。
しかしアッシュには考えがあった。
「ローブから見せる足を見る限り恐らく女性か……人間ならば確実に波動を操って作ったものだろうから、その攻撃ごと切り捨ててしまったらいい」
呟きつつアッシュは右手に握った封波剣を斜め上に振り上げると、飛んできた瓦礫の球体へむけて横振りの斬撃を入れた。
球体を作り出していたと思われる波動は解除されて、瓦礫が四方八方に飛び散る。
無数の瓦礫はアッシュの体の横を通りすぎるが全てがそうではない。
いくつか瓦礫はアッシュの体に当たり、その肉体を傷つけ、白い拳法着を引き裂いた。
「ぐっ……」
アッシュの表情が歪んだ。
この斬撃のおかげで背後にいる騎士や冒険者は無傷。
しかし前へと向かう力、"慣性"を得た瓦礫は封波剣で切ったとしても、それが失われるわけではない。
瓦礫を回避できなければダメージを受けることになるのだ。
これが封波剣の"弱点"だった。
それでも止まらずに石床を蹴って前へと走る。
向かう先は"ブラックローブの魔導士"。
アッシュとして戦いを長引かせるわけにはいかなかった。
周りにはまだ倒すべき無数の魔騎士もいる。
「悪いが一撃で終わらせるぞ」
"ブラックローブの魔導士"までの距離は約15メートルといったところか。
ここまでくればアッシュであればワンステップで届く間合いであった。
相手は遠距離型のバトルスタイルであるため、接近してしまえば闘いはすぐ終わる。
……そう思った矢先、アッシュは目を見開き、辺りの状況を見て足を止めた。
「おいおい、冗談だろ……」
たまらず苦笑いしたアッシュの周りには、重力を失ったかのように浮き上がる無数の瓦礫。
見渡すに数百、数千という尋常ならざる数の瓦礫が等間隔、ランダムに浮遊していた。
「どんな精密な波動操作したら、こんなことができる?」
そう呟きつつ、アッシュは後方を確認する。
瓦礫の射程範囲に入っているのは自分だけのようで、後方部隊であるローゼル含めた王宮騎士や冒険者たちは魔騎士の対応に追われているようだった。
「援護は絶望的か……」
"ブラックローブの魔導士"に向き直ると、空に向かって両腕を大きく広げているのが見え、それを勢いよく振り下ろした。
すると無数に浮遊してた瓦礫は中心にいたアッシュ目掛けて猛スピードで飛ぶ。
「!!」
アッシュは手のひらサイズの瓦礫を封波剣の斬撃によって切っていく。
斬撃が間に合わないと判断すると裏拳や蹴りも織り交ぜて落としていくが、それでも瓦礫の数の多さによって体に当たりダメージが蓄積されていく。
瓦礫の破壊と地面への着弾によって土埃が上がってアッシュを包み込んでいった。
そして数十秒後、ようやく瓦礫の攻撃が終わった。
強く風が吹き、土埃が飛ばされる。
石床に片膝をついたアッシュがいた。
額や体と、いたるところから流血していた。
「コイツ……俺の弱点を知ってるな」
意識が朦朧とする中、"ブラックローブの魔導士"を見る。
目に入ったのは再び浮き上がる無数の瓦礫。
この絶望的な状況を目の当たりにしたアッシュは苦笑いを浮かべた。
「まさか、これほど簡単に攻略されるとはね……いや、これは完全に"俺個人"の対策だ。封波剣の弱点を知っていてコイツを俺にぶつけたんだろうねぇ」
そう考えれば少なくとも王都を襲った元凶はアッシュと面識のある人間だろうと予想できた。
だが、それを考えたからといってどうなるものでもない。
もう一度、先ほどと同じ攻撃がくれば確実に自分は死ぬだろう。
「こうまで呆気なくやられるとは」
アッシュは深く呼吸した。
自分が倒されれば後方にいる人間は確実に全滅すが、打開策が全く思い浮かばない。
"ブラックローブの魔導士"は大きく掲げた両腕を、再び振り下ろそうとした。
……が、なぜか動きが止まる。
それを見たアッシュは眉を顰めた。
「何が起こってる?」
言葉を発して気づいた。
自分の吐く息が"真っ白"だ。
先ほどまでにはなかった冷気のようなものを感じる。
王都は南に近く、ここまで寒くなることはない。
その瞬間、空中から飛来するものがあった。
ズドン!という轟音を響かせて着地する飛来者。
同時に"氷の結晶"がアッシュと飛来者を中心として円形状に展開し、浮いた瓦礫を全て破壊した。
「わーはっはっはっはっ!!」
「お前は……」
アッシュの目の前に降り立った飛来者。
黒い髪に少しだけ銀色が混ざり、漆黒の鎧に赤いマント、大剣を背負った体格のいい男だった。
「お呼びとあらば即参上!!このたび冒険者ランクAとなりました。波動数値12万の男、ルガーラ・ルザール、ここに見参!!」
そう言って振り向き様に親指を立ててニヤリと笑う。
同時に氷の結晶が粉々に砕け散ると少しだけ見える歯がキラリと光った気がした。
「誰も呼んじゃいないが」
「そう強がるな。君が私に助けを求める心の叫びが聞こえたぞ」
「決して叫んではいない」
「恥ずかしがるなって。ところでアッシュよ、しばらく見ないうちに腕が鈍ったんじゃないか?」
「最近は書類仕事が忙しくてね」
「やっぱり王宮騎士団に入らなくてよかったよ。私には耐えられそうにもないな」
その言葉にアッシュはため息をつく。
"師匠はお前に最も期待をしていた"と言おうとしたがやめた。
これをルガーラに言ったことろで今さらなことだ。
2人がそんな会話をしているとアッシュの後方にいた冒険者たちが魔騎士と戦いながらも、こちらの状況に気づいた。
「あれはルガーラさんだ!!」
「これで勝てるぞぉ!!」
声援にも似た冒険者たちの声にルガーラは満面の笑みで手を振ってこたえた。
「アッシュ、立てるか?」
「当然だ」
「さてと……久しぶりに兄弟弟子揃っての共闘といこうではないか」
アッシュは封波剣を地面に突き立てて立ち上がり、ルガーラは笑顔を一転させて真剣な表情になる。
そして共に"ブラックローブの魔導士"へと鋭い視線を向けた。
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