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最終章 死の王 編
絶望の狭間で(1)
しおりを挟む"あの男"は北の魔城に住まう。
"血の黒騎士"、"鉄の魔導士"、"黒い獣"を従わせて玉座に座る。
少年は仲間の裏切りによって深い悲しみに打ちひしがれた。
だが諦めてはいけない。
まだ名も無き英雄よ、魂を燃やして魔城を目指せ。
絶望と悲しみを乗り越えた先に勝利がある。
散っていった数多の英雄の意志を継ぎ、世界を救え。
炎の男は必ず"死の王"を倒す。
さぁ、いよいよ終幕の時だ。
古の冒険者 "クロード・アシュベンテ"より
________________
王都マリン・ディアール
北地区
空は黒い雲で覆われ、中から瓦礫が雨のように降り注ぐ。
瓦礫は建物を破壊し、石床に亀裂を作った。
そんな街中でしゃがみ込んだ赤髪の少年ガイ・ガラード。
項垂れるように石床に両膝をついている。
その少し先には仰向けに倒れた桃色の髪の少女ミラ・ハートル。
彼女の頭からは出血しており、桃色の美しい髪は半分赤く染まっていた。
"もうどうなってもいい……"
ガイは死んだ王宮騎士が魔物と化した、魔騎士の軍団に取り囲まれていたが、"なんとかしよう"という気力すら生まれなかった。
だが、そんな状況であっても彼を守ろうとする存在があった。
長い紫色の髪、白いワイシャツの上に軽装の鎧とブラウンのレザーパンツ、ブラックのロングヒールブーツを履いた女性だ。
ガードのあるショートソードを左右の手に一本ずつ持っているが、どちらの剣からも雷撃が迸る。
「ガイ……私が……リリアン・ラズゥは必ずあなたを守るわ」
リリアンは呟くように言った。
彼女の部隊は10人ほどでガイと倒れているミラを守るようにして囲う。
……が、敵である魔騎士はその倍の数はいる。
リリアンの波動で吹き飛ばされた魔騎士たちはゆっくりと起き上がりながら、鎧の間からドロドロと沸き出る黒い液体で鋭利な剣を作った。
それは一般的なブロードソードのような形だ。
騎士の多くは息を呑む。
魔騎士の禍々しさから、もしかしたら生きては帰れないのではないかという不安すらもあった。
だが騎士としている以上、命をかけなければならい時がいつかは来る。
それが今だっただけだと、それぞれが自分に言い聞かせた。
「彼を守り切れ。彼を絶対に死なせるわけにはいかない!!」
「了解です!リリアン団長!」
部隊は初めて心が一つになった気がした。
リリアンの言葉ひとつで不安感は吹き飛び、士気高揚する。
しかし、この掛け声に反応したのは部隊だけではなかった。
リリアンの部隊を取り囲むようにしている魔騎士たちは奇怪に吠えると共に一斉に走り出す。
ここから無慈悲な虐殺が始まった。
意思を持たぬ魔騎士は死なぞ恐れずに向かってくる。
それをそれぞれの波動で押し返そうとする部隊だが、その圧倒的な武力によって1人、また1人と倒れていく。
リリアンは二刀流のショートソードから放つ雷撃によって、丁寧に魔騎士の一体一体を吹き飛ばす。
それでも魔騎士は腕と足を気味悪くバタつかせて起き上がると、すぐに走り出した。
リリアンの額から汗が滴る。
「強い……レベル7か8といったところか。しかも、この数は……」
リリアンの部隊にとって、魔物レベル8というのは特に強いと言うわけではない。
しかし、それは1体か2体かの場合だ。
レベル8が20体もいるとなれば話は別。
圧倒的とも言うべき数の力で押されてしまう。
"取り囲んで殲滅するべき高レベルの魔物に、逆に取り囲まれている"
この状況は絶体絶命であるといっても過言ではなかった。
気づけば部隊の騎士は半分まで減り、一方、魔騎士はまだ10体以上いる。
それでもリリアンは両手に持ったショートソードを振った。
魔騎士の飛び込み攻撃に対して、体を勢いよく回転させて"雷斬"を放つ。
しかし魔騎士は吹き飛んだ数体の"同胞"を壁にして無防備なリリアンに攻撃を仕掛ける。
「ここまでか……」
死を覚悟した瞬間、1人の騎士が魔騎士へと突進してリリアンを守った。
そのまま魔騎士をクリンチで動きを止めながら叫ぶ。
「団長!!逃げて下さい!!」
目を見開いて正面で魔騎士を受け止めた騎士を見た。
「部下を置いて逃げれるわけないだろ!!」
「逃げて下さい……ここは我々が……」
周りを見ると、もう息を切らしている騎士達が魔騎士に対して特攻を仕掛けていた。
それで傷を負う者もいたが、それでも起き上がって立ち向かう。
「私が……私が逃げたら……」
リリアンは振り向いて後方で項垂れたガイに視線を向けた。
逃げれば自分だけは助かるかもしれない。
だが、そんな生存に何の意味があるというのだろうか?
逃げれば確実にガイは死ぬし、部下も死ぬ。
そんな未来になんの意味があるのか?
「すまない……私は……逃げるわけにはいかないんだ」
身を挺して敵に立ち向かう部下を守れずして何が騎士団長か。
さらにガイに対しては"必ず守る"と言って前に立ったのに逃げ出すなんてあってはならない。
そう思い、リリアンは奥歯を噛み締めた。
「もう……限界です……」
魔騎士を押さえ込んでいた騎士が涙を流して呟いた。
胸と腕の骨は確実に折れ、足の感覚も無い状態に死を覚悟してた。
「私は必ず守ると言ったんだ!!」
そう言ってリリアンは両手に持ったショートソードをより一層と力強く握り、一歩踏み出す。
その時だった。
後方に凄まじい熱気を感じる。
すると同時に部隊の騎士が押さえ込んでいた魔騎士の立つ石床が割れて勢いよく"炎の剣"が突き上がった。
魔騎士は串刺しにされ、身につけていた鉄の鎧もろとも一瞬にして灰になる。
"高温"という言葉では言い表せないほどの熱量、さらに押さえ込んでいた騎士は無傷という精密な波動操作。
「炎の波動……ガイなのか?」
リリアンが後ろを振り向くと、項垂れるガイは変わらず。
さらにその後ろ、数百メートル先にいた短髪の赤髪の青年は瞬時に数体の魔騎士を灰にするほどの真っ赤な炎を体に纏い、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。
「よくここまで耐えたな。その凄まじい"闘気"も頷ける」
そう言ってニヤリと笑った赤髪の青年。
ボロボロのローブに黒いレザーパンツを穿いたガイに似た男だ。
「あ、あなたは?」
「元S級パーティ、フレイム・ビーストの獄炎……ヴァン・ガラード」
「ガラード……まさか!?」
リリアンは名を聞いてハッとした。
この男こそ、ガイがずっと探していた兄だ。
ヴァンは真剣な表情へと変わって口を開く。
「俺はこんなところで油売ってる暇はないんでね。遊びは無しだ。火力は最大でいかせてもらう」
そう言って左手に持った"漆黒の杖"を強く握った。
ナックルガードがついた中型の杖で、見たこともないような禍々しい形をしていた。
ヴァンは石床に向けて勢いよく左拳を打ちつける。
杖のナックルガードが床に当たると、"ドン"!という轟音が町に響き渡り、同時にヴァンを中心として熱波が円形状に広がった。
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