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ディセプション・メモリー編
最後の英雄
しおりを挟むあの男の波動数値は"9"で間違いない。
私の作った波動水晶に表示された数字は全く違っていたが、"この理論"が正しければ、それも納得できる。
あの男の能力は『自分の波動数値を使って死んだ人間を生き返らせる』というものだ。
数値を一つ使って生き返らせるため、生き返らせた人間の数ぶん、あの男からワイルド・スキルが消える。
つまり波動数値を失っているため"本体"は弱体化すると考えられるだろう。
ここを狙うべきなのか?
懸念すべきは、あの男がどうやって生き続けているのかということだった。
魔物を生み出す存在ならば、魔物が生まれた時から存在することになる。
それはいつなのか文献にも残っていないほど太古の昔だ。
会った時は子供の姿だった。
しかも、その子供は青年まで成長をした。
もしかすれば波動数値を死んだ人間に与えて蘇らせることで、本体が倒されたとしても生き返らせた人間に成り代わることができるのではないだろうか?
そうなれば厄介なことだ。
倒し方は二つしかない。
『波動数値を全て回収し切った時に倒す』か『波動数値が"8"の時に生き返された人間が相打ちで倒す』……この二つだ。
あの男は必ず回収に動く。
恐らく今までこんな中途半端な状況は無かったと推測する。
5体の魔王直属配下が3体だけ討伐された状態で魔王が討伐されているという状況だ。
私の考え通り魔王も配下も"前回の六大英雄"だとするのなら、我らが全滅したとなれば、あの男は確実にワイルド・スキルを使う。
私が考えるには、
魔王と配下で"9"から"3"になり
魔王と配下を"4"体討伐して"7"に戻った
最後に我らが"5"人死んで"2"になって
私の分を最初に回収させて"3"にする
私が最初に犠牲になるのはリーダーの予知もあるが、これは理論を完成させたいからだ。
恐らく……あの男の波動数値が"3"の時に出会った者か、我らの中の生き残りの1人が倒すことになる。
どちらにせよ、それが"最後の英雄"となることは間違いない。
_________________
殺風景な長方形の部屋に夥しいほどの殺気が充満していた。
それはクロードとメイアの前に立つ男、第一騎士団長であり六大英雄のグレイグによるものだ。
部屋の奥に立つ重厚な鎧を身に纏うグレイグはゆっくりと歩み出した。
それに合わせるようにクロードも少し前に出る。
お互いの距離は数十メートルはあるが徐々にその間合いは詰められていく。
そんな中、クロードが笑みを浮かべて言った。
「なぜゾルア・ガウスが最終的に遠距離型になったのか……それはあなたに勝ちたいからと聞いた」
「そうだな。現に最後は勝てなくなったよ」
「攻撃を打っても受けても、あなたに少しでも触れれば次の攻撃が読まれるんじゃ近接では勝ち目は無いからね」
「貴様も遠距離型なのは知ってる。後ろの彼女も」
「ああ、しかも二対一だ。あなたに勝ち目があるとは思えない」
「彼女にはまだ"ディセプション"していない。彼女に触れれば私の勝ちだ」
「人間一人につき、たった一度きりの"記憶改変"と聞いた。慎重に使うべきだと思うけどね」
「心配などいらない。もう内容は決めてある」
クロードが予測するに、恐らくメイアにはディセプションで自害させるように仕向ける。
グレイグがメイアと一度会っているということは闘気の有無は把握済み。
そうなれば確実に"ソウル・ディザスター"で蘇らせた存在であることは読まれていると推測。
メイアを殺せれば数値が"8"になり、最後は相打ちで終わるという考えだろう。
「最後に聞いておきたい……なぜ"クロード"を名乗っている?」
「……」
「答えないか。まぁいい、ここで貴様の旅も終わりなのだから関係ない話だ」
そう言ってグレイグは胸の前で両拳を打ち付けるようにして合わせる。
腕に龍が巻き付くようにして模られたガンドレッドは甲高い金属音を鳴らした。
甲にある濃いブラウンの波動石が光った瞬間、グレイグの目の前に四角い土壁ができた。
土壁はちょうど体格のいいグレイグの体を隠すほどの大きさだ。
お互いの距離は7、8メートルほどに迫った。
「何をする気だ?」
眉を顰めるクロードだが、グレイグは即座に行動した。
掌底で土壁を破壊すると、壊れた土の破片を高速の正拳突き連打でクロード目掛けて飛ばす。
猛スピードで向かう土の破片を見たクロードは鼻で笑った。
「僕の能力欠点などわかってないだろう」
そう言って右手のひらを前に出すとクロードの前方に影の渦が巻き起こる。
「"無限収納"」
土のつぶてがクロードの闇に吸い込まれていくが、打ち出された破片を掻い潜ってくる残像が見えた。
「なんだと!?」
闇の渦を貫通してグレイグの右ストレートが、クロードの顔面目掛けて放たれていたのだ。
間一髪のところで首を少し横に傾けて回避するが、もう一歩踏み込んだグレイグの左ボディブローがクロードの右脇腹を直撃していた。
「が、がはぁ……」
さらにもう一歩。
体が"くの字"に曲がるクロードの左肩に右の拳を振り下ろす。
骨の砕ける鈍い音が部屋に響くと同時にクロードは床に片膝を着く。
しかしグレイグの攻撃は終わらない。
膝を着き、頭が下がったクロードに跳び膝蹴り。
血を吐いて天井を見るクロードに跳び膝蹴りの動作から、すぐさま体を回転させての回し蹴り。
クロードは勢いよく数十メートルもの距離を吹き飛ばされてメイアの立つ場所の横壁に激突した。
「クロードさん!!絶え……」
メイアが波動を発動しようとした時、グレイグはすぐさま拳で床を殴った。
するとメイアの目の前に土壁が出現して視界を遮る。
しかしメイアの瞳は真っ赤に染まり、体にも熱を帯びていく。
その炎は一瞬にして土壁を灰にした。
メイアは数十メートル先にいるであろうグレイグに対して波動を展開しようとしていた。
だが、その予測と行動は裏切られることになる。
なんとグレイグは灰になった土壁の真ん前にいた。
重厚な鎧を着ているはずなのに、瞬く間に距離を詰められたのだ。
「私の勝ちだ」
グレイグはメイアに対して手を伸ばした。
触れるか触れまいかの寸前、メイアを掴もうとした腕に何かが当たってグレイグは仰け反る。
金属と金属のぶつかる音が部屋中に響き渡った。
「"ダークネス・サード・迷子人形"……マーリン!!」
グレイグが横方向を見るとブロンドのショートカットでスーツ姿の女性が投球フォームをとっていた。
メイアはこのチャンスを逃すことなく、すぐさま波動を発動した。
「絶炎・死波紋」
炎はグレイグの目の前で刹那に近いスピードで数度の爆発を起こした。
その回数は数十にものぼるほどだが、あまりの速さに音が遅れて聞こえるほどだ。
グレイグは瞬時にクロスガードしており、爆発によって数十メートル後退させられただけ。
鎧やガンドレッドには傷一つなかった。
クロードの結っていた黒髪は解けていた。
黒いストレートヘアとなったクロードの眼光は今までに無いほど鋭い。
「まさか……ここまでやるとは……」
「逆に私は拍子抜けだな。この程度の相手なら何人いようが変わらん」
「言ってくれるね」
「やはりここで終幕さ。確実に私が"最後の英雄"で終わりだ」
グレイグの凄まじい殺気は増した。
恐らく今の攻防はただの確認でしかない。
目の前の敵がどれだけの実力なのか測るためだけのものでしかなかったのだ。
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